第6話 契約社会
南港区の再建は、三日で骨格を取り戻していた。
仮設の桟橋。
臨時倉庫。
再契約された警備会社。
瓦礫の匂いはまだ残っている。
だが港は動いている。
荷を積む船員。
契約を読み込む商人。
掲示塔の前で条件を比較する仲買人。
都市は、止まらない。
アレクシスはその様子を黙って見ていた。
「早いですね」
彼が言うと、リシェルは頷く。
「契約は感情を待ちません」
冷たい言葉だ。
だが事実でもある。
広場の中央に、新しい契約が掲示された。
『南港区再建出資契約』
資金を出す者は、将来の港使用料が減免される。
つまり投資だ。
慈善ではない。
「救済ではなく、投資」
アレクシスが言う。
「そうです」
リシェルは答える。
「自由圏では善意より利益の方が安定します」
利益は持続する。
善意は消える。
その時、広場で怒声が上がった。
「こんな条件で署名できるか!」
一人の若い商人が契約端末を叩きつける。
「保険料も上がってる!」
「倉庫も半分しか使えない!」
「これじゃ破産だ!」
仲介人が淡々と答える。
「契約は任意です」
「拒否も自由」
若い商人は歯を食いしばる。
だが――
署名した。
拒否すれば港を使えない。
それもまた自由。
アレクシスは小さく息を吐く。
「自由は選択を与える」
「はい」
「だが逃げ道は与えない」
リシェルはしばらく考えた。
「逃げ道を作るのが国家です」
「だからあなたは国家を作った」
彼女は続ける。
「私たちは作らなかった」
港の端で、子どもたちが木片を運んでいる。
手伝いだろう。
その横を、傭兵会社の男たちが通り過ぎる。
新しい防衛契約。
市民が自分で選んだ契約。
その時、ダリオが歩いてきた。
「再建率、七十二パーセント」
掲示塔を見ながら言う。
「連合の救援がなくても十分だ」
アレクシスは答える。
「物資は使った」
「軍は使ってない」
ダリオは肩をすくめる。
「それで十分だ」
彼はリシェルを見る。
「だがこれは序章だ」
「海賊は一度で終わらない」
「傭兵も完全ではない」
そしてアレクシスへ向く。
「連合は秩序を売る」
「自由圏はリスクを買う」
短い沈黙。
その時、掲示塔の数字が急に変わった。
港の信用指数が下がる。
警告表示。
「何が起きた」
リシェルが端末を操作する。
演算塔からの速報。
彼女の目がわずかに細くなる。
「外洋航路で船団が消えた」
港がざわめく。
アレクシスが問う。
「海賊か」
「可能性が高い」
ダリオは笑う。
「言っただろ」
「海は秩序の外だ」
その時、遠くの海に黒い帆が見えた。
港の見張りが叫ぶ。
「未確認船団!」
港の鐘が鳴り響く。
南港区はまだ再建途中だ。
防衛契約も完全ではない。
リシェルは海を見つめる。
「予測より早い」
アレクシスは一歩前に出た。
秤が再び揺れる。
今度は思想ではない。
現実の海だ。
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