69 水を前に子供ははしゃぐ
本作品ですが、カクヨムコン10のプロ作家部門の特別賞を受賞しました!
注水が終わると、ファラドは中の様子を伺い呟く。
「もう一回分欲しいな……」
微妙に足りないと感じるのか、水を注ぎ入れたファラドが隣りにいた兵士に貯水石を渡す。兵士はすぐに水場に向かおうとする。
少し離れたところにちょっとした湖があるようだ。
「湖? ちょっと見に行かねえか?」
やり取りを見ていたセヴァが言う。確かに言われてみれば俺もちょっとみたいかもしれない。こんな森の中の湖か、もしかした幻想的な感じかもしれないな。
「そうだな、ファラド、ちょっとついて行ってきていいか?」
「良いですが、気をつけて下さい。まだ周りにゴブリンがいないとも限らない」
「わかった、みんなも行くか?」
アドリックも俺と同じ様に感じたようだ、戦いの後の処理を兵たちがしている間少し暇だったのもあり、皆それに賛同する。
ファラドが、石を渡した兵士に「少し湖でゆっくりしてきても良いがちゃんと警戒は頼むぞ」と伝える。水があれば少し楽しみたいという子供心が分かっている。
俺達は水を汲みに行く兵の後をついて湖を目指した。
……。
水を汲みに向かう兵士の名前はラピエールといった。まだ二十代の若き兵士だ。若い事もあり俺達にも気さくに話をしてくれる。
道はゴブリンが歩いた後なのだろう、獣道のような道が薄っすらと続いている。俺は前を歩くラピエールにこれは道なのかと尋ねる。
「そうですね。ゴブリンは水場を欲しがりますから。おそらくああいった魔素の吹き出し口が無ければもっと水場に近いところに集落を作るのですが」
「へえ。やっぱり魔素があるのって魔物には具合が良いんですか?」
「そこら辺の感覚は俺達にはわかりませんが、魔素の濃いところの魔物は少し強くなる気がします」
「さっきのゴブリンも?」
「そうですね。やはり一般的なものと比べると違うと思いますよ。ただ、ゴブリンの出だした時期を考えればそこまで強い影響があったわけじゃないとは思いますが」
ふうむ。どうせなら戦っておけばよかったかな? それでもそんな強化ゴブリンだが、三人は殆ど苦にすること無く倒していたな。
魔素に当たる時間も関係あるのか。
なかなかおもしろい。もしかしたらあの山の魔物も少し強くなっていたのかもしれないな。経験値も多いと嬉しいかもしれない。
そんな感じで、俺達はちょっとしたハイキング気分で湖までたどり着いた。季節的に少しずつ緑が増え始め、それを映す湖面はなんとも神秘的な光景を演出していた。
透明度も高いのだろう、手前の方は倒木などが透けて見え、不思議な雰囲気を持っていた。
「綺麗ですね」
俺の隣でリュミエラが呟く。
「なかなか見られないよね、こんな光景」
俺は返事をしながら、湖に近づき水の中に手をいれる。ちょうど山からの雪解け水などが流れ込む時期なのだろうか。ピリッとした冷たさだ。
「すごい冷たいよ」
「本当ですか?」
俺が言うとリュミエらも隣で水の中に手をいれる。入れた瞬間に驚いたように手を引っ込め。「ちょっと冷たすぎますね」と笑う。
それを見て、セヴァやハティもどれどれ? と水に手を突っ込んでは「冷てえ!」と驚いたような反応を見せる。
「ねえねえ、ラド?」
「ん?」
声をかけられハティの方を向くと、ピシャっと水をかけられる。
「ちょッ! 冷てえからっ!」
「ははは!」
なんだか楽しそうなハティに抗議の目を向けながら、俺は水のついたメガネを拭う。全く子供ってやつは水を見ればすぐにはしゃぐんだからよ……。
俺は呆れながらも、メガネを掛け直し手を水の中に入れる。そして、セヴァの方を向いて話をしているハティの首筋めがけて水を掛けた。
「ヒャッ!」
「くっくっく。冷たくて気持ちいいだろっ!」
「ら、ラド……。セヴァ。手を貸してっ!」
「お、やるのか!」
「お、二対一か? 上等だ」
「……あのう、それでは、わ、私も……」
……。
……。
数分後、ただ一人参加せずに見ていたアドリックを前に俺達は少し恥ずかしそうに服を乾かしていた。
「まさか、リュミエラまで参加するとはな……。驚いたよ」
「ごめんなさい、お兄様」
「ん? いや。怒ってるわけじゃないよ。リュミエラが楽しそうでなによりだ」
「は、はい……」
アドリックは、こうしてはしゃぐリュミエラを見るのも珍しく感じているようだ。
「ラドが、こういうのに夢中になるとはな、意外だったよ」
「えっと……。ちょっと遊んであげたんだ」
「そう言う割には、一番楽しそうだったぜ」
「そ、そうか?」
やばい、ちょっとやりすぎたかもしれない。
……。
俺達が行くと言った時に、ラピエールはファラドに少し湖でゆっくりさせるように言われていた、だからこれくらい遊んでも問題ないだろう。
そして俺達が遊んでいる間も、周りを警戒してくれていたようだ。
俺達が落ち着くと、カバンから先程の貯水石を取り出して見せてくれる。
「ははは、楽しそうでいいじゃないですか。さてそろそろ水を貯めて行きましょう」
そう言いながら先程の網に包まれた貯水石を水の中にゆっくりと落としていく。網から伸びた綱は一メートル強といったところか。湖畔の石の上で少し乗り出すように手を伸ばして綱を垂らす。
そして、綱を伝って魔力を流し込むと、先ほどのファラドの言葉とは違う合図を出す。
「アブソーブ」
すると、ゴゴゴと、石が周りの水を吸い始める。これは見ていて面白い。
「これで吸った水は、余計な混ざりものが無いから飲んでも問題ないんですよ」
「へえ、本当に水だけを吸うんだ」
「海沿いに行くと、これを使って塩を採取しているとも聞きますね」
「おお。塩水も、水だけ吸うんですね」
「そうなんですよ、ただ、混ざりけが無いせいか、水の味はいまいちですけどね」
まあ、そうだろうな、精製水は不味いって言うし。ミネラルが入ってるからこそ天然水は美味しいって聞いたことはある。
俺達は風魔法で濡れた服を乾かしたりしながら、給水作業を見つめていた。
やがて作業を終えた兵士が、石をカバンに入れる。
「さて行きましょうか……」
色々楽しんだが、この世界にはこういった綺麗な場所はまだまだ沢山あるんだろうな。そのうち色々なわだかまりが消えたらのんびりと世界を旅してみたいものだ。
……。
集落を目指し、木々の中を歩き出して少し経った時だった。前を歩いていたラピエールが立ち止まり顔に手をやる。
「どうしました?」
「いや大丈夫だ、ただ、何か……。うぅ……」
兵士が答えた時、突然何かつらそうに膝をつく。
――なんだ?
俺は慌ててラピエールに近寄る、その時、なにか違和感を感じた。
魔力を目に集めながらラピエールを見るが、なにかおかしい。……魔力だ。魔力が足元から流れ出している。これは……。
「影?」
ラピエールの影を見るが、よくわからない。だが、何かがそこにいるように感じた。その何かがラピエールの魔力を吸っているかの様に思えた。
――影の中に何かがいる!
俺はすぐに剣を抜き、ラピエールの影に向かって突き刺した。




