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6.爪痕

26/04/03 日時の誤りを修正


 2167年2月14日16時 アメリカ東部


 地下に築かれた指揮所の中で大統領は多くの情報を目の前に、腕を組んでいた。

 そして口を開く。


「想定される被害は?」


「はい。地上付近での爆発が発生し、膨大な量のガンマ線と熱、中性子などが放出されております。

 ここから先は計算上での話となりますが、爆心より200km圏は何も残らないでしょう。1000km圏では大規模な破壊が起き、生命の維持はほぼ不可能。

 3500km圏では強烈なダウンバーストが発生し、それに伴う音速に迫る嵐が吹き荒れたようです。ダウンバーストの発生範囲は現時点では最大4500km程度まで観測されています」


「日本は、ほぼ壊滅か。日本駐留の部隊の状況は?」


「本土にいる人員に関してはおおむね撤退が完了しております。損害は深刻ではありません。

 佐世保から脱出した水上艦艇は影響圏を脱することができませんでしたので、数隻が沈みました、現時点では沖縄に待機しております。

 航空戦力はグアム方面に待機中。

 また沖縄に関しましては基地の機能を維持しておりますので、一時退避した部隊も現地に戻っております。

 沖縄の部隊、および第7艦隊が現地の救助活動に従事、第3艦隊は第7艦隊のバックアップを兼ねアジア南方海域に展開しております。

 現時点では通常時の50%程の即時展開能力を維持しているかと」


 大統領は一つ頷いた。

 そして尋ねる。


「現時点で、人類史上経験したことのない類の爆発事故が起きた。広範囲に被害が及び、半年もしないうちに大規模な寒冷化が始まる。

 これが私の認識だが、間違ってはいないかね?」


「はい。各所からの報告内容と照らし合わせましても、概ねそれでよろしいかと」


「現時点で、直ちに対応せねばならない事態ではない。そう判断するが、諸君の意見は?」


「ロシアや中国の自動反撃システムが稼働した形跡はありません。日本やヨーロッパ諸国にはかなりの被害が出ると思いますが、現状では推移を見守るだけで十分でしょう。

 ただ、軍は警戒段階を一段上げておくことを進言いたします」


「今すぐに食料の備蓄量を上げることを進言します。数年にわたり大規模な飢餓が世界で発生する可能性が高いと思われます。

 少なくとも国民向けに配給できる食料は十分量確保すべきでしょう。短期的には今回の事故で被害を受けた地域に対しての支援物資になり得ます」


 そのほかにも複数の意見が上がる。

 大統領はそれらを聞いて、宣言した。


「現時点で政府の運用を通常時に戻す。食料確保と警戒段階の引き上げはその通りに進めてくれ。

 あと、今回の事象の詳細については分かり次第報告を。7thゲートに関しては、システムを停止、当面は封鎖とする。

 火星、木星域の治安維持体制を強化。国がなくなってタガが外れる連中を野放しにはできんからな」


 画面上に示された被害域をもう一度見つめ、大統領は目を閉じた。

 ロシア、中国という二つの国家が事実上消えた。

 これから予測される事態は、アメリカが、いや地球人類が経験したことのない未曽有の状況だ。


「人間は、恐竜のように滅びるのだろうか。それともこの危機を乗り越えられるのだろうか」


 誰にも聞こえない呟きを残して、大統領は席を立った。

 彼はこれから、日常に戻る。

 それが偽りの日常であることは承知の上だった。





 2167年 2月20日 日本時間午前8時


「大統領閣下のご尽力に感謝いたします」


 画面に映る人物に対して、総理は深々と頭を下げた。


「亡くなった多くの日本国民に哀悼の意を表すると同時に、苦難を乗り越えようとする姿勢に賛辞を贈りたい」


 総理の言を受けて大統領はそう返した。


 ロシアで起きた大規模爆発の影響で発生した強烈な下降気流は、断続的に日本も襲われた。

 正確ではないが最大250m/sの猛烈な風が地域を襲ったとみられている。

 強烈な風が、街路樹や車両を次々と吹き飛ばし、構造的には耐えられた建築物も、ドアや窓枠が飛ばされた。あらゆるものが破壊の元凶と化したのだ。

 舞い上がった質量物が建築構造に次々と当たり、少しずつ破壊され、その破片も次の弾丸となった。

 台風や地震、津波などに対応できる防災レベルの高い建物も次々と破壊された。

 そして数度にわたる地震と火山活動。自然災害が立て続けに日本列島を襲った。急激にユーラシアプレート側の地殻変動が活発化した影響と考えられている。


 地下施設は暴風の影響を受けなかったが、地上が破壊されたことにより出口を失った。

 それらの救助を行うことのできる人員が、地上にはいない状況となった。

 結果的に地下施設に逃れた人々は、地上にいた人々よりも長生きはできたが、その多くが、この世の地獄で命を落とす結果になった。

 日本列島全体が壊滅的被害を受けたのだ。

 東京と房総半島はダウンバーストこそ起きなかったが、北関東からの突風の影響で被害が出た所に巨大地震。被害は甚大だった。

 沖縄は日本で唯一、今回の災害を免れた地域である。


 首都は残った。かろうじて機能はしている。だが、そのほかの地域はほぼ壊滅。

 わずかに生き残った地方に人々は自衛隊を中心に小規模な集団を形成して生き残ってはいるが、高度な医療も、十分な食料すらない状況が続いている。

 現在、生き残った人員を首都圏と沖縄に移送する作戦が進められていた。


「我々は同盟国である日本に対して、援助を惜しむつもりはない。

 だが、現状で日本は国として存続するだけの体力を失っている。それに合衆国民の税金でいつまでも援助を続けるのは難しいのも事実だ。

 そこで、現状の東京および沖縄を、合衆国統治下に移管することを提案する。

 そうすれば、我々にとって日本の状況は国内問題となる。世論に対しても申し開きができるというものだ」


 総理はその言葉に絶句する。

 もちろん理解はできる。合理的な判断だとも思う。

 だが、日本という国が消滅することに対して、理性ではどうにもならない拒絶感があった。


「大統領閣下。私個人の意思では決定することはできません。少し時間を頂きたい」


「もちろん、判断を下すには熟考が必要だろう。十分に検討してほしい」


「ありがとうございます。ではまた後程」


 通信が終わる。


「まさか日本を明け渡す決断をしなければならないとは…」


 責任という文字が大きくのしかかる。

 それでも総理自身は理解していた。現状で生き延びられたこと自体が奇跡的なのだと。




「日本にはもはや戦略的価値はありません。切り捨ててもよろしいと思いますが?」


 通話を終えた大統領に補佐官がそう質問すると、軍服の人物が代わりに答えた。


「対中、対ロシアという点ではその通りだが、被害が出ているとはいえ、インドは健在だ。東アジアから南アジア地域の拠点として沖縄には、いまだその価値がある。

 東京に関しては、マスドライバ(リニア加速射出機)が現存している。この先宇宙開発の拠点として使えることを考えれば戦略的に重要と言える」


「その通りだ。あの規模のカタパルトを建造する費用と立地を考えれば、決して高い買い物にはならないだろう」


 軍人から話を引き継いだ大統領は続ける。


「被害想定から現時点での日本の人口は2000万から3000万人と推測できる。これを食わせる十分な食料は供給できない。

 だが、現状の日本政府に現地政府を統括させる形なら、支援物資が不足しようとも我々の責任と断言はできなくなる。

 それを非難する国はおそらく存在しないからな。アメリカ領、日本自治区。この体でちょうど良いと思わないか?」


「了解しました。その方針に同意します」


「理解が早くて助かるよ。で、ほかの地域に目を向けたい」


「はい。東ヨーロッパ諸国も日本と同レベルの被害が出ております。ドイツやフランスは被害軽微、イギリス、スペインなどは被害はほとんど出ていないようです。

 オランダのマスドライバは、今後の気温低下に伴い、稼働は困難となるでしょう。

 人口密度的に、寒冷化の影響が出ればすぐに飢えると思われます。

 今の規模での国力を維持するのは困難で、ヨーロッパ連合として、南下方針を立てる以外に生き延びる手立てはありません。

 北アフリカ地域との武力衝突は1年以内に始まるでしょう。この地域の兵力は一度引き上げてもいいかと思います」


「そうか、ほかは?」


「はい、アフリカ地域、オセアニア、南米は今回の事象に対して影響を受けるのが最も遅い地域です。ですので、我々の生存戦略とは完全に対立することが予想されます。

 特に南米の左派政権は少し面倒です。交渉の糸口が見つからない可能性があります。オセアニア、特にオーストラリアはこちら寄りに動くかと。

 アフリカは人口こそ多いですが、技術水準は半世紀遅れたままです。何とでもなるでしょう」


「ありがとう。ここからが本題だ。

 昨年末の地球の推定人口は96億人。今回の事象により既に30億以上は減ったと見られている。

 今後の寒冷化の影響で最初の1年で最低20億人が飢餓状態に陥ると推測されている。寒冷化の期間はまだ断定できないが、回復期に入ったとして穀物生産は元には戻らないだろう。

 長引けば長引くだけ、餓死者の数は増えていく。これは我が国においても他人事ではない」


 ここで一つ呼吸を挟んで、大統領は再び発言を続けた。


「餓死者の数を減らすことは不可能だ。だが、無秩序な死を、計算された死に変えることはできる。

 神がそれをお許しになるかはわからないが、少なくとも私は合衆国大統領として、この国を守る責務を負っている。

 そこでだ。

 これから配る資料にまず目を通してもらいたい」


 一同に資料が配られる。

 電子的なものではなく、紙に印刷された資料。


「持ち出しは禁止だ。ここで目を通したらひとまずは忘れてくれ」


 大統領の言葉に一同は頷いてから、資料を開き目を通す。

 誰もがその資料に最初驚き、そして真剣さを増して読み進めた。

 会議室の中は沈黙が支配した。




 2167年 3月31日 12時(日本時間)


 都内にはそれなりに人影はある。

 外装がボロボロに傷んだビルのフロア内などに、数名の集団が点在している状況だ。

 風を遮るものはなく、肌寒いが、雨をしのげるだけマシだった。

 高層化した建物の高層階にはまだ空きがある。

 だが、エレベーターの動かない高層建築に住みたがる人はいない。

 流入してくる避難民は、あとになればなるほど上の階を使わざるを得なかった。

 

 廃墟だが、人口密度の高いこの都市のいたるところに、昨日からスピーカーを載せた自動車が配置されていた。

 総理からの緊急放送が行われると事前に告知が行われていたのだ。

 民間用のネットワークはまだ生きているし、そこでも放送は行われるらしい。

 だが、普及率100%だった通信デバイス類は、誰もが使えるという状況ではなかった。

 

 12時ちょうどになると一斉に放送が始まる。


「国民の皆さん。本日は極めて重要なご報告をせねばなりません。

 …本日をもって日本国は、事実上、国家ではなくなります。

 合衆国の自治区として運営されることになりました。

 国土の8割が壊滅的被害を受けた今、国としてシステムを維持できる状況にありません。苦渋の選択ではありますが、私をはじめ日本政府は、生き残った国民を一人でも多く保護し、生き抜くためにこの決定を下しました。

 正しくは選挙を行い、あるいは国民投票等をもって民意に諮るべきなのは承知しておりますが、現状において、それらを行うことすら困難であります。

 今は選択の余地がありません。

 どうかご理解ください。これが最も人命を尊重できる方法なのです。

 日本という国家は今日をもって地図上から消えることとなります。

 ですが、いつの日にか、再びこの地に日出国ひいずるくにを再興できる。私はそう信じて疑いません。

 国民の皆さんにお願いします。

 これよりすべての人が合衆国民となりますが、日本人としての誇りをもって、生き抜いてください。

 生きている限り明日は訪れます。未来はあるのです。

 引き続き現政府は、自治区政府として皆様をサポートいたします。

 当面は不自由だとは思いますが、現実を直視したうえでご理解ください」


 政治家の演説としては短いものだった。


 この日をもって日本国はなくなり、多くの組織が簡易的なものへと姿を変える。

 自衛隊は解散となり、その多くが合衆国軍へと編入されることになった。

 暴動などは起きなかった。

 日本国民は一人一人が今日を生き抜く状況で精一杯だったのである。




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