既読、変な駆け引き
夏休みに入って、一週間くらい経っていた。
外は毎日うるさいくらい暑い。
蝉の声。
エアコンの室外機。
遠くを走る救急車。
昼過ぎの部屋は、時間まで溶けていきそうだった。
私はベッドに寝転びながら、
スマホを見る。
ミオとのトーク画面。
最後のメッセージは昨日。
『課題やった?』
『やってない』
『おわり』
そこから何も続いていなかった。
別に変な終わり方じゃない。
いつも通り。
なのに、
なんとなく送れなかった。
⸻
水族館に行く約束を思い出した。
まだちゃんと決まっていない。
“いつ行く?”
って送ればいいだけなのに。
私はスマホを閉じる。
また開く。
閉じる。
めんどくさい。
でも、
送らないままなのも変な感じがした。
その時。
通知が鳴る。
ミオだった。
『今日ひま?』
私は少しだけ安心する。
でも次の瞬間、
変な意地が出て、
すぐに返さなかった。
別に意味なんてない。
なのに、
なんとなく。
⸻
十分後。
『寝てる?』
さらに数分後。
『既読無視?』
私は思わず笑ってしまう。
でも、
その笑ったあとに、
少しだけ胸がざわついた。
なんだろう。
この感じ。
近い人ほど、
変に距離を測ってしまう時がある。
私はようやく返信を打つ。
『起きてる』
すぐ既読がつく。
『おそ』
『ごめん』
『許しません』
『怖』
やり取りはいつも通り。
なのに、
どこか少しだけ噛み合わない気がした。
⸻
結局その日の夕方、
私たちは駅前で会った。
空は薄曇りだった。
夏なのに、
雨が降りそうな色をしている。
ミオは改札前の柱にもたれて、
スマホを見ていた。
「おそい」
「五分だよ」
「体感三十分」
「盛りすぎ」
私は隣に立つ。
でも、
なんとなく目を合わせられなかった。
ミオも少し静かだった。
駅前は人が多い。
買い物袋を持った人。
部活帰りの高校生。
泣いてる小さい子。
いろんな声が混ざっているのに、
私たちの間だけ少し静かだった。
「……水族館どうする?」
私が言う。
ミオは少し間を空けてから、
「今日じゃなくてもよくない?」
と言った。
その言い方が、
ほんの少しだけ冷たく聞こえた。
私は「そっか」とだけ返す。
また沈黙。
変なの。
昨日までは普通だったのに。
⸻
その時、
ぽつ、と雨が落ちてきた。
「あ」
ミオが空を見る。
次の瞬間、
一気に雨が強くなる。
「うわ!」
「最悪!」
私たちは慌てて駅前の屋根の下へ走った。
周りの人たちも一斉に駆け込んでくる。
湿った風。
アスファルトの匂い。
近いはずなのに、
なぜかミオとの距離だけ曖昧だった。
ミオは前髪についた雨を払う。
それから小さく言った。
「……なんかさ」
「うん」
「内海が既読つけて返さないと、ちょっと焦る」
私は思わずミオを見る。
ミオは視線を逸らしたまま、
自販機の光を見ていた。
「別に怒ってたわけじゃないんだけど」
「……うん」
「なんか、嫌だった」
雨の音が強くなる。
私は少しだけ黙ってから言う。
「ごめん」
ミオは数秒黙って、
それからふっと笑った。
「内海、たまに変な駆け引きするよね」
「してない」
「してる」
「ミオもめんどくさい」
「知ってる」
その瞬間、
なんだか急におかしくなって、
私たちは同時に笑った。
雨はまだ降っていた。
でもさっきまでより、
少しだけ明るい音に聞こえた。




