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黄金伝――砂の唄  作者: Kentarou Tou / Kentarou Theater


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第九話「ジパングの噂」


---


港に着いたのは、六日後だった。


東の海が見えた。


ミナは生まれて初めて、海というものを見た。果てが分からなかった。空と海の境界が溶け合って、どこまでが水でどこからが空か、判然としなかった。


「大きい」と思わず言った。


「初めて見るか」とハルが言った。


「見たことがなかった」


「俺も最初は驚いた」とハルは言った。「しかし今は——あの向こうに何かある、と思えて、怖くない」


「怖くないんですか」


「少し怖い」とハルは言った。「しかし怖いと思う方向へ行きたいと、昔から思う性質だった」


ミナは海を見た。


向こう岸に、黄金の国がある。


本当にそういう国があるのかどうか、ミナには分からなかった。しかしヴァルターが金の記憶の中で見た何かが、そこにある。そして消えない火が、そこで燃えている。


それだけで十分だと思った。


---


港の宿に着いて、ハッサンが船を手配した。


東の島へ渡る船は、三日後に出るという。


その三日の間に、問題が起きた。


ヴァルターが倒れた。


---


熱が出た。


坑道で十五年眠っていた体が、この旅の疲れに耐えきれなかったのかもしれなかった。砂漠を急いで越えてきた無理が、ここへ来て出た。


マティアスが薬草を調合した。ヴァルターの体を診た。


「しばらく動かせない」と老人は言った。


ハルは父の傍を離れなかった。


ミナは夜、ハルの傍に座った。


「大丈夫ですか」と聞いた。


「父の方を聞いているのか、俺を聞いているのか」


「両方」


ハルは父を見た。眠っているヴァルターを。今度は安らかな眠りで、金の記憶に引き込まれた眠りではなかった。しかしハルの顔には、あの廃坑で見た時と同じ表情があった。


「こんな旅に、連れてきてしまった」とハルは言った。


「ヴァルターさんが来ると決めたんです」


「そうだが」


「あの人は、来たかったんだと思います」とミナは言った。「金の記憶の先を見ることを、十五年間待っていた。その時間が、ようやく来た」


「体が保てば良かったが」


「保ちます」とミナは言った。確信があるわけではなかった。しかしそう言わなければならない気がした。


ハルはミナを見た。


「どうしてそう言える」


「保ってほしいから」とミナは言った。「それだけです」


ハルは少しの間、ミナを見ていた。


それから前を向いた。


「俺に似ている」と言った。


「何が」


「言い方が。根拠のないことでも、言い切る」


「師匠に似ているんだと思います。長く傍にいたから」


「マティアス先生か」ハルは少し笑った。「あの人も、同じ言い方をする」


「知ってたんですか」


「今日気づいた」


---


三日間、ヴァルターは熱を出し続けた。


しかし四日目の朝、熱が下がった。


眼を開けて、ハルの顔を見た。


「すまない」とヴァルターは言った。


「謝らなくていい」とハルは言った。


「心配をかけた」


「させてください」とハルは言った。「心配くらい、させてください。十五年間、心配する相手がいなかった」


ヴァルターは息子を見た。


長い間、見ていた。


「行けるか」とハルは言った。


「行ける」とヴァルターは言った。「行かなければならない。あの記憶の先を、見なければ」


---


船は次の日の朝、出た。


ハッサンは港に残った。


「私は海が苦手でして」とハッサンは言った。


「一緒に来てほしかった」とミナは言った。本心だった。


「こちらから応援しています」とハッサンは言った。笑い皺を深くして。「何かあれば、この港に戻ってきてください。私はしばらくここにいます」


「なぜ」


「あなたたちが戻ってくる時に、ここにいた方がいい気がするから」とハッサンは言った。「理由は分かりませんが、そういう予感がする」


ミナはハッサンに頭を下げた。


船が動き始めた。


港が遠ざかった。ハッサンの白いターバンが、小さくなっていった。


---


海の上での五日間は、静かだった。


波が穏やかだった。風が順調だった。


その五日間で、五人はよく話した。


今まで旅の中で話せなかったことを、海の上で話した。


ヴァルターは金の記憶について、もっと詳しく話してくれた。シュメールの神殿で初めて金が神のものとされた日のことを。古代エジプトのファラオが金の仮面を纏って神に近づこうとした夜のことを。シルクロードを渡る商人たちが砂漠の夜に金貨を数えながら故郷を思った場面を。戦場で略奪された金が、溶かされて別の形になり、また別の人間の手に渡っていく様子を。


「金は全てを見ていた」とヴァルターは言った。「人間が生きた時間の全てを。喜びも、悲しみも、欲も、愛情も——全部、金の記憶に刻まれていた」


「全てが刻まれているなら」とソフィアが言った。「金を持つことで、その記憶に触れることができる?」


「触れることはできる。しかし全てを受け取ることはできない。あまりにも多すぎる。人間一人が受け取れる量ではない」


「だから引き込まれる」とハルは言った。


「そうだ」とヴァルターは言った。「私はそれに耐えられなかった。しかし——もしかしたら、一人で受け取ろうとしたことが間違いだったのかもしれない」


「二人なら」とミナは言った。


ヴァルターはミナを見た。


「そうかもしれない」と老人は言った。「金の記憶を、二人で分けて受け取ることができれば——引き込まれずに、先まで見られるかもしれない」


「それが、封印の条件の意味だったんですか」


「恐らく。封印を作った錬金術師は、それを知っていた」


ミナはハルを見た。


ハルも、ミナを見た。


何も言わなかった。しかしお互いに、同じことを考えていると分かった。


---


島が見えたのは、六日目の朝だった。


靄の向こうに、山があった。緑の山だった。ヨーロッパとも、砂漠とも違う緑の色をしていた。湿った、濃い緑だった。


「あれが」とミナは言った。


「そうだ」とヴァルターは言った。「あの山の中に、神殿がある。金の記憶が向かっていた場所が」


船が近づくにつれて、山の輪郭が鮮明になっていった。


山の頂の少し下に、何かが光っていた。


「何が光っているんですか」とミナは言った。


「火だ」とマティアスが言った。老人は、目を細めて山を見ていた。「消えない火が、燃えている」


常火。


その言葉がまた、ミナの頭の中に浮かんだ。


どこかで聞いたような。どこかで見たような。


「師匠」とミナは言った。


「何だ」


「あの火を、知っていますか」


マティアスは山を見たまま、しばらく黙っていた。


「知っている気がする」とやがて言った。「初めて見るはずなのに——知っている気がする」


ミナはハルを見た。


ハルもその光を見ていた。


「俺も」とハルは言った。静かに。「知っている。あの光を」


ソフィアが言った。「私は知らない。でも——あなたたちが知っているなら、その光の傍に行くべきだと思う」


船が、島の港に入っていった。


潮の香りが濃かった。


そして、かすかに。


金属の匂いが、風に混じっていた。


---


港から山への道は、狭い石畳が続いていた。


案内人もいなかった。しかし道は分かった。山の光が、上から照らしていた。それを辿るだけでよかった。


一時間ほど登ると、杉木立が現れた。


石畳の参道が、杉の中を一本だけ伸びていた。


「参道だ」とミナは言った。


「神殿への道が、整備されている」とヴァルターは言った。「金の記憶の中で見た光景と、同じだ」


参道を進んだ。


光が強くなってきた。


「あそこだ」とハルが言った。


杉木立の先に、社殿があった。


古びた木造の建物だった。茅葺きの屋根に苔が生えていた。扉は閉まっていた。


しかしその扉の隙間から、橙と金の入り混じった光が漏れていた。


ミナはその光を見た瞬間、全身に鳥肌が立った。


怖さではなかった。


もっと別の何か——何度も何度も繰り返してきた帰還の、記憶の重さのようなものが、全身を包んだ。


「ここだ」とミナは言った。声が震えた。


「ここだ」とハルも言った。


マティアスが前に出た。


「扉が、開くかもしれない」と老人は言った。


ミナとハルは並んで、扉に手をかけた。


重かった。しかし、動いた。


---


(第九話 了)


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