↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
72/73

生存者、ミモザ


 私を守り切った護衛達、彼らの治療を行っていると、増援がやってきた。

 護衛と似たような装備の者が数人と、槍を持っている兵が数十人。隊長格なのだろう、数人の方が私たちの方へ寄ってくる。

 イリルと銃兵の皆が、私と彼らの間に立つ。剣の柄に、手を当てた状態で。緊張は感じられない。余りにも平然としている様子に見えた。

 増援の中から、一人。頬に傷の走った男が、イリルの側へ出る。


「第8歩兵小隊、小隊長のコリンと申します」

「遅い。近衛隊のイリルよ、証は?」


 イリルが眉を歪めて告げた。コリンは特段不快になった様子もなく、首に提げていたロケットペンダントを取り出す。

 そのまま彼はペンダントを開き、中に入っていた紙を取り出した。イリルはそれを受け取り、広げた。

 紙には何か……昔、小さかった頃にお嬢様が書いていた、謎の文字。お嬢様は絵と言い張っていたが、私は文字と察していた。とはいえ、読めはしない。

 文字の形状だけだが……"我は死なり、世界の破壊者なり"と描いてある。全てが落ち着いた後、お嬢様に意味を問いたいものだ。本人は隠したがるだろうが、還天のはなむけと言えば教えてくれるだろう。


「本物ね?」


 イリルが横に立つ銃兵の男に見せる。彼は紙を一瞥すると、静かに頷いた。


「本物です」

「ならいいわ。一人残す、後は頼んでいいわね?」

「無論です」

「遅参は掃討の功で相殺しなさい。ミック、残りなさい」

「了解です」


 証を判定した彼が残らされるようだ。声には出ないが、雰囲気から彼の不満を少し感じる。理由は分からない。

 一人を残し、私とイリルと銃兵が三人、合計で五人が屋敷に戻る事となった。再度の襲撃が正直不安ではあるが、とはいえ、彼らなら守れるだろう。


「ミモザ殿、行きましょう」

「……そうね」


 増援が東門から突入していくのを尻目に、イリルと共に、通りへと向かった。筆頭含め、他の皆は大丈夫だろうか。大金庫側も襲われていたのは確かだ、そう考えるなら。


「ミモザ殿」


 イリルが私の肩を叩いた。彼女の眼を見る。赤褐色の目は雄弁に、私に一言を告げていた。考えるな、と。


「その、通りね」

「じき鎮圧されます」

「……その後は、考えたくないわね」

「まったくです」


 呆れたような恰好をしても、この後訪れる苦難を分かっていた。私も、イリルも。

 通りに出た。爆発と戦闘の影響か、人の姿は見えない。路肩に、馬が用意されていた。……一頭しか、いないようだけど。


「ミモザ殿、お乗りになられて下さい」

「え、えぇ……貴女達は?」

「並走します」

「出来るの?」

「距離もさほどありませんし、大丈夫です。鎧も着てませんからね」


 困惑が治まらないまま、私は馬を走らせ始めた。駈足で走る馬に、皆は当然のように追いついてくる。

 イリルに至っては、走りながら状況の報告までやってきていた。私の知っている世界の狭さを、また一つ、教えられた気がした。


「偶然、非番だったもので。適当に友人を引っ掛けて、ぶらつく予定だったんです」

「なら、どうして?」

「加工区に抜けようとした時、怪しい一団が見えたんです」

「衛兵は?」

「巧妙に分かれた上で隠していました。普通の兵士では、見抜けないでしょう」

「それで、尾けたと」

「はい。公庫方面に向かった地点で抑える手もありましたが、数の問題もあり」

「衛兵を集めて、東門へ?」

「制圧されていた東門を、再度制圧した。というのが正しい表現かと思います」

「なるほど……」


 偶然に救われた、それだけの話なのかもしれない。だが、私はあの瞬間、死を覚悟した。星を信じていた甲斐もあったというもの。お嬢様は、私を心配して下さっているだろうか。

 しばらく走る、路地を曲がり、屋敷のある行政区へ。屋敷に煙は上がっていない。安心するべきかと思えど、イリルはここにいる。不安が、少し湧く。

 外壁を少しなぞるように回り込み、正門へと着く。正門の衛兵は二人。だが、見知った装備ではない。地味な外套に鎧、誰だ?


「何者か、答えよ」


 二人のうちの片方、女の声だ。彼女は私たちに問いかけながら、ハルバードで門を塞ぐ。

 怪訝な表情で、衛兵に近づくイリル。他の銃兵も警戒しながら、門へ寄る。


「……アンタ、バーサね?」

「…………」

「鎧の方は隠してるみたいだけど、兜の彫刻で分かるわ」


 ハルバードが強く握られたせいか、穂先が更に上へと向いた。……少しだけ気が抜ける。恐らく味方だ。


「とうとう左遷でもされた訳?ヒュー様の護衛が、何で此処にいんのよ」

「何者か、答えろ」


 バーサと呼ばれた騎士が、低い声で再度告げる。明らかに、不機嫌となっているように思えた。

 ……ここは、私の役割だろう。馬から降り、騎士へと寄る。シャツの腕を捲り、ブレスレットを外す。金と銀の輪が重なる、お嬢様から戴いたもの。これで取り次いでもらえれば、お嬢様は分かって下さる。

 騎士へとブレスレットを渡す刹那、少しだけ渡したくないという感情が湧く。だが、そんな時間はない。

 騎士はうやうやしく、それを受け取った。


「……確かに、お預かりいたしました。ミモザ殿」

「えぇ、お願いね」

「おい。ソフィア様に、これを渡してきてくれ」

「了解」


 女騎士はもう一人の騎士へブレスレットを渡し、渡された方は屋敷の方へと走っていった。

 女騎士の方はハルバードを降ろし、イリルに寄った。そして、大きなため息を吐いた。


「煽らないと会話も出来ないのか?お前は」

「ゴブリンの一つ覚えよろしく、友人を疑うからでしょ」

「パッと見合ってれば本物と?そんな頭で護衛やってるのか?」

「んな訳ないでしょ。ヒュー様付の癖に、クソみたいな聞き方してくるから、つい言っちゃったってワケ」

「黙れ。ソフィア様を守れなかった無能に、仕事を語られたくなど無いわ」

「チッ……最悪」


 勝手に険悪となる二人。勘弁して欲しい、私はまだ、切り替えられていないのだ。常に戦いへと身を置いているのなら当然なのかもしれないが、私には無理だ。

 黙ってしまった二人。他の銃兵も、気まずそうにしている。……待て、ヒュー様が来られてしまっているのか?


「……バーサ、でいいかしら?」

「はい。どうされましたか、ミモザ殿」

「ヒュー様が来られているの?」

「本日の昼前に到着し、ソフィア様と歓談されておりました」

「……そう、だったのね」


 凄まじいほどに、大事となってしまった。この攻撃が、フェロアオイへの攻撃と取られてしまう。お嬢様だけなら、意向もあるだろうが内政上の影響で処理するだろう。

 だが、これは、このまま行けば、本家秩序に対する反乱になってしまう。属州の動揺が、一気に内乱として扱われる。それは、恐らく、お嬢様の求めるところでは無い。

 色々と、しばらく考え込んでいた。私が襲われ、人が死んだのは大事だ。だが、これまでにも人は死んでいる。敵も、味方も。とはいえ私が判断できる問題ではない。


「……随分と、大変だったみたいね」


 バッ!と正門の方を向く。声が聞こえた、今朝も聞いた声が。一時は、二度と聞けぬと覚悟していた声が。取り急ぎ、返答を返す。


「これも、責務ですので」

「そうねぇ……まずは、ご苦労様」

「勿体ないお言葉でございます」


 お嬢様がやってきていた。ヒュー様の護衛数人に守られ、正門まで。考え込んでいたが故に、気づかなかったのだろう。


「鍵、帳簿をよく守り切ってくれた。イリル、銃兵の皆も」

「ありがとうございます。ですが、真に称えられるべきは、ミモザ殿を外まで守り切った護衛と考えます」

「今日のローテーションは……確か、リーの部隊ね。彼らが回復次第、話すわ」

「状況をご存じで?」

「いや、知らないわ。だけど……ミモザの状態、入れ替わった護衛で何があったのかは大体察せるわ。本当に、ご苦労様」

「ありがとうございます……!」


 全員で、頭を下げる。お嬢様はそれを見届けた後、一人ずつ手を取り、感謝の言葉を伝えていた。銃兵の皆には戦い抜いてくれた忠誠に感謝を伝え、イリルには。


「イリル」

「はい」

「今度は、間に合ったのね?」

「……はい!」

「あの事件以降、貴女達が守る為の努力をしていたのを見ていたわ。……ミモザを守り切った貴女は、一つの事を証明した」

「……?」

「近衛は優秀な護衛である、という事」

「…………勿体ない、お言葉です。ですが、心より嬉しく思います」

「えぇ、これからも励みなさい」

「はい!」


 イリルは敬礼の姿勢を取ったまま、止まっていた。後ろ姿しか見えないが、どうにも、少し震えているような気がした。

 そしてお嬢様は私の方へとやってくる。……何と、話せばいいのか。普段は目的があり、話しかけるか、呼ばれていた。呼ばれもせず、感情の見えない真顔で寄ってくるお嬢様。どうしたらよいのか、分からない。

 手を合わせ、静かにお嬢様の顔を見る。碧眼に見えるが、少しだけ紫の混ざった目。全てを、見通す星。それが、私に迫ってくる。

 カツカツカツと革靴の音が、なぜか遠くから聞こえている気がした。心構えも何も無いまま、直ぐにお嬢様は私の目の前までたどり着いてしまった。

 私は女性の中だとかなり大きい、お嬢様を僭越ながら見下ろす形になる。一歩、歩けばぶつかる距離。そして、お嬢様は何も言わず、私の眼をジッと見てくる。

 任務は果たしました、このような有り様で申し訳ございません、そちらは大丈夫でしたでしょうか。色々な言葉が、彗星のように、頭の中を走っては消えていった。だが、声に出ない。

 しばらく無言の見つめあいが続く、見知った美しい顔も、今だけは新鮮に見える。お嬢様は無言だが、同じように言葉を探してくれているのだろうか。聡明なのだから、きっとそうなのだろう。

 だが、お嬢様は一瞬だけ下を向き、目を閉じた。何を仰るのかと、身構えてしまう。再度、開かれた目は。


「……言うべき言葉はあったけど、全部消えてしまったわ」


 私にしか見えない彼女の目は、普通の少女のように揺らいでいた。不安と安堵と罪悪などが複雑に入り混じった、人間の目をしていた。思わず、抱きしめたくなってしまう。そんな目をされてしまえば、私の心も動いてしまう。

 だが、私たちは公にいる人であるのだ。そのような事は、出来ない。それでも、この心を、どうにか伝えておけないか。


「……私も同じです。あらゆる言うべきことが、頭を流れました。されど、言葉にはなりませんでした」

「ふ……そうねぇ。なら、こうしましょうか。その組んでる手、前に出しなさい」

「?……はい」


 私は組んだままの手を、お嬢様の前に差し出した。砂と若干の血が残っていることに、差し出してから気が付いた。慌てて手を引こうとする、だが。

 それより先にお嬢様が、私の手を外から包み込んだ。私の手の方が大きい分、はみ出ている。だが、暖かく柔らかい、優しい手。……あの日と、逆になってしまった。


「あの日の言葉、否定してごめんなさいね」

「……いいのです。伝わったのであれば、それで」

「えぇ、きっと……今、あの時の貴女と同じ気持ちでいるわ」


 私は知っている。お嬢様が、怠惰なこと、朝が弱いこと、自己を顧みないこと。きっと、お嬢様も同じように私を知ってくれているのだろう。

 あぁ、なんだ。こんな歳になってようやく自覚できた。私がお嬢様に持つ感情は、信仰だ。だが、それ以上に。私は彼女を心から親しみ愛している。


「……あまり時間も無いし、中へ。貴女達が最後。さ、会議を始めましょう」


 手を引いて屋敷には向かわずとも、何度も様子を見て下さるお嬢様。公でなければ、手を引っ張って色々と聞いたり、話したりをしたかったのだろう。少なくとも私は、そう感じてしまった。

 失われた命もあるが……あぁ、まったく。


───生き残れて、よかった。

 


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。