Cold Steel - 2 -
20XX年 東京都
やけに生々しい夢の内容を反芻しながら、ムサシは奥多摩に向けて車を走らせた。
オフの日はドライブに限る。ドライブの供はちょっと年季の入った軽自動車だが、ターボを交換して100馬力にチューンしたエンジンは爽快な音を立て、日頃のストレスを吹っ飛ばしてくれる。こいつとはこれからもずっと一緒にいたい。お気に入りの相棒と別れるなんて金輪際考えたくもない。
馬もこれ位自由自在に操れたら、夢の中で仲間をあんなに失わなくて済んだかもしれないし、約束を果たせたかもしれない。乗馬が下手だと千代にはよく笑われていた。あいつは何をするにも人よりずっと上手だった。
ふと、夢の話ばかりに意識を取られていることに気付き、カップホルダーの缶コーヒーを一口啜った。
どうしても今日、約束の場所に行かなくてはならない。そんな気がしていた。
ー ー ー ー ー
鼎一派の戦力は総勢30人、槍や刀は予備も含めると使い古しが人数分しかない。全員が弓を使えるが、矢と替弦は不足。敵対勢力と正面からブチ当たることはないと信じたいが、万が一の時はこれで20倍近い敵を相手できるのか?と不安になる。その時は千代の申し出の通り、千代と極少数の支援要員で挑む後方撹乱に期待するしかないことに溜息をついた。
ある日の夜、事態は急に動いた。
里の端にある屋敷と蚕小屋が賊に襲われた、というより和田派の攻撃を受けた。少人数だったのでどうにか対処できたが、本気で来られたらヤバいことが明らかになった。
賊に扮した輩だったがなかなかの遣い手で、鍔迫り合いの接戦に持ち込まれて太刀が1本使い物にならなくなってしまった。こちらの手勢に怪我人が出なかったのは幸いだった。
刀同士を打ち合えば刃毀れが起こるし折れもする。ボロボロになった刀を見せられて思わず溜息をついてしまった。21世紀まで残っていれば博物館級の代物だと思うが、そもそも刀は戦いの道具なので仕方がない。
賊の相手をして太刀で打ち合ったのは門左という男だ。鼎一族の初代から仕える家系で、当代も腕が立つ。
「もう少し上手く立ち回ればよかったのですが…」
「いや、相手もかなりの手練だったと聞く。刀だけで済んだなら安いものだ。怪我がなくてなにより」
恐縮する門左に労いの言葉をかけた。
翌日、里長の嘉兵衛と数名の農民が館に現れた。
「鼎殿、和田の使者が参りました。あと5日のうちに和田と手を組むか、鼎殿と共に追放されるか選べと…」
困ったことになった。義理に厚い里の人々が憔悴しきっている。
「成る程、和田も酷なことを言いよる。狙いは、ここの豊かな山、田畑と蚕だな」
「鼎殿、誠に申し上げにくいことですが、既に里には人質を取られた家もあり、このままでは御蚕様も…」
「ハハハ、嘉兵衛殿、そのような顔をなされるな。承知致した。
数代に渡りこの地で世話になり、鼎の家は斯様に育つことが出来た。実はフッチャの平定に加勢せよと遠縁からせっつかれていてな…面倒事に巻き込まれるなら里の者に迷惑のかからぬ所のほうがよい。
我々は福生郷に向かう。大ジジ様から代々、世話になった。」
頭を下げると、里長は恐縮してしまった。
話は決まったと早速身支度を始めようとしたところ、止められてしまった。
「鼎殿、せめて数日間の兵糧でもお持ちください。明後日の昼までに用意します」
「かたじけない、有り難く頂戴いたす」
里長を送り出した後、全員を集めて説明を行った。
「我々鼎一族、明後日の昼をもって日野原の里を出て、叔父御の蓋野平定に加勢致す。
この里は和田の手の者に喉元を掴まれておる。友田か楢原か、はては何処の者とは知れぬが、これ以上はこの地に留まれぬ。蓋野を平定すればこそ、日野原も平穏になるというもの。
叔父御はこの頃飛ぶ鳥を落とす勢いで力を付けていると聞いている。今こそ新たな機運を掴む時ぞ」
置かれている状況も彼我の戦力差も、皆理解しているのだろうが、反論は無かった。
先駆けとして2名を福生郷の叔父宅に送り出し、他の者は戦支度を始めた。兼業農家とはいえ本業の戦には慣れているので、手間のかかる準備といえば田畑の譲渡くらいなものだった。
2日後、干飯と干し蕨の味噌漬を里長から渡され、出立の準備は整った。
いよいよ出陣だ。
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