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94日目 うーたん!?

 4月4日火曜日。桐屋蘭子、高校生活二日目。

 地球滅亡まであと7日。


「お母さんいってきます!!」


 朝から大声を張り上げて出発の号令をかける私にお母さんは耳を抑えながらキョトンとしてる。あと、すごく迷惑そうな顔してた。


「……あんたの情緒が分かんないわ」


 昨日までとは打って変わって今の私は平常運転だ。友人達の前でクヨクヨばかりもしてられないので。


「蘭子、大丈夫なの?」

「なにが?」

「……なんでもないわ。Y〇uTubeどうするか決めた?」


 口調は穏やかだった。私がテンション低かったのはY〇uTubeで追い詰めすぎたせいだと考えてるのだろう。違うけど。

 愚かなる母に私は「今日中に決める」と親指を立てて駆け出した。




 公立青藍高校--

 公立と私立の違いが分からない女、桐屋蘭子は今日、朝の5時半に一番乗り……


 のはずだった!!



「教室が開いてる……だと?」


 既に解錠されててなんなら電気もついてる教室内に戦慄を覚えた。震える手が扉の取っ手に触れる。

 汗の滲む手で扉を開けば、誰もいない校舎の静寂の中で教科書を広げる少女の姿が…


 恐る恐る近寄る。


「……何もんだてめー(汗)」


 まだ午前5時半だぞ?


 奴は黒い髪の毛を後ろで三つ編みにして、針のように細い瞳で真剣に教科書とノートを交互に見つめてた。几帳面な文字が並ぶノートには難解な数式が羅列していて、女子特有の文字の細さはハ〇キルーペがないと見れないくらいだった。


 こいつこんな時間に学校に来てるのおかしいし勉強してるのもおかしい。あと、無視するのもおかしい、人として。


「何もんだてめー」


 もう一度チャンスをやると少女はこちらに目を向けた。氷の刃のような視線の冷たさだった。奴の存在が室温まで下げている……そう思わせるほどの…


「……何もんだてめー(汗)」

「佐藤…」

「フルネームで名乗れ」

佐藤さとうるいか」


 教科書に書かれた名前を見せてくる。こいつ…名前がひらがなだ。可愛いと思ってんのか?


「……下の名前がひらがなだからって可愛いとか思わねーし…(汗)」

「……?」

「あたい、桐屋蘭子。青藍高校裏番。夜露死苦」


 お前の名前なんて訊いてねーよ、と言わんばかりに教科書に視線が戻る。なんてやつ……

 なんかムカつくから前の席の椅子を占領して話しかける。何としてもこいつの住所、連絡先、家族構成、本籍地、マイナンバーを聞き出すんだ。


「お前どこ中?」

「……」

「何してんの?こんな時間に」

「……」

「私の事知ってる?有名人なんだけど…」

「……」

「今朝何食べた?」

「……」

「お前さ、口きけないわけ?」

「……」

「そんなんじゃ社会に出て苦労するよ?」

「……」

「ひいおじいちゃん何してた人?」

「……」

「お昼弁当?購買?強奪?」

「……」

「納豆にネギ入れるタイプ?」

「……」



 朝の時間は流れ……やがて三人目が登校してきて、教室内に賑わいが満ち……


「ねーねー、打ち上げ花火横から見る?下?」

「……あの、桐屋さん。そこ私の席なんだけど…どいてくれる?」

「……」


 私に席を取られた女子が立ち尽くしても……


「あのさー、君のシャーペン、芯何ミリ?」

「……」

「席に着けー、ホームルーム始めるぞー」

「先生……桐屋さんが退いてくれません」


 ホームルームが始まっても……


「おい桐屋自分の席に着け」

「ねーねー、ミレニアム懸賞問題いくつ解けた?私三つ」

「……四つ」

「……へー…………えっ!?」


 結局奴についてわかったのは凄いって事だけだった。


 *********************


 これ以上奴に構うのは時間の無駄であると私は判断し、金もないし弁当が完成する前に家を出てしまったので、おかんの所に飯をたかりに行こうと決めた…そんな昼休み。


 おかんは一人別クラスにハブられている。きっと独りで心細いに違いない。その体型と裏腹に…


「おーかーんっ!!飯食わせてーっ!!」


 入学二日目にして他所のクラスに殴り込むこのメンタルの違いに裏番としての気合いを見せつけていきながら、ズカズカと侵入していくと、目的のおかんが既に誰かと机をくっ付けて飯を食っている事に気づいた。


 誰だ?私の昼飯を横取りんこしてるのは?


「あら蘭子…昨日とは違って今日は元気ね」

「退きなおかん……やいてめー、あたいのおかんをどーしよってんだ?お?」


 私はおかんを占領する略奪者にメンチを切る。


 奴は女だった。

 茶髪のツインテールとたぬき顔は男ウケしそうな美少女感を醸してる。が、問題はそこじゃない。

 その圧倒的な胸部装甲こそがこの女の最大の特徴と言えるだろう。

 ……が、問題はそこでもない。


「……え?…えっ!?」

「こら蘭子。いきなり絡まないで…詩子うたこちゃん。この子はね、同じ中学の--」

「もしかして……『キリヤランコの炎上飯』の…キリヤランコ…さん?」


 目の前の彼女は目を輝かせてた。まるで運命という名の矢に撃ち抜かれた乙女のように…

 が、それはこちらも同じだった。


「そーいうあなたは……せっ…『セクシー姉妹の日常』のうーたん!?」



 --セクシー姉妹の日常とは。

 最近爆速で登録者を増やした人気Y〇uTuber、みーたんとうーたんの2人により運営されるY〇uTubeチャンネルの名称だ。

 その名の通りセクシーな姉妹である姉、みーたんと妹、うーたんによる、様々な分野に切り込んだマニアックお色気チャンネルなのである!!


 桐屋蘭子の推しです。


 ……そしてこの二人のチャンネルは…


「会いたかった……うーたん(涙)」

「私も……感激……♡まさか同じ学校に同業者が--」

「お前ら私の財布拾ったよな?」

「……え?」



 私らがY〇uTube始める時に作ったチャンネルを乗っ取って、澄まし顔で動画投稿してるのである!!

 きっかけは私が財布を落とした事…そこにチャンネルアカウントへのログインIDとかをメモした紙を入れといたんだけど…恐らくそれを拾ったみーたんとうーたんはちゃっかりログインして勝手に動画投稿始めた。


 ……そして広告収入が紐付けしといたカンパルノ姉の口座に入ってきてた。






 昼休みの女子トイレ。

 昼の陽射しだけでは薄暗いトイレ内で私はうーたんに壁ドンしてた。


「わひっ!」

「……お前、私の財布返せよ」

「キッッッツ……♡」

「拾ったろ?100均のマジックテープの…バリバリ言う財布。あん中に入ってたID……私のなんだわ。つまりお前らが今使ってるチャンネル、私らのチャンネルだから」


 うーたんの目がマグロ並みに泳いでた。


「……よくわかんない(汗)」

「かっ…勘違いしないでよねっ!!///別にあんたを責めてるわけじゃないんだからねっ!!ただ…財布の中のお金だけ返して欲しいだけなんだからねっ!!」

「……財布の中ほぼ空っぽだったけど…(汗)」

「嘘つけやてめー…現金で三十万は入ってたはずだぞ?」

「な訳(汗)」

「いいんか?暴露するぞ?お前らがやった事。こちとら暴露系でやらせてもらってんだからな?」

「コッッッワ♡」


 すみませんでしたって、うーたんは頭を下げた。


「お金は何とかするから…許してほしい……ほんの出来心だったんだよね……」

「ごめんで済むなら刑法235条は要らねー」

「どーしたら許してくれる?」

「金。三十万」

「明日までに持ってこいよ。さもねーと…全部バラすからな?」

「ランコちゃん(汗)」

「あぁ?言っとくけどわたしゃやるって言ったらや--」


 うーたんが後ろを指差した。蘭子は振り返った。その先に呆然と立ち尽くす女子、三人。何故かバケツを持ってる。

 よく見たら昨日私がY〇uTuberだってバラしたあの……なんだっけ、名前。


「……桐屋さん?何してるの?」

「え?もしかして…カツアゲ?」

「ヤバくね?」


 ……こんなんで怯む蘭子ちゃんじゃねーし。チャンジャじゃねーし。


「……何見てんのよ。見せもんじゃないのよ」


 大蛇丸のフリをしながら恫喝する。怖がってるというより……ドン引きしてる。そんな顔だ。


「なによ…早くクソして帰りなさい!?」

「あー……別にトイレしに来たわけじゃ…(汗)」

「なによ?じゃあなんなのよ?早く済ませて帰りなさい?」

「……いや…(汗)」


 なんだ?トイレ掃除か?


「早くなさいってば」

「……先生とかに言わない?」


 名前忘れた奴が上目遣いに訊いてくる。なんの事だろう?

 なんでもいいけどこっちはうーたんとの交渉に忙しいので……


「言わない言わない」

「そっちのカツアゲも黙ってるからさ」

「カツは揚げるより煮る方が好きだけど…なんでもいいから早く済ませて帰って。帰ってよっ!!んもぅ!!」

「……(汗)」「……(汗)」「……(あの子昨日とはキャラ違わない?)」


 じゃ遠慮なく……って三人はバケツを手にしたまま個室の前に立つ。そこで気づいたけど、ひとつ使用中だった。

 ……この中の奴にも口止めしとかないとな。


 なんて……私なんも悪くないのにそんな事に考えを巡らせてたら…



 その個室の上に向かって連中、バケツの中身を盛大にぶちまけた。

 中身は水だ。

 上から降り注いだであろう水は個室内に滝のように流れ込み、下の隙間から床を濡らしていく…


 アクロバティックな掃除だな……ってうーたん共々ドン引きしながら眺めてたら……


「くせーんだよ便所女!!」「そこでも一生閉じこもってろ!!」「ばーか!!死ねっ!!」


 物言わぬ個室に向かって水だけじゃ飽き足らず罵声を浴びせて、なにかやり遂げたような顔をしてから「じゃーねー」って陽気にこっちに手を振って立ち去って行った…


 怒涛の展開……この間約45秒。


「……」「……ヤッッッバ♡」


 呆然と立ち尽くす私らの前でゆっくりと…個室のドアが開かれた。

 そこから水音を鳴らしながら姿を現した奴の姿に私は今朝の屈辱を思い出した。


「……あっ!ミレニアム懸賞問題っ!!」


 *********************


 ミレニアム懸賞問題を四つも解いたという天才少女はなんと入学初日から割と洒落にならん嫌がらせを受けた。


「おいおい、大丈夫かい?」


 親切心がプラダを着てクリスチャン・ルブダン履いてカルティエのダイヤで飾ったような女、桐屋蘭子はびしょ濡れのミレニアム懸賞問題に声をかけるけど、無視。


 ちょっとムカッ。でも怒らない、蘭子大人。


「私のブランケット貸してやるよ。それで体拭けって」

「ヤッッッサシ♡」


 三十万脅し取ろうとした女とは思えない優しさにうーたんも感激だ。

 ……が、ここでようやく存在を認識したかのように振り返ったミレニアム懸賞問題がぶっかけられた水よりも冷たい眼差しを返してきた。


 そして一言。


「……関わらないでくれる?」


 水も滴り過ぎるいい女になっちゃったミレニアム懸賞問題はぽかんとする私らを置き去りに、びしょ濡れのまま教室に帰って行く。

 その手には弁当箱が握られてた……











「……トサカに来たぜ(怒)」


 優しさがシャネル着てマノロ・ブラニク履いてブルガリのネックレスをつけてるような女、桐屋蘭子もこれには憤慨してた。

 隣でジュースチューチュー吸うのは風花さんだ。

 校舎裏のひさしの下で二人並んでオリエンテーションをバックれる。問題児二人、ただし最強。


「入学二日目でいじめられるなんてあいつはよっぽど悪い奴に違いないよ(怒)」

「どうかな…同じ中学出身でその時からいじめられてる可能性ない?」

「流石風花さんだ……」

「それはいいとして桐屋さんは部活、決めた?」


 朝のホームルームで入部届けなる紙切れが配られた。担任の目の前で鼻をかんだら「次やったらそのくらげ頭丸刈りにするぞ」って脅迫された。私のカッチョいいウルフカットをくらげ呼ばわり…


「正直面倒臭いんだよねー…一緒の部活に入りたいんだよね?」

「うん」

「陽菜とかおかんは何に入るんだろ?」


 万が一の時に備えて財布……間違えた友人と合わせておいた方がいい。体験入部可能な期間が来週の月曜までらしい。が、地球滅亡を前にしたらどうでもいい事だ。


 なんて残る二人の友のことを考えてたら--


「……それなんだけどさ、桐屋さん」


 風花さんがじっと私の横顔を見つめて語りかける。妖しい雰囲気を感じて身構えた。なんだ?


「二人だけで決めて、入部しちゃおうよ」


 そんな事を言うのだ。


「……え?でもそなた、昨日みんなで一緒の部活にって……」

「私は桐屋さんと二人だけでいいんだ」


 何がいいってんだい。


 突然の事態に目がクルクルと安定しない私。そんなのお構いなしに風花さんが物理的に距離を詰めてきた。

 ああ……うーたんもさっきこんな気持ちだったのかな…って……変な汗が止まらない私の鼻腔に風花さんの香りが充満し、くらくらする。


 影を落とした中で瞳が爛々と光る風花さんが至近距離から語りかけてくる。


「……桐屋さん。言おう言おうと思ってたけど…言えなかった事があるんだ。聞いてもらってもいい?」

「……はい(汗)」

「ずっと胸に秘めておくつもりだったんだけど…地球ももう終わるし…踏ん切りがついた。これで台無しになっても、どうせあと少しだから…」

「…………なんスか?(震)」

「桐屋さん、好きだよ」

「……(゜ロ゜)」

「愛してるんだ」

「……Σ(・□・;)」

「今日から二人だけの時間を過ごしたい…」


 突然の愛の告白。風花さんが更に詰めてくる。これ以上二人の間にスペースなんてないというのにっ!!

 嗚呼っ!!桐屋蘭子っ!!お前はなんて罪な女の子なんだ!!私の色香によってまた一人、友情をかき乱す!!


 これ以上ないくらい近寄ってきた風花さんの唇が吸い込まれるように近づいてくる…もう、触れるか触れないかの距離だ。


「風花さん……っ」

「受け入れてくれる?」

「だめ……っ///」




 アーーーーッ︎︎♀



 ……固く目を閉じて覚悟を決めていたら耳元で震えるような吐息が聞こえた。恐る恐る目を開けたらそこで風花さんが顔を赤くして震えてた。


「ぷぷっ……くくくっ」

「……」

「あははははは」


 ここでようやく揶揄われたんだと気づいた。

 クールビューティがディオール着てセルジオロッシ履いてハリーウィンストンで決めてるような女、桐屋蘭子。屈辱に顔が赤くなる。


「風花ぁっ!!」

「あははははっ!ごめんごめん…ちょっと揶揄いたくなってさ…ふふふっ」

「こいつ……っんもうっ!!なんなん!?」

「ごめんて」

「ごめんで済むなら民法709条はいらないっ!!」

「ほんとごめんて……あはは…それはそうと桐屋さん」


 目尻に真珠のような涙の粒を浮かべながら…


「さっき話してたその子の事、気にならない?」


 高校ライフ始まったばっかりだけど地球滅亡まであと6日…

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