68 魔素溜り
なんとなく結果は分かっていたが、戦況は圧倒的だ。
これくらいの力の差が無ければ、きっとファラドは今回のゴブリン狩りを勧めてくれなかったのだろう。
アドリック、セヴァ、ハティの三人も必死に剣を振るっているが、余裕はまだありそうだ。一応は三人で組んで行く予定だったのだが、少し個々でバラけ始めている。
ゴブリンは急襲に対してあまりにも無力だった。
もともとゴブリンは攻撃性は高いと言うが、一匹で人間に襲いかかることはない。襲われる場合はまず集団で襲ってくる。今回はこちらも人数を用意していたため数でも優位性を作ることが出来ず、それもパニックの原因になっているのかもしれない。
「圧倒的じゃないか。我が軍は」
「そうですね、誰も怪我をしなかったようで良かったです」
「う、うん」
悪ノリにも真面目に答えを返してくれるリュミエラにちょっと自分が恥ずかしくなる。
やがてゴブリン達は、一匹も漏らすこと無く全てが狩られ、兵たちはゴブリンの粗末な家を虱潰しに潰していく。こういう居住空間を残すと再び他のゴブリンの集団がやって来る事があるんだという。
そんな中、俺は集落の中にあった魔素溜りを観察していた。うちの近所の山で見つけたあれは、岩場の中にあったのだが、これはなにか地面にただ穴が空いているような感じだ。
「なんだ、坊主。気になるのか?」
「えっと、これがダンジョンもどき、ですか?」
「わかるか。そうだな。思ったより魔素が濃いな」
「これって、どうするんですか? このまま待っていれば消えるんですか?」
「大抵はこのまま放っておけば消えるがな。流石に人里近くで放置というわけにも行かないだろう」
「えっと、どうするんですか?」
なるほど、何か対策があるのか。
いつもハティと行く山の魔素溜りは、レベル上げにはちょうどよいため潰す気は無いが……。でも後学のために、対処法を聞いておくのは大事だ。
「完全に塞ぐのはなかなか難しいがな。魔素の出を減らすくらいならな」
「僕、地魔法使えるんで、穴を埋めたりしましょうか?」
「魔法はやめておけ、大抵が弾かれるだけだ。万が一そこを抜けたとしても今度は自分の魔力を吸われることになる」
「えっと、……吸われる?」
お、やっぱり魔力を吸われるのか。じゃあ、あの穴は性質としては、いたって普通というわけか。
俺はファラドの話を聞いて少しホッとする。
「そうだ、まあ、魔力の壁を抜くなんてことまず出来ないがな。過去には高名な魔法使いが成功させたたと言う話などは残っている」
「えっと……。高名な?」
「ああ、それだけ魔力の壁は硬いんだ。ただ、その壁が崩れると、それで魔素嵐が起きたり、周囲が大爆発をしたり、色々と予想外のトラブルが起きたことがあると聞くな……」
「だ、大爆発……」
「まあ、噂だ。レア素材で出来たツルハシで穴を開けようという話もあってな、それで思いっきりぶっ叩いたら大爆発を起こしたとか。まあそんな物は伝説だ――。ん? どうした?」
「い、いや……。なんでもありません」
「魔素にあてられたか? 顔色が悪いぞ?」
「そ、そ、そうっすか? いや。地魔法で埋めれば良いかな、なんて思っちゃってて、知らなかったらやばかったなあと……。ははは」
「ま、知らなかったところで、さっきも言ったように魔素溜りの魔力壁を抜けるなんて事は出来んよ」
「そ、そうっすね……」
あれ……。やばかったのか。爆発しなくてよかった……。
俺はファラドの話を聞いて、薄ら寒い気分になる。
……。
「ファラド将軍!」
そこへエクスハントの兵士から声がかかる。
兵士が言うには、集落の隅に大量のゴブリンの亡骸が埋められていたという話だった。ファラドについて俺もその現場に行けば、少し目を背けたくなる光景が広がっていた。
「なんだ……。傷が無いな。ゴブリンに疫病でも?」
「そんな話、聞いたこと無いですね」
ハントの面々も顔を強張らせている。穴の縁は黒く何かを焼いたような跡があり、表層のゴブリンたちの死骸の下には黒く焦げた個体も見える。なんとなくここで死体を火葬しているように推測できる。
「やはり、魔素溜りを潰さないとな……。ここらへんで川や湖はあるか?」
「少し北側になりますが、小さい小川があるようです」
「よし、貯水石はあるな?」
「大丈夫です」
部下の一人が地図を眺めながら答える。
貯水石? 確か大量の水を吸って貯めておけるタンクのような働きをする魔道具だ。大きさなどにより違うらしいが、干ばつ時に畑に水を運ぶのに使えるレベルに貯蓄量は大きいと聞く。
「え? まさか穴に水を流し込むんですか?」
「そのまさかだ。完全には防げないが、それで魔力の漏出が減る。魔力が減れば穴も次第に埋まり始めるというわけだ」
「そんな簡単な話なんですね」
「ただ、無理やり穴を埋めるからな。どこか違う場所に穴が開くという話もあるが、人里から離れた場所に開く分には問題ない」
「な、なるほど……」
話を聞いていると、なんとなく辻褄が合う。例の本の「魔脈」が通っている場所で、圧が上がって一種のガス抜きの様に魔素が溢れているなら、一箇所が埋まれば、違うところに穴が開くというのは有り得る話だ。
だけど、浸透性の高そうな水で十分というのが少し埋まるか不安なところもあるが、こうやってプロは対処しているのだと思うと、信じられるのだろう。
兵士たちは殺したゴブリンを、先程の火葬跡のある穴にどんどんと放り込んで行く、一緒に木の枝なども投げ入れ、そして油を上からかけて火を付ける。
なんとも言えない肉の焦げる匂いが充満する中、一人の兵士がファラドのもとに駆け寄り、網状の縄にくるまれたこぶし大の石を渡す。貯水石だ。
「満タンまで吸ってまいりました」
「うん。ご苦労」
受け取ったファラドは貯水石を包む網から伸びる紐の端を持ち、石を穴の上から中に入れていく。俺が見つけた魔素溜りの穴は斜めに開いている感じだったが、この穴は真下へと続くようだ。手がギリギリ穴の縁まで差し込むと、ファラドが魔道具を発動させる。
「リリース……」
石から伸びた紐には、魔力を伝える導線のような役目をするのだろう。ファラドの手から魔力が下へと伸び、それに合わせ、解除スペルを口にする。
ゴボッ。
同時に大量の水が開放されたようだ。穴の中から飛び散る水がファラドの手にまで跳ねる。だが水が穴から溢れてくることはない。
――本当に穴なんだ。
当然だが、日本じゃ見ない現象だ。井戸でも油田でも火山でもない、単なるガスのような魔素を吹き出すために穴が出来るというのが理解できなかった。
地魔法のような効果があるのだろうか。
アドリックやセヴァもゴボゴボと水を吸い込んでいる穴を不思議そうに眺めていた。




