Cold Steel - 1 -
佐々木小太郎、コールサイン「ムサシ」はその日、長い長い夢を見た。
対テロ特別警戒、即時待機のフル装備で過ごした24時間の終わり、いささか寝過ぎた仮眠から目覚めると、もう交代間近の時刻だった。
やけに土に汚れた装具を外し、腰のホルスターから抜いた拳銃を点検すると…予想通り弾倉の中の弾が足りない。
冷や汗が噴き出した。夢の中で発砲した記憶がクッキリと残っていて、ちょうどその分だけ弾が減っていた。YPD所属以来、嫌というほど慣れ親しんだ硝煙の残り香も銃に残っている。
弾薬自体は訓練弾をちょろまかせばどうにかなるが、何故減ったのか理解できなかった。待機室の中を見回しても、もちろん弾痕は見当たらない。待機室のセキュリティは万全だから外からの侵入者なんていないし、監視カメラの画像を確認しても異状は見当たらない。
異状はないのだが、つまりあれは夢ではなかったというのか。いやそんな筈はない。有り得ない話だ。しかし、もしやと思って装具を改めて調べたら、ナイフもシースごと無くなっている。
ムサシは困惑しきっていたが、夢の中で発砲した拳銃弾と紛失したナイフの行方は何となく見当がついていた。
さっきまで見ていた夢は、何百年も前の世界が舞台だった。
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仮眠に入ってしばらく経ち、やけに眩しい光に気がついて目が覚めた時、俺は何故か日当たりのいい古民家風の部屋にいた。いや、何故かはわかる。俺はー
「オカシラサマ!オカシラ様!」
御頭様、と配下の者は呼んでくれる。俺はこの一帯を仕切り、小競り合いから里を守りながら時々畑仕事をこなす、兼業農家のいわゆる地方豪族の族長だ。
山に囲まれたこの里では米や雑穀などの農業の他に、僅かながら養蚕も行われている。無責任な親から家督を早々に譲られ、危ういパワーバランスの駆け引きから隠れるように存在する山里の安全を預かっている。
「里長が参ります。和田の手の者に動きがあるとかで…御頭様、その装束はどうされたのですか?」
「着替えるから気にするな、新しい戦装束じゃ」
この時代にはそぐわないナイロンの装具を外し、服を着替えて里長の対応に向かう。一族の頭の家だけあって、客間もそれなりに用意されている。
「鼎殿、和田の手の者に不穏な動きがありましてお伝えに参りました」
鼎 源氏、歴史に埋もれた弱小豪族の1人…と理解したのは21世紀の記憶があるからだろう。対テロ特別警戒待機のため、フル装備のまま待機所の仮眠室でウトウトしていた俺は、最近なにかと武蔵国を騒がせる小競り合いに気を揉んでいる地方豪族としてここにいる。どちらの記憶も自分自身だという感覚があるが、疑問には思っていない。まあ、これは多分夢の中だからそんなもんだ。
「和田が動くか…これは荒れるやもしれぬな。また何かわかれば教えてくだされ」
「はい。この地を荒らされるのは本望ではありませぬから。それでは」
里長が帰り、入れ替わりに目つきの鋭い少女が入ってきた。いや、元服する年頃の女性に少女とは失礼かもしれない。
「おい若造、千代に話すことができたのだろう?」
一人称がチヨというこの少女は、鼎一族の懐刀として長年仕えてくれている相談役兼ボディガードだ。本人の話が本当であるなら、正体は少女ではなく雌の化け猫である。
「ああ、和田が戦支度の真似事をしているらしい。こちらの頭数は精々30、数百を超える手勢を相手するのは厳しいやもしれぬな」
「万に一つの時は千代に任せるがよい。源氏には大旦那様と同じ位恩義があるからな。特別じゃ」
自称猫の千代は、この地に居を構えた鼎家の初代に命を助けられて以来、一族を影で守る存在として生きてきたらしい。
幼少期にたまたまその存在を知った俺は、ちょうどいい遊び相手を見つけたと小躍りし、嫌がる千代にせがんで毎日引っ張り回した。
恥ずかしげもなく自分の息子に「源氏」などという大層な名前を付ける親だから、大して気にもせず活用もしていない裏世界の人間の扱いなど些事だったのだろう。友達と大手を振って遊びたいという子供の我儘はあっさり認められ、千代は「影」の存在ではなくなった。
影の存在云々はさておき、物の怪の扱いがこんなにいい加減で良いのだろうか。貴重な人材は一族のためにも、と考えたところでふと気付いた。そもそも鼎家という存在はそんな大それたものではない。手勢は1個小隊ほどの規模だし、一族といえば聞こえはいいが、遡っても片手で足りる程の系譜でしかない。なにしろ、後世に残された記録もないのだ…。
「ところで、ぬしの部屋にあった小刀、ちくと見せてはくれぬか?珍しい拵をしておるな」
拳銃と一緒に携帯していたナイフのことを言っているのだろう。SRK、お気に入りの一本だ。黒くコーティングされたブレードも格好良い。デザインに一目惚れして買ったナイフだが、米軍でも使用されていたと知って驚いた。
「いいけど手荒に扱うなよ、大事な物だ」
「若造が。誰に刀捌きの手ほどきを受けたかよく思い出すがよい」
フン、と千代が鼻で笑う。千代は武器の取り扱いを教えてくれた師匠だった。
「和田の動きを見てくる。その後で存分に触ってくれ。日暮れには戻る」
その一言を聞くと、満面の笑みで千代は部屋から出て行った。
半日かけて自分の目で偵察してきたが、和田派の軍勢500名が全面的に動く様子は見られなかった。しかし念のため構えておこう。備えがあれば憂いはない。
夕飯前に離れにある千代の部屋に行き、約束通りSRKを見せてやると目を爛々と輝かせていた。やはり黒いブレードには興味津々だったようで、「はやく夕餉を済ませてください」と声がかかるまでずっといじくり回していた。
それから数日は何事もなく平和に過ごしていた。たまに千代をからかい「若造、調子に乗ると痛い目をみせるぞ」と怒る様子を眺めて笑うのが日課となっていた。なんだかんだで千代も「冗談も程々にせい」と文句を言いつつ、満更でもない顔をするのだった。
家督を継いで以来、千代とは話す機会をあまり持てなかった。だからせめて会話くらいは、と思ったのだ。
何となくであるが、自分のこの生活は長くは続かない気がしている。ずっとソワソワした気分が続いていた。それに、対テロ特別警戒中とはいえ、待機が終了したら護身用武器以外の装備を返納して帰宅するだけ。あとは久し振りに奥多摩ドライブに出かけるオフが待っている。それが俺の本来生きる世界だ。
多分、近日中に俺はこの世からいなくなる。間違いないだろう。そういう胸騒ぎが止まらない。虫の知らせってやつだろう。
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