第1話 ピンクのスマホと最後のイクラ
──居酒屋 常夜──
提灯の赤が、夜霧ににじんでいる。
カウンターの奥で、与太郎が新聞をたたんだ。
一面には見出しが躍る。
「“祈りボタン現象”から二十年 共感は人を救ったのか」
「また、これか……」
与太郎は独り言のように呟き、徳利を傾けた。
「人の“やさしさ”ってのはなぁ、
だいたい、使い方を間違えると刃になるんだ。」
煙草の火をつける。
カウンターに置かれたスマホの画面が、
誰のでもない通知を青白く光らせた。
「昔、そんな話があったんだよ。」
与太郎はゆっくりと語り始める。
◇ ◇ ◇
「お盆に海になんて入るから……。
可哀そうね、まだお子さんも小さいし、お父さんまで亡くなっちゃって。
奥さん、気の毒だわ。」
夜のニュースを見ながら呟く。
桶に入ったお寿司に目をやる。
卵にサーモン、ハンバーグ──孫が大好きなラインナップだ。
お盆休みに入り、娘が孫とムコ殿を連れて、わたしの様子を見に来た。
ありがたいけど、無理してる感じが出てるわよ。
「ほんとだね。家と全く同じ家族構成だ。奥さん、可哀そう。」
娘は同意しながらサーモンに手を出す。
マヨネーズがたっぷりのったオニオンサーモン。
孫が生まれたあと、少しずつ娘は太ってきている。
時々、亡くなった主人みたいに見える。
親子ね……。
そんな、とても言えないようなことを考えていると、ムコ殿が割り込んできた。
「そういえばお義母さん、こないだ一緒に買ったスマホどうです?
使えてますか?」
GWに地元のショッピングモールで一緒に選んでもらったスマホだ。
孫が「ばぁば、ピンクが可愛いよ」と言ってくれて、ピンクにした。
本当は白が良かった。
「LINEは使えてるけど、他は触ってないわ。
可愛い孫の写真が見れて、電話できれば十分よ。」
無難に返す。
手とり足とり教えます、なんて言いかねない。
「お義母さん、水彩ずっとやってますよね。
SNSとかで同じ趣味の人に見せたりすると、世界が広がりますよ。」
いくらをつまみ、ムコ殿が答える。
最後のイクラだったのに。
「お母さん、やってもいいけど気をつけてよ。
ネットリテラシーとか詐欺とかもあるから、騙されないように高齢者向けの動画のアドレスを送っとくね。
見てからやってよ。」
高齢者向けね……。
私のこれからを人生のロスタイムとでも思ってるのかしら。
今年のお歳暮のランクは一つ下げよう。
「はい、はい。気を使ってくれてありがとうね。いつも助かるわ。」
ニッコリ笑って返す。
どこからどう見ても、完璧に物分りがいい老人でしょ。
そんな完璧な演技をした夜は過ぎ、
庭に花火の焦げあとを残しながら、娘たちは帰って行った。
SNSね。
どんなもんやら。
水彩画で検索してみる。
みんな上手い。
私だって市で賞をもらったことあるのに、なんでこんなに上手いの。
嫌になって、スマホの上に指を滑らす。
何やらニュース欄に来た。
こないだのお盆の水難事故の話が出ていた。
みんな幼い子供と父親の死、そして残された母親のことを思って言葉を綴っていた。
胸が痛い。
もし娘たちだったら……。
いや、もし若い頃の私だったらどうだろう。
思わず、ぎこちない手つきでコメントを書き込む。
そうだ。
画像も貼れるのよね。
YouTubeで勉強した知識が役に立った。
そこは娘に素直に感謝だ。
小さな絵を描いて一言添える。
砂浜に家族三人で寄り添う絵。
それを仏壇に置いてお線香に火を灯す。
お菓子も添えて、写真を撮った。
写真を貼り付け、心からのお悔やみと、自分事のように悲しんでいると書き込んだ。
反応はものすごく早く返ってきた。
優しさ、同意がたくさん、ほんの少しの否定。
私の書き込みを好意的に見る人と、否定する人が言い合いを始めた。
みんな、こんなおばあちゃんの言うことにむきになって変ね。
SNSって結構面白いかもしれない。
主人の遺影をちらっと見て報告した。
「あなた、私ね──人の役に立てたの。」




