76.
※拷問や四肢欠損などの表現があるので、閲覧注意です。
あれから。
世界は目まぐるしく変わった。
まず、ブレメンスについて。
あの国の王族・貴族は全てその権力及び権利を全て剥奪された上で、放逐された。実質的なブレメンスの崩壊及び再生のためである。民草から搾取し続けて何も仕事をしない、魔法が使える者が代わりに酷使されることで国としての最低限の形を保つ。そんな人間達の集まりだったこともあり、いなくなっても国民の生活に大したダメージはなかったようだ。
むしろ放逐された王族・貴族は、その無駄に培われてしまっているプライドの高さから働くことも出来ず、他人に助けを求めることも出来ず、他国との交流も薄く、あまり好かれていなかったこともあり、現在大半が行方不明である。まさに転落人生だろう。追い出された先で、彼らがバカにしていた物乞いや奴隷にでもなっているのかもしれない。
そして私の命を狙ってきていたジルド=ブレメンス。彼は国王という立場を奪われてしまった時点で、屍のように何も話さなくなってしまったようだ。現在はフィオレントの地下牢獄で余罪を調べられた上でその罪を償う日を待っている。きっと彼にとって一番大切な『権力』というものを失ったのは大きかったのだろう。もう私の命を狙えるほどの権力もなければ、気力もない。少し哀れだとすら思った。
逆に良い方に人生が好転した者達もいる。
あの国の裏側では、ずっと王侯貴族に対して不満を持っていた者は多かったようだった。だからそれらの人間が何度も革命を試みようとしていたようだ。私は知らなかったが、ハルトリッヒ達はそういう人間とずっと相対していたようだった。それを聞いて、なるほど、だから私に対して3人が差し向けられたのかと納得したりもした。
そういった人達や外の世界を広く見たハルトリッヒやハルトリッヒの中まであったローラやバリーと言った面々もフィオレントを見て心を改めた様だった。
今やブレメンスは『魔法を使える人間の搾取をしない、共存して助け合う』という精神の元、民主主義国家として立て直し始めている。政治や外交、その他国民が暮らすための新たなインフラ設備の新設、魔法を使わない農業・畜産業の開拓などなどやることは沢山あるが、皆生き生きしていた。
フィオレントのサミュエルとクラウスが全面的にサポートし、フィオレントからの様々な補助をするということを公言したこともあり、今後はきっとかの国も生まれ変わることが出来るのだろう。
別に私はブレメンスの事を恨んでいるわけではない。確かに搾取され、酷い扱いも受けてきたが、そういう扱いをしてきた人間も今は私に対して批判の目を向けてくることはなくなった。
この間会った時に驚いたのが、とある騎士に以前逆恨みで傷付けてしまったという謝罪を受けたのだ。私も最近はクラウス達について行ってブレメンスに行くことが増えたが、そういう謝罪を数多く受ける。それに対して私はどういう感情を示せばいいのか分からないが、確実に変化は広がってきている。彼らが罪を認めて謝罪をしたように、私にもいつか彼らを許せる日が来るのだろうか。未来の事は何も分からないが、今ではそれも悪くないと思い始めている。
そして私は、現在想いを通じ合わせたクラウスと一緒に彼の領地であるカッシュメイス公爵家の一室を借りて暮らしていた。ブレメンスの方をサミュエルとクラウスと共に行き来していることもあり、帰れるのは活動全てが休みの時だけではあるが、今は出来るだけ一緒に居たいというクラウスとの総意だ。二人共、魔道具の開発は一度お休みして、外に散歩に出かけたり、カッシュメイス領地にある山までピクニックに出かけたりなど穏やかな日々を過ごしている。
しかし今日は特別な日。だからまたこうしてブレメンスまで来ていた。少し前に保護されたとある人物達に会いに行くのだ。
「……本当に会いに行くのか?」
「ええ。彼女達のしたことは確かに自業自得なことだったかもしれない。それでも、一応はそれなりの時間を過ごした家族だし、妹という続柄ではあるの。別に情があるわけではない。でも、私にあの国を出る切っ掛けをくれたことには感謝しているの」
「そう、か。だが俺も隣にいるから、いつでも頼れ」
私は今日、義妹モリー=トリプレートとその婚約者であり、私の元婚約者でもあるジョン=ブレメンスに会いに行く。
実はサミュエルにも、今隣にいるクラウスにも散々止められた。二人は私の心を守ろうとしてくれているのは分かる。けれど、私はブレメンスに対する感情は全て清算してしまいたかった。これからのために、未来に真っ直ぐ進んでいくために。
それを伝えたら、どちらも渋々折れてくれた。クラウスはいつでも私を庇えるように隣に、サミュエルはむくれながら部屋の外で待っていると約束してくれた。
フィオレントにある最新の技術を終結させた病院のとある一室の扉の前。そこでノックを3回して、中からの返事を聞いてから部屋を開けた。
「ソフィア=トリプレート様ですね。お待ちしていました。すぐにお二人を連れてきますね」
こくりと頷き、看護師達の行動を見守る。正直緊張していた。
確かに酷い言葉を掛けられたのは事実だ。しかし、後から彼女らの現在の状態を聞いてみれば、悲惨どころの話じゃなかった。私は確かに言葉でも行動でも傷付けられたが、彼女らはきっとそれ以上のものを負っている。
そうして隣に居るクラウスにじっと見つめられながらも暫く待つと、車椅子を押す音が聞こえた。
車椅子の上に乗っていた人達の姿を見て、一瞬気分が悪くなりかけた。それは決して過去のトラウマを思い出したからなどという理由ではない。私は正直、ソレが知っている人間だとは認識することが出来なかった。
酷い拷問にあったのだろう。
モリーの唇は外側がシワシワになって常に開けっぱなしになっている状態。口の外側の刺し傷からして縫い付けられていたのだろう。そしてそこから常時見える乾き切った舌は断面が見えてしまっていた。
それだけじゃない。左目は瞼を切り取られてしまったのだろう。眼球が飛び出しそうになっている状態で、右目は縫い付けられている。中に瞳があるのかすら分からない。これでもフィオレントの病院内で一生懸命治そうとはしたのだろうことはわかっている……のだが、あまりにも酷い状態だった。細かい傷は治りかけているが、深い傷が身体に残っているのが服の上からも見て取れた。
聞いた話によると、保護した当初はもっと酷かったらしい。身体は5体満足ではあったが、ずっと風呂に入るなどしていないのが見てわかるほどに垢が浮き出て、酷い臭いがしたようだった。散々に人権を底から覆して奪い去るような酷い扱いを受けた上で、辛うじて生きている。そんな状態だったとレポートを見て分かっていた。
彼女は一言も喋らない、否、舌が切り取られているせいで喋れない。瞳もどこを見ているのか分からない。人間としての尊厳を極限まで取り上げられたような姿だった。
ジョン=ブレメンスの方も、それは酷い有様だった。
かつて王族の一人であったのにも関わらず、モリーと同じくらい酷い傷を負っていた。しかし流石に腐っても王族という立場だったからなのか、顔についてはそこまで酷い外傷はなかったのだが、左足と右腕が完全に切断されていた。きっと切り取り方も雑だったのだろう、断面は塞がりかけてはいるが、何度もほじくり返されたような傷口が見えていた。
彼の方は精神的に喋ることが出来ないのだという。曰く、喉が潰れるまで叫び出すからという理由で現在は医療用の猿轡をされているのだ。決して外さないようにと会う前から言いつけられていた。
「…………治療、します」
「できる、のか?」
「ええ。多分。こんな拷問跡は治したことがないから、確証はないけど。安心して。私はもう別に彼女達の事は恨んでいないから」
クラウスは心配性だ。
今もどちらかというと私の精神面の方を心配して、私の意志を確認してきた。
けれど彼に言ったことは事実だ。別に私はモリーの事もジョン=ブレメンスの事も恨んでいない。ただ、可哀想な人達だと思うだけだった。私を『解放』してしまったがばかりに酷い目に遭ってしまった不運な人達だと今は思っていた。
だからこれは一種の贖罪なのだ。私にクラウスに、ポッシェ村に、フィオレントに出会う切っ掛けを彼女らは与えてくれたと言っても良い。だからそれくらいの恩は返しても良いかと思っただけだ。
そうして私は握ったモリーの手に魔力を込めた――。




