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93日目 持つべきものはなんとか

 NASAの発表によると、観測された超巨大天体は不規則な軌道を描きながら地球に接近してるんだとか…このままの速度を維持したままなら、地球に最接近するのは……4月8日から10日あたりになるらしい。


 ……接近どころか、その天体が地球に衝突することを私は知ってる。


 4月3日、月曜日。

 4月最初の平日がやって来た。


 美堂家の寝室にて鏡の前に立ち、卸したての制服に袖を通す。進路を決める時、この制服に憧れて高校を決めたのを思い出した。


 桐屋蘭子15歳。今日から高校生…

 そして地球滅亡まであと……8日。


「……蘭子、行くよ?」


 玄関先で振り返った陽菜が相変わらず死んだ目で私に呼びかける。その目に新生活の訪れに対する期待は感じられない。でも、長い付き合い故声のトーンで心が浮き足立ってるのが分かる。


 昨日ニュースを見てからそんな気になれない私はそんな陽菜に生返事を返しながらローファーを履く。

 つま先を床にコツコツと叩きつける私に後ろからお母さんが声をかけた。


「蘭子…入学おめでとう」


 言葉とは裏腹にあまりおめでとうな感じの声じゃなかったけど……

 原因はまぁ……私が昨日から塞ぎ込んでるからだろう。


「お母さん入学式には行けないけど…まぁ、もう高校生だもんね。大丈夫よね?」

「……当たり前だよ」


 明るく言ったつもりだっけど心の奥にどんよりと澱む濁りが声を水底に引っ張り込む。私の口から出たのは不機嫌そうな声だった。


「……いってらっしゃい」


 お母さんは何も訊かない。

 もしかしたら昨日のY〇uTubeの話が原因だと思ってるのかもしれない。


「いってきます」


 そんなことを考えながら家を出た。





「……蘭子、結局昨日の話し合いはどうなった?」

「……昨日の?」

「……だから、Y〇uTube。やめるの?」


「ああ…」と気の無い返事を返す。


「まだ決めてない。結局私がどうしたいかを聞いてからって話になって……」


 その後でニュース見て……

 正直、どうでもよくなった。

 結局なぁなぁのまま終わっちゃった。でも、そんな事を考える余裕が今はない。


「……ニュース見た?」


 陽菜が前を向いたまま問いかけてくる。

 電車の到着を待つ駅のホーム。同じようにホームに並ぶ人達はみな、昨日のニュースの事なんて頭にない様子だ。

 現状、ただ天体が地球に近づいてるだけ、だから仕方ない。まさかそれが落ちてくるなんて、現時点では誰も思ってないのだ。


 私と……陽菜以外は。


 ……私の話を信じるって言った風花さんはあのニュース見たのかな?


「……蘭子?」

「ああ……見たよ。陽菜も見た?」

「……地球を終わらせる隕石って、あれ?」


 陽菜が問いかける。

 そんなの分かるわけない。けど、多分そうだろう。直径10キロメートル。この星の文明を終わらせる質量爆弾。そんなのが地球に衝突する可能性は一億年に一度程度なんだとか。

 そうなんだろう……


「……隕石、見えないね」


 空を見上げる陽菜がそんなふうに言った。

 ホームの屋根に縁取られた狭い空を眺めながら。空は私達の新生活を祝福するような青空だ。空の眩しさに目を細める。


「まだ何光年も先にいるんでしょ…見えるかよ……」

「……隕石ってそんなに速いの?」

「知らん……」


 仮に隕石が自動車くらいのスピードでトロトロ落ちてきたら地球は無事なんだろうなって思った。


「陽菜はさ…考えないようにするって言ったじゃん?」

「……うん」

「昨日のニュース見て…どう思った?」

「……巨大な天体が地球に向かってきてる。NASAによると地球に衝突する可能性は0.00……何パーセントとか言ってたね」


 そんな確率が出てたのか。どうりでみんな楽観視してるわけだ。学者がそー言うならそうなのかもしれない…って思っちゃう。


「……天体が迫って来てて、頭のおかしい親友がそれに気を揉んでる。そう思ってる」

「それ、現実逃避って言うんだぞ?」

「……衝突を確信してて呑気に通学してるあんたに言われたくない」


 陽菜の軽口に合わせて電車がホームに滑り込んできた。

 どうやら陽菜のスタンスは変わらないらしい。


「……世界中の人達が終末に怯えだすまで、私は何も考えないよ」


 先に乗り込む陽菜が振り返りながらそう言った。爽やかさの欠片もない死んだ目で。


「……蘭子、部活何入る?」


 ********************


 部活?帰宅部です。

 なんて答えてたら部活は強制入部だって今知った。


 そんな今日この頃……


 校門から入ると何度か見た輝かしい校舎と活気づいた雰囲気が私達を出迎えてくれた。ただ今日のその活気は在校生によるものじゃなくてこれから高校生になる新入生によるものだけど。


 コサージュを貰い、クラス分け表の前に立つ。自分の名前を探すと一組に桐屋蘭子の名前があった。

 同じクラスに陽菜の名前もあって少しホッとした。風花さんも同じ一組だ。


「……良かった、蘭子と同じで」

「おかんはハブられたか…可哀想に。入学早々ぼっち確定か」

「……おかんなら大丈夫だよ。蘭子と違ってコミュ力高いから」


 言い返す気力もなく私達は連れ立って一組の教室に……


 既に大勢の新入生で賑わう教室。黒板には私達を歓迎するメッセージとなんかのアニメのイラストが感心するほど綺麗に描かれてる。

 窓際の席に風花さんを見つけた。既にグループの出来上がってるクラス内で一人、近寄り難い雰囲気を纏って窓の外を見つめてる。


「……じゃ、蘭子、後で」


 陽菜が割り振られた席の方へ歩いていく。それがこいつなりの気遣いだって悟った私は着いてく事はせずに自分の席へ……


 出席番号順と思われる席は風花さんのすぐ後ろだった。「か」と「き」だからね。


 着席すると同時に向日葵のような金髪がふわっと揺れる。変わらない微笑みを浮かべた風花さんが振り返ってた。


「おはよう桐屋さん」


 何を言われるんだろ…とドキドキしてたけど風花さんはいつも通りだ。


「おはよ……」


 ただ私はいつも通りじゃない。


「……元気ないね」

「緊張してるんだよ。高校生活が始まるからね」

「なるほど……見知った顔も私達以外にはいないもんね」


 偏差値が高いからか、ここまでで私達と同じ中学の子は見なかった。クラス内にも見当たらない。


「おかんには会った?」

「まだ」

「おかんが入学式終わったらファミレス行こって。クラス離れ離れだって泣いてたよ」

「私お金ないや」

「奢ってあげるよ」


 私より貧乏な風花さんに言われると恐縮してしまうけど、折角のお誘いだ。曖昧な返事を返すとそれっきり風花さんは前を向いちゃった。


 余計な心配をさせただろうか……


 いつまでも気持ちが切り替わらない自分への嫌悪感に浸ってると後ろから肩を叩かれた。

 いつもなら歯ぎしりのひとつでもしながら振り返るところだけど、生憎そんな気分じゃない今日の私が無表情で振り返ると、チワワみたいな顔をした小動物的女子がニコニコしながらこっち見てた。

 短めのポニーテールと人懐っこそうな顔が快活な印象を与える。


「どこ中?」

「……ハイチュウ」


 全力のボケです。


「あははっ、面白いね!私、来宮くるみや!名前は?」

「桐屋蘭子」

「……あれ?君って……もしかしてキリヤランコの炎上飯の?」


 丸っこい目が更にでかくなる。


「……まぁ」

「えっ!?マジっ!?ヤバっ!?ねーみんなぁっ!!」


 一体何事だとクラス中の視線が集まった時、前の風花さんが少し迷惑そうな顔をしたのがチラリと見えた。

 申し訳なくなりながら黙ってると来宮なる女子の勝手な宣伝で、私は早速時の人となってしまったのだった……


 ********************


 校長先生の話が長いタイプの高校らしい。

 厳かな入学式。やたら小難しい歌詞の校歌を歌い終えた私は教室に戻るまでの道中、またしてもクラスメイト達に取り囲まれる事になる。


「ねーねー!動画みたよ!」

「ありがと」

「リアルもかわいーね!」

「ども」

「あのさ、カンパルノ妹って路端カンパルノのガチ妹ってマジなん?」

「マジ」


 その人垣は陽菜や風花さんが近寄れないくらいの物量。凄かった。


 教室に帰って担任の先生からのつまらない話に耳を傾け、私の高校生活初日は終了した。

 クラス内での私はY〇uTuberとしての存在感を確固たるものにし、帰宅する道すがらもクラスメイト達からの洗礼を受け続ける。


 なんとか校門を抜けて陽菜と風花さん、おかんと合流しファミレスに入店した頃にはライフポイントがゼロになってた。元々メンタルゲージはゲロに近かったのにこんなに人にもみくちゃにされてしまっては、絞りカスのHPも消し飛ぼうってもんだ。


「……クラスの人達言ってたよ…動画と違ってクールでかっこいいって」


 ファミレスでチープな料理を前に陽菜がそんな事を言う。私は席に着いた途端に気が抜けて上の空の返事を返してる。


 おかんがラザニアを飲みながら私の異変に気づいた。


「蘭子どうしたの?元気なくない?」

「別にそんな事ないけど……」

「……おかん。蘭子はね、ついに地球に巨大隕石がやって来る事がニュースになって気落ちしてるの」


 陽菜の説明におかんが吹き出した。風花さんは隣で一言も発さずに黙々とメロンソーダを飲んでる。その視線は私の顔を見つめて離さない。


「蘭子、あんた本当の本当に本気で地球滅亡信じてるのね?それ、誰から聞いたの?」

「だから予知したんだって……」

「大丈夫よ。蘭子の予言が当たった試しなんてないでしょ?」

「……」


 軽口を返す気にもなれずにムスッとした顔を返したらおかんも流石に様子がおかしい事に気づいた。

「大丈夫?」と優しく問いかけてくるおかんに私は無言でフライドポテトの皿を押し付ける。悪いけど今は喋る気分じゃない。


「みんなニュースは見たんだね」


 風花さんが口を開くと場の視線が彼女に集中した。風花さんの口からこの話が出てくる。私も彼女が何を口にするのかが気になってその声に耳を傾けた。


「私達の居るこの地球が終わるまであと少ししかないらしい」


 先程は笑い飛ばしたおかんも風花さんの口からそんな事言われたので今度は笑い飛ばす事はできなかった。ぽかんとした顔で風花さんの言葉を聞いてる。


「どうやら私達は死ぬらしい」


 真剣な表情。茶化す気配は無い。陽菜は驚きの顔をしてる。私もだ。風花さんは信じるって言ってたけど、こんな見たこともないような真剣な顔で言われたら……


「私達は残された時間を有意義に過ごさないといけない」


 ストローをびしっとこちらに突きつけながら真面目な顔で語る風花さん。何を言い出す気だろうかと身構えていただけに、その大仰な言い方からの呑気な発言に肩透かしを食らった。


「まず沖さんとの仲直りなんだけど……」

「あ、その件は終わったんだ」

「え?」


 風花さん含め全員に昨日の話をした。簡単にだけど。Y〇uTubeをどうするかは未定ということ、雅はもう怒ってないこと。

 その報告を聞いた風花さんはうんうんと頷いて一言。


「じゃあみんなで遊びに行ってもいいわけだ…」


 孤高の存在であった風花灯。誰とも群れず一匹狼で我が道を行くクールビューティ…だと思ってた中学三年間。目の前のなにかにワクワクしたような面持ちの少女は等身大の女の子だった。


「……あの…風花さんさ…」

「じゃあ取り急ぎ決めなきゃいけないのは部活だよね」

「強制入部らしいしね」


 おかんも同調して真剣な顔で呑気な会議が始まった。地球が終わるって分かってて話すことがそれなのかよって言いたくなるけど、風花さんの発言に完全に支配された場ではそんなツッコミも野暮なような気がしてきた。


「みんなで一緒の部活入りたいな」


 いつものクール顔で可愛い事言ってくる風花さんの顔にもうなんだか…肩の力が抜けちゃった。


 陽菜は考えない。

 おかんは笑い飛ばした。

 風花さんは最後の時間をどう過ごすのかを考えてる。


 隣の陽菜が肘で横腹を突いてくる。見ると死んだ目で私を見て、死んでるはずの表情筋が微笑みを浮かべてた。


「……色々考えるのもいいけど、疲れるでしょ?」

「陽菜……」

「……言ったよね?いつもの蘭子がいいって…終わるなら終わるでさ……悔いなく、でしょ?」


 さっさと調子を戻せ、面倒臭い相棒だな。そんな陽菜の心の声が聞こえてくるみたいだった。


 目の前のオレンジジュースのストローを咥えて甘酸っぱい液体を口の中に広げてから、私は気合いをひとつ入れるように大きく息を吐いて笑った。


「はいはい!蘭子、クレー射撃部に入りたいです!!」

「……ないよ?」

「蘭子がやったら危ないから、だめ」

「ないなら作ろう」




 こんな調子だけど…地球滅亡まであと7日。

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