7.生存戦略
26/04/03 日時の誤りを修正、一部記載順序の変更
2167年 3月15日
「やっとだ。通信が来た」
緊急回避で木星に舵を切ってから、ゆっくりと進むこと1か月。すぐではないにせよ、食料の底が見え始めていたタイミングで、こちらの救難信号を受信した船が呼びかけてきた。
まだこちらのセンサーでは捉えられない距離だ。
航法支援システムからは近隣の船の情報などは提供されておらず、稼働しているのかも怪しい状況だった。
「こちら合衆国宙軍、巡航艦ワイメア。通信が聞こえていたら応答しろ」
「こちら輸送船フリーダムスター3。助かった。もう少しで餓死するところだった」
「フリーダムスター、識別コードC7815659、確認した。状況を報告してくれ」
「7thゲートに荷物を運んだ後に地球への帰還途中、後方から暴走野郎が来たんで、緊急回避した。
推進剤の大半を使っちまったんで、木星に戻る決断をし航行中だ。木星到着前に食料が尽きるんで救難信号を出していた」
「それは災難だったな。現在そちらに向かって航行中だ。ほかにトラブルは起きていないか?」
「ああ、トラブルかどうかわからんが、航路の情報が一切入ってこない。おかげで今ちゃんと航路を飛んでいるのかも少し怪しいところだ」
「了解した。現在も航路は封鎖されたままで、惑星間飛行は禁止されている。禁止前に出港してるからお咎めはないだろう」
「ひと月も封鎖してるって?何かあったのか?」
「説明すると長くなる。ドッキング後に教えてやるよ。もう少しの辛抱だ。以上、通信終了」
軍艦との通信を終えてエンヴィはふーっと一つ息を吐いた。
「とりあえずこれで生還確定だ。まあ、死ぬとは思ってなかったが、ホッとはするな」
「ただ気になるな。1か月も航路が封鎖されたままって、尋常じゃないだろ」
「そりゃそうだが、俺たちが気にしても仕方ねえ」
「…まあ、それはそうだな。通信ができる段階でお袋に連絡しないと。またろくでなし扱いされちまう」
「何だ、いい年してお袋が怖いのか?」
「そうだ、いくつになってもお袋は怖いもんだ」
「…そうだな。それがお袋か。お、センサーに補足した。ワイメアか。ドッキングまで2時間はかからなそうだ」
終わりが決まっていない状況ではいくら時間があっても気は抜けない。
はずなのだが実際には安堵感からか、二人はこの直後に眠ってしまった。
通信の音で起こされる。
「輸送船C7815659、応答しろ。フリーダムスター、応答しろ、聞こえないのか」
「ああ、悪い、こちらフリーダムスター」
「ドッキングシーケンスに入る。そっちのコントロールをこっちに回してくれ。相対速度を合わせて移動しながらドッキングする」
「いや、その程度でよけりゃこっちで操船するぞ?」
「あんたの腕前を疑うつもりはないが、事故起こすわけにはいかないんだよ。軍の手順だと思ってあきらめてくれ」
「了解した。システムの同期通信確立。コントロールをそっちに渡すぞ?」
「オッケーだ。コントロール受け取った。ドッキング完了まで10分ってところだ。ああ、乗船する際は船外服を忘れずに。客船じゃないんでね。エアロック付きの乗船タラップなんてのはないからな」
「了解した。それじゃあとはよろしく」
二人は船外服の準備を始める。手慣れたもので2、3分で着用は終わった。
その間に、ワイメアの船体がみるみる接近してくる。
木星方向に向かっているこっちの船に速度を合わせているようだった。
向こう側の操作で、船体の電磁シールドが落ちる。すぐにワイメア側の船体シールドがフリーダムスターの船体も包み込んだ。
続けてドッキングアームがこちらの船体につながる。
すぐ隣に並ぶと、ワイメアのサイズがはっきりと感じられる。全長で言えばこちらの倍以上はあるようだ。
移動用の保護チューブが伸び、こちらの船外ハッチに接続される。
そこで再び通信が入った。
「ドッキング完了だ。以後はワイメアがこのまま牽引していく。そっちのシステム落とすぞ?」
「ああ、ちょっと待った。ログをとっとく。6703161011Z、巡航艦ワイメアと接触。システムダウン」
「システムダウン確認した。迎えはないからこっちに移れ、以上だ」
「さて。んじゃま移動するか」
二人ぎりぎりの減圧室に入り扉を閉める。
パネルを操作し、減圧が完了すると船外側のハッチのロックが外れた。
手動で扉を開けると、そこはワイメアから延びるチューブの中。
エンヴィがチューブを進み、トーマスが、フリーダムスターのハッチを閉じてロックを確認してから後に続く。
ワイメア側のハッチは開かれていて、順番に中に入る。
中で待っていたひとりに合図を送ると、パネルを操作してハッチを閉じた。
加圧され、船内側扉のランプがグリーンに変わると扉が開かれた。
エンヴィとトーマスはヘルメットを外して船内側へと移動する。
「ワイメアにようこそ。歓迎まではしないがのんびり過ごしてくれ。この船は軍艦だ、民間人に自由を保障することができない。
なので船室に閉じ込めることになるが、そこは勘弁してくれ。言い忘れてた。俺は艦内の保安担当、ユシマ中尉だ」
艦内側で待っていた数名のうちの一人がそう話すと握手を求めてくる。
エンヴィとトーマスは順番に握手を交わす。
「では客室にご案内するよ」
そう言って狭い艦内通路を浮遊して進んでいく。二人はそれに続いた。その後ろを3名がさらについてくる。
無言の圧を感じながらも気にしないそぶりで居住区画に移動し、船室の一つに入れられた。
「少ししたらまた来るよ。聞きたいことがあるからね。その時に君たちの疑問にも答えよう」
そう言い残してユシマ中尉は扉を閉めた。ロックが掛かる音がする。
二人が入った部屋は2段ベッドに個人用ロッカーと共用のデスクのあるかなり狭い部屋だ。
下士官用の二人部屋、というところだろう。
くつろぐには殺風景で狭いが、文句も言えない。
二人はロッカーに船外服を押し込んで、ベッドに座る。
「命の心配はないが、あんまりありがたい感じもないな」
「贅沢は敵っていうだろ?そこは妥協するべきだ。カリストベースにつくまでの辛抱だ」
とりあえず二人は寝ることにした。
「寝てるところ悪いな。話を聞かせてもらいたい」
そう声をかけられて二人は目を覚ました。
時間を確認すると、2時間近く眠ってたようだった。
「それじゃ、何なりと訪ねてくれ。知ってることはなんでも話す。ああ、妙な引っ掛けみたいなのは遠慮したい。一応運んでいた荷物に関しては守秘義務があるからな」
トーマスが先に起き上がり、そのまま座ると、ユシマはデスクの椅子に座った。
「おっけー。そう構えなくても大丈夫だ。暴走族と接触したときのことを教えてほしいんだ」
「事故の状況確認みたいなものか?さっきざっくりとは話はしたぞ。急に航路管制から退避および停止の命令が来た。そこで慌てて船のコースを変えようとしたんだが、猛スピードで接近する物体をセンサーが補足した。
なので高機動噴射と停止を行った。それだけだ。そのおかげで、地球まで飛べなくなった。いや、正確には予定時間が大幅に狂ったんで、到達できなくなった」
トーマスがそう説明すると、ベッドから起き上がったエンヴィが続ける。
「その時の操船は俺が担当した。最大推力で2G加速。正確な情報だ」
「わかった。ではもう一つ。後ろから接近する物体を確認したか?」
ユシマが再び尋ねる。
「いや、警報で接近を知り、速度は確認した。0.1Cで飛行する物体ってのは初めてだよ。あとはコースしか見てない。
地球へ向かう航路に乗っていた。俺たちと同じだ。だから衝突警報が鳴った」
「それを目視はしていないか?」
「いや。目視してる時間はなかった。操船するので精いっぱいだったよ」
「そうか、あんたは見てないか?」
「俺はたまたま制御室にいたが非番の時間帯だったんでな。慌てて座って急加速に備えるので手いっぱいだ」
ユシマはトーマスにも確認してから頷いた。
「一応船の記録は見せてもらうよ。許可をもらえるか?」
「もらえるかって、だめだと言っても調べるんだろ?」
「その通りだが、軍隊は警察じゃない。手続きをするのが面倒なんだ」
「好きに見てくれ。見られて困るものは何もないからな」
「話が早くて助かるよ」
ユシマはデスクのパネル部分を操作し、制御室と交信した。短く「許可はとった」と。
そして向き直り、話を続ける。
「俺が聞くべき話は終わった。今度はそっちの質問タイムだ」
すぐにトーマスが口を開く。
「ぶっちゃけ、あれは何だ?なんでひと月も航路が封鎖されたままになっている?」
ユシマは一つ間をおいてから、答え始めた。
「ストレートだな。
一つ目の質問だが、それをみんな知りたがっている。現時点では正体不明だ。
二つ目の質問だが、ロシアのあほどもがあれを打ち落として、地球はえらい騒ぎになっている」
「えらい騒ぎ?」
エンヴィが合いの手を入れる。ユシマは続けた。
「落下して地表で爆発。爆発後の余波で最低でも20億人が死んだ」
「何だと?!国は無事なのか?!」
「安心しろ、ロシアと中国やモンゴルは地図から消えたが、本国は被害はない。今のところはな」
「今のところは…今後はわからないってことか?」
「学者の話だと、地球が大幅に寒冷化し、大飢饉が起こると警告している。
本国は平常を保っているらしいが、先のことはわからない。
航路が封鎖されている理由はあれが航路を飛んで行ったから、安全が確保されるまで当面は航路封鎖が続く。
中国船やロシア船が勝手に行き来しても困るしな」
「ひとまずは無事なんだな。で、当面封鎖されるってことは、俺たちは地球に帰れないってことか?」
「そうなる。木星近辺にいる民間人の長距離通信は監査されることが明言されているが、規制はされていない。話はできるぞ」
「そうか……」
ユシマの話に二人は言葉が続かなかった。
少しずつ、事態の大きさが広がっていく。
その様子をみたユシマが続けた。
「軍人ですら驚く事態だ。過去に戦争であっても一瞬で20億が死ぬ事態なんて誰も経験していない。ショックを受けるのは当然だ。
だが不安になることはない。合衆国は無事で、日常を失っていない。時間がたてば国に帰れる」
「ああ、そうだな」
エンヴィがつぶやくように答えた。
ユシマは立ち上がり出口に向かう。
部屋を出る際にもう一言付け加えた。
「俺たちは、合衆国はツイてる。多分そこまで悪い話にはならないさ」
そう言い残し部屋を出た。
二人は今交わすべき言葉を失っていた。
2167年 4月12日 7時 米国東部
「リクルーターから確保の連絡と妙なリクエストが届いています」
どこかの基地のようだが場所は定かではない。
通信を受けた軍人が、後ろでボードを眺める人物にそう話しかけた。
「妙なリクエスト?」
怪訝に聞き返す男に通信を受けた軍人は説明する。
「はい。自衛隊の60式戦闘指揮車を1両と、55式機械歩兵を一式。あと整備のできる人員を用意してくれとのことです」
「確かに妙なリクエストだが…まあ、ありそうな話でもある。自衛隊の装備リストはあるのだろ?
探してみろ。東京にならあるだろう。
整備兵は編入時のリストを当たれ。旧自衛隊の士官に探させてもいい。
その辺は任せるから、見つけたら好きに使っていいと伝えてやれ」
「了解しました。返信を入れます」
ボードに目を向けなおし、腕を組む男。
何かを思ったように、急に動くと、近くの端末から命令文を思われるものを入力した。
ー ピースはそろった。デルタ2を移動せよ ー
入力後、すぐに返答が表示される。
ー 了解 ー
2167年 6月16日
「大統領、調査隊が帰還しました。現在成田ベースを経由し、本国に向かっております」
「そうか。で、成果は?」
「達成率70%というところですが、現地でのデータサンプルは十分に取れております。
送付されてきたデータを分析中ですが、事象の核心が反物質による対消滅反応であることを裏付けるには十分なデータです」
「ということは知的生命体の根拠となるデータや物証は見つからなかったのだな」
「残念ながら明確な物証はありません。ただ、現地で収集したデータの中には自然現象で説明ができないものも含まれているようです。
直前の飛翔体の軌道変更などから、その可能性を示すデータとして提示できるものは十分にあります」
「そうか。では研究者からの報告データが上がり次第、各国との調整に入ることにしよう。軍の作戦準備は整っているかね?」
「はい。いつでも作戦開始可能です」
「そうか。では待機していてくれ。解析チームの仕事次第ではあるが、2週間程度で実行する予定だ」
「了解しました」
執務室に座った大統領は窓の外に目をやる。
外は薄暗い。
北半球は粉塵の影響が色濃く出ている。
地上に届く日照量が例年の40%ほどに低下していた。
中央部の穀倉地帯は、秋の収穫を迎えることはできないだろう。
「私は未来の歴史でどう語られるのだろうか?願わくば人類生存のための決断を下した人物と言われたいが…
…この手が血に染まることを覚悟しているというのに、馬鹿なことを考えた」
誰にも聞こえないその呟きは、彼の心情のすべてを物語っていた。




