第2話 やさしさを検索する人
しばらくは、何もない日が過ぎていった。
水彩のカルチャースクールで、話したくないじいさんが絡んできたり──
多分、あいつは私に気がある。
孫の写真が、まるで義務みたいに送られてきた。
いつもの日常だった。
あの日、久しぶりにSNSを開いたら、すごいことになっていた。
あのお子さんとご主人を亡くされた方から、返信があったのだ。
〈あなたの絵で心が安らぎました。
まだとても苦しい日々ですけど、あなたのような人の優しさにふれて、
少しずつ日々を歩んでいます。優しさをありがとう。〉
なぜだろう、私はスマホを握りながら娘の小さい頃を思い出した。
膝に座らせて読んだ、娘の大好きだった絵本。
そうだ、あの絵本を孫に送ろう。きっと喜ぶ。
「お母さん、あの絵本って、うちの子が生まれた時に送ってくれたよね。
忘れちゃった? ねぇ、大丈夫。」
それがお礼の電話だった。
別にボケたわけじゃない。忘れていただけ。
寂しいなぁ。
スマホを開く。
こないだのコメントをまた見に行く。
今度は“いいね”がたくさん増えていた。
わかった。だから、みんなスマホに夢中になるんだ。
何となく、世界とつながってる気になる。
こないだの奥さんみたいに、スマホで救われる人もいるんだよね。
もう一度、奥さんからの返信を見ると、他の人の書き込みがいっぱいあった。
〈あなたの優しさが人を救ったんですね。素晴らしい〉
〈優しい世界だね。〉
〈絵に優しさが現れてる。きっと優しくて誠実な人なんだろうな〉
そんな書き込みがたくさん。
中には「不謹慎」っていう人もいたけど、ごく一部みたいだ。
まぁ、SNSの世界にも変わった人はいるんだろう。
心がウキウキとして、地に足がついてない。
こんなにたくさんの人が私のことを褒めてくれている。
正直、気分がいい。
これがバズってやつなのかしら。
冷静になろう。
きっと、あの奥さんみたいに悲しんでる人って、まだたくさんいるはずよね。
誠実な気持ちでお悔やみを言って、絵を送ったり、お線香をあげたりするのは、
ネットリテラシー的に問題ないはず。
使い慣れない言葉を使い、一生懸命に考えた。
どこかで悲しんでる人の力になれるかも。
そう思って、〈死亡事故〉で検索を始めた。




