第3章 アプローチ
翌日から恵美莉は、気にして菅生春樹を探すようになった。みのりも同じく合コン合コンとうるさい。
「小峠先輩に合コンのお願いするのって不自然でしょ。よくよく考えたら、先輩ダシに他の男呼んでもらってるみたいになるじゃない」
「そりゃそうよね。じゃ、小峠先輩抜きで誘ってみる?」
「恵美莉、なんか積極的になってない?」
「そうかな? 二対二じゃおかしい?」
「そうでもないけど、それじゃ相手には、誰目当てか筒抜けよ」
「うわっ。それイヤ。あの人にそう思われたら、付け込まれそう」
「じゃ、まず食堂で一緒に食べるのを繰り返さない?」
「そのほうがいいかもね」
次の日の昼も食堂に菅生春樹はいた。いつもの三人組みである。春樹と小峠、そしてもう一人は佐々木という。彼らは浪人経験者であり、予備校の時からの顔見知りで、この大学の入学式でも五十音順で席が近くなって、すぐにつるむようになった仲間だ。
「今日金曜だし、カラオケでも行こうか」
佐々木が言った。
「菅生は問題ないだろ。小峠は?」
「俺、19時以降ならOK」
「剣道か」
「ああ」
「じゃ、19時半にJOYで」
「OK。俺は一回、アパートに帰ってから来る」
佐々木は大学の正面のアパートに住んでいる。
「俺はどこかで、飯でも食ってから行くよ」
春樹は家が遠いので、時間潰しして二人の合流を待つことにした。
そこに河辺みのりが、トレーを抱えて駆け寄ってきた。
「先輩、一緒に食べてもいいですか?」
「河辺。ああ、いいけど」
「お邪魔します。お友だち紹介してくださいよ」
みのりは正面の佐々木を見て言った。
「佐々木です」
「え? こいつ目当て?」
「そうじゃないですよ。私の連れが、そちらの菅生さんの知り合いなんです」
「連れって?」
そこへ遅れて、恵美莉が味噌汁をこぼさないようにトレーを慎重に運びながら、いそいそとやって来た。
「おう。川崎さん。今日も彼氏いないの?」
春樹が声をかけた。
「そんなこと放っといてくださいよ」
「恵美莉、彼氏と別れたとこなんです」
「ああ、そうだったの? ゴメン」
「実は私も別れたばっかりで・・・」
みのりは、ぬけぬけと言った。
「へへー。じゃ今日、皆でカラオケ行く?」
佐々木が声をかけると。
「え? カラオケ? 行きたいですぅ」
みのりは、ここぞとばかりに、最大級の笑顔を作って言った。
「ちょうど今、その話してたとこだから」
と、小峠が言うと、恵美莉は、髪を束ねながら口を開いた。
「男だけで行こうと思ってたんですか?」
「そうだけど、悪い?」
すぐに、春樹の突込みが入った。
「いえ、そういうわけじゃないですけど」
「河辺は道場終わってからだからな」
「分ってますよ先輩。練習の後で皆で集合ですね」
「え? みのり、それまであたしはどうしてたら?」
「うーん? 菅生さんと一緒に時間潰してたらいいじゃない」
「ああ。いいよ。俺も一人で飯食ってよかなって、思ってたから」
「じゃ決定な。19時半にJOYで待ち合わせ」
とんとん拍子に話が進んでしまった。
(これって合コン?)
この日恵美莉は、遅くまで授業があった。
「あたし、今日、5時限目までなんですけど」
春樹に言った。
「そうなの。どうしようかな。俺4時限までだよ。5時限は何の授業?」
「“中東事情概説”です」
「じゃ、大講堂?」
「いえ、その時間のは小講堂なんで、代出(聴講カードのズル提出)が難しいんですよね」
「じゃ、俺も一緒に出席しようかな。寝ててもいいだろ」
「そうしてもらったらいいじゃない。私はその時間道場だし。彼氏いなくなって恵美莉も一人でしょ」
みのりはグイグイ押し込んでくる。
4時限目終わり、恵美莉はウキウキしている自分に気づいた。次の小講堂に向かう途中、春樹と出会う可能性を考えてキョロキョロしていたが、逆にそんな自分を目撃されたら恥ずかしいので、まっすぐ前を向いて気にしていないように振舞うことにした。
(これだからカワイくないんだよね、あたし)もっと素直に、気持ちが表現できるようになりたいと思った。
講堂に着いたが、春樹はいない。(どうしたのかな?)と思いながらも、恵美莉は、机の列の端から2番目に座った。それは、春樹が遅れて来ても、隣に座れるように。
気になって、入り口を振り返ってみたくなったが、また、そんな自分を見られると恥ずかしいと考えた。
(ここは敢えて、振り返って待ってみよう。気になってることを伝えられるように)
♪キーン コーン カーン コーーーン♪
春樹は、チャイムと同時にやって来た。その瞬間、二人は目が合って、恵美莉は嬉しくなり、自然に微笑んだ。
(やった。成功!)
教授の入室と同時に春樹は席に着いた。しかし、それはなんと恵美莉の後ろの列にだった。
(えっ? 予想外! なんで隣一席空けてると思ってんのよ)と少し腹が立った。その時、冷静に考えてみたら、(菅生君にとって自分はそういう対象じゃないのかもしれない。ひょっとしたら、ちゃんとした彼女だっているのかも)
恵美莉はノートを広げながら、こわばる表情を見せないように、前を向いた。
(うわー。自己嫌悪。なにやってんだろ、あたし)
春樹が肩を、ちょん! と突いた。
「チョコ食う?」
恵美莉は振り返って、春樹の顔を見た。彼はやさしそうな表情で笑いながら、
「これ買ってたら、遅刻しそうになった」
「あ、ありがとう」
恵美莉は指先を緊張させながら、チョコの箱から一粒取って、再び春樹を見た。すると春樹は、教授のほうを見ながら、
「隣行ってもいい?」
と訊いた。恵美莉はチョコを噛みながら、慌てて、
「・・・うん。どうぞ」
(なによ。行動が読めない。颯介に慣れすぎてて、あたしにはこの人の行動は意外過ぎる。ドキドキするじゃない)
春樹はスルスルっと前の席に移動して、
「この中東の授業って面白い?」
「あたしは興味深いと思うけど」
「どの辺が?」
「中東っていったら、テロリストのイメージしかないでしょ。でも実際はあたし達とは違う価値観で成り立ってるステキな部分も多いし」
「ふーん。価値観の違いなら。日本人同士でもいっぱいあると思わない?」
「中東と日本じゃ、比べ物にならないぐらいだと思います」
「じゃ男と女は?」
恵美莉は颯介のことを思い浮かべた。
「価値観て、男女の差じゃなくて、その人それぞれのものじゃないですか?」
「もう一個食べて」
「はい。ありがとうございます」
またチョコをつまんだ
「例えば食べ物の好みだって、人それぞれだろ。俺の好物がオタクが好きなものとは限らない」
「そうですね」
「でも、チョコは食べるんだ」
「チョコは好きなんです」
「そう。よかった。食事は和食派?洋食派?」
「え?」
「中華とかイタ飯、ハンバーガーは?」
「別にそんな種類分けして考えたことないですけど」
「じゃ、肉派? 魚派? ベジタリアン?」
「何でも食べられます」
「それじゃ君の好みが分からない」
「・・・あたしの価値観聞いて、どうするつもりですか?」
「この後、何食べに行くか考えてるんじゃん」
「あ、・・・そっちでしたか」
(何よこの人、また赤面しちゃうじゃない!)
「でも、取り敢えず食べに行っちゃえば、何でもOKになるってことない?」
「そうですね。意外に後から結果オーライって感じに」
「結構そういう恋愛もあるしね」
「え? そんな・ことも・あるの・・・かな?」
(もう! わざと揺さぶってくるの?)
「そんなのばっかりだよ。中東って」
「あん? 中東の話?」
「親同士が決めたりするんだよ」
「はぁ」
「結婚を」
「あぁ、そうらしいですね」
(何なの一体。高度過ぎてついていけない)
「でも、中東って言い方すれば怖いイメージだけど、アラブの国って言えばステキなイメージ湧いてこない?」
「はい、そうですよね」
「そういう授業だよ。これ」
「・・・・・・そう?」
「俺、去年受けてたから知ってる。チョコもっと食べて。エミリさん」
「エミリさん?」
「呼び方変えたら、ステキなイメージ湧いてくるかも」
(ちょっと、もう)
その後も、ちぐはぐな会話に自分を慎重にコントロールしながら、恵美莉はチョコを半分以上食べた。
「オタクよく食べるね」
「食べろ食べろって勧めるからじゃないですか」
「でも、遠慮しないのって嬉しいな」
恵美莉は、颯介ともチョコ食べながら講義に出ていたことを思い出していた。




