二十
とてつもなく重いまぶたをかろうじて持ち上げながら車を走らせた。ドリンクホルダーには空になった栄養ドリンクが置かれている。
「ヤバイな。」
眠気を少しでも紛らわすため、車の中には自分以外誰もいないが虚空に向かって竹田は話しかけた。結局『政治学』のレポートを完成させるために一睡もできなかった。今になって、もっと余裕を持ってやっておけばよかったという思いが浮かんだが、もう後の祭りである。朦朧とした頭で何とかハンドルを握り、どうにか学校に辿りついた。今日ほど学校までの道のりが遠いと感じたことはない。
車を降りレポート提出場所である教務課までの道のりを必死の思いで歩く、初夏の日差しが黒ずんだまぶたに容赦なくつき刺さった。5分ほど歩き教務課のある管理棟についた頃1時間目の始業を告げるチャイムが鳴った。もちろんその音を聞いても竹田は顔色一つ変えない。
管理棟の中に入ると外のむっとした空気とはガラリと変わり、肌に心地よい清涼感を感じた。冷房が良く効いている。
「おー、竹やん。」
教務課窓口の方から歩いてくる山本が竹田に声をかけた。竹田と同じくほとんど寝ていないのだろう、山本の表情も普段と違い、どことなく灰色っぽい。
「いやいや、山ちゃんもできたんだ。」
「いやぁ、なんとか夜明けとともに完成させましたよ。」
やはり山本も夜を明かして完成させたようである。
「ホント、きつかったよね、なんでこういう堅実なことで徹夜するとこんなにきついんだろ。」
「そうやな、徹マンならどんだけでもできるんやけどな。」
事実、この二人は頻繁に麻雀で徹夜をしている。
「じゃあ、俺もレポート出してくるよ。」
竹田は窓口のほうに歩き出し、かばんの中から疲労感の元であるレポートを出した。窓口では涼しい顔の女性事務員が下を見ながら何か書類を書いている。
「すいません。『政治学』のレポートを提出したいんですが。」
「はい、ではこの箱に入れてください。レポートの表紙は付いていますね?」
「ええ、これでいいんですよね。」
「・・・そうですね。」
レポートを提出箱に入れると、さらに疲労感が体中を襲った。今日は3コマの講義があったが、もう講義どころではない。気を抜くとすぐにでも眠りについてしまいそうだ。
「ヤバイ、山ちゃん。どっかで寝よう、もう死にかけです。」
「そやな、俺もめちゃきついわ。自販機前のソファーで寝ますか。」
二人は管理棟の2階にある休憩スペースへ向かった。寝るにはもってこいの場所である、室内なので空調は効いているし、割と豪華なソファーがあり寝心地もいい。ダルさを感じる重い足を引きずり、二人は階段を昇った。都合のいいことに休憩スペースには誰もいなかった。
「じゃあ、のんびり寝ますか。」
竹田は靴を脱ぎながらドカっとソファーに倒れこんだ。
「はい、もう限界です。」
山本も横になり寝る体勢に入っている。
その後二人は言葉を発することはなかった。二人の寝息が静寂の中に響き渡るのに長い時間を要することはなく、時が止まったように動きを止めた風景がそこにあった。




