始まりの町ロイデ〜魔術回路の芸術家〜
スパイスの香りが漂うお茶が入った木彫りのかわいいカップを両手で持ち一口頂きます。
この味は…………この家を出る日に淹れてくれたあの味…………
「三年経っている、アリスの体調が分からないから。あの日、君が美味しいと言っていた物を出したよ」
相変わらず、サーは気配りが上手ですね。彼は大変変わった性格のエルフ族です。
エルフ族は、本来大変ゆっくりとした時間感覚を持っており日常の細かい事など覚えていることはないのが普通です。
ですが、サーは人間の刹那を生きる生き方に憧れてエルフの郷を飛び出し冒険者として過ごした経験から一日一日を大切にしています。
元々、エルフ族の中で一族の歴史を書き留める一族だった彼は、変化がないエルフの生活に嫌気が差して人間の街に降りてきたそうです。
「アリス、久しぶりに来たのだからしばらくいられるのだろう。君の部屋はあのままにしてあるから泊まっていきなさい」
私の部屋…………愛の神様に焦がれて毎日、黒き聖典を読み解いたわたくしの原典ともいえる場所。
三年もの間、そのままにしていてくれたなんて…………愛を感じます。
「ありがとう、そうさせていただくわ。それはそうと、新しく回路を足したのだけれど貴方はどう思います?」
わたくしは、外では絶対に外さないチョーカーを外しサーに手渡します。サーは目を細めると、指を空中でサラサラと動かして美しく光る幾何学模様を描きます。
彼は、自身の感性を投影させて魔術回路を描く芸術家です。わたくしですら見惚れてしまう魔術回路……………黒き聖典を全てを知った上での私の構築も霞む芸術性。
彼の研ぎ澄まされた六百年以上の感性が生み出す芸術としか言えない回路が輝き、わたくしの編んだ魔術回路が赤裸々に暴かれていきます。
「ふむ、相変わらず美しい配列だな。『嬌声詠唱』に二つ『愛の対価』に一つ補助回路を足したのと身体強化が少し変わっているな」
組んだわたくしですら、すぐに把握出来ないほど細かい部分も全て言い当てられていきます。隅々まで、それこそ恥ずかしいと感じる所まで指摘されてしまいます。
「まず、考えすぎな部分が数多く見られる。試しにラボで書いてみよう」
サーが立ち上がり奥の部屋に行きます。私もチョーカーを首に巻いてから、彼の仕事部屋であるラボに向かいます。
廊下を歩きます。たった二年ですが、とても懐かしくて目の端がにじみ霞んでしまいます。ハンカチで拭き取り、ラボの扉を開けます。
中は大きなテーブルが真ん中にあり三方の壁には大小様々な棚があり薬草等が置かれています。部屋の端に椅子が4つ重ねられ、その脇に白い少し小さい椅子があります。
中央で大きな木の皮を鞣した物にサラサラと魔力回路を描いていく彼。椅子を持っていき邪魔にならない位置でその様子を眺めます。
嬌声詠唱と愛の対価は私が大枠を創り、サーが仕上げてくれた魔力回路です。
大元の修正は難しいので補助回路を用いて強化や修正を行っており、私だけで組んだものを今回書き直してもらっています。
考え過ぎ…………まさにその通りですわ。私が合理的入れた部分が他の負担になっていたり、完璧を求めた為に破綻している部分が明るみに出ます…………
「よし、これで君がしたかった祈りの場の滞在時間は延びた。愛の対価における負担も周りの魂からの援助をより強く使えるはずだ」
素晴らしい、サーの描く回路の美しさ………ただ。
私は付箋を取り出していくつか聖句を書いて、回路に貼っていきます。
「サー、この方法でのアプローチであれば、ここは聖句に変換したほうが優雅かつ滑らかになると思うの」
神様の聖句を入れることでさらなる改良ができそうな所を指摘してい来ます。
サーは目を細め、魔力を実際に流しながら検証していきます。
「ふむ、ここの聖句から試していこう。やはり、君といると楽しいな」
サーが頭をかきむしりながら次々と魔力を流していく…………懐かしい、彼に抱きついて一緒に魔力を流し検証を続けます。
サーの温かさ、真剣な眼差し、香草の香りが混じった彼の匂い。優しさに満ち溢れた時間をまた味わえる幸せ。
幸せに手は届くのよ
アン、必ず貴女に家族と生きる望みを与えてあげます。愛の神官アリスの名にかけて。




