第13話 神樹信仰
※2016/5/20 タイトル変更。
「アヤメ、干し肉食べる?」
「食う…………めっちゃ硬え」
スティラキフルアは、千歳に敗れて汗だくのまま仰向けに倒れたアヤメに干し肉を差し出した。
ふてぶてしい程にマイペースに育ったスティラキフルアと、傍若無人なアヤメ。
同い年の彼女達は、周囲の大人達の予想を裏切って存外仲良くなっていた。
ここ数ヶ月、繰り返し行われた千歳とアヤメの立ち合い。
今日で通算何度目の敗北なのか、アヤメはもう数えるのをやめていた。
老獪という言葉では言い尽くせない程に、千歳の技量は己よりも遙か高みにあると思い知ったからだ。
悔しさはある。なまじ、今まで勝ち続けてきた天才であるからこそ、どうやっても届かないと思わせる絶対強者の存在に対する動揺は大きかった。
不思議と怒りや憎しみが湧き上がって来ないのは、勝てないと思い知る反面で、己の剣に急速な進歩を感じていたからだろう。
“私も不老なら、二人で永遠に戦って、どこまでも強くなれるのに”と、干し肉を噛み切りながらアヤメは大真面目に夢想した。
「……弟子にでもする気か?」
地べたに座り込んで暢気に干し肉を囓っている我が子とその友人を眺めながら、マーリンは千歳に声をかけた。
ニヤリと笑った千歳の額には、僅かながら汗が滲んでいる。
「弟子なんぞ取らん。というか、アレは教えて覚えるタイプじゃない」
特に言葉を送っているわけでもない。行動で指し示し、導いているつもりもない。
ただ全力で叩き潰せば、立ち上がる度に何かしらを掴み、強くなっていく。
今は未だ、真剣を持ちだしても怪我をさせずに負かす程度に実力が離れているが、それも数年とすれば難しくなるだろう。
弟子でもない。教え子でもない。少々歪ではあっても、アヤメは紛れも無く千歳にとって久しく見ない好敵手だった。
「まぁ好きにすれば良い。それで……」
「それで、なんだ?」
“精神の安定が計れるならば”と、言葉を続けようとしてマーリンは口を噤む。
不思議そうにこちらを見る千歳から意識的に視線を切って、マーリンは話題を変えた。
「それより、森人族の王から面白い話を聞いた」
話を逸らす為に咄嗟に切り出した話題だが、実はマーリンにとってはこれこそが今日の本題だった。
マーリンが語ったのは、近畿地方に残る森人族達───オトギにやってきた森人族達を迫害した者達───の宗教、神樹信仰の概要。
神樹信仰とは、その名の通り一本の不思議な大樹を神と崇め奉るというわかりやすい宗教である。
元来、森人族は魔素に適応した樹海の草木を加工する術に長けた種族だ。
移民騒動の際、千歳に向けて放たれた『魔法』を補助した杖も、長い時をかけて森人族達が編み出した魔法武器の一つである。
製造方法は、水分に溶けやすいという魔素の性質を利用して、知性の高い魔獣を水死させた水を『ウラス』と呼ばれる樹木に吸わせるというものだ。尤も彼らは『魂』の存在を定義しつつも、あくまで儀式の一環として杖の製造を行なっているだけで、マーリンの語るその原理にまでは理解が及んでいない。
「『ウラス』とは古い言葉で“空っぽ”という意味らしい。樹木自体は魂を宿す器に過ぎず、墓としても使われるそうだ。その場合、遺体から水分を吸い上げさせるよう木の根の側に埋めるらしい」
「ははぁ……そういえば、心霊現象は水辺で起きるって言うしな。で、その『ウラス』がどうしたってんだ?」
「問題は件の神樹も巨大な『ウラス』だと言うことだ。……チトセよ。君の年齢が止まってから、どれくらいの時が経った?」
「何だ? 藪から棒に。15歳の頃にこの世界に来て、それから今が……239……いや、240歳だから、多分220年ちょいぐらいか?」
唐突な話題転換に、千歳は自信なさ気に応えた。
マーリンは千歳の困惑を見て見ぬふりをして満足気に頷くと、話を続ける。
「今から凡そ220余年前、『ウラス』の中で特に大きな個体として知られていた大樹───『シヴァールヴァーニ』にとある異変が起きた。以降『シヴァールヴァーニ』は『星神』として、彼らの神樹信仰の核心的存在になったという」
「……とある異変?」
220余年というある種の符丁。マーリンの言わんとする事に薄々と予想がついた千歳は、表情を強張らせた。
「『星神』は凡そ220余年もの間、虹色に光り続けているそうだ」
あんまりこういうこと書きたくないんですが、いつも短い文字数がさらに少なくなっております。
それとは関係ないのですが、5月か6月に仕事の関係で3~4週間程、外界から隔離された土地に閉じ込められることになりそうです。現在(プロローグに関しては)ストックなしで書き続けている状況ですので、どこかの週で更新が滞るかもしれませんが、エタったわけではないのでご容赦下さい。来週、再来週は更新すると思います。
初めは全然気にしないと思っていたのですが、ブックマークが増えると物凄く嬉しくて励みになっています。
長くなりましたが、なるべく止まらないよう頑張ります!
よろしくお願いいたします。