答案、フラペチーノ片手に
朝から、教室の空気がいつもと違った。
静かなくせに、落ち着かない。
みんな机に座ってるのに、
誰かが消しゴムを落としただけで変に響く。
「終わった」
ミオが机に突っ伏しながら言う。
「まだ返ってきてないじゃん」
「でも終わった気配する」
「気配で絶望しないで」
前の席の子たちは、
「英語やばかった」
「数学途中で諦めた」
みたいな話をしている。
六月の湿った空気が、
少しだけ教室を重たくしていた。
⸻
一時間目、数学。
先生がテストの束を持って入ってきた瞬間、
教室がざわつく。
「はい、静かにー」
その声に、
みんな逆に静かになる。
紙の擦れる音だけが聞こえた。
私は変に喉が渇く。
ミオはもう死んだ顔をしている。
「内海さん」
名前を呼ばれて、前に行く。
答案を受け取る瞬間って、
なんでこんなに緊張するんだろう。
私は席に戻って、
そっと点数を見る。
「……あ」
悪くない。
というか思ったより良い。
少し安心して息を吐く。
その横で。
「終わっっっっっった」
ミオが小声で崩れ落ちていた。
「何点」
「聞く?」
「一応」
ミオは答案を裏返したまま、
机に突っ伏す。
「……39」
「惜しい」
「惜しいとかじゃないのよ」
赤ペンの数字が、
やたら存在感を放っている。
私は笑いそうになるけど、
さすがに我慢した。
「追試?」
「追試」
「がんばって」
「他人事だと思って」
⸻
休み時間。
教室は点数の話でいっぱいだった。
「見せてー!」
「無理!」
「あ、勝った」
「あーもう最悪」
いろんな声が飛び交う。
窓の外では、
曇り空の向こうに少しだけ青が見えていた。
ミオはまだ机に沈んでいる。
「生きてる?」
「無理」
「大袈裟」
「内海何点だったの」
私は少し迷ってから、
答案を見せる。
ミオが固まる。
「は?」
「なに」
「賢」
「普通だよ」
「嫌味?」
「違うって」
ミオはじっと答案を見たあと、
急に真顔になった。
「……遠い存在になっちゃうんだ」
「なにそれ」
「有名大学行って、フラペチーノ片手にノートパソコン開くんだ」
「偏見すぎる」
思わず笑う。
ミオも耐えきれなくなったみたいに笑い出した。
⸻
放課後。
結局、英語も古典も返ってきて、
ミオはさらにダメージを受けていた。
「もうだめ」
「まだ追試あるから」
「慰めになってない」
帰る準備をしながら、
私は答案を鞄にしまう。
ぐしゃっと折れた紙の感触。
ふと、
こういう紙も、
いつか全部捨てるんだろうなと思った。
今はあんなに大事なのに。
順位とか。
点数とか。
赤点とか。
きっと何年後かには、
細かい数字なんて覚えてない。
でも。
この教室の空気とか。
テスト返却の日の変な緊張感とか。
ミオの39点の顔とか。
そういうのばっかり、
妙に覚えてる気がした。
「ねえ」
昇降口へ向かいながら、
ミオが言う。
「帰りアイス奢って」
「なんで」
「追試記念」
「嫌すぎる記念日」




