11話 アルヴィンとアニエス
領都へ近づくにつれ、道の両側には薬草畑が増えていった。
畑ごとに育てられている植物が違う。葉の大きなものや細かな花をつけるもの、低い茎に実をつけるものなど、多種多様な植物が並んでいた。
最初に案内されたのは、薬草の栽培地だった。
「ここでは、主に薬の原料になる植物を育てています」
案内役の薬草師が説明する。
アニエスは畑を見回した。
「収穫した薬草は、その後どうなるんですの?」
「種類によって違います。すぐに乾燥させるものもあれば、研究施設へ運ぶものもあります」
「その運搬は?」
「領都の加工施設まで運ぶことになります」
「遠い畑では、どのくらいかかりますの?」
「半日ほどかかります」
「……それなら、収穫物によっては運ぶこと自体が負担になりそうですわね」
アルヴィンが頷いた。
「そこが今、問題になっているんだ」
「乾燥させれば保存はしやすくなりますけれど、乾燥する前に傷んでしまうものもありますものね」
「そうだ。しかも、乾燥させすぎれば品質が落ちるものもある」
アニエスは畑と資料を交互に見比べた。
「でしたら、全部を領都まで運ぶ必要はないのではありませんか?」
「というと?」
「収穫地の近くに、一次加工の拠点をいくつか作るんですの」
アニエスは広げた地図を指さした。
「乾燥、選別、計量、簡単な包装までを、できるだけ産地の近くで済ませるんです。そこから領都へ運べば、傷みやすいものを長距離輸送する必要がなくなりますでしょう?」
アルヴィンが地図を覗き込む。
「拠点を置くなら、街道や川に近く、いくつかの産地から集めやすい場所がいいな」
「はい。ただ、建設費や人件費も必要になりますから、今の輸送費と比べて効果を確かめる必要がありますわね」
「薬草によっても、向いている方法は違うだろう」
「保存のきくものはまとめて運び、傷みやすいものは産地の近くで加工する。高価な薬草を特別に扱う方法もありそうですわ」
アニエスは思いつくままに話していたが、アルヴィンはその一つひとつを真剣に受け止め、熱心に耳を傾けていた。
「それから……」
アニエスは資料をめくった。
「こちらの地域では、薬草を扱える人が不足しているとありますけれど」
「ああ。それも大きな問題だ」
アルヴィンの表情が少し曇る。
「薬草の生産量を増やしても、扱える人間がいなければ薬にはならない。地方の診療所では、知識を持つ薬師が足りていない地域もある」
「でしたら、育てるほうも必要ですわね」
「育てる?」
「人材を、です」
アニエスは少し考えながら続けた。
「薬草の見分け方や乾燥、保存方法。基本的な調合や、診療所で必要になる最低限の知識を学べる場所があればいいと思います」
「学校のようなものか」
「そこまで大きくなくても、まずは研修所のようなものからでも」
アニエスは慎重に言葉を選んだ。
「そこで学んだ方が、それぞれの地域へ戻って働くことができれば……薬を作る人と、必要な人の間をつなぐ人も増えますもの」
アルヴィンは黙って地図を見つめていた。
薬草の栽培、研究、製薬、そして必要な人のところまで届けること。
これまでバラバラの課題として捉えていた要素を、彼女はサプライチェーンの一連の流れとして見事に繋げてみせていた。
「研究施設と薬師、診療所、それに流通までつながっていないといけないんですのね」
「……そうだな」
「どれだけ良い薬ができても、必要な場所へ届かなければ意味がありませんもの」
アニエスは資料に視線を落とした。
「これは、ただ薬草を作る話ではなくて、必要な人に必要な薬を届ける仕組みを作る話ですもの」
アルヴィンは、しばらく何も言わなかった。
やがて、小さく息を吐く。
「君は、本当に……どこまで考えているんだ?」
「さあ……。資料を拝見していたら、いろいろと思いついてしまっただけですわ」
「それだけで、ここまで話が広がるのか」
アルヴィンが、少し呆れたように笑う。
アニエスは手元の資料に目を落とした。
「でも、アルヴィン様の資料がとても分かりやすいんですもの」
「俺の?」
「ええ。必要な数字や問題点が、きちんと整理されていますでしょう?」
アニエスは感心したように続けた。
「これだけのことを把握して、実際に人を動かしていらっしゃるのですから……アルヴィン様は、本当に有能な方なんですね」
「……そう見えるか?」
「はい」
アニエスは素直に頷いた。
「私には、とても真似できませんわ」
思いがけず真っ直ぐな褒め言葉を向けられ、アルヴィンは一瞬、言葉を失った。
「……それは、褒めてくれているんだろうか」
「もちろんですわ」
「それなら……悪い気はしないな」
「公爵家も安泰ですわね」
アニエスが少しおどけて言うと、アルヴィンは嬉しそうに笑った。アニエスも、つられるように笑ってしまう。
* * *
その後、二人は研究施設へ向かった。
そこでは、現在研究中の薬について説明を受けることになった。
「こちらは、隣国で発生した流行病への対策として研究している薬です」
研究員が説明する。
「治療薬だけでなく、症状を軽くするものや、感染を防ぐための予防薬についても研究しています」
アニエスは真剣に資料を読んだ。
「これが完成したとして……地方の診療所にも届けられる予定なんですの?」
「そのための流通方法を、現在検討しています」
「でしたら、保存や輸送も重要になりますわね」
研究員が頷いた。
「ええ。せっかく薬が完成しても、遠方へ運ぶ途中で品質が落ちたり、輸送費が高くなりすぎたりすれば、必要な人へ届けることができません」
アニエスは頷いた。
「それなら、さっきの加工拠点も研究施設とつなげて考えたほうがよさそうですわ」
「そうだな」
アルヴィンが答える。
「研究の現場や薬を扱える人材、そして届ける仕組みという三つの要素が別々ではなく、最初から一つの流れとして動くようにする必要がある」
「はい」
アニエスは小さく笑った。
「実際に見てみると、資料だけでは分からないことがたくさんありますわね」
「だから、君を誘ったんだ」
不意にそう言われて、アニエスが顔を上げた。
「……私を?」
「ああ」
アルヴィンは穏やかに笑った。
「君と話していると、考え方が広がるな」
「そんな……。私が思いついたことを申し上げただけですわ」
アニエスは少し照れたように笑った。
「お役に立てたのでしたら、嬉しいですけれど」
「それだけじゃない。君と話していると、自分では気づかなかったことに気づかされるんだ」
「私も、アルヴィン様のお話を伺っていると勉強になりますもの。知らないことばかりですわ」
「そうか?」
「ええ。ですから、これからもいろいろ教えてくださいませ」
「もちろん」
アルヴィンは穏やかに笑った。
ビジネスライクな会話をしていたはずなのに、気づけば二人の間の空気は驚くほど柔らかくなっていた。
視察を終えて外に出ると、領都の空は綺麗な夕暮れ色に染まり始めている。
「せっかくだ。少しだけ、街を見ていかないか?」
アルヴィンに誘われ、アニエスは頷いた。
「はい。ぜひ」




