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爪痕は世界に刻まれるー熊獣人の生存闘争ー  作者: 北高乃窪地
第1章・冒険の始まり
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9.訓練その2 森での戦い

 


 あれから一週間と少し。ひたすら訓練をしている。最初の数日間は案の定筋肉痛で身体中がビキビキいっていたけど、生き物の適応力は思ってた以上にすごいみたいで、今では筋肉痛にならずに訓練を続けられている。キツイものはキツイけどね。

 それでも最近は基礎訓練の時に落ちる回数が少しずつ減り、ドベ争いを脱却しつつあるので順調に成長できていると思う。その間に山ほど蹴られたけど。今ぼくとドベ争いをしているのはヤートという蛇獣人の子だ。最初は見た目が人間そのままでびっくりしたけど、必要な時は体を変化させて、なんというか細くなって狭いところにもいけるようになるみたい。毒に能力割いてるから身体能力は高くないらしいけど、組み手の時の一瞬の瞬発力はすごかった。

 ボコスカに蹴られ仲間の強さに驚かされ、自信が少しなくなってた時もあったけど、四日目くらいになると「あ、そんなこと一々気にしてたらやってられないわ。むしろ最初からついていけたぼく凄くない?」という考えに至り開き直ることができた。悪いことばかり考えてたら強くなれないし、やっぱり頭は柔らかくないといけないね、うん。身をもって理解したよ。頑固おじさんみたいにならないようにしないと。

 そんなこんなで多少は馴染めてきたような気がする今日。少し早めに勉強が終わって昼休憩を挟んだあと、キロスさんにより新たなメニューを言い渡された。


「今日は町の外に出て訓練するぞ~。行き先は木こりの森な~」

『うおぉぉぉぉぉ!!』


 町の外。まだ村を出てそれほど経ってないから久しぶりって感じはしないけど、森に行けると知ると自然と口の端が上がってくる。


「いやー楽しみだな!今回は負けねぇ!」

「カルフ、外ではどんなことするの?」

「ああ、投擲とか狩り対戦だな。楽しいぜ?アレクもきっとハマるはずだ!」

「へぇいいね。まだよく分からないけど、難しいこともドンとこいだよ!」


 そんなこんなで準備を整え森へ出発。都市を守る壁を抜け、だだっ広い平原をついでとばかりに皆で走り抜けること少し。目的の森が見えてきた。

 ここは都市から程近く、付近のいくつかの村の木こり達がよく利用しているのだそうだ。魔物の森とは距離があるので危険な生き物はほぼでないらしい。小さな山が連なったこの森は危険も少なく、こうして訓練をするのに最適だそうだ。


「お~し、まずは投擲の練習からな~。スリング配るぞ~」


 森に入ったあとも少し走ると、木々のざわめきの間にせせらぎが聞こえ出し、歩いて渡れるほどの川にたどり着いた。その澄んだ川で喉を潤したあと、そういったキロスさんに渡されたのは長い紐。なにかの革で出来ていて柔軟性があり、太さやそれなりの重さもあってみるからに丈夫そうだ。微かに翠気の気配がするから魔獣の革かもしれない。渡されたそれを不思議に思っていると、隣にいたリオンが説明してくれた。


「それがスリングだよ。まんなかの膨らんでいるところに石を乗せ、回転させて投げ飛ばすのさ。僕ら獣人の一般的な遠距離攻撃だね」

「へ~。弓とかは使わないの?弓のほうが正確に飛ばせそうだけど」

「そうかもしれないけど、僕らの筋力に耐えられる弓と矢はお金がかかるし長持ちしないのさ。それなら自前の力で石を飛ばした方が効率的だし、弾を現地調達することもできる。何よりこちらの方が威力が出る。矢より重い物を人間の弓より遠くまで飛ばせるのだからね」


 そこまで説明受けたところでキロスさんから号令がかかり、第一陣が投石をすることに。

 まぁ見ていてくれたまえとリオンにも言われたので一陣を観察していると、近くの河原を見渡して手頃な石を探しスリングの真ん中にセット。紐を二つに折って端を片手で持ち、勢いよく腕を振りながら頭の上くらいで回転させ、片方の紐だけ手放すことでピュパァァン!という鋭い音を立てて石を発射。

 なるほどそうやるのか。飛んでったいくつもの石はすぐ小さくなりあっという間に見えなくなった。これは確かに、使いこなせれば弓より便利かもしれない。


「とまぁ、こんな感じだね。慣れるまでは大変だが、慣れたらすごく便利なのさ。この投石紐自体も便利でね、鞭や、石をセットして打撃武器としても使えるし拳に巻いてナックルダスターにもなる。持ち運びも簡単。僕らはまだ野外訓練の時しか持てないが、戦う職につく大人達の間では必須級のアイテムらしい」

「おお、そんな使い方もあるのか。確かにこれは覚えとかないとだね」


 という訳でさっそく練習。まずは石を探すところからだな。


「ねぇ石ってどんなのがいいとかある?」

「大人の拳大からゴリンの実くらいの大きさの石を使うといい。そして丸ければより安定して飛ぶようになるのさ」


 自分の拳を見て想像し、それより大きめの赤くて甘い果実を思い出しながらちょうどいい石を探す。そして今の会話でもう一つ気になったことをリオンに聞いてみた。


「わかったよ。けど、今は河原だからいいけど、他の場所じゃ探すの大変じゃない?」

「確かに数は少ないさ。けれど倒木の根元や、なくとも木の根元を掘り返すと見つけられるし、たとえ平原であっても動物の巣穴を探せば確保できる。特に穴を掘る魔獣の巣穴周辺なんかは大きな石がゴロゴロしてるのさ。まぁ事前に必要だと分かってるなら持参すれば済む話だが、緊急時のためにこういったスポットを把握しておくのも重要さ。アレクも外出する時は意識するといい」


 これが先人達の知恵か。なんて感心しながらリオンにお礼を言い、見つけた石をぼくもセットしてみる。そして発射。


「、、、スピードもすごいよねこれ。すぐ見えなくなったよ」

「アレク、現実と足元を見るんだ」

「ぐぅっ」


 うなだれた視線の先には飛ばしたはずの石。

 やっぱり扱いが難しいな。離すタイミングが掴めなくて前に飛んでいかなかった。


「まぁはじめはそんなものだよ。練習あるのみさ」

「そうみたい。地道に頑張るよ」


 それから何度も練習したけど、みんなみたいにまっすぐ飛ばせはしなかった。下に叩きつけたり真上にいったり、左右に吹っ飛んでいったりもした。


「よ~し、ここらでお手本をみせるぞ~」


 四苦八苦しているとキロスさんから声がかかった。丁度行き詰まってたからありがたい。キロスさんがゆっくりフォームをとりながら説明してくれたので、これを真似してあとでやってみよう。

 説明が一段落すると、次に一味違う方法のお手本も見せてくれるみたいだ。これは難しいから無理にとは言わないぞ~という前置きが入ったけど、いつか絶対それも覚えて見せると意気込む。


「そして、これはまぁ一つの到達点だな~。これを目指して練習に励んでくれ~」


 そう言ってキロスさんはしゃがみこみ、石じゃなく土を手に取った。ん?と不思議に思っていると、泥団子を作るかのように丸め、ぎゅっぎゅっと押し固めていく。そしてできた土団子に翠気を込めるとスリングにセットして発射。


「ふんっ」


 と軽く声を出して投げられた土団子は、空中でバラけることなく真っ直ぐ飛び、河原を越え木の幹に着弾。大人の胴はある太さの幹がベコっと抉れ、バラバラと舞い散る木片のなかから白っぽい内側が覗いている。


「・・・・」

「【飛撃】って名前の技だな~。今みたいに、固定化を応用して土や砂を固めて、体から離しても効果を持続させられるようになれば石がなくても遠距離攻撃できるようになるから便利だぞ~。余裕のあるやつは練習してみな~」


 え?軽くやってるけど難しいの確定してるスゴ技なんですが?

 固定化って基本的に手足に触れてるものに作用する力で、それで走るのには十分だったから手から離れても効果が続くのなんて考えてもみなかった。どうやってるんだろう。でもそうか、走るだけじゃなくそんなこともできるのか。まだまだ奥が深いな。


 「ちなみに、リオンはあれできる?」

「当然!、と言いたいけど今はまだ練習中さ。みてわかる通り難しくてね。見習い組の先輩は兎も角、大人だって使えるのはせいぜい二割ってところかな。まぁ僕にかかれば見習い組になる前には完璧な【飛撃】をみせてあげるよ!」

「いやいや、リオンこそぼくが見せてあげるからそれみて練習したらいいよ」

「お?君も言うようになったじゃないか、それでこそ競い甲斐があるってものだね!」







「集まれ~、そろそろお待ちかねの狩り対戦を始めるぞ~」


 キロスさんのお手本に衝撃を受けた投石訓練も終わり、お次は狩り対戦をすることに。キロスさんのその言葉に待ってましたといわんばかりに反応し、スタッとキロスさんのもとに集まるみんなになんとかついていく。


「じゃあ今日は~、オネスティとゲニウスとススが狩人役で始めるぞ~。三人はこの帽子を被って、誰か捕まえたらそいつに帽子と狩人役を渡してな~。逃げる獲物役は狩人に胴体を触られたらアウトで、それ以外の手足とかはセーフな~。そして、どっちも急所や大怪我負わせるようなこと以外は()()()()()()()()()。森やこの河原も使って良いけど遠くに行きすぎるなよ~。最後に、一番捕まった回数が少ないやつは好きな食べ物奢ってあげるから気張ってくれ~」


 ふむふむ、まずはライオンの女の子のオネスティと牛のゲニウス、そしてススが狩人か。ぼくは最初逃げる側だね。そして一番になるとご褒美があると。もとより勝つ気だったけど、ますますやる気が出てきた。それにこれは、魔物や魔獣と戦う時に向けたいい練習になりそうだ。


「それじゃあよ~い、スタート~!」


 そして出させた狩り対戦の開始の合図。最初に逃げるぼくらが先に走りだし、少しした後に狩人が動き出す。

 ぼくはひとまず木に登って様子を見ておこう。どこかちょうどいい木は、、うん、ここがいい。上にいけば河原が見える位置で枝も多い。ここで下の様子をみてれば対処しやすいはず。

 あちこちでザザザっというみんなが逃げる音が聞こえ、しばらくすると静かになった。今一番近くにいるのは、、左の茂みか。匂いからするに狼のルプスだな。どうしよう、少し離れようかな。いや、ぼくが見つかった時に囮にできるから残ったほうがいいのかなぁ。


「ん?」


 なんて考えていると、突然ルプスが走り出した。狩人が来たのか!っと思い見渡しても見当たらないし、近くに人の匂いはない。腰を浮かしたまま辺りを探っていたとき、唐突にそれは飛んできた。


「うぇ!?ってくっさ!?っと危な!!」

「よし命中!悪いわねアルクくん!」


 なんだ!?手のひらサイズの袋が飛んできて胸に当たったかと思えば中からめちゃくちゃ臭い匂いが広がったんだけど!何これ!?腐った卵みたいな、、腐った卵だなこれ。

 思わずのけ反った拍子にバランスを崩して枝から落ちるも、なんとか受け身をとって体を起こす。獣人だから数m(メール)落ちたくらいじゃ死なないけど、ミスれば普通に痛いから冷や汗ものだ。受け身の訓練の成果かもしれない。


「ってそうじゃない!」


 慌てて飛んできたほうを見ると、すぐそこまで帽子を被ったオネスティが迫ってきていた。ライオンの獣人である彼女は全身のバネをしなやかに使って、しゃがんだ状態で走れないぼくを狙っている。


 匂いの届かないところから不意打ちを仕掛け、その間に距離を詰める。その上強烈な匂いで何を嗅いでも卵に上書きして嗅覚を封じる。

 知らず鼻に頼りすぎてたみたいで完璧に策にハマってしまった。やっぱりまだ未熟だなぼくは!

 今から走ってもすぐに追い付かれる。ぼくが迎撃体勢をとった瞬間、オネスティが胴に手を伸ばしてきた。それをギリギリ左手で弾いて足払いをかける。後ろに下がって避けられたけどそれは予想通り。ぼくも下がって距離を取る。このまま少しずつ距離を開けてすぐにでも匂いを落としに行きたいけど、そう上手くはさせてくれないみたいだ。


「なるほどこうゆう感じなんだね!この卵どっから出したのさ!」

「持ってくるの大変だったのよ?さぁ観念して捕まりなさい!」

「やだね!」


 オネスティがまっすぐ向かってくるが、体の向きは変えずに後ろに下がり素早く周囲を確認する。そしてすばやい攻撃をなんとか受け流し、一息に木の後ろへと飛び込みぼくとオネスティの間に障害物を入れた。木で相手の姿が見えなくなるけど今はそれでいい。これでもうまっすぐは追ってこれない。このまま周りの木を使っていけば逃げきれる!

 すぐに背中を見せるようなことはせずに、後ろ向きで距離を取っていく。オネスティはどっちから来る?それともまた何か投げてくるのか?


「残念外れよ!」

「っ上!?」


 前ばかり警戒していたぼくにとって、その奇襲は完全に予想外で呆然とオネスティを見上げる。考える暇もなく体に染み付いた動きだけで捕まるのを転がって避け迎撃するが、それくらいでは止まらず。胴に向かってくる腕を払おうと右手を出したけど逆に捕まれ、「はぁ!」というかけ声と共に、ぼくは宙を舞っていた。そして視線を外したのが失敗だったと悟る頃には、ぼくはもう組み伏せられていた。


 思えば今まで、組み手はキロスさんとやっていて同年代とはしてなかった。ランニングとかでカルフ達と競いあったことはあるけど、直接的な"戦い"をしたことはない。

 同年代の女の子に、戦いで負けた。

 奇襲だったなんて言い訳にしかならない。その衝撃はかなり心にクるものがあった。負け慣れたと思ったけど、まだプライドが残っていたみたいだ。


「くそっ、あの時上に飛んでたのか。にしても10m(メール)は離れてたぼくが見上げる高さまでジャンプできるなんて思ってなかったよ」

「ふふっ瞬発力には自信があるのよ。それじゃあはい、帽子」


 内心の重さを出さないよう意識しながら帽子を受け取る。だけど隠しきれなかったみたいで、オネスティがぼくの背中から退きながら苦笑して、気にするなという風に手をパタパタと振った。


「そんなに悔しがることないわよ?むしろこれだけ有利だったのに中々決められなかった私の方こそ悔しいわよ。もっと自信持ちなさいよ」

「かもしれないけど、負けは負けだよ。でも次は勝つ!」

「真面目ねぇ。いいわよ、いつでも捕まえにきなさい!それとあなたはもう少し型にはまらないやり方も覚えた方がいいわよ!」


 そう言うがはやいか、オネスティはすたこらさっさと森に消えていった。


「さて、まずは川に戻るか。こんなに匂いがついてたら居場所バレバレだよ」


 見送ったあと、ぼくもすぐ川に向かう。これじゃ誰も捕まえられないからね。


「ん?居場所バレバレ?」


 、、ふと思ったけど。まさかこれもオネスティの計画通りだったりするのか?洗ったら洗ったで時間稼ぎできるとか思ってたりする?

 、、型にはまらないやり方、か。やっぱりこの訓練は為になるな。いいだろう、ぼくだってやってやるよ!









 なんて息巻いたけど、匂いを落とさないと始まらないのでひとまず川に来た。だけだったんだけど。ちょうど風下だったキロスさんがいるところより下流の場所を選んで、さっさと洗ってこんな見晴らしのいいとこ出て森に隠れようと思ってたのに、その見晴らしのいい河原でデンと構えるドンタと対面してしまった。


「来ちゃったか~アレク君。やっぱり誰にも会わずにっていうのは無理みたいだねぇ」

「えっと、ドンタは逃げなくていいの?」

「ぼくは走って逃げるより、来た人を倒すほうが向いてるからねぇ。さぁどうする鬼さん?」


 優しげに目を細め穏やかな雰囲気で話しているが、それに釣られてノコノコいくと返り討ちにあうだろう。象の獣人であるドンタは体が大きく、ぼくより頭二つ三つ分背が高い。そのパワーは圧倒的で、大きな耳で奇襲も防ぐ。

 でも、今のぼくは狩人。それにすでに一度捕まっている。この狩り対戦で一番になるためには少なくとも一回はみんなが捕まってなきゃいけない。誰かがやってくれるのを祈るくらいなら、ぼくがここで捕まえてやる!

 素早く川で匂いを落とし、ドンタと向かい合う。


「はぁ!!」


 腕を体の横にゆったり下ろし、背筋を伸ばした自然体で構えるドンタにファーストアタック。まずは正面から押しきれないか試す!


「甘いよぉ」


 ただ触れに行っても防がれると判断し、胴体と見せかけて本命の防御した腕に掴みかかろうとする。でもドンタには狙いがお見通しだったようで、右手を掴もうとしたぼくの動きを読んで体を左に移動させ、力を受け流された。


「なんのっ」

「どっせーい!」


 たたらを踏むのは一瞬。すぐに振り返り追撃をかけようとしたけど、緩い声と共にドンタが振り下ろした拳を急停止して避ける。その判断は正しかったようで、河原まで振り抜かれた拳はズズンっという地響きを起こし、胃のあたりで重低音が響いた。叩き起こされた石と粉塵がぼくにも牙をむき、たまらずバックステップで後ろに下がる。


「いや、いくらパワー型でもすごすぎない?」

「ふっふっふ、そう簡単にはやられないよぉ」


 今の攻防で、ドンタがただの脳筋じゃないのもはっきりした。それだけのパワーがあれば力だけでもやれそうだけどしっかり技術を身に付けてる。まるで要塞みたいだ。


「だけど、まだ手はある!」


 悔しいけど力はドンタが上。ならスピードで翻弄して決める!まず相手の周囲をゆっくり周りながら隙を伺う。すると、あるところでドンタが細い目をさらに細めてることに気付いた。なんだと少し考えて、川の水の反射じゃ?ということに思い至る。

 これは良い、遠慮なく使わせてもらおう。

 川を背にじりじりと距離を詰める。やおらドンタの気配が変わったと感じた瞬間、全力で走りだす。ドンタが腕を上げ迎撃体勢をとるが、今度はまともに相手をしない。


「んう?」

「はっ!」


 ドンタの右手側に勢いよく抜ける。すれ違いざま胴体に触れられればよかったけどガードされた。けど問題はない。固定化と足の爪を使い急停止をかけ次は左手側に抜ける。

 河原でもどんな状況だろうと駆け、大地を掴んで勝利に導いてくれる獣人の力が、こんな無茶な動きも支えてくれる。

 ドンタは右手側に抜けたぼくを追って振り返っていて、ぼくの目の前にはワンテンポ遅れた無防備な背中。再び足と左手で急停止をかけ、その背中に手を伸ばす。


 「おっとぉ!」

「くぅっ!」


 だけどそれは右手の裏拳とともに振り返ったドンタに阻まれた。しゃがんで避けたけど、ブォンという風切り音と顔に吹き付ける風に肝が冷える。

 けど、それくらいにビビってはいられない。勝利は前にしかない。後ろに下がれば負けるだけ。その精神でもう一歩、踏み出す。

 そこはもう拳が届く間合いのうち。腰をいれ、殴りつける勢いで右腕を振り抜く。

 が、あと一歩届かず。伸ばした腕は、ドンタの左腕に止められていた。


「せぇい!」

「ガハァッ!?、グゥ、エホッ、!!」


 動きが一瞬止まった隙を見逃さず、的確な振り下ろしが襲ってくる。避けきれずとうとうまともに食らい、ドンタの一撃の重さをその身で思い知った。

 重い衝撃が全身に響く。背中に受けたことで肺の空気を強制的に吐き出させられる。片手片膝をつき上からの圧力に耐えるが背中が軋み、立てた膝が胸を抉る。地面についた膝と手のひらに石が食い込み皮膚を破ろうとしている。


「ま、だぁぁ!!」


 でも、まだ。まだやれる。ここは、相手の懐の内なんだから。

 折れない意思を体現し、全霊をもって体を起こす。そして、小石と砂を握り締め思いっきりドンタの顔めがけぶちまけた。


「っ!?目がっ」

「そこだぁ!!」


 上からの圧力が弱まり動けるようになる。けど体勢は最悪、下手に起き上がれば見えなくとも殴り飛ばされるだろう。ならばどうすべきか。

 ぼくは後ろに下がったドンタの足に思い切り飛び付き力を込める。身体強化はまだうまく扱えない。けどそんなの関係ない。自力で押し倒してやる!熊の筋力なめんな!


「うをぉ!?」

「どらぁぁ!!」


 ドンタが両足をつけ腰を落として待ち構えてれば、それでも揺るがなかっただろう。 でも今の、後ろに下がり重心もぶれ、固定化も中途半端なドンタのバランスを崩すことくらい訳はない!


「はぁっ、はぁっ、か、勝ったぁ!!」

「あちゃー、負けちゃったかぁ」


 そしてようやく、ぼくはドンタを押し倒し一勝をもぎ取ることに成功した。念願の勝利。感無量。素晴らしき達成感。背中の痛みすら心地良い。


「あはは、そんな天を仰ぐほど感慨に浸られるとなんか複雑だねぇ」

「あっごめん!あとこれ、帽子」

「りょーかい。ごめんね、背中大丈夫?アルク君なら耐えれると思って結構強くやっちゃったけど、、」

「食らったぼくが悪いんだし、これくらい平気さ」


 嘘ですめちゃくちゃ背中ズキズキするし気を抜くと膝が折れそうです。

 なんて事実はおくびにも出さず笑顔の裏に叩き返す。小さな虚勢と痛みの間で揺れ動いていると、ふいにドンタが耳を持ち上げ後ろを向いた。ぼくも鼻を鳴らすと人の匂いを感じとり、少しすると誰かが走っている音も聞こえた。


「ん?誰かきてるねぇ」

「みたいだね。じゃあそろそろ移動を____」



「待てやァァ!!ちょろちょろすんじゃねェェ!!」

「あなたその豹変止めてよ!!怖いのよ!!」




 しようとした時には見える位置まで接近してきた走者を、ぼくは思わず二度見した。


「、、え?スス?え?」

「アレク君は見るの初めて?スス君は普段は穏やかで落ち着いた子なんだけど、追いかけっこだと本能が騒ぐのかあんなイケイケになるんだよぉ」

「いやにしてもじゃない!?」

「やっぱりいた!ほらアレクっ追加の訓練よ!」

「ちょおっ!?」


 帽子を持つドンタを見てぼくが獲物役なのを見抜いたらしく、真っ直ぐこちらに突っ込んできたのはススに追いかけられてる馬の女の子のフェリス。たまらず立ち上がり休息を訴える体を無理やり働かせ、ドンタのファイト~という声を受けながら森に向かって走り出す。


「ってついてこないでよ!というかなんでぼくを道連れに!?」

「あんだけ騒いでたらそりゃ気付かれるわよ!疲れてるでしょ!?はやく捕まって楽になりなさいよ!私が話題の甘味を味わうために!」

 「お断りだよ!?」


「待てやァァァ!!」

「「うぉぉぉぉぉぉお!!!」」


 ヤバいヤバい!実際体力がもうない!肺が熱く痛くなってきたし、もう、む___


「ぶっ!?」


 諦めかけてたその時、隣を走っていたフェリスの姿が唐突に消える。チラッと振り返ると何かにつまずき顔から転げている姿が。


「チャンスっ!」

「ああああ!?」


 待ってぇぇぇっという断末魔を背に、この隙に急いで木に登る。ここならぼくの方が有利だ。何はともあれ、ひとまず休憩しないと動けそうにない。


「はぁっ、はぁっ、はぁっ、あぶ、ながった、、」

「おお、よく逃げたな。凄いじゃん」

「でしょ~、、、、」


 太い枝の上で横になり独り言を呟くが、それにまさかの返事が返ってきた。ギギギっと錆びた鉄製品みたいに顔を向けると、そこには良い笑顔で蔓を手にしたカルフの姿が。


「、、、」

「アレク」

「、、なに?」

「俺も頭を使って戦うことにしたんだ。戦場では何でもありだしな」

「へ、へぇ、、」



「そんじゃ、お前もこけようかァ。いや、その前に落っこちるのが先かなァ?」


「やっぱりかチクショぉぉぉ!!」

「フハハハハッ逃がさねぇぜぇぇぇ!!」









========



 結局、今回の狩り対戦で一位になったのはカルフだった。あのあと体力切れで抵抗できなかったぼくはあっさり蔓で縛られ、狩人となったフェリスに捕獲された。あとはもうがむしゃらに頑張ったけど点差はひっくり返せず、なんとも悔しい結果になってしまった。


「あーうまいわ~敗者の前で食う肉はうまいわ~!」

「調子乗ってんじゃないわよ!」

「今にみてろよ!次は勝つ!」

「ねぇみんな、次は全員でカルフを追い込んで潰さないかい?大丈夫、わざとじゃなきゃセーフだよセーフ」


 道場に帰ってきて夕飯時。カルフが賞品のちょっと良いお肉を頬張りながら思いっきり煽る。それにみんなが憤慨してるけど、リオン、なんか黒くない?一体なにされたんだ、、


「お、お疲れ様アレク君。どうだった?」

「っああスス。お疲れ様。まぁ、勉強になったし楽しかったよ」

「そっか。それなら良かったよ」


 昼に追いかけられた記憶が蘇りちょっとビクついたけど、今は穏やかススだと心を落ち着ける。ほんと、ギャップが凄いな。


「まぁ、次はカルフをこてんぱんにしてやろうと思うよ!」

「あはは、頑張ってね」

「ありがとう。ススにも、走りだけで逃げきってみせるから覚悟しといて!」

「んー、それは無理かなぁ。ぼくのが全然速いし」


どうやら穏やかススにも譲れないものがあったらしい。



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