第14話 神話の戦い - (1)
※2016/05/11 一部修正。千歳の心情を追記。
※2016/05/12 誤字修正。
※2016/05/20 タイトル変更。脱字修正。
「行くのか?」
マーリンの問いかけに、千歳は逡巡する素振りも見せず頷いた。
「まぁな。会ってどうするかは……まぁ、見て決めるさ。まず木とコミュニケーションが取れるのかもわからんが」
“ここにいても、特段俺がやることもないしな”と、笑う。
実際は現人神たる千歳が姿を消す事で、国にどんな影響が出るかはわからない。
それでも千歳が“自分の役目は終わっている”と思っているのは本心だ。マーリンはそれを理解した上で、千歳が国よりも自分の欲求を優先させる事を良い変化と捉えた。
「ならば、私も行こう」
ニヤリと口角を上げて発したマーリンの言葉に、千歳は少しだけ目を剥く。
「……ダメだ」
「なぜだ?」
「自分の身も守れん奴を連れていくつもりはない」
「ならば私と戦え」
今度こそ困惑したように目を見開いた千歳は、無言のままマーリンの背後に立つダリアに目を向けた。
ダリアは千歳の視線を受け止めると、一度だけ首を縦に振る。
「はぁ……随分とらしくねー事を言う」
「そうか? どれだけ鍛えようと、個人の武力の差などいくらでも覆す方法はある」
戦神の武勇伝として語り草となっている5年前の移民騒動の現場には、マーリンも居合わせた。
そして『魔法』という圧倒的な暴力を剣一本で制圧してみせた、千歳の隔絶した武技を現実に目にしている。
それでも尚、マーリンはそう嘯いた。
「舐めるなよ。クソガキが」
傍から二人の容姿だけを見比べれば滑稽とも映る台詞に、僅かな怒気を乗せて千歳は呟く。
両者から距離を置いていたダリアとスティラキフルア、そしてアヤメまでもが緊張に顔を強張らせるが、マーリンは飄々とした態度を崩さない。
「ふむ……ここは人生の大先輩の胸を借りるとして、こちらから攻めさせていただこうか」
そう言ってマーリンが取り出したのは、剣でも、槍でも、ましてや杖でも無かった。
それは森人族達がオトギに持ち込んだ『ウラス』から製紙した一冊の本。
後の世に『原典』と呼ばれる、最古にして最初の『魔導書』。
マーリンの身体を鈍い魔力光が覆うと、呼応する様に『魔導書』が明滅する。
やがて『魔導書』から滲み出るように魔力が広がり、千歳を含んだ辺りの空間を包み込んだ。
「どうせなら二度手間とならぬよう、『魔導書』の概要を簡単に教えておこうか」
千歳は険しい眼光のまま、僅かに顎を上げて続きを促した。
直剣は抜かない。千歳にとって徒手での体術はむしろ、剣術よりも練度が高い。
無力化を目的とするなら尚更、抜き身の両刃は邪魔となる。
「この本の名は、『魔導書』。人類の営みを新たなステージへと導く、魔力運用技術の結晶。一定領域内の世界記憶情報に干渉し、任意の値を入力する為の、言わばコンソールだ」
辺りを包み込む魔力がその“一定領域”なのだろうと、千歳はすぐ察する。
(───使わせない)
森人族達の魔法杖の使用は、オトギの法で禁止されている。
魔法杖はストックされた魔獣の魂を超えた奇跡を願う時、足りない分を補う形で使用者の魂を貪るからだ。研究は継続して行われているものの、その明確な境界は、未だ正しい定義が立証されていない。
マーリンが『魔法』を使うのなら。
マーリンの言う“武力の差を覆す方法”が、『魔法』であるのなら。
目の前の男が何を思って『魔法』の力を持ちだしてまで自分を認めさせようとしているのかはわからない。
しかしそれは千歳にとって、許容できない危険性だ。
千歳はマーリンのアクションを待つのをやめ、動き出した。
派手な音を立てるわけでもなく、するすると近づいていく。
詠唱はさせない。
ここまで来れば、口を開くよりも先に目の前の男の意識を刈り取れる。
そう思った直後、マーリンは右手で開いた本に左手をかざした。
「ッ!!」
正面から襟元を掴まんとする千歳の手は、瞬時にして現れた半透明の壁に阻まれた。
それは奇しくも、千歳がアヤメとの初めての立ち会いで見せた、光る剣閃に似ていた。
不測の事態に、崩れた体制から素早く身を捩って距離を取る。
「言ったはずだ。『魔法』ではない。これは新たなる魔力の運用技術……『魔術』だ。そのトリガーは詠唱に限らない」
剣呑な光を帯びたブラウンの瞳が、徐々に驚愕に染まっていく。
「世界記憶にどのような刺激を与えれば、現実にどのような影響を与えるのか。この『魔導書』の1ページ1ページには、膨大な観測データから得られた、目的とする事象を引き起こす為の入力値がプリセットされている」
「おい、まさか……」
マーリンが千歳から得た21世紀の雑多な知識は多岐にわたる。
自然科学、天文学、医学、語学、算学、社会学、地理、歴史、芸術。
自動車、機関車、飛行機、船艇、エンジン、コンロ、エアコン、テレビ、パソコン。
もちろん、15歳の少年であった千歳に再現性を持つ詳細な知識など、ただの一つとして無かった。
それでも“これは実現可能である”という事実を先に知れる事が、発明においてどれだけ大きな意味を持つか。
そこには伝承として今に残る鬼人族の冶金学や、森人族の魔法学にも存在しない、この時代の人類にとってはまさに絵空事のような概念が数多も存在していた。
そしてその未知の概念は、この数十年の間中、マーリンの発想を飛躍させ続けた。
「『魔法』のように現実をまるごと書き換えるのではなく、極限までに無駄をそぎ落として調整された入力値。これは『特性』と同じく、魂そのものではなく、魂の残滓である魔素から生成した魔力によって行使される」
入力値が恣意的な人間の『意思』によって決められるのではなく、無感情かつシステマチックに定義されるのであれば、『魔法』の危険性はほぼ無くなったと言っても良い。
事実として『魔導書』には寿命に影響しない範囲でのみ制御が働くよう、安全装置が儲けられていた。
すらすらと語られる概要を、千歳は内心で懸命に噛み砕く。
やがて理解が追いつくと、驚愕は興奮に変わっていった。
「……ふっ……はは……はははははははッ!」
この男は、一体なんてものを創ったんだろうか、と千歳は笑った。
比喩ではなく、『魔術』はあらゆる分野で革命を起こす大発明だ。
心の底から湧き上がる、愉快な、痛快な気分。
それは『魔術』を手にした人類の未来への期待か。
はたまた、『魔術』という強大な力によって好敵手と成り得るであろう、目の前の男を含む、未来の魔術師達への期待か。
それは千歳自身にもわからなかった。
「『魔術』、ね。そうかそうか……クク、いんじゃねーか。初見というには知りすぎたが、後で言い訳もしねーよ」
しかし、“わからなくていい”と千歳は思った。
始めは、自分を受け入れてくれた兎妖精族達の為だった。
そうして生きて、一歩ずつ強くなっていく内に背負えるものは増え、同時に大切なものも増えていった。
いつからだろうか。
戦い───それ自体を求めるようになったのは。
守るのではなく、勝つために剣や拳を振るうようになったのは。
長い生で積み上げた、練達の武技。
血反吐を吐いて、身を切って、骨を折って、どん底の最底辺から這い上がってきた自負心。
手に入れた強大な武力に、酔っている?
強者として崇められ、傲慢になっている?
それでも───と、そこで千歳は思考を放棄した。
戦いに崇高な目的も、意味もいらない。
今、戦っている。
それが楽しい。
そして、それが全てだ。
「かかってこいよ、『魔術師』。勝てるもんなら……やってみろッ!」
獰猛な笑みを貼り付けたまま、千歳は駆けた。
先刻と同じように正面から掴みかかるように跳びかかる。
マーリンも反射的に『魔導書』に手を添えるが、千歳のそれはフェイントだった。
猛烈な勢いのまま体勢を変え、側転でマーリンを通り過ぎる。
そのまま一回転して地面を抉るように踏み込むと、がら空きの背中にエルボーを放った。
「ふッ!」
しかし、千歳の渾身の一撃はまたしても障壁で阻まれた。
一瞬遅れて、マーリンが振り返る。
「閑職の木っ端衛兵が、これを防ぐか!」
興奮を隠し切れない声色で叫びながら、千歳は素早く後退した。
対するマーリンは軽口に応える余裕も無く、背筋が凍るような感覚をひた隠しにして不敵な笑みを浮かべるのが精一杯だった。
(───疾すぎる)
いくら一定領域内に任意の事象を起こせると言っても、その効果の選択や発動させるタイミングはマーリン次第だ。
確かに現時点で世界唯一の『魔術師』であるマーリンの、魔術自体を破る術は存在しない。
しかしマーリンの父の『魔法』の齎した結果が中途半端であったように、他者の身体───ないし魂の情報に直接的に干渉するのは、例え『魔法』であっても難しい。それは奇跡の規模だけで言えばはっきりと劣る『魔術』ならば、尚更の事だった。
つまり、“虚空に火の玉を出現させて発射”して結果的に相手を火傷させる事は出来ても、“南 千歳という人間が燃える”という事象は起こせない、ということだ。
近接攻撃が主な千歳相手に、『魔術』を操れる領域内での戦いであっても、決して無敵とはなり得ないのだ。
マーリンの虚勢を見抜いてか、千歳は口角を更に上げて、川辺の方角へ走りだす。
防戦一方の現状に、敗北がにじり寄る気配を感じ取ると、マーリンは攻勢に移るべく『魔導書』のページをめくった。
前後編で終わるはずが、加筆が多すぎて終わりませんでした。
前中後編でも足りないので、普通に英数字でナンバリングすることにしました。
以前の分も英数字に差し替えるかもしれません。気が向けばその内。
千歳さん、初期設定ではこんな戦闘狂みたいな人物じゃなかったはずなんですが……。




