エピローグ
翌日の午前中、恵美莉は授業に出席しなかった。みのりが連絡を取ろうとしたが、恵美莉のLINEは既読にならず。電話にも出ない。
(おかしい。恵美莉が経済学を休むなんて。唯一、菅生君と一緒の講座なのに)
「どうしたんだろ。恵美ちゃん、何かあったのかな?」
みのりの隣に座った春樹が心配そうに訊いた。
「さあ。菅生さんは何か聞いてないんですか?」
「俺が? 俺は知らないよ」
「恵美莉、菅生さんになら連絡してるかなって思ってたのに」
「まだ、そんな仲じゃないし」
「まだ!ってことは、そのうちにそんな仲になる気はあるんですよね?」
「うん、もうその気満々なんだけど、逆に俺のことどう言ってた?」
「そんなこと私に訊きます?」
「そりゃ自分で訊けってか。そうだよな。でも彼氏と別れてすぐなのに、しつこくし過ぎたのかな」
「そんなことは言ってませんでしたよ」
「ホント? じゃ、病気かな? 病院に行ってて電話に出られないのかも」
「それならLINEはできますよ。きっと寝坊ですよ」
その時、恵美莉は病院・・・ではなく、美容院にいた。鏡に映る自分の顔を見て、昨晩のことをつくづく後悔していた。
(あーあ、「先生、抱いてください」っか。よくそんなこと言っちゃったもんだな。軽い女に思われただろうな。何がクリームブリュレみたいな女よ。バカみたいあたし)
( ( ((( Boooon ))) ) )
(あ。またLINEだ)
恵美莉は、首から巻かれたケープの中でモゾモゾとしている。
「電話かけますか? さっきから鳴ってますよね」
美容師が気を効かせてくれた。
「いえ、誰からか分かってますから大丈夫です」
「じゃ、仕上げにブローしますね。前髪浮かせますか?」
「おでこ出そっかな」
「はい。じゃ、少し大きく分け目作りましょうか」
昼休みの学食に向かう大勢の行列に混ざり、春樹はみのりと言葉少なに歩いていた。みのりは、(何か話題、話題)と考えながら。
「菅生さん。恵美莉の誕生日、どうするか聞きました?」
「いや。聞いてないけど。誕生日近いの?」
「え? 今週ですよ」
「教えてもらってない。ていうか、訊かなかった俺が悪い」
「二十歳のバースデーなのに、言ってなかったのか」
「俺には言いたくないのかな?」
「めんど! 違いますよ。恵美莉が遠慮がちな子なだけですよ」
「その日、何か予定入れてるかな?」
「分かりません。多分誘ってくれるの待ってるんじゃないですか?」
「誕生日、教えてくれてないのに?」
「もう、ホントめんどくさいから、誘ってやって下さい。彼女絶対自分からは言わないですから。土曜日です」
学食に着くと、いつものとおりトレーを手に長い列に並ぶ。
「先週、恵美ちゃんにスペシャルおごってもらってから、もう一週間か。早いな」
「あ、そうかあの日。私がきっかけで知り合ったんですよね」
「そうだけど、それよりずっと前にも声かけたことあったんだ。彼女覚えてないみたいだけど」
「アプローチかけてたってことですか?」
「そこまでではないけど、ノッポの男がいたから」
二人はAランチをトレーに乗せて、窓際の席に向かった。小峠と佐々木がいつもの席に着いていた。
「川崎さんは?」
佐々木が訊いた。
「今日休みみたいだ」
春樹は皆と目を合わせずに答えた。
「何かフラれたみたいな顔してるぞ」
「バカ言うなよ」
春樹はようやく笑った。
「小峠先輩、私もそんな顔してません?」
「え、全然」
「彼氏と別れちゃったんですよ」
「ああ、先週そう言ってたよな。でも、全っ然そんな顔に見えないぞ」
「でも彼氏募集中です。いい人いたら紹介してくださいよぅ」
みのりはチラッと佐々木を見た。佐々木はそんなみのりに微笑んだ。
「いい人って、お前紹介できるやついねえよ。佐々木は彼女いるし」
「ええ、残念」
「じゃ、菅生と付き合ったら?」
「私と菅生さん?」
みのりは隣に座る春樹を見て、目が合った。
「ぇえー! それ違いますよね」
「違うっていうか、さっきまでしてた話何だったの? ってなるよ」
春樹も戸惑って応えると、
「冗談だよ。でも何の話してたんだよ」
小峠が興味津々に訊いた。
「恵美莉のことです。菅生さんにも連絡がなくって心配なんですって」
「だから、もっと早く告っておけって言ったのに」
「え? そんな話までしてたんですか?」
「実はLINEで付き合おうって誘ったんだけどな」
「あー。そんな重要なこと、LINEでやったのか」
「なんだよ。別に変じゃないだろ。まだ軽く言ってみただけだよ」
「恵美莉は何て?」
「・・・考えときます・・・」
皆一瞬固まった。なぜなら、その声は窓際から聞こえたからだった。皆は驚いて振り返ると、窓を背に見慣れない格好の女子が立っていた。
「え! 恵美莉?」
長かった髪を顎の高さまで切って、明るく染めた恵美莉だった。
「どうしたの川崎さん? それ」
「考え終わったから」
いつものクセで、右手でその髪をサラリとかき上げて、
「春樹、どう?」
「うん、きれいだ。恵美莉」
「ありがと。今度の土曜日なんだけどさ・・・あっ、あたしの席が盗られてる」
恵美莉は笑いながら、みのりを押し退けて、春樹の隣に強引に座った。
おわり
あとがき
自分を変える決心をした恵美莉に、作者としては女の魅力を感じる。
ネット社会になって、人は周囲に自分を隠して行動することが容易になっている。その上でリアルな人付き合いでは、建前も大事にする。そんな女性たちに魅力を感じるというのは、曲がったものの見方だろうか。
主人公にはモデルがいるのだが、彼女の名誉のために一言付け加えておくと、僕は彼女の裏の顔は知らない。だから念のため、次の会話を本作のどこかに入れておきたかったのだけれど、必要だったか、必要なかったか・・・
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昨晩ビストロを出た後、桧垣は正面から恵美莉の両肩を掴んで、
「じゃ。がんばって。僕はクリームブリュレをおいしく食べてくれるところを見ただけで十分だよ」
「本当に帰っちゃうんですか?」
「君は素敵な女性だけど、今はフラれる経験もしておいたほうがいいから」
「そんなこと言ったら、先生のこと・・・(涙)」
「また水曜日には、彼氏ができたって話を聞かせてよ」




