第3話 演算塔の影
演算塔の上層は静まり返っていた。
巨大な魔導結晶がゆっくりと回転し、都市中の契約記録を光の糸として結び続けている。
アレクシスはその光景を見上げた。
「すべて、ここで管理しているのですか」
「管理ではありません」
リシェルは即座に訂正する。
「可視化です」
結晶の表面に数式が走る。
契約履行率、信用指数、傭兵会社の稼働率、航路保険料の変動。
都市は“予測”されている。
「未来を計算しているのか」
「未来は計算できません」
彼女は首を振る。
「ただ、選択の確率を示すだけです」
そこへ、扉が荒々しく開いた。
「また指数が下がってる!」
入ってきたのは若い男。
二十代半ば。
瞳に鋭さ。
「南港区の商会三つ、連鎖破綻だ」
リシェルは振り向かない。
「予測範囲内よ」
「予測してるなら止めろ!」
男はアレクシスに気づく。
「……連合の人間か」
敵意が混じる。
「あなたは?」
アレクシスが問う。
「ダリオ。契約急進派だ」
急進派。
リシェルが小さくため息をつく。
「彼は、自由をもっと純化させたいの」
「純化?」
「救済契約すら排除すべきだと主張している」
ダリオは鼻で笑う。
「救済は甘えだ」
「失敗は自己責任」
「だから自由は美しい」
アレクシスは静かに問う。
「破綻した商人の家族は?」
「選択だ」
即答。
冷たい。
だが理屈は通っている。
「連合は弱者を保護する」
アレクシスは言う。
「それが文明だ」
ダリオは鋭く返す。
「それが依存だ」
空気が張り詰める。
リシェルが間に入る。
「自由圏は一枚岩ではない」
「私たちは常に議論している」
演算塔の光が強くなる。
「指数が急落している」
ダリオが舌打ちする。
「南港区、傭兵契約が解除された」
それは危険だ。
防衛が空白になる。
「どうする」
アレクシスが問う。
「再契約が成立すれば問題ない」
リシェルは冷静。
だが塔の光は不安定に揺れる。
突然、遠くで爆発音が響いた。
三人が窓へ駆け寄る。
南港区から煙。
「海賊だ!」
伝令が駆け込む。
「傭兵が撤退した隙を突かれました!」
沈黙。
ダリオが呟く。
「契約は解除された……正当だ」
だが港は燃えている。
リシェルは目を閉じる。
「予測はしていた」
「だが止めなかった」
アレクシスは言う。
「止めれば、自由が減る」
彼女の声は揺れない。
「だから選ばなかった」
炎が広がる。
悲鳴が聞こえる。
自由は危険だ。
だが強制はない。
アレクシスは静かに問う。
「連合が支援を申し出れば」
「断る」
即答。
「今は」
彼女は続ける。
「私たちが選ぶ局面です」
ダリオは笑う。
「崩れれば淘汰されるだけだ」
アレクシスは炎を見つめる。
連合なら即時出動。
軍が出る。
被害は最小化される。
だがここでは違う。
自由は、責任を伴う。
その夜、南港区は半壊した。
だが翌朝。
広場で新しい契約掲示が始まる。
新防衛会社。
新保険契約。
新信用指数。
都市は止まらない。
犠牲は出た。
だが市民は叫ばない。
「我々の選択だ」
誰かが言う。
アレクシスは演算塔を見上げる。
自由は崩れる。
だが再生する。
連合は崩れない。
だが変化が遅い。
リシェルが隣に立つ。
「あなたは今、介入したいと思っている」
「思っている」
正直に答える。
「でもしない」
「ええ」
彼女は静かに言う。
「それが、あなたの尊重」
海風が吹く。
秤は揺れている。
まだ、どちらにも傾いていない。
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