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財務長、ミモザ


 午前、お嬢様を起こしてから公庫へ。老骨使いの荒い主君だが、任せられた責の重さは、その信頼を表す。悪い気分ではない。星が私を必要としてるのだ、元よりあの子の為に死ぬ覚悟はある。

 金銭の一元管理、お嬢様が本家より引っ張ってきた借金は良くも悪くも多過ぎた。多くの金貨に、山のような銀貨。市井に撒くには難しく、保管場所も難しい。結果、箱と人が作られた。

 私は身分不相応な大きな箱の中で、お嬢様と同じように執務に励んでいる。屋敷とは違い、余分な装飾の無い部屋。石造りの建物に、木製の家具。ただの家政に、財務長の地位。不相応だ。


「ミモザ財務長、失礼します。大金庫への納入、完了しました」


 常に開けている執務室の扉から一人の男、公庫筆頭が顔を出す。皺の寄った眉間、白髪交じりの髪を後ろに流した老人。数年が経ち、見慣れた顔になってしまった。その分、お嬢様の顔を見る回数が減っている。

 筆頭は優秀だが、その程度だ。買われたのは真面目さ、忠誠だろう。お嬢様の整理対象にならなかった地点で、それは間違いない。


「ご苦労様。想定より巻いたわね」

「事前の勘定では、昼過ぎに終わるかと見ておりましたが」

「……確認は厳重にしなさい。現場の努力を評価したくはあるけども、それは仕事の完了を確認してから」

「勿論です。確認の人員は、決定通りに?」

「そうね……」


 接収した公庫の記録を整理しながら、私は手を組み、悩む。シリッサ教区で取った税は公庫を通るように決められた。莫大な税収が、公庫の大金庫に今朝、動かされていた。

 お嬢様が教会を掌握したのは素晴らしい事だが、お嬢様が傷つけられた忌まわしい教会の暴威は、心底不愉快だ。真に光る星を見られず、あまつさえ害した盲愚共め。首魁は吊られたが、当然納得できる訳も無く。

 徴税権を取り上げてやれと言いたいところだが、取り上げられれば教会は死ぬ。そも、中央教会が許す訳も無いだろう。上の政治は分からないが、中央教会なら少しは明るい。各大教区の税収で動いている彼ら、シリッサ教区の税収は当然大きい。


「財務長?」

「……失礼。筆頭と監督官、会計から数人ずつだったわね?」

「決定上はそうなっております」

「なら、決定通りに。……数え間違いには、くれぐれも気を付けなさい」

「…………勿論です」

「人員はそれで。質問が無ければ、行きなさい」

「では、失礼します」


 出ていく筆頭を見届ける事もなく、記録整理へと戻る。フェロアオイ本家の家政として、屋敷の会計に触れる事はあった。だが、これは規模が違い過ぎる。お嬢様が本家から借りた金額は、帳簿上だと数字に過ぎない。だが、大金庫の中にある実物を見た時、私は圧倒された。これを貸せる本家と、借用できるお嬢様の恐ろしさ。仕えて長いが、まだフェロアオイの一端しか知らなかったと思わされる。借りた本人は、返済とか考えたくないわ……と言っていたが。

 初期の赤字は私から見ても恐ろしい数字だった。それを三年許せる本家の財力とお嬢様の判断力。並の貴族、商会なら数十回は破産するであろう数字が、彼らにとっては統治の下、許容される。私が見ていた経済の小ささが、嫌と言うほど理解させられていた。


 昼の鐘が鳴るのを聞き流しつつ、帳簿にひたすら数字を纏め、計算し続ける。面倒ではあるが、得意な作業だ。

 ペンをとにかく動かし、帳簿のページも50を数えた。あぁそうだ、忘れていた。


「『天に瞬く我らが星よ。その福音をお聞かせ下さい』」


 チリーンと、どこからともなく小さな鈴の音が鳴る。福音の祈祷は鈴の音を鳴らすが、音の大きさは唱える度に変化する。今回は程々、これなら伝わるだろう。

 昼の鐘が鳴ってしばらく、昼食を忘れていた。それと同時に、お嬢様も良く昼食を摂り忘れるのを思い出した。大抵、私が呼びに行くのだ。もう、そんな機会も少なくなってしまったが。

 寂寥に浸っていると、小剣を腰に提げた兵士が一人、部屋に入ってくる。私の護衛だ。


「今日の鈴は上機嫌でしたね、ミモザ殿」

「毎日、そうあって欲しいものね」

「ハハ、違いないです。……メニューはどうされます?」


 悩む。清貧と老化で弱くなりつつある身体には、パンとスープ程度でいい。だが、彼らの昼食は足りないだろう。毒味と戦力保全の意図から、彼らも同じメニューを摂っている。

 流石に肉串は食べられないが、肉や魚入りのスープ程度なら食べられるだろう。少しは元気を付けねば……お嬢様にも、長生きしてくれと言われてしまったから。


「"レダの潮騒亭"か"シラーボア"なら、どちらの気分かしら?」

「断然"シラーボア"ですが、よろしいので?」

「偶には元気を出さなくては、ね」

「……お嬢様に、何か言われましたか?」

「長生きしろ、そう言われたわ」

「我々の総意ですよ、それは」


 至って真面目な顔で言う護衛。とはいえ、代替わりは常に気になる歳だ。後任の予定だったローナにダフネも取られてしまった。条件としては、公庫とお嬢様の信任を併せ持つ者。……私の悩みは、まだ続きそうだ。

 私が言葉に窮したのが伝わったのだろう、彼はへの字に口を歪めて、小さく笑った。


「スープでよろしかったですかね?」

「貴方達の好きなメニューでいいわ、相談して決めなさい」

「本当ですか!?……では、買って参ります!」

「えぇ、よろしく」


 わざわざ勿体付けに敬礼まで行い、外へと出ていく護衛。お嬢様より借り受けているとはいえ、名目上は部下。機嫌を取るのも私の所掌だ。

 ふと、手元が陽に反射した気がした。お嬢様から与えられたガラスペン、薄く黄色に透き通るそれを眺める。素晴らしい色だ。お嬢様は、コストが高すぎて商いにならないと言っていたが、十分売れるように思う。


「ふ……」


 陽に晒すと、形状に従い、黄色の光が枝のように分かれた。雲間より現れる光、陽の階段。……やはり、素晴らしい。少し休もう、可能な限り永く生きよ。星がそう言うのだ。ならば、そうしましょう。

 背を伸ばす、パキパキと小気味の良い音が鳴る。さて、この帳簿を一時保管場所へ動かして……



───ドゴォォン!と、耳が震えるほどの轟音が鳴り響いた。


 瞬間。棚、机、窓、視線に思考が右往左往している、落ち着け。


 「……!『天を埋め、宙へと瞬き散るは我らが星よ。その瞬くは福音となり、世に鳴り響くは星が威にして、それをお示し下さい』」


 ゴーン、ゴーンと近辺に鐘が鳴る。爆音の直後だが、護衛に音は届くだろう。手元と鍵棚へ配置していた帳簿の数冊を手に取り、大金庫の鍵を首へ掛ける。

 事故か、事件か。前者なら、迎えが来るまで大金庫に隠れていればいい。問題は、攻撃。その場合、真っ先に狙われるのは。


「ミモザ殿!」

「状況は!?」


 先程とは別の護衛が、この部屋に飛び込んでくる。隊長だ。状況は、どっちだ。


「敵襲!脱出を!」

「……了解!筆頭は?」

「計数で恐らく大金庫に、しかしあそこには兵がおります」

「ここよりは安全ね、行きましょう」


 聞いたところでどうにもならない。頷き、移動を始める。帳簿は重いが、護衛に持たせる訳にはいかない。廊下に出ると、他三人の護衛が奥、部屋前、手前と直線を警戒していた。買い出しの兵は戻れなかったか。

 襲撃の場合、大金庫に籠れない。二本ある鍵の片方が抑えられれば、全てが終わる。お嬢様の努力が終わる。そして、シリッサに終わりが来る。

 私が出てきた事に気づくと、彼らは集まってきた。しかし、視線は廊下に向けられたまま。


「状況」

「公庫正面、物音なし」

「裏口側、物音あり」

「狙いは大金庫か?なら、ルートAだ」

「了解」


 護衛は一様に、右手にショートソードを持ち、左手にはピストルを持つ。廊下は、不気味なほど静まり返っていた。

 私を中心として、彼らが四方を固めた。静かに素早く、歩き出す。廊下を抜け、二階から階を下る。先頭が、踊り場の前で止まった。剣が横に伸ばされ、私たちはその場へ留まる。

 後方の一人が、最前の一人へ近づく。ほぼ聞こえないような声で、やり取りを交わしている。やがて、聞き終わった者が私の耳元へ。


「廊下に敵です。見る限り、雑兵8名に、手練れが2名」

「どうする?」

「迂回を」


 私が静かに頷くと、後詰めの一人が来た道を確認しに、動く。帳簿を抱える腕に、力が入っていた。

 後詰が剣を置き、しゃがんだ。段に張り付く形で、廊下へ視線を投げる。しばらくして彼女は、小さく聞こえるだけのため息を漏らした。

 踊り場で階下を睨む隊長へ、彼女は視線を投げる。嫌な予感だ、余りにも。


「ダメか」


 隊長の声が、囁くように、私の耳に届く。……挟まれた。

 無言で彼女はパッパッパッと、空いている方の手を開き、親指だけ伸ばし、また開いた。少なくとも、数人では無いのだろう。それが意味するのは。

 全員が、少しの沈黙。だからこそ、気が付いてしまう。既に私たちは、死線に立っているのか。どうする?それを私は、判断できない。

 隊長へ視線を向ける。彼の普段、上がりっぱなしの口角は真横に結ばれていた。息が詰まる。私だけなら死んだとて、いや、駄目だ。

 彼と後詰めの彼女がハンドサインでやり取りを続ける中、私は部屋に置いたままのガラスペンを思い出していた。ここが襲われたなら、屋敷は……?


「……ミモザ殿」


 何かが、決まった。隊長の重苦しい声に、視線と頷きで応える。


「正面の敵を襲い、一階の窓を割って逃げます」

「どうすれば?」

「踊り場で待機を、一人に窓を割らせます。音が聞こえ次第、そこから外へ」

「……了解」

「ご安心を、必ず守ります」


 隊長の言とは裏腹に、彼の目は死を悟っていた。皆を見回す。数年の付き合いになるが、彼らのこんな顔を見るのは初めてだった。全員が、決意と死に立っている。私は、守られなくては。

 私が再度頷くと、護衛の全員が、踊り場の限界まで詰める。後ろから、ざわめきが近づいてくる。背筋の震えが止まらない。始まってしまう。

 四人が場所を取る。そして隊長ともう一人の護衛が、腰に下げた球を持つ。そして、他の二人が魔法の杖を、球から伸びた縄に当てる。


「「『火よ』」」


 しばらく当てられる火。やがて、シュゥゥと音を立てる。燃え縮む縄、数瞬後、それらは階下に投げられた。


「何だ!?」

「爆弾だ!下がれ!」


 階下から聞こえる混乱した、野太い声。そして、バァン!と音が破裂した。悲鳴が立つ。


「行くぞ」


 隊長の一言で、全員が一気に飛び出した。


「敵だ!殺せ!」

「数は少ねぇぞ!圧掛け…ぐぉ……」


 パァンと鳴る射撃音、叫んでいた声が止まる。二発目が続けて聞こえ、三発目も耳に届く。剣戟が、音に混ざり始めた。


「もう銃はねぇ!殺……がぁ」


 四発目。そして、ガシャーン!と、窓が割れる音が聞こえた。今。


「居たぞ!婆だ!」

「目標だ!殺せ!」


 階下は既に滅茶苦茶に荒れていた。階段から窓の通路を確保するように、敵と戦う皆。敵が何人も倒れているのを横目に見つつ、窓へ走った。


「てめぇら引くな」

「死ね」


 敵の喉元へ、隊長の小剣が捻じ込まれるのが見えた。走る。剣戟、走る。止まれば死ぬ。後、数歩。


「ぐっ……」

「逃がすか!」


 髪を掴まれ、よろめく。後ろを見れば、全てが絞られた粗野な顔。死ぬのか、私は。

 だが、引っ張られる感覚が直ぐに消えた。後ろを見ようとしてしまう。


「行って下さい!」

「クソ、邪魔しやがって!」


 護衛の一人が、私の髪を小剣で切ったのか。確認することも出来ず、一人が保持する窓へ飛び込んだ。


「っ……」


 外庭には、敵は居なかった。帳簿を持ったまま飛び込んだせいで、肩を打ち付けた。後続は。


「ルース!行け!」

「了解!」


 一人目が、飛び出てくる。彼女は私をまず確認し、周囲を見た。腰部の服が、真っ赤に染まっていた。


「コーディ!行け!」

「了解!」


 二人目が、飛び出てきた。同じように私を見た後、周囲を警戒する。彼の左腕は、垂れて動かなくなっていた。せめて少しの治療なら。


「……治癒は」

「私は大丈夫です。次を」


 三人目が飛び出てきた。転がり、周囲を見る。出てきたのは隊長だった。もう一人は。


「トビーは」

「殺された。東門まで走る」


 あっさりと告げられる死。彼の眼に走る切創も相まり、頭がグルグルと空回る。


「ミモザ殿!動けますか!?」

「……えぇ、動けるわ」


 言われるがまま、東門へと走る。いつもは馬車で通る道が、長い。


「居たぞ!絶対に逃がすな!」

「てめぇら走れ!死んでも殺せ!」


 公庫裏側の勝手口から、敵が湧いてくる。出てきた窓から、残りが飛び出てくる。まだ、終わってないのか。

 多種多様な姿の敵の顔が、少しずつ鮮明になって来る。


「走れ!通りまで出れば、詰所がある!」


 たかが一分程度の道。だが、辛い。こんなに私は動けなくなっていたのか。ルースとコーディに支えられ、走る。

 矢が飛んでくる。二人が私の分を防ぐ。彼らの背に、矢が立つ。


「……後少しだ!頑張れ!」

「追いつかれます……!」


 東門まで、後少し。黒い門は開かれている。だが、もう。敵のがなり声が、耳を震わせる。


「弓、撃つな!東門の連中に当たる!」


 嫌な言が、私の耳に届いた。なぜ、門は開いていて、誰もいない?だが、選択肢は無い。

 遅くなった敵の足、私たちは門を超えた。視界の隅に、人影が見えた。

 あぁ、私は。

 お嬢様、

 どうか、

 傍に居れず、

 お元気で。


「撃て!」

「「『火よ!』」」

「なん……ぐぉ!」

「がぁ!」

「ぎぇ」


 横から敵に向けて放たれる、幾つもの銃撃。呆気に取られる私たち。止まっていると、一人の兵が私を抱えた。青髪、顔を見る。


「……イリル?」

「えぇ、ミモザ殿。……今度は、間に合いました」


 言葉もそこそこに、門から外壁へ動かされる。そこには、普段着に剣を持ったイリルと領軍の兵が、十人程居た。見ると、逆側の外壁にも同じ数が待機していた。

 私を守り切った護衛の三人も、それぞれ回収されて外壁沿いに寝かされる。門の内側から、ガチャガチャと音が聞こえた。向こうも、引く気は無いらしい。


「向こうも必死ね。まぁ、知ったこっちゃないけど」

「イリル」

「大丈夫です。恐らく30程度、追われても面倒なので片づけます」

「やれるのね」

「勿論です」


 そう言うと、門の陰になるように兵とイリルは並んだ。見れば、見知った銃兵の顔もある。助かったのか、私は。


「逃げるな!」

「どこだ!」


 敵が門を超えて、飛び出してくる。


「掛かれ!皆殺しだ!」


 短い槍を持った領兵が突撃し、敵の多くが、どこかしらに槍を受ける。もう倒れていいが、見てしまう。


「負けんな!負けたら俺達は!」

「どうやっても皆殺しだよ、お前ら」


 槍の突撃が終わった瞬間、イリルと銃兵が剣で突っ込む。


「雑魚の近衛だ!殺れ!」

「あ゛?」


 近衛を馬鹿にした大男の首が、飛んだ。この場で、イリル以外にこれを出来る者はいない。

 イリルが剣を振る、受けた敵の剣が折れ、縦に切られた。力の差が酷く、剣を振る度に敵が、見るに堪えない状態へ……もう、見ない方がよさそうだ。


「雑魚ね。……屋敷は、大丈夫かしら」


 敵は掃討され、死体が山として積まれた。数名は捕らえられ、ここから色々と質問されるのだろう。

 死体を見ながら呟かれた、イリルの一言。私の頭が一気に回る。


「……お嬢様」

「えぇ、屋敷まで避難を」


 そうして通りへ歩き始めると、大きな鐘の音が、シリッサ中に鳴り響いた。……一度鳴り、二度重なり、三度響いた。三回なら、確か。

 思い出す前に、イリルが言う。


「シリッサの外に、敵影は無しですね」

「最悪中の幸運、ね」

「内部なら屋敷に集まる手筈となります、動けますか?」

「えぇ……後、彼らをお願い」

「援軍と司祭を、兵に呼ばせています」

「先に少しだけ、治してもいいわね?」

「……勿論です、助かります」


 治癒の祈祷で彼らの外傷を治しながら、心を落ち着かせる。

 彼らは誰で、何なのか。お嬢様なら分かるのだろうか。


「『天に煌めく我らが陽よ。その熱を以って、小さき我らが命をお救い下さい』」


 だが、守るべきものは守り切った。護衛も、私も。考えるのは後だ。

 考えたとて、どうにもならないのだから。ただ、今は。目の前の命を少しだけでも、長生きさせればいい。


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