第5章: LINEメッセージ
家に帰る電車の中で、恵美莉は、今日の出来事を振り返ってみた。
(春樹君との関係は、きっとうまくいく気がする。もう、とてもうまくいきかけてる。でも、どうしてだろ? 皆と一緒だと流れに流されてしまって、自分の気持ちを確認する間もなくなってしまうんだわ。いいえ、それより相手の気持ちもしっかり確かめないと、前に進むことなんかできない)
自分がゆっくりした正確だということを痛感した。それはきっと颯介に慣れてしまっていて、今まで言葉無くても、安心していられたからだ。
恵美莉のスマホが短く鳴った。その音が颯介からの、LINEメッセージだとすぐに気づいた。
そーすけ
[WiFi環境が整ったなり]21:23
既読[いまさら連絡くれるの?]
そーすけ
[気にしてると思って]21:24
既読[慣れた?]
既読[体大丈夫?]
そーすけ
[まだ何も始まってないけど、心配ない。]21:24
そーすけ
[そっちは?]21:25
既読[気にしないようにしてるの]
既読[新しい彼氏ができそうだから]
恵美莉は涙を我慢できなかった。他の乗客に見られないように髪の毛で顔を隠して、袖口で頬をぬぐった。それからもうLINEは見なかった。
今日のことを相談できる相手は、一人しかいない。奈美である。奈美にはメッセージやメールではなく、いつも直接電話をかけることにしていた。
「そうか。颯ちゃんから連絡があったのか」
「忘れようとしてるのに、やっぱり忘れられないの」
「恵美が忘れたくないんなら、無理しないでいいのよ」
「忘れたいの。待ってても帰ってきてくれるわけじゃないし」
「じゃ、連絡だけ取り続けても、新しい彼氏は作れるでしょ」
「そんなことして、もし春樹君にスマホ見られたら困るじゃない」
「なんだもう、春樹君限定になってるじゃない」
「そうなの、今日一日で彼のこと好きになってしまったのよ」
「じゃ、もう踏み出すしかないわ。昨日がどんなにいい日でも、明日が良くならなくちゃ意味がないし」
「そうだけど、昨日を失うのが怖い気がするの」
( ( ((( Boooon ))) ) )
スマホが震えた。
「春樹君からLINEだ」
「じゃ、がんばって、また今度日曜にね」
菅生春樹
[今日はありがとう。楽しかった。]22:43
既読[こっちこそありがとう。]
菅生春樹
[歌うまかったね]22:43
既読[そっちもね。]
既読[今度また行こうね。]
菅生春樹
[ぜひ二人で行きたいね。]22:44
既読[考えときます。]
菅生春樹
[土日はどうしてるの?]22:44
既読[土は家のパン屋の手伝い。]
既読[日曜は友達と会う。]
菅生春樹
[おとこ?]22:44
既読[ばか。小学校からの親友。]
菅生春樹
[月曜も昼いっしょに食べられる?]22:45
既読[はい。大丈夫です。]
菅生春樹
[なら俺達付き合わない?]22:45
既読[キタァー(゜∀゜)ー♪ 考えときます。]
(やっぱり、嬉しい。心は決まってる。でも進めない・・・)
「キッド。あたし、颯介と別れちゃったの」
日曜日の昼、奈美といつもの『千石』でモダン焼きを食べて、颯介のことをいかに吹っ切るか相談した。その中で、キッドにも電話しておいたほうがいいということになったので・・・
「そうなのか。とても似合いのカップルだったのに。どうして?」
「外国に行っちゃったの」
「待てないの?」
「もう無理だと思ったから」
「そう、残念だよ」
「せっかくキッドが紹介してくれたのに、ごめんね・・・」
キッドこと木田博之は、中学1年の時から高校3年までの友達である。彼が紹介した幼馴染が村木颯介だった。キッド自身も恵美莉のことが好きだった時期があったことを、彼女も知っていた。
「じゃ、一回会わない? 俺でよければ力になるよ」
「今はそんな気分じゃないし、今週はいろいろとあるような気がして、気が重いから」
「うん、分かった。また、何かあれば連絡してよ」
「ありがとう。キッド・・・」
しかし、恵美莉はキッドに相談するのは、この日を最後にしようと思った。颯介との過去を完全に消し去るために。
月曜日の昼休み、どうしても恵美莉の気分は高まらなかった。
「絶対冷やかさないでよね!」
恵美莉はみのりに念を押した。
「わかった。わかった。もう大事な時期なのね」
「まだ分かんないけど、自分のタイミングってあるでしょ」
「何言ってんのよ。もうそのタイミングって感じだけど?」
週末にLINEでした約束のために、春樹と一緒に食事をするつもりだったが、その場にはやっぱり、みのりや小峠、佐々木もいた。皆、冷静を装ってカラオケの時のノリは無く、割りと淡々としたランチタイムだった。周囲は間違いなく恵美莉と春樹の動向に注目しているようだったが。
この時恵美莉にはもう、ある決意があったが、それを躊躇していた。つまり、彼のことを「春樹」と呼び捨てにできるようには、まだ越えないといけないハードルがあると分かっていたから。そしてそのハードルは、彼との間にあるのではなく、自分の心の中にあるということも分かっていた。
午後、必修科目のリスニングの授業中、春樹からのLINEメッセージが入った。彼自身もランチタイムでの会話を不完全燃焼と感じていたのだろうが、それは少しタイミングが悪かった。恵美莉は少人数の授業で、頻繁に返信できる状況ではなかったが、スマホを机の陰にしてそれを確認した。
菅生春樹
[なんか元気ないね。大丈夫?]13:20
既読[そんなことないよ。ごめんね。]
菅生春樹
[二人で話したいことあるんだけど。]13:21
既読[今は無理。]
菅生春樹
[4時限目は?]13:21
既読[授業ないけどバイト]
既読[3時から]
菅生春樹
[じゃ、明日ね。]13:21
既読[うん]
(煮え切らない! こんなのイヤだ)
春樹の相談とはきっと、二人の交際についてのものだろう。でも恵美莉は素直に喜べなかった。颯介のことが吹っ切れていないし、周囲に急かされて春樹と付き合うというのも違う。そこに来て、春樹から直接「付き合ってくれ」と言われたりしたら、チェックメイト。成す術がない。
心が決まっていても、まだ気持ちの整理がついていない。今も落ち着かない。聴き取り英語の授業では集中力を切らせられないし、他のことを考えている余裕なんかなかった。
恵美莉は、この後のバイトで桧垣にすがるしかないと思った。




