↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
『EMIRI』 ~どんなに素敵な昨日でも~  作者: 亨利(ヘンリー)


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
7/8

第6章 マリアージュ

「お疲れさまです」

「こんにちわ。川崎さん」

「今日、予約が満員で6人もあるよ」

 桧垣も今、学生相談室についたばかりだったのか、汗を拭いながら慌しくパソコンを立ち上げていた。カウンセリングは、15時から18時までの間に、30分毎に1件の予約を取っている。それぞれは15分程度だが、その内容を研究のためにまとめる時間も必要だ。こんな日は、桧垣とおしゃべりする余裕なんかないことを、恵美莉は分かっていた。

 次々と来る相談者の案内をしながら、飛込みで相談に来る学生の予約を入れるのが恵美莉の仕事だった。しかし、今日は予約がいっぱいなので、次回の水曜日に来てもらうおうとするのだが、悩みを抱える学生はすんなりとは応じてくれない。そんな学生の話し相手になることもある。今日は長い3時間だと感じた。


 18時の10分前、最後のカウンセリングを終えて、桧垣が溜息をつきながら、パソコンに入力している。

「次は川崎さんのカウンセリングしようか?」

「え?」

 窓の外をボーっと見ていた恵美莉は、驚いて振り返った。

「なんか気になるよ。その表情」

「そりゃ、そうですよね。分かりますよね、先生には」

「別れた彼氏のこと? それとも新しい彼氏のこと?」

「・・・・・・」

「またご飯でも食べに行く?」

 恵美莉は、髪を小指で耳にかけながら、がんばって作り笑顔をして頷いた。


 桧垣は電話で正門にタクシーを呼んだ。2人はそれに乗り、繁華街へ向かった。桧垣が案内した店は、少し高級そうな個室のあるビストロだった。

「うわー、こんないい店初めてです」

「デートで連れてきてもらうと最高だろうけどね」

「いえ、先生とでも嬉しいです」

「ん?」

「あれ? また今の失礼な言い方でした?」

「ううん。好意的に受け取っておくよ。さあ、何食べようか」

「メニュー複雑ですね」

「大体、コース料理が基本だけど、アラカルトでもOKだし、まず、お肉がいいか、魚がいいか決めて」

「えへへ。お肉が好きなんですけど。こんな店でそれを言うのって、ものすごく恥ずかしい気がします」

「遠慮は要らないよ。まずはリラックスして自然体になろう」

「じゃ。お肉」

「それなら、ステーキもいいし、カツとかでもいいけど、ちょっと珍しいのに挑戦したらどう?」

「そうですね。うーんと、豚バラのカダイフ・・・焼き? なんだそりゃ?」

「ラムチョップなんかどう? 食べられる?」

「え? どれですか?」

「仔羊のグリルってやつ」

「羊はジンギスカンなら食べたことあります。挑戦してみようかな」

「はははは、ラムには絶対赤ワインだと思うけど、ワインはいけるほう?」

「まだ、飲んだことないです」

「19歳か。じゃコーラか何かで」

「はい。まだギリ十代です」

「僕はカジキのステーキを注文するね」

「カジキって、マグロですか?」

「厳密にはマグロじゃないけど、角のはえたもっと淡白な魚」

「トローリングで釣るやつですよね。それも食べたことないです」

「じゃ、お互いに少しずつ交換する?」

 恵美莉は、少し恥かしそうに、

「ありがとうございます。分けっこしたいです」

「そうか、川崎さんてそういうところが人懐っこくていいんだろうね」

「ええ? 厚かましいだけですよ」

「遠慮のないとこが自然体だよ。じゃ、それをメインにしてCコースでいいかな? デザートも付いてるし」

「そんな高いほうじゃなくって、Aコースでいいです」

「それ遠慮でしょ。このアルバイトには、食事も付いてるみたいなもんだから」

「え? そんないい仕事ないですよ」

「デザートにお勧めのクリームブリュレを食べてほしいんだけどな」

「おー、それには目が無いんですよね」


 コンソメ仕立てのレンコンスープが運ばれてきて、恵美莉はそれをスプーンですくいながら、話を切り出した。

「あたし、気になる男子がいて、その人と付き合っていいのか悩んでるんです」

「先週知り合った彼だね」

「菅生春樹君ていう3年生です」

「ずうずうしい子だって言ってたと思うけど、どういうところに惹かれたの?」

「話してみると全然普通で、最初すごく構えてたのに、自然に一緒にいられるんですよ」

「今、僕の前にも自然体のままで話してるように見えるよ」

「あ、そうですね。先生も構えなくっても平気です」

「菅生君と付き合うって話は出てるの?」

「一度、LINEでそう言われました」

「どう返したの?」

「考えとくって」

「まだ、その気持ちになってなかったってこと?」

「・・・うーん。付き合っていいのか分からなくって」

「うん・・・・・・」

「あたし次第ですよね」

「そうとすれば、もう付き合いたいんでしょ」

「でも元カレのことが気になって」

「しっかり別れたのに?」

「はい。この前もLINEが久しぶりに来たんですけど、はっきりと言って切っちゃいました」

「もう、けじめはついてるってことか」

「はあ」

 恵美莉は、深い溜息をついた。

「なんか、食べづらい雰囲気だね。カジキ少しそっちに分けるよ」

「じゃ、ラムチョップ1本、はい」

 互いのプレートに載せあった。


「カジキって何も味しませんね」

「本当だね。塩コショウだけみたいな」

「何かつまらないあたし、みたいな感じ」

「何言ってんの、君はもっと魅力的だよ」

 恵美莉は少しニヤついた。

「でも、これは何かソースが欲しいところですね」

「あ、このサラダと一緒に食べたら、意外にドレッシングがバッチリ合うよ」

 恵美莉も生ハムのサラダと一緒に食べてみた。

「あ、ホントだ。おいしい」

「でも、ワインは白にするべきだったかな」

 桧垣は、ラムチョップのほうに合わせて、赤ワインをハーフボトルで飲んでいた。


「じゃ、お羊さんはどうかな?」

「ははは。お羊さんって。川崎さん」

 恵美莉は、ラムチョップをナイフとフォークで捌こうと思ったが、骨が邪魔でうまくいかない。

「ふふふ、手で持っていいよ。フライドチキンみたいに」

「え? ホントですか? こんな店でも手掴みOK?」

「問題ないよ」

「騙してません?」

「女の子騙したりしないよ」

「女の子騙すって、変に聞こえますよ」

「もう、パンだって手で食べてるじゃないか」

「そういえばそうですね。当たり前過ぎて気づかなかった」

「個室だし、気にしないで」

「はい、じゃ」

(がぶり・・・もぐ・もぐ・・・)

「どう?」

「あれ? ちょっとクセありますね」

 と言って、動きを止める恵美莉。桧垣は少し慌てて、

「仔羊だからマシなほうだと思うんだけど、無理だった?」

「いえ、無理っていうほどでは無いんですけど」

「カジキと交換しようか?」

「いいえ、全取っ替えは悪いんで。もう一本お願いできます? 二本は自分で頑張ります」

 恵美莉がラムチョップのプレートを差し出すと、

「ああ、いいよ。じゃ、カジキももう少しどうぞ」

 と言って、恵美莉のお皿に載せてから、ラムをもう一本取り上げた。

 恵美莉は口直しにコーラを一口飲んで、

「ええ? 何これ全然合わない。コーラの匂いで余計に臭い」

「そうなの? それは知らなかった。赤ワインみたいにはいかないか」

「先生、ワイン一口ください」

 強引にワイングラスに手を伸ばす恵美莉。「ダメ」と言いそうになったけど、桧垣はこの状況の未成年飲酒に、目を瞑ることにした。

 グビッと多めの一口を飲んだ恵美莉のほうが、リアルに目を瞑って、初めての赤ワインを味わった。

「おいしい」

「ほらね」

「お肉の臭みに合う気がします。すごーい。ええー? どういうことだろ。ワイン自体はそんなには、おいしくないけど」

 と言って桧垣をキラキラした笑顔で見つめると、

「その意外性が、“マリアージュ”というもんだよ」

「マリアージュ?」

「料理とワインの相性のこと」

「結婚式みたい」

「同じようなことじゃない? 二つの相性がぴったり合うことだから」

「そうか、人の相性もそんなものなのかな?」

「川崎さんは中学の時からずっと、同じ彼氏に慣れてしまってて、意外性のある交際をしたことがなかったんじゃない?」

「絶対そうだぁ」

「きっと心の奥底じゃ、刺激の無い毎日が安心だと思ってたけど、安心が無くなったとたんに刺激を求めてるんだよ」

「でも、相手と一対一なら安心して接することができるのに、大勢の中じゃ安心できないっていうか、思うように行動できないんです」

「それはよくあることで、自分中心に物事を進めたい人に多い傾向だよ」

「自己中ってこと?」

「そうかもね。でも皆にも気を使ってるから、思うように行動できない。今までは元カレがうまくやってくれてたんだと思うよ」

「はあ。ワインもっと飲んでいいですか?」

「ああ、いいよ。グラスそれでいい?」

「先生のグラスを新しいのもらいましょうか?」

「僕はカジキに合わなかったから、ビールにするよ。で、普段から男に接することには、何の抵抗も感じない?」

「はい。あまり緊張したり、変に意識するのは変かなって思うので、普通に接せます」

「そうか、じゃ、きっと元カレの友達に囲まれて男には慣れてるんだろうけど、一対一の場合は、元カレといるような感覚になってしまって、そこから抜け出せないんだね」

「あー、多分そうだと思います」

「今も結構、自然というか、自分を飾らないよね」

「だから、厚かましいだけだって言ってるじゃないですか」

「僕と二人でいても、元カレといる時の感覚のままそこに座ってるんじゃない?」

「!・・・そうかもしれません。菅生君と二人だった時も、そうでした」

「だから現実的な交際の話になると、元カレとの違いを無意識に感じてブレーキがかかる」

「ブレーキか。じゃ。どうしたら、素直に菅生君と付き合えると思いますか?」

「簡単じゃないか。ものすごく好きになるしかないよ」

「結構好きなはずなんだけどな」

「そんなに好きになってたの?」

「へへへ、まだ足りないってことかな」

「若しくは、思い切って付き合ってから、もっともっと好きになるってのは?」

「そっちにしようとして、できなくて困ってるんですよ」


 恵美莉は、ラムチョップを二本食べ終えた。都度、赤ワインで流し込む感じで。

「ぷーふぅー。食べ終わってみたら、結構おいしかったかもしれません」

「それはよかった。僕が変に勧めたから心配だったよ」

「ワインも好きになるかも」

「酔っ払ってない? ビールよりキツいからね」

「結構大丈夫な感じです。それよりクリームブリュレ」


「これもおいしーい」

「やっぱり、女の子だね」

「クリームブリュレだけは、絶対にハズレがない」

「それだけ洗練されてるスイーツってことかな」

「そんな女になりたいです。昨日までの私から変わりたい」

「自分を変えてみる。そうしないと、先に進めないんだね」

「そのとおりです」

「過去を断ち切るには、何か新しいことにチャレンジするしかないね」


 桧垣が腕時計を見た。

「先生もう帰っちゃうんですか? 飲みに連れてってくださいよ」

「未成年だからこれくらいにしておかないと」

「じゃあ、ホテルに行きませんか?」

「!」

「あたし、颯介しか知らないから、怖いんです。だから、あたしを変えさせてください」

「よっ酔っぱらってる?」

「お酒は強いほうなんで、平気です。でも、飲んだ時じゃないと、こんなことお願いできないし」

「だから酔ってるって」

「ワインを知らないと、ラムチョップのおいしさが分からないんでしょ。今までコーラだけしか知らなかったみたいに。だからもっと教えてください」

「抱いてほしいと言ってるんだよね」

「先生、抱いてください。今の自分を捨てれば、違う自分になれる気がします」

 桧垣は、少し顔を近づけて、

「前に言ってた“覚悟”ができたってことだね」

 恵美莉も前のめりになって、笑みを浮かべ小声で言った。

「はい、小説だったら、絶対こんな展開になるはずですから」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。