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一鬼夜行  作者: がーすー
12/13

霊刀


あと二話!





「くっくっく…そうか…ぐふふ…あーっはっはっはっは!」


 鬼はいきなり声を上げて笑い出した。


「……はて、わし何かおかしなこと言ったか?」


「……甦ったから、何だ! 見よ、この肉体を! 二百年で、どれほどの数の退魔師を喰らったと思っている!」


 鬼は両腕を高く掲げ、口を大きく開けて息を思い切り吸い込んだ。

 胸と腹が、破裂しそうな勢いで膨らむ。


「ウオオォォオォォォーーーー!」


 限界まで吸った息を、一気に吐き出して叫ぶ。


 木々は震え、古い寺の柱が軋む。

 すると鬼の肩口から、左右二本づつの腕が皮を裂いて現れた。

 巌のようだった体はさらに膨らんで、二回りほど大きくなる。

 見上げる顔ははるかに高く、寺の屋根を越えていた。


「どうだ! 退魔の力を妖力に変えて、オレはこの体を手に入れたのだ!」


 鋭く尖った爪を持ち、大人五人分の胴よりも太い、丸太のような腕が妖しく蠢く。

 鬼一は禍々しくなった鬼の姿を見て、唖然としている。


「どうした? 恐怖で言葉も出ぬか! はーっはっはっは!!」


 鬼は勝ち誇ったかのように大声で笑った。

 鬼一は困ったような表情を浮かべ、頭をかきながらため息を吐いた。


「度胸もねぇ器の小さい野郎が、腕生やしたくらいで勝てるとでも思ってるのか? 愚か者だが馬鹿じゃねぇと、そう思ってたんだが、どうやらわしの思い違いだったみてぇだな」


「な、なんだと貴様! 二度と甦らぬように! その肉も魂も粉々に叩き潰してくれる!」


 鬼は怒号と共に、その小山の如き巨体を揺さぶる。

 大きな握り拳を振り上げた。


「亡者め。今一度、オレの手で滅ぶがいい!」


「へっ、やれるもんならやってみろ! この臆病者が!」


 鬼一は刀を抜き放った。



 深く膝を折って身を沈め、同時に刀を真上に切り上げる。

 頭上から降ってくる右腕の手首を見事に切断し、硬く握られた拳が鬼一の後方へと飛んでいった。


 鬼一は続けざまに高く飛び上がり、鬼の頭めがけて鋭く打ち下ろした。


「ヌゥゥウウ!」


 鬼は身を反らしてなんとか切っ先をかわす。

 そして鬼一の着地に合わせて横薙ぎに拳を叩き込んだ。

 鬼一は拳を刀の腹で受けたが、堪えきれずに吹き飛ばされ、石畳の上を派手に転がる。


 鬼はそこへ、手当たり次第に周囲の木を根こそぎ抜いて投げつけた。


「どわぁっ!」


 鬼一は地面を転がりながら器用にそれを避け、体勢を立て直して鬼に接近する。

 しかし鬼は両脇に抱えた木を力強く振り回し、それを阻止する。


 間合いに入れず焦れた鬼一が、不用意に飛び込んだところに蹴りが入り、再び吹き飛ばされた。


「どうした! 大口を叩いてその程度か!」


 鬼との距離が二十歩ほど離れたところまで転がったが、鬼一は軽やかに起き上がり、刀を構える。


「やるじゃねぇか……昔とは大違いだな」


「そのような貧弱な姿ではオレには勝てんぞ。人間に転生したのが仇となったな」


 鬼が一歩、二歩とゆっくり間合いを詰める。

 そして徐々に足を速め、五本の腕に力をたぎらせた。


「その細い体で、俺の力を受けきれるか!」


 五本の腕が鬼一に襲い掛かった。


 鬼一は両手をだらりと構える、そして迫り来る爪や拳を流れるように捌いていった。



 上から叩きつける拳を半身になって避け、右から飛んできた爪を刀で受け、刃を滑らせるようにして逸らす。


 次々と繰り出される攻撃を、川を流れる木の葉のように、力に逆らわず受け流していく。


「やるな! これならどうだ!」


 鬼は五本の腕全てを同時に叩き込んだ。

 地面が大きく窪み、石畳は砕けて土煙が巻き上がった。


「……むっ!?」


 あるはずの手応えがないことに気が付き、鬼一の姿を探す。

 しかし土煙で視界が悪く、その姿は見当たらなかった。




「ここだ!」


 足元から声がして、鬼はハッとして下を見る。


 お互いの目と目が合った。


 鬼一はすでに懐に入り込み構えていた。鬼は目を見開いて固まる。



 鬼一は飛び上がりながら、鬼の左腕三本をまとめて一閃。

 そして振り下ろす刀で残った右腕二本を狙う。


 鬼は悲鳴を上げながらも身をよじり、一本の腕を犠牲にして、なんとか右腕の一本だけ腕を残した。


「ぐああぁぁあぁぁ! おのれぇ!」


 鬼は痛みにもだえながらも、苦し紛れに、無防備だった鬼一の腹に拳を叩き込む。


「痛っっでぇ!」


 鬼一は吹き飛ばされて、寺の柱に背中を強かに打ちつける。

 咳き込みながらも刀を杖代わりに立ち上がり、痛みに堪えて不適に笑ってみせた。



 鬼はよろめきながら後退し、距離を取る。

 腕からは赤黒い血が吹き出し、呼吸も荒い。


「このまま、だるまになるまでやるか? それとも、降参するかい?」


 鬼は息を荒げながら鬼一を睨んだ。

 それを睨み返す鬼一の額にも脂汗が浮いている。


「何故だ、何故だ! オレは強い! 退魔師を喰らい、力を付けたはずだ!」


 鬼一はそれを聞いて、嘲るように鼻で笑った。


「へっ、それがおめぇの強さか」


「……なんだと?」


「たしかに今のおめぇの力は強い。だが大事なものを忘れている」




 鬼一がゆっくりと鬼に近づく。

 鬼はそれを恐れるようにじりじりと後ろに下った。


「強さってのは、腕っぷしや手下の数じゃねぇ。人間になって、わしはそれを学んだよ。

あの戦で、わしがどうして負けたのか。人の中で暮らして、そして千里に会って、わしは気付いた」





(――強さとは、己の内にあらず)





 鬼一は、ようやく出雲の言葉の意味を知った気がした。

 一人では非力な人間でも、その繋がりはとてつもない力を生み出す。

 快楽のため、名を上げるため、それだけのために戦ってきた鬼の時分にはさっぱりわからない理屈だったが。人として生きるうちに目にした全ては、弱いからこそ強くあろうとする姿。

 


「己が生き長らえるために、誰かの名前の影に隠れてこそこそと悪さをしてるおめぇには、絶対に負けねぇ。観念しやがれ」


 鬼一は切っ先を突きつけた。


「きゃあ!」



 千里の叫び声に、鬼一は何事かと振り返った。


「……千里!?」


 千里の体を、最初に切り落とした鬼の手が掴んでいた。

 そして手が宙に浮き、鬼の元へとやってくる。


 鬼一は背後に気配を感じて振り向く、すると先ほど斬った腕四本が同じように宙に浮き、鬼一を囲んでいた。


「てめぇ……」


「ぐふふ……油断したな? これが強さだ! 腕を落とされた程度でオレは負けん!」


「鬼一、ごめんなさい」


 腕は鬼の体の前に、千里を盾にするように浮かんでいる。


「動くなよ? この娘を助けたいのだろう? ならば大人しく殺されるがいい!そうすればこの娘も、村にも手を出さずにいてやろう! お前さえいなければオレの天下なのだ!!」


「だめ! 鬼一、信じては……うっ!」


 鬼の手が千里を締め付ける。


「さあ、どうする! この娘ために死ぬか! それとも娘もろともオレを斬るか! どちらを選ぶ!」 





 長い沈黙のあと、鬼一が口を開いた。


「なあ、童椀坊よ。わしがどうしてこんなに、その娘を気に入っちまったか、わかるか?」


 鬼は無言のまま、鬼一を見据える。


「人間ってのも悪かぁねぇ。酒も飲めるし女も抱ける。だがよ、一番良いのはな、飯がうめぇってことだ。握り飯は特にな、そんでもって形が不細工だとよりうめぇ」


「鬼一……」


 鬼が顔をにやりと歪ませる。


「今度死ぬときはな、最後はうまい飯を食って死ぬって決めてんだ。千里の握り飯は最高にうまかった」


「ほう、つまり……娘の命を助ける、そういうことだな?」


 千里の目に涙が浮かぶ。


「ダメよ! わたしはいいから、こいつを倒して! じゃないとおじさんも、村もきっと……」


「千里よ……少し、目を瞑ってな……」


「鬼一!」


 鬼一は笑顔を浮かべた。


「……鬼一」


 千里は目を瞑りながらぼろぼろと涙をこぼし、小さく鬼一の名前を呼び続けた。


「死に方を選ばせてやる。自ら命を絶つか、それともオレに殺されるか。くっくっくっ、どちらがいい? 」


 背後の腕が、いつでも鬼一を狙えるように漂っている。


「そうだな……」


 鬼一は刀を納める。

 そしてそれまで放っていた殺気も感じられなくなった。



 鬼はそれを感じ取り、口元を歪ませた。

 そして己の勝利を確信する。



 背後を漂う腕で、鬼一を叩き潰そうとした、その刹那だった。


「……どっちも、ご免だ」


 そう言うと同時に、鬼一は地を滑るように駆け出した。

 疾風の足運びで一瞬にして間合いを詰め、鬼の首めがけて飛び上がり、抜刀する。


「貴様っ!」


 鬼は咄嗟に千里を盾に使い、刀を止めようとした。

 しかし鬼一は刀を止めずに、盾にした千里ごと、鬼の首をはねた。


「ま……まさか……」


 音を立てて鬼の体が崩れ落ちる。

 首は石畳の上に転がり、浮かんでいた腕も落ちた。




「その刀、に、そん、な……力が、あった、と……」




 戦の後、時代の影で退魔の血を狩ることで、自らの命を永らえさせようとした最後の鬼は、塵となって滅んだ。



 鬼一はその塵を踏みしめながら、倒れている千里に近づいた。




バトルシーンは書いてて楽しいかもしれません。

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