第8話 契約か戦争か
南港区の中央広場は、人で埋まっていた。
商人、船長、港湾労働者、傭兵、仲買人。
誰もが契約端末を手にしている。
黒潮同盟の船団は、港の外で静かに停泊していた。
攻撃してこない。
待っている。
決断を。
掲示塔の上に、二つの契約案が映し出された。
一つ目。
『黒潮同盟防衛契約』
交易税 三割
港湾使用権 一部譲渡
防衛義務 黒潮同盟
二つ目。
『南港区自主防衛契約』
臨時防衛税 一割
民間傭兵動員
港湾防衛共同出資
数字が並ぶ。
確率が計算される。
演算塔が静かに光る。
リシェルが端末を操作した。
予測結果が掲示塔に映る。
『黒潮契約 生存率 89%』
『自主防衛 生存率 36%』
広場がざわめく。
「三割税で済むなら…」
「だが一度払えば、ずっと払うぞ」
「港が消えるよりましだ」
声が交錯する。
ダリオは笑っていた。
「いいだろう」
「自由だ」
アレクシスは広場を見渡す。
ここには王も議会もない。
あるのは契約だけ。
「連合なら」
彼は静かに言う。
「海賊を排除できる」
数人が振り向く。
ダリオが即座に返す。
「それは連合の海になる」
沈黙。
リシェルが言う。
「連合艦隊を呼べば、黒潮は退く」
「だが、その瞬間」
彼女は広場を見た。
「ここは自由圏ではなくなる」
重い言葉だった。
広場の中央に、一人の老船長が出てくる。
深い皺。
日焼けした顔。
「黒潮に税を払えば」
彼は言う。
「次は四割だ」
「そして五割」
海を知る者の声。
「海賊は満足しない」
ダリオが頷く。
「その通りだ」
別の商人が叫ぶ。
「だが三十隻だぞ!」
「こっちは六隻だ!」
リシェルは演算塔の画面を見ている。
数字が動く。
新しい契約が署名されるたび、勝率が変わる。
39%
41%
43%
出資が増えている。
人々はまだ決めきれていない。
その時、海から太鼓の音が聞こえた。
黒潮同盟の旗艦。
巨大な黒帆船。
甲板に、一人の男が立っていた。
長い外套。
片目に黒い眼帯。
彼は拡声魔導具を手に取る。
声が港に響いた。
「よく聞け、港の者たち」
低く、よく通る声。
「俺は黒潮提督、カイロン」
ざわめきが広がる。
提督は笑う。
「安心しろ」
「今日はまだ襲わない」
広場が静まり返る。
「自由圏の都市は好きだ」
「面白い」
彼は腕を広げる。
「自分で決める」
「自分で滅びる」
「美しいじゃないか」
ダリオが笑う。
「皮肉だな」
カイロンは続ける。
「だがな」
「俺たちは契約を尊重する」
旗艦の横に、新しい旗が上がる。
黒い契約紋章。
「三日待つ」
「その間に決めろ」
「戦うか」
「契約するか」
男は笑った。
「どちらでもいい」
「どちらでも、俺たちは儲かる」
旗艦がゆっくり回頭する。
船団は沖へ下がった。
三日。
それが港の猶予だった。
広場は静まり返る。
アレクシスは空を見上げた。
三日。
国家なら長い。
契約社会では、永遠に近い。
リシェルが言う。
「決断の時間です」
自由は選ばなければならない。
そして彼は理解する。
この海の秩序は――
大陸よりも、ずっと残酷だ。
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