5.接触
26/04/03 日時の誤りを修正
カリストベースを出発してひと月が過ぎていた。
フリーダムスター3の船内は、ネットワーク放送の音楽が垂れ流されている。
「エンヴィ、何度言ったらわかってもらえるかな。俺は寝てるんだぞ?少しは遠慮して音量を絞ってくれ」
制御室にやってきたトーマスは極めて不機嫌な表情だった。
「ああ、すまんすまん。好きな曲が流れてたんで、ついつい音量を上げちまった」
読書用のパッドを片手にエンヴィは振り返る。その言葉ほどの反省の色など微塵もないように見えた。
「管制下の自動航行中だからって、緊張感足りないだろ。何かあったら…」
トーマスが言い終わる前に、操作卓上に警告が表示される。
ー 航路を緊急閉鎖。解除まで航路外辺にて待機せよ ー
「トーマス、お前がフラグ立てただろ?」
エンヴィが操船を手動に切り替えて、航路中心からそれる位置に減速しながら船を移動させる。
「せっかくの速度を捨てちまった。帰り道は少し長くー」
言葉の途中でエンヴィはいくつかの操作を目まぐるしく行いながらトーマスに叫んだ。
「すぐに座って固定しろ、時間がない!」
それと同時に船内にけたたましい警報音が鳴り響く。
トーマスは何が起こっているのかを把握していなかったが、手近にある操作卓の椅子に座り慌ててベルトを締めた。
その操作卓に表示された内容に青ざめる。
ー 後方より急接近する物体。衝突コース。20秒 ー
数字はカウントダウンされていく。
船体に急激な横Gがかかったかと思うと、今度は椅子に背を押し付けられる感覚が襲ってくる。
正確にはわからないが少なくとも2Gを超える急加速を行ったようだった。
船体が激しく揺れ、軋む音が船内に響く。
トーマスにはその音が、亡霊の呻き声に聞こえた。
ー 識別不明の物体が通過。衝突は回避 ー
エンヴィは船体を180度回頭させ急減速の操作を行った。再度船体を強烈なGが襲う。
「うっ」
トーマスは再び不意を打たれるようにGにさらされ、歯を食いしばって耐えるしかなかった。
数秒で感じていたGが不意に消える。船体が静止したようだ。
「何だったんだ?」
エンヴィは大きく息を吐いて一言そう漏らした。
トーマスが得られる限りのデータを表示させている。
結局のところ分かったのは木星方面から定期航路を猛スピードで何かが飛んで行った、という事だけだった。
「寿命が縮んだぞ……」
エンヴィはまだ荒い息をしている。トーマスはいくつかの情報をチェックしてエンヴィに言った。
「まだ縮んだだけでは、終わらないかもしれん。通信障害が出て外と連絡が取れない。航路管理衛星は生きているようだが…
それともう一つ。今の回避で推進剤の大半を使い切った。プラズマ噴射だけだと地球まで9か月、木星宙域に戻るにしても3か月かかる。
水は推進剤が流用できるが、食糧は2か月分しかない」
「絶体絶命じゃないか…」
「こっちの位置は航路管制も把握しているはずだ。通信が回復すれば救助要請もできる。まあ、何とかなるんじゃないか?」
「何とかなるってのは、生真面目なお前らしくないな。だが、俺も同意見だ。早く見つけてもらうために木星方面に戻ろうと思うが、お前の意見は?」
「そうしよう。じっとしているのは性に合わないからな」
この状況で一番恐ろしいのはパニックだ。
そしてパニックにならない程度には、二人とも訓練をしていたし、神経も太かった。
二人とも船乗りなのである。
2167年2月14日 現地時間21時過ぎ。
「防空司令部より伝達。飛行物体の最終進路確認。地球を掠めるコースで地上には影響はないそうです」
一人の制服を着た男がそう声を上げる。
「なんで迎撃命令が取り消されてない?」
それに別の男が訪ねる。
「クレムリンは飛行物体が人工物だと考えているようだ。なので地上への落下コースへ変更させたいらしい」
「地上に被害が出るだろう?情報だとめちゃくちゃ早く飛んでいるらしいじゃないか?」
「減速しながら接近中だそうだ。地球を使ってフライバイするつもりらしい」
「へえ。じゃあ俺たちは世界で初めて未確認飛行物体を撃墜したってことになるな」
「ヤンキーどもが先に落としたりはしないだろうな?」
「上のほうで話はついているらしい。万一衝突コースに入った場合、被害を被るのはロシアであり、我々は自衛する権利も能力もある。手出し無用、的なことを言ったらしいぞ?」
「急ぎ準備をせんか!あと1時間ほどで捕捉する。チャンスは20秒ほどしかない。確実に落とせ。失敗したら教育施設送りになると思え!」
軽口をたたく士官たちを、基地の司令官らしき男が一括する。
迎撃基地内は緊張感に包まれた。
同時刻(現地時間13時)、北米大陸東海岸、某所。
「大統領。本当によろしいのですか?」
「こちらの予想は提示したうえで通告した。無視して通過を待てとな。だが連中は自分たちのものだと主張している。あんなもので軍事的緊張を高めたくはない」
「お考えはわかりますが、地球外生命体の、それもかなり高度な技術を持つ可能性が指摘されています。それをコサックどもに渡すのはどうかと」
「現時点で我々の優位は揺るがんよ。仮に落ちたとして、我が国に被害は出ないことは確認済みだ。好きにやらせればいい」
「そこまでおっしゃるのであれば…」
「私は今日の公務はここまでにするよ。この後、孫たちが訪ねてくるんだ。後で報告をくれればいい」
「わかりました」
そのまま大統領と呼ばれた人物は執務室を後にした。
同時刻(現地時間2月15日 午前3時)、日本、東京某所。
「総理。北米からの連絡によりますと、接近する飛行物体は地上には落下しない見込みです」
「そうですか。一応危機管理室は稼働させておきますが、一部の連絡要員を除いて帰宅させましょう」
「では、そのように」
「かなりの高速物体が落下する可能性を知らされたときは驚きましたが、なんにせよ何事も無さそうで安心ですな」
「必要なら米軍が迎撃するでしょうし、自衛隊もその能力を知らしめるいい機会になったかもしれませんが…まあ、問題にならないようですので、私も休むことにします」
「遅くまでご苦労様でした」
右手を挙げてその言葉に答えると、総理と呼ばれた人物は大きくあくびを一つした後、頭を掻きながらその場を後にした。
現地時間 2月14日 午後22時11分
「もう間もなく射程に入ります」
「最終確認だ。我々に与えられた時間は45秒、当初よりも余裕はできた。失敗は許されない。全員そのつもりでかかれ!」
司令官の声がこだまする。
すぐに別の士官の声が響いた。
「射程まで5秒、3、2、1、射撃開始」
その声に合わせて射撃担当者がトリガーを引く。
基地に設置された荷電粒子砲が一瞬光の帯を宙に描く。2射、3射と繰り返された。
「レーザーは影響を与えず。第二フェーズに移行」
別の砲台からバーッという乾いた音が響いた。
「レールガン掃射、命中せず!」
「高速ミサイル発射」
さらに地上の射出機から複数のミサイルが上空に上がっていく。
「命中まで10秒、7、6、5、4、3、2、1、命中」
「攻撃目標進路変更。減速して落下コースに入りました。成功です」
「目標破損認められず。元の形状のまま、降下しています」
「降下地点判明。クラスノヤルスク付近」
「司令部に落下地点予想を送れ。後は現地部隊が回収をするだろう。ヤンキーどもの吠え面を見れるな」
ここの司令官らしい男はスクリーンを見上げ、にやりと笑う。
「目標、地上に落下」
「異常電磁波感知!」
「異常電磁波だと?何がおこった!?」
司令官がそう口にした瞬間、基地内のあらゆる機械が沈黙した。
広いこの制御室は真っ暗闇と化した。
現地時間 14時14分
「閣下!大統領閣下!」
「何だね。今日の公務は…」
「ご家族とともに、防空司令部に移動してください。緊急事態です」
「何が起こった?」
「今のところ詳細は不明です。ですが、ロシアの撃墜した飛行物体が地表で爆発した模様。かなりの爆発規模です」
大統領はその場にいた二人の孫に話しかける。
「何か、あまりよくないことが起きてしまったようだ。私と一緒に来てくれるかな?もちろん、父さんと母さんも一緒だ」
そう言って椅子に座っていた娘夫妻を見て一つ頷く。
彼女たちも頷き返しその場を急いで立ち上がると、まだ小さな二人の子供をそれぞれ抱えて、足早に中庭へと向かった。
すでに離陸体制が整っているヘリにほかの数名と乗り込むと、ヘリはすぐに離陸した。
「副大統領は?」
機内で大統領は側近の一人に尋ねた。
「現在西海岸におられますが、待機していたエアフォース2でこちらに向かわれます。その後エアフォース3に乗り換えられる予定です」
「わかった。後の詳細は司令部に移動後聞こう」
そう言って年端のいかない孫を抱きしめた。
「何も怖くはないよ。お爺ちゃんがお前たちをちゃんと守るからな」
そう口にし、窓の外を見た。
少なくともヘリの下に広がる光景は、平穏な日常そのものに見えていた。
現地時間 15日午前4時18分
「総理、お休みのところ失礼します。米国より緊急の連絡がありました」
その声にベッドから起き上がり、総理はベッドわきの眼鏡をかけて、声の方向を見た。
そこには自分の秘書官が扉を開けて立っている。
「よほどの緊急事態のようだな。何があった?」
「米国からの連絡によりますと、ロシアが飛行物体を迎撃した模様です。詳細はわかりませんが墜落地点でかなり大規模な爆発が起きた模様だとのことです」
「わかった。すぐに危機管理センターに向かう。引き続き情報を収集してくれ」
「かしこまりました」
秘書官はそう言い残し扉を閉めて小走りに走っていった。
総理は手早く着替え、上着とネクタイは手にしたまま、部屋を出る。
「落ちたのがロシア領内なら、それほど問題にはなるまい」
総理は誰に言うでもなく呟くと、小走りに歩を進めた。
同 4時35分
「総理、入られます」
官邸の地下にある危機管理センターに総理は到着した。
すでに外務大臣はその場に来ており、防衛大臣も向かっているとのことだった。
「新しい情報はあるか?」
駆け寄ってきた秘書官に尋ねる。
「あまり詳細な情報はありません。全世界的に通信障害が発生しており、衛星回線も含めて機能していない模様です。
米国とも連絡が取れません。国内も通信障害がひどく、ほとんど情報がない状況です。
都内は軒並み停電しているようで、現在、危機管理センターは非常用電源で稼働中です」
「そうか。大規模な爆発といったな。核かそれに類するものか?」
「現時点では何とも。ただ、大規模な通信障害は核爆発時の電磁パルスの可能性もあります」
「そうか。引き続き、情報収集に当たってくれ」
「連絡はとれたか?」
「ダメです、つながりません」
そんな悲鳴に近いやり取りが交わされている。
危機管理センターのスクリーンは電源が供給されてはいたが、表示されているのは青一色。
本来であればあらゆる情報が集約され、表示される魔法の鏡は、何も告げてはいなかった。
40年ほど前に起きた東京湾地震の際も、ここは完全に機能して見せたと言う。
だが、今回は機能していない。
総理は真っ暗闇の中に立っているような感覚を覚えた。
5時半を過ぎ、汗だくの防衛大臣が危機管理センターに入った。
「遅くなり申し訳ございません。車が一切動かないので走って参りました」
ちょうど各部署に伝令を送ろうとしていたが、それは中止された。
そしてさらに数分後、各種通信や電子機器類が息を吹き返し始めた。
「これで状況が把握できる」
誰かがそうつぶやいたが、すぐには実現しなかった。
システムダウンの際にほとんどのシステムでデータの損失が発生しており、すべての機器が自己診断と修復を始めたのだ。
「これほど一斉にデータの破損が起きるとは…テロか何かが起こったのか?」
診断システムは情報の破損を自動修復させ、次々と立ち上がり始める。
「大規模消失などは起きていないようですね。報告によると瞬時に発生した高負荷や強いノイズにより部分的なデータ損失が発生したようです」
モニターに次々と各地からの情報が表示されていく。情報エージェントが情報を収集して表示させ始めた。
「各方面からの問い合わせが殺到しています。そちらに負荷が多くかかり、情報収集側の帯域と演算が食われてますね」
その報告を聞いた防衛大臣が総理に進言する。
「問い合わせに関しては一時的に遮断すべきでは?我々はいち早く事態の全容をつかむ必要があります」
だが総理はゆっくりと横に首を振った。
「現時点で国内に問題が発生したという報告は何もない。大規模停電が発生したようだが、それも回復しつつある。
ここで問い合わせに応答しなければ局所的なパニックになる可能性もある。
原因不明だが、国内に問題はない。詳細については現在調査中。これは徹底して告知すべきだ」
「気象庁より緊急連絡。ロシア中央部付近で膨大な熱線、放射線量を観測。重力の異常を検知とのこと。
さらに膨大な量の粉塵が拡散中とのことです」
「核の冬がくるのか…?」
誰かが口にした言葉に総理は大きな声で答える。
「まずは現時点での安全確保が先だ。他国で起きている事象なら、我が国は現時点で直ちには影響を受けない」
一同はまず、現状の把握を務めようと、現時点での被害状況の確認を始める。
システムの機能不全が原因と思われる事故が数件起きていた。午前4時ごろという時間も相まって、実被害はそれほど多くない。
「総理、気象庁から担当官が至急話したいと言っています」
「先ほどの問題なら後回しでいい!」
「それがどうしても、と一歩も引きません。放置するとすぐに大災害になる、と」
「君のほうで聞いておいてくれ」
「わかりました」
秘書官が通話先との会話を続けている。
多くはない、だが各地で一斉に事故が起きており、死傷者も出ている。
全般的なシステム障害の影響で、その後の対応が極めて遅れており、特に救急現場は混乱を極めているようだった。
「緊急搬送に必要なら自衛隊を使おう。消防、県警のヘリ(*1)だけでは不足傾向だ。防衛省側で緊急にサポート体制を準備してくれ」
「手配はできております。各地の消防からの要請で、順次運用を始めます」
「総理、緊急事態宣言が必要です」
先ほどの気象庁の話を聞いていた秘書官が、青ざめた顔で総理に告げる。
「緊急事態宣言が必要なレベルではないだろ。それこそパニックが起きる」
総理は一喝したが、秘書官は言葉をつづけた。
「詳細はわかりませんが、急激な嵐がおき、範囲が拡大中とのことです。気象庁の計算によれば、あと2時間ほどで日本全土が暴風にさらされます。
予想される風速は秒速100m以上。振れ幅はありますが最悪の場合音速に達する猛烈な風が吹く恐れがあるとのことです」
秘書官の言葉に総理は言葉を失った。
危機管理センター内が静まり返る。
「緊急事態宣言だ。警報を出せ!
避難を呼びかけろ。一般家庭にとどまってはならない。地域の防災拠点、あるいは地下街に避難するように呼びかけろ。
警察、消防は全力を挙げて避難誘導に。人手が足りないようなら自衛隊も投入してくれ」
その声に危機管理センター内の時間が動き出した。
かつて経験したことのない嵐が大陸からやってくる。
「頼む。最小限の被害であってくれ」
総理の祈るようなつぶやき。
次の瞬間、危機管理センター内に警報が鳴り響いた。
ー 相模湾にて大規模地震発生、推定マグニチュード8.8 ー
言葉を再び失った職員、政治家たちは、大きな揺れに襲われた。
(*1)現代のヘリコプターはこの時代には存在しない。言葉としてヘリの名称だけが残り使われている。
電動化されたVTOL(垂直離着陸機)が短距離移動の主役となって久しい。




