第9話 三日の秤
黒潮同盟が退いたあと、南港区は奇妙な静けさに包まれていた。
三日。
その言葉が港全体に重くのしかかる。
船は停泊したまま。
倉庫の扉も半分閉じられている。
交易は止まり、計算だけが動いていた。
掲示塔には巨大な数字が映る。
『残り時間 71時間』
契約社会は、時間すら取引材料にする。
広場では臨時契約会議が始まっていた。
商会代表。
傭兵会社。
船団主。
誰もが端末を持ち、計算している。
アレクシスはその輪の外に立っていた。
「参加しないのですか」
リシェルが聞く。
「私は連合の人間です」
短く答える。
「決定権はありません」
リシェルは少し笑った。
「連合ではそうでしょう」
「ここでは違う」
彼女は掲示塔を指す。
「契約を結べば、あなたも当事者です」
その言葉は重い。
自由圏では、立場より契約が優先される。
アレクシスは黙って港を見た。
瓦礫の山。
仮設の桟橋。
そして沖に見える黒帆船団。
秤が揺れている。
ダリオが広場の中央に立った。
「数字を見ろ」
掲示塔の演算予測が更新される。
『黒潮契約 安定度 高』
『自主防衛 成功率 42%』
先ほどより上がっている。
出資が増えたのだ。
「まだ上がる」
ダリオが言う。
「恐怖は投資を生む」
その言葉に数人が笑う。
皮肉だ。
だが事実でもある。
その時、一人の女商人が声を上げた。
「連合と契約できないの?」
広場がざわめく。
ダリオが即座に答える。
「できる」
「だがそれは防衛ではない」
「保護だ」
言葉の違い。
だが意味は大きい。
保護される港は、自由圏ではない。
リシェルが静かに言う。
「連合は秩序を保証します」
「ですが、その代わりに規格が入る」
税。
航路管理。
海軍基地。
少しずつ自由は削られる。
アレクシスは問いかける。
「それでも都市は守られる」
ダリオが笑う。
「それでも都市は都市じゃなくなる」
沈黙。
リシェルは演算塔の端末を見ている。
数字が更新された。
『自主防衛 成功率 46%』
さらに出資が増えた。
アレクシスは驚く。
「危険だと分かっているのに」
「ええ」
リシェルは言う。
「それでも選ぶ」
遠くで子どもたちが桟橋を修理している。
その横で傭兵が砲を整備している。
誰も命令していない。
それでも都市は動いている。
「連合なら」
アレクシスは言う。
「ここまで人を危険に晒さない」
リシェルは答える。
「連合は優しい」
「でも優しさは責任を奪う」
海風が強く吹く。
掲示塔の数字がまた動いた。
『自主防衛 成功率 51%』
ついに半分を越えた。
広場がざわめく。
ダリオが笑う。
「見ろ」
「自由は増える」
アレクシスはその数字を見つめる。
五割。
成功か、崩壊か。
秤はまだ揺れている。
その時、見張り塔から声が上がった。
「黒潮船団、動きあり!」
全員が海を振り向く。
黒帆船団がゆっくり隊形を変えている。
三日も待たないのか。
リシェルが望遠鏡を覗く。
そして小さく言った。
「違う」
「試している」
旗艦から小型船が一隻、港へ向かっていた。
交渉船だ。
港の鐘が鳴る。
三日の秤は、もう動き始めている。
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