第56話 将軍の沈黙
帝都、軍務庁。
重厚な石壁の会議室に、重い沈黙が落ちていた。
「南部鎮圧は完了」
参謀が報告する。
「だが流通は未だ正常化せず」
さらに。
「北部戦線、補給遅延三日」
レオニードは無言で資料を見ていた。
数字は嘘をつかない。
軍事は勝っている。
だが国家は削れている。
「将軍」
若い将校が口を開く。
「兵の間で動揺が広がっています」
「何に」
「南部の処刑です」
空気が硬直する。
帝国軍は恐怖で統制される。
だが兵は石ではない。
「家族が南部にいる者もいる」
沈黙。
レオニードは静かに立ち上がる。
「軍は秩序を守る」
だが言葉は硬くない。
彼の中で何かが揺れている。
――
皇帝謁見室。
「南部は鎮圧済み」
皇帝は満足げに言う。
「恐怖は有効だ」
レオニードは頭を垂れる。
「はい」
だが続ける。
「しかし長期戦は不利です」
皇帝の目が冷える。
「弱気か」
「現実です」
王国は正面決戦を避け、削っている。
市場は王国側に傾きつつある。
「短期決戦へ移行すべきかと」
皇帝は笑う。
「ならば攻めよ」
南西から王都へ。
「帝国の力を示せ」
命令は下った。
レオニードは退出する。
回廊で足を止める。
恐怖で支える帝国。
だが恐怖は、内側からも削る。
――
王城。
「帝国軍、大規模再編成」
報告が届く。
アレクシスは地図を見つめる。
「南西から王都直進」
カイルが寝台から起き上がる。
「来るか」
決戦。
だがアレクシスは首を振る。
「来させます」
「?」
「補給距離が最長になる地点で迎える」
王都直前ではない。
中間点。
消耗が最大化する地点。
「持久戦の終盤です」
帝国は焦っている。
恐怖国家は短期決戦を望む。
機能国家は時間を使う。
――
帝国軍陣営。
夜。
若い兵が呟く。
「南部の商人は敵だったのか」
答える者はいない。
焚き火が揺れる。
レオニードは遠くを見ている。
王国の灯。
あの国は、恐怖で動いていない。
それでも崩れない。
「……構造か」
小さく呟く。
彼は理解し始めている。
これは単なる戦争ではない。
国家の形の戦いだ。
帝国は強い。
だが無敵ではない。
恐怖は万能ではない。
戦争は今、
将軍の心にも亀裂を入れ始めた。




