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一鬼夜行  作者: がーすー
13/13

約束 ―完結―

最終話です。


挿絵(By みてみん)





「……おい千里、もういいぞ」


「……ん」


 千里は目を開け、笑顔を浮かべている鬼一を見つめる。


 千里は無傷だった。

 もし斬る瞬間を見ていた者がいれば、千里は鬼もろとも斬られていたように見えただろう。


 だが刀は千里の体をすり抜けて、鬼だけを斬った。



 鬼一の持つ霊刀。

 その刀身は鉄ではなく、代々霊刀を所有してきた数多の退魔師の魂が姿を変えた刃だった。


 ゆえに刀は人や獣の肉は切れず、邪なる魂とそれから生まれた穢れた肉のみを断つことが出来た。



「終わったの?」


「ああ、終わった」


 その言葉で、千里の目から堤を切ったように涙が溢れる。

 鬼一の胸にしがみつき、声を上げて泣いた。




 自分が、そして鬼一が生きていることが嬉しくて、千里は泣いた。

 鬼一は何も言わずに頭を撫でて、大きな手で肩を抱く。





 しばらくして千里は落ち着き、腫れ上がった目元をはずかしそうにこする。


「怖かった……」


 千里は鬼一の襟にしがみき、胸元に顔をうずめる。


「もう大丈夫だ、村に戻ろう」


 襟を掴む千里の手に力が込められる。

 いくら待っても千里の返事は返ってこなかった。


「千里?」


「……帰れないよ」


 鬼一は、声色を沈ずませた様子の千里に困惑する。


 鬼を倒し、千里を狙う者はいない。

 明日からまた日常に戻れるのに、帰れないとはどういうことなのか、鬼一は千里の心中を察しかねる。



「連れてって。村のこと、思い出さないくらい、遠い、ところまで……」


 消え入りそうな声で千里はつぶやいた。


「千里よ、それは出来ん。わしは人になりきれん半端者じゃ。この身が朽ち果てる最後まで、平穏とは縁の無い、血と屍の道を往く運命にある。お前は生きろ。お前は、この孤独の辛さを知らなくていい」


「わたしだって……ひとりだもん!」


 千里は声を押し殺して、鬼一の着物を涙で濡らす。




 千里は出雲の血を引く最後の一人。

 その血を求める妖怪はごまんといるだろう。それが千里の逃れられない運命だった。


 たとえ村に戻ったとしても、それがある限り、これから先、村人とのわだかまりが無くなることはない。

 ならば千里はここで死んだことにして、姿を消してしまうのが、千里にとっても、村にとっても最良なのだと鬼一は気付く。


 そしてそれがとても悲しいことだということにも。


 しかし鬼一はためらった。己の行く先、これから地獄しか待っていないのは百も承知。

 どんな最期であれ、ろくな死に方が出来ないのはわかっている。



 そこへ連れて行くのは、間違いなく千里の命を縮めることとなる。

 それは決して賢い選択とは言えない。


 鬼一は千里の頭を優しく撫で、そしてため息をひとつ吐いた。



 見上げれば、背の高い木々の間から見える空は、夜を過ぎていた。

 紫紺に染まり、寂しく雲が流れている。


「守ってくれる親も、帰るべき場所もない。技を持たず、血の業だけ背負い生きていくのに、小さなお前では、この時代は辛すぎるか」


 千里が言葉に出来なかった感情を、鬼一が代わりに言ってみせる。

 千里の手がより強く襟を掴み、震えた。


「……いいのか?」


 それは千里の覚悟を問う言葉。


 決して訪れる事の無い平穏に絶望せず、魍魎の蠢く夜に生きる決意を確かめる言葉。




 千里は、ただ無言でうなづいた。


「ならば、弱いお前には護り刀が必要だな。そしてちょうど良いことに、おあつらえ向きなのがここにいる。ただしそいつは大飯喰らいで、ろくな甲斐性もない」


 千里が顔を上げる。

 鬼一は千里の不安を吹き飛ばすように、にっこりと笑ってみせた。


「これを振るうのは腹が減るんだ。だから握り飯、作ってくれよ。そうしたらわしが、お前の護り刀になってやる」


 千里は顔を伏せ、肩を震わせた。


「もうすぐ冬になるな。旅をするのに北のこれからは寒い。南へ下ってみるか?あちらは食い物も美味いと聞いている」



「……う゛ん」




 鬼一は千里の顔を上げさせた。

 千里はこぼれそうになる涙をこらえていた。


「もう泣くな。こういう時は笑え。辛くても悲しくても、笑ってさえいりゃどうにかなるもんだ」


「……ほんと?」


「ああ、本当だ! うしゃしゃしゃ! ほら、笑え!」


 鬼一は声を上げて笑い出す。

 そんな鬼一を見ているうちに、千里の不安はいつの間にか薄れて、自然に笑みがこぼれた。


「ふふ、なによその笑い方。変なの」


「そうかの? そんなに変か?」


「変だよ、絶対に変」


「それよりもお前の顔の方が面白いわ! うしゃしゃしゃ!」


「え? 顔?」


 鬼一が自分の顔を見て笑い出したので、千里は何か付いているのかと思い指で頬をぬぐってみる。

 すると指にはべっとりと白粉おしろいが付いていた。


 よくよく見れば腕や手にもたくさん付いている。

 涙で化粧が落ちてしまっていた。


「ちょっと! やだっ!」




 千里は慌てて顔を隠した。

 きっとまだら模様で、たぬきのような顔をしているのだろうと、恥ずかしさで頬を染める。


「うしゃしゃしゃ! 化粧なんぞお前には似合わん! もっと美人にならんとな!」


「うう、言ったな!」


 必死になって袖で化粧を落としながら、足元にあった石ころを拾う。

 笑い転げている鬼一に投げた。


「いてっ! これだけ元気ならもう大丈夫じゃな、ほれ行くぞ。夜が明ければ村の者が来るかもしれん」


 鬼一は千里のそばに来てしゃがむ。


「足を見せてみろ」


 千里は自分が足首を捻っていたのを思い出し、その途端に痛みがやってきて顔をしかめる。

 鬼一は懐からさらしを取り出し、腫れた足首に巻いていく。


 そして千里に背を向けた。


「しょうがない……おぶされ。足、痛むじゃろ?」


「うん!」


「おわっ! 飛び乗るな! わしだってくたくたなんじゃ!」


 千里は鬼一の首元に腕を回し、顔を広い背中に押し付ける。




 山道を下り、村とは逆の方へと向かってしばらく歩いていると、それまで黙り込んでいた千里が話しかけた。


「ねえ、鬼一?」


「ん? なんだ?」


「どうして来てくれたの? わたし、なんにもしてないのに」


「……わしは、畑仕事も手伝えなけりゃ、銭も持ってねぇ。出来るとすればこんな事くらいじゃ。義に厚く生きることは信条だ。恩を受けたままじゃ気が済まねぇ、ただそれだけじゃ」


「そんなことで?」


「わしにはあの握り飯ひとつで十分じゃった。それとあの時は一個しか食えなかったから、今度はもっと食わしてくれよ」


「……うん、山ほど作ってあげる!」









 次第に東の空が白み、二人の進む道を明るくしていく。

 鬼一は背中の重みを感じながら、しっかりとした足取りで歩を進める。


「もう一つだけ、お願いしても良い?」


「おう、いいぞ」


「わたし……妖に怯えるのは、いや。誰かが、妖怪のせいで苦しむのも、いや」


「……そうだな」


「誰かが、わたしみたいな思いをするのは、いや……だから……」


 千里はそこで言葉に詰まった。


 あまりにも身勝手な願いだとわかっていた。

 苦しみを全てを鬼一に押し付け、背負わせ、縛ってしまう。




「ああ、わしにまかせとけ! 見せてやるよ。誰もが、妖に怯える事も、苦しむ事もない、そんな時代を!」


 鬼一は、そんな千里の心配を吹き飛ばすように、にっこりと微笑んでみせた。



 千里が体を預ける鬼一の背中はとても優しく、千里の全てを背負ってもなお、とても広く、大きかった。




「鬼一……ありがとう……」









 もしも、いつか来る最期まで千里を護り通すことができたなら。

 誰かのために生きられたならば、いわば半妖の自分でも人として、少しはまっとうな最後を迎えられるかもしれない。



 そんな生まれたばかりの希望を抱いて、鬼一は千里の望む時代へと向かい歩む。




(出雲よ。わしには一国なんぞ、とても背負えそうもないが、これで、許してはもらえんだろうか)


 ひとりじゃない。守るべき者がいる。


 人と鬼が交わした約束が果たされるのは、そう遠くはない、少しだけ先のこと――。




―― 完 ――



「一鬼夜行」は、これにて終幕とさせていただきます。


お読みいただき、ありがとうございました。


感想や批評がございましたら、どんなものでもありがたく頂戴します。

どうかよろしくお願いします。


構想中の次回作もありますので、今後もお付き合いくだされば幸せです。

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