第5話 自由の価格
南港区の再建は、驚くほど速かった。
焼け落ちた桟橋の横で、新しい木材が運び込まれる。
契約掲示塔には、次々と新しい取引条件が映し出されていく。
『臨時輸送契約』
『防衛共同出資』
『港湾保険率改定』
都市は、止まらない。
人が倒れても、仕組みが回る。
アレクシスは港の端に立ち、その光景を静かに見つめていた。
「驚いていますか」
隣でリシェルが言う。
「連合の都市なら、もっと時間がかかる」
「救済制度がありますから」
「ええ」
彼女は頷く。
「救済は、安定を作る」
そして続ける。
「でも同時に、変化を遅くする」
遠くで怒号が聞こえる。
振り向くと、商人たちが言い争っていた。
「保険料が三倍だと!」
「港が半壊したんだ、当然だ!」
「こんなの払えるか!」
契約掲示塔の数字がまた動く。
信用指数が下がった商会は、取引条件が急激に悪化する。
連合なら、緊急基金が入る場面だ。
だがここでは違う。
「助けないのですか」
アレクシスは問う。
「助ける人はいます」
リシェルは言う。
「ですが、義務ではありません」
つまり――
救うかどうかは、個人の意思。
その時、一人の老人が広場の中央に立った。
「出資する!」
声は大きくない。
だが広場が静まる。
「港がなければ商売もできん」
「ならば皆で再建する」
彼は契約端末に手を置く。
資金提供の署名。
掲示塔の数字が変わる。
すると、別の商人が手を挙げる。
「……俺も出す」
さらに一人。
また一人。
資金が集まり始める。
だが――
全員ではない。
参加しない者もいる。
見捨てる者もいる。
それでも契約は成立する。
アレクシスは静かに言った。
「自由は、冷たい」
リシェルは否定しない。
「はい」
そして続ける。
「でも正直です」
誰が助け、誰が助けないか。
すべて可視化される。
国家は隠す。
自由は隠さない。
港の向こうで、子どもが泣いている。
家を失ったのだろう。
母親が抱き上げる。
その横を、契約成立を祝う拍手が通り過ぎる。
歓声と涙が、同じ場所にある。
アレクシスは海を見た。
連合は崩れない。
だが犠牲を最小化するために、自由を削る。
自由圏は崩れる。
だが選択を残す。
「あなたはどちらが正しいと思いますか」
リシェルが聞く。
アレクシスはすぐに答えない。
遠くで、新しい帆船が港に入ってくる。
旗はない。
都市の紋章だけ。
契約だけで動く世界。
秤は、まだ揺れている。
そして彼は初めて思う。
もしかすると――
この海には、
連合でも自由圏でもない、
第三の答えがあるのかもしれない。
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