46.海賊たちの島
海賊のアジトは幻覚魔法で守られていると言われているが、実際には船がまるごと入ってしまう、巨大な鍾乳洞のなかにあった。
アジトに入った船の甲板からクルトたちが見たのは、流れ着いた板材と古い帆布でつくった海賊たちの住む家、美術品から干し肉までたくわえた略奪品を帳簿で管理した倉庫、カラメルのように色づいたラム酒樽の山、ノコギリの音が絶えない船を修理する職人たちの作業場、喧嘩の絶えない賭場と酒場、そして、偉大なる大船長マークドール人のデュゲトルアンこと、ドニ・ド・デュゲトルアンの住む豪勢な屋敷だった。
ここはトリステインの堕落した騎士からクルカロアスの祈祷師まで海のクズが集まった危険極まりない場所であり、そんな海千山千の悪党たちを束ねるデュゲトルアンとはどんな人物だろうと思っていたが、デュゲトルアンが待っているという略奪した高価な美術品が飾られた部屋にいるのはほっそりとした紳士がひとり。
「みな、そういう顔をする」紳士が言い、細長い灰色の口髭をひねらせた。「こんな男がデュゲトルアンのわけがないと。だが、そうなんだよ。ドニ・ド・デュゲトルアンなんだ。みなマークドール人のデュゲトルアンはとんでもない大男で、捕まえた捕虜をがつがつ食っちまうような人間だと、期待してさえいる。だが、海賊の頭領がオランドの詩を読むこともあるのだ。ふとした夜にハープシコードを弾いて、たとえどんな場所に身を落としても洗練された人間でいたいものだと思うこともな」
「裏切り者を許さないのは本当ですか?」クルトがたずねた。
「ああ、そっちは本当だ。裏切り者の皮で剣吊りベルトをつくったことはあるが一度だけだ。あっけなく切れてしまったからな。人間が人間の皮を剣吊りベルトに使わない理由は倫理以外にもあるわけだ」
クルトはデュゲトルアンの顔色が土気色になっていて、汗を浮かべているのに気づいた。
「こうして見栄を張っているが、いまにも倒れそうなんだよ」
「療術士を連れてこさせたのは、そういうわけですか」
デュゲトルアンがふらついて、テーブルのそばに腰かけたので、怪我の位置をたずねた。
「左の肩だ」
外套を脱がせて、シャツを引き裂くと、紫色に変色した皮膚があらわれた。
「この怪我はトリステインの矢がまぐれ当たりしたんだ。それで療術士に塞がせた」
「その療術士は傷を塞ぐ前に内部の膿を予防処理しましたか?」
「膿だと? あのヤブ医者はそんなことひと言も言わなかった」
矢傷の処理は癒光を傷の深くまで届かせないといけない。体に矢が入るとき、衣服の細かい繊維や土、雨水、場所によっては瘴気が一緒に入り込むことがある。そして、それらが汚染されていれば、体内で邪な熱を発生させ、膿ができる。この膿が体のなかで崩れると、膿は血管に入り込み、その毒はあっという間に体じゅうにまわり、患者は死亡する。
おそらくその療術士は癒光は使えるが、医療を専門家から学ばなかったのだろう。
「カンレル、エルテ。どう思う?」
クルトの肩越しにデュゲトルアンの変色した皮膚を見て、
「切開するしかねえな」
「光を直接、膿に当てないと手遅れになる」
クルトも同意見だった。
消毒布に包んだメスを取り出すと、
「おい、てめえ!」と、背後の海賊たちが剣を抜く。
「構わん」デュゲトルアンが言った。「それより痛み止めだ。ラムを持ってこい。色が真っ黒なくらい熟成してやつをな。グラスを忘れるなよ」
切開し、指先に集中させた癒光で膿を除いているあいだ、デュゲトルアンはひと言も発しなかった。おそらくこれから長い時間、様々な人を癒していくだろうし、そのつもりだが、それでもこのときのデュゲトルアンほど我慢強い患者には出会えないだろう。
ただし、ラムを立て続けに八杯飲んではいたが。
デュゲトルアンは裏切り者は剣吊りベルトにするが、恩を受けた相手にはしっかり礼をする。
アジトでの滞在のあいだ、あらゆる便宜を図るようにと徹底させた。
ちょうど、嵐がやってきて、アジトの外では創造神話のなかで出てくるような高波が崖にぶちあたり、島全体が潮をかぶった。
クルトは腕を厚めの毛織物でぐるぐる巻きにし、居住区の路地を歩いていた。海に出られないので、海賊はあらゆる場所でぐうたらしていた。何を賭けるわけでもなくサイコロをふったり、ラムをちびちびなめたり。
屋台からイカを焼く音がした。墨とワタをまぜて作った、どろっとしたソースが炭火に落ちるたびに濃密か香りが狭い路地を満ちていく。
「あ、いたいた」
そんな声がして、振り向くと、少女がひとり駆け寄ってきた。だぶっとした膨らんだズボンをはいた少女が近寄ってきた。そして、
「あんたがクルト?」
「そうだけど」
「あたし、アニー。大船長からあんたが望むことは何でも叶えるように言われてる」
「え? ああ、そうなんだ」
アニーは紙を一枚取り出して、煙草の葉を落とし、器用にくるくる巻いた。そして、道端のランタンで火をつけ、少し吹かしてから、
「ん」
と、クルトに勧めてきた。
「いや。おれは吸わないよ」
「美少女と間接キスできるのに?」
「うん」
「まいったな。たいていは喜んで吸うんだけど」
「きみ、いくつ?」
「十五」
「その年齢での喫煙は健康リスクが高いからやめたほうがいいよ」
「問題ないよ。あたし、十八になったら死ぬつもりだし」
「え?」
「こんな稼業だし、だらだら生きてもしょうがないじゃん」
「うーん」
「そんで? その調子じゃ一発やりたいってわけでもなさそうだし。なんかほしいもんないの?」
「イヴって女の子を知ってる? あと、アルフォンソ・パランテロ先生は?」
「なに、そいつら? 金貸してんの? 取り立てならまかしてよ」
「いや、お金を貸してるわけじゃないんだ」
「じゃあ、借りてんの?」
「そうじゃないよ。大切な人たちなんだ」
「へー」
「この嵐はどのくらいで止むかな。イスク=ヌヌの神殿に行きたいんだけど」
「なんで?」
「呪いを解くため」
「それって隠してる腕のこと?」
「うん」
「見せてよ」
クルトは腕にかけていたマントを取り去った。アニーは、ひゅう、と口笛を吹いた。
「かっけー」
「でも、生活には不便だよ」
「いっそ、殺し屋とかになっちゃえば?」
「前世がそんな生き方だった」
「いまは?」
「ひとりでも多くの人を、本当の意味で癒したい」
「かっけー」
アニーと話しているうちに彼女は実の親に売られたことがわかった。
「むかつくのは売られたことじゃなくて、たったの三十シェケルしか値段がつかなかったってこと。三十シェケルなんて、一度の航海で簡単に稼げる」
「その、親のこと、怨んでる?」
「いまが面白いからそうでもないけど、あたしを売って手に入れた三十シェケルは取り立てる。あたしにはその権利があるし。ねえ、ほんとにしてほしいことないの? エッチなことする気がないなら、イカサマテクニックを教えてあげよっか?」
「イカサマをして腕を折られた人を治療したことがあるよ」




