7.試験の終わりと顔合わせ
「グアアア!!」
走りながら右腕を振りかぶりキロスさんの頭めがけて一撃を繰り出す。手を開き爪を出した遠慮なしの一撃はそのまま頭に当たるーー
ピュッッゥウウーーー
ことはなく、キロスさんが腕を上げいとも簡単に防いでしまった。籠手から響いた気の抜ける音を聞き、そこで僕はやらかしてしまったことに気づく。
「ダメだぞ~アレク。いたずらに手を出すのは悪手だし、反射的に攻撃する癖直しとかないといつか事故起こしちまうぞ~」
「っあ、すみません、、」
そこには先程の鋭い眼光はなく、もとの穏やかな雰囲気を纏ったキロスさんが立っていた。自分のやらかしに恥ずかしさが沸き上がってくるが、それと同じくらいキロスさんの変わりように目を白黒させてしまう。
「ごめんごめん、びっくりしたよな~。今みたいな威嚇はもうしないから安心していいぞ~。大丈夫わかるぞ、驚いたり怖かったりした時ぶっ叩きたくなるよな~。まぁこれは獣人の本能みたいなもんだから、気にやまずこれから直していこうな~」
「は、はいっ」
「よ~し、じゃあ続きするか」
そして第二ラウンドが始まった。今度は反射的に手が出るようなことはせず、ちゃんと相手の動きを見てから攻撃を仕掛ける。
キロスさんは鋭い瞳を向けてきているが、さっきのように殺されそうな感じはしない。威圧感もかなり減り、体も自然体にみえる。
それでも山の動物なんかより強烈な存在感を放っていて、前までの僕なら緊張して実力を十分に発揮できなかったかも知れない。今スムーズに動けているのは、先程の威嚇を受けても腰が抜けたりせず戦えているのは、魔物という怪物と間近で相対した経験からか。
「はああ!」
「いいぞ~、その調子だ。多少鳴っても続けてやるぞ~」
ピュウッーー ピッー
キロスさんは棒立ちという訳ではなく、防御も反撃もしてくる。加減した攻撃をしないといけないのに半端な一撃では防がれ躱されるので、なんというか卑怯だ!と叫びたいくらい難しい。ときどき防具が鳴るがなんとか短い音ですませられている。僕の攻撃は当たりはするが、本気でやったら全部躱されるんだろうことがわかるのが悔しい。
「うっ!?」
ピュウーー
「さっきよりいいぞ~。反応も悪くない」
今の今まで目の前にいたのに、突然視界から消えたと思ったら背中に気配。とっさに裏拳を繰り出してしまう。が、少しの間だが加減しながら模擬戦をしていたおかげで威力は多少抑えられた。しかし速度がまだ速く防具の音が鳴ってしまう。
(手加減されてるのはわかるけどっ)
これだ。僕の攻撃を受ける合間に、フェイントや撹乱を混ぜてくる。しかも明らかに僕より上の技術と身体能力を使って。
「はぁっ!」
再び正面に向き合ってから大振りのなぎ払い、と見せかけ途中で拳を握って胸あたりを殴ろうとする。拳を握ってもキロスさんは動かず。いける!と思ったが、拳が当たる寸前に凄い反応速度で避けられ逆に殴られそうになる。
完全に殴る体勢だった僕は左腕であわててガードするがコケそうになり、なんとか距離と息を整える。追撃はなかった。
加減されてるのはわかるが、それでも力はめちゃくちゃ強いというわけではない。その代わり反応速度がとにかく速い。
分かっている。まだ子供の僕と、大人で戦闘の訓練を積んでいるキロスさんでは強さが全然違うって。それでも、いいように翻弄され試されるだけなのは嫌だ。必ず予想外の一撃を入れてやりたい。猫に遊ばれてるようじゃ熊は勤まらないのだ。
「よし、あと何回かやり合ったら終わりにしよう。準備はいいか~?」
「、、はいっ!」
考えろ。今できること。僕はなにができる?得意なことは?
そこまで考えて、ふと一つのひらめきが降りてきた。成功するかはわからないが今はこれに賭けてみるしかない。
「じゃいくぞ~」
キロスさんが羽のような軽やかさで左右にステップを踏んで連続攻撃を仕掛けてくる。その正面からの数多の拳をなんとか耐える。僕への攻撃には制限がないからひたすら耐える戦法もとれるのだ。避けきれないからって理由もあるけど。一発一発はガードさえすればある程度余裕を持って防げるが、調整をミスれば翻弄されて連撃をくらってそのまま殴り倒されるかもしれないし気を付けないといけない。
「っっ!」
「ほらほら、アルクからも攻撃しないと~」
そう言われこっちも殴りかかるがなかなか当たらない。お互い向かい合って戦ってるはずなのにスルスルと避けまくり捌きまくるのだ。なんか体が凄い曲がってる時もあるし柔らかすぎだろと思う。
「はぁっ!」
大振りの一撃。顔に何回か攻撃したあと左足を軸にしてキックを繰り出す。とにかく距離をとらせるための攻撃は目論み通りキロスさんを後ろに下がらせることができた。ガードされたとはいえ当たったことに違いはないが、これは敢えて受けてくれただけ。予想外の一撃を入れたいのだ僕は。
(っきた!)
一度離れたキロスさんが素早く鋭いステップを踏み、場所を大きく使って左右に動きフェイントをかけ次の行動を読ませないようにする。僕の目線を大きく動かして隙をつくり攻撃してくるのだ。
さっきは右に動いたキロスさんを目で追っていたらまんまと視界から抜け出され不意打ちされた。二度も同じ手に引っ掛かるものかっ。
僕はじっとキロスさんを見つめるのはやめにして、目より鼻に意識を集中させる。目で追うのが難しいならいっそのこと別の方法で探せばいい。これなら今の僕でもできる。はず。
息を整えろ。落ち着け、匂いを辿るのは前の試験でやれたじゃないか、僕はできるっ。
(っ!)
さっきと違い広く薄く見てたから、キロスさんが右に動いて消えていったところまでは分かった。ここからは自慢の鼻の出番だ。
どれだけ音を抑えても、人がそんな速さで動けば風が吹く。肌で感じる風圧も武器に、大きく空気を吸い込み匂いを、居場所を感知する。
(そこだっ!)
拳を繰り出したのは左斜め後ろ。まぐれに頼った裏拳ではなく、きちんと振り向き腰を落として構える。
攻撃する間際、キロスさんと目が合う。あっちも腕を後ろに引き攻撃態勢に移っていたが、僕がちゃんと対応していることに驚いたようで目を見開き動きが一瞬遅れた。そのおかげで先に拳が届く。狙いは胴体。目に力を入れ直し力強く踏ん張る。でもやりすぎないよう、理性を働かせ今までで一番集中する。
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音は、鳴らなかった。
「、、驚いた。やるなアルク」
「っぷはぁっはぁ、ありがとう、ございます」
拳は胸、、の前に割り込んできた籠手に当たり、しかし音の鳴らないギリギリの強さを出すことに成功した。完璧とはいえなくとも、今の俺にできることは全部やった。キロスさんの驚いた顔を見れたことに心地よい達成感が沸き上がる。
「これで試験は終わりだ。これなら心配ないな、お前は十分ここでやっていける力がある。まずはこれで汗を拭いて一度休憩しろ」
「はぁ、はぁ、はい、ありがとうございます。キロスさんも、ありがとうございました」
「ははっ、後輩の面倒みるのも先輩の役目だ。気にすんな~」
マワリーさんにタオルを貸してもらい一息つく。試験も無事終わり、今回の結果も悪くなさそうで一安心だ。
「これで今日やらないといけないことは終わったな。おつかれさん、あとは部屋に戻って荷解きの続きでもしとけ。飯の時間になればまた連絡する」
「はいっ」
それから少しして。羊皮紙になにやら記録していたマワリーさんが一度手を止め僕に予定を伝えてくれた。体は疲れてるけど、不安の種が一つ無くなった分心は軽い。決して不快ではない疲労感と共に、僕は訓練場をあとにし部屋に戻って荷解きをするのであった。
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「マワリーさん、あの子どこで見つけてきたんです?とんだ逸材じゃないっすか~」
「ああ、俺も少し驚いているよ」
アルクが部屋に戻り二人きりとなった練習場にそんな声が響いた。
「筋力も申し分ないし、際立ってるのは戦闘時のあの判断力。俺がガキの頃は本能に振り回されっぱなしだったのにな~」
防具を外しながらキロスが苦笑すれば、気持ちは分かるといった表情でマワリーも続ける。
「たしかに、対人戦の立ち回りは年齢不相応だったな。始めにお前の威嚇に反射的に動いていたが、あんなのは獣人なら誰もが通る道だ。むしろ逃げようとしたりビビって動けなくなるわけでもなく向かってこれたのは非常に良い。戦士としての重要な要素を持っている証拠だ。ああ、対人戦をお前が担ってくれて助かったぞ、俺だと体格差もあって威圧しすぎちまうからな」
「いえいえ~。あとはこの音の出る防具で加減してやるのっすね。俺達獣人は力が強いから、人間と街で暮らすうえで怪我させたり物壊したりしないよう力の調整を覚えるは必須ですけど、子供にこの訓練は相当ムズいっすよ~?実力差のある俺相手にあれだけやれたのは将来有望ですよ~。特に最後の一撃、マジで驚いたんすから」
「本能をむき出しにしていては日常生活にも支障が出るし、戦闘時には過剰攻撃や過剰恐怖で味方にも危険を強いちまう。ろくに本能を制御できない奴は相手が降伏しても攻撃を止めない、"殺さない戦い"が出来ない、興奮するとやたらと吠える、なんてことにもなる。アイツはその点は心配なさそうだ。が、、」
マワリーはそう言って入り口を見つめ、しかし言葉とは裏腹に何かを憂慮しているような難しい表情を浮かべた。
「優秀だからこそ、慢心や油断で足元掬われねぇよう注視しておかねぇとな。お前も、有望株が下らない男にならねぇよう気を配ってやってくれ」
「了解っす~」
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荷解きもだいたい終わり、空が赤く染まる頃。僕はキロスさんに呼ばれ食堂へ来ていた。食堂は何十人も入れるくらい広く、大きな長机が三つ並んでいて数々の料理が次々と運ばれている。煌びやかな照明と、それに照らされる肉や野菜がまんべんなくあるおいしそうな料理は僕に何度目かの衝撃を与えた。今は四十人くらいの人が集まっていて、子供が大体二十人で残りが大人。僕くらいの歳の子から年上のお兄さんまで様々だ。
そんなワイワイガヤガヤとした喧騒の中、マワリーさんに連れられ前に出ると物珍しげな視線が僕に集まる。
「一日おつかれさん。飯の前に、今日はお前達に新たな仲間を紹介する。ここで暮らすことになったアルクだ。仲間としてお前ら面倒見てやってくれ」
「アルクです、よろしくお願いします!」
「よろしく!」
「フィウーー!よろしく!」
「もっと力抜けー!」
「あんたツラ怖えんだからジロジロみるんじゃないよ!」
「テメェも似たようなもんだろが!」
「あ?」
「すいません!」
皆の前に立ち、マワリーさんの紹介の後に挨拶する。すると拍手が鳴り響き、わっと口笛や歓声が巻き起こった。なんか盛り上がりとか一体感がすごい。小柄な猫の獣人から大きな牛の獣人まですごいエネルギーを感じる。
一番右の長机に座っていた狼のお兄さんが、隣の猫?のお姉さんに胸ぐらを捕まれている。
確かに、左目に重なって爪で裂かれたかのような傷があり眼光鋭い顔にビビりそうになるが、胸ぐら掴んで締め上げてるお姉さんの顔も相当怖いです、、と内心思っていると。
「うちは見込みのありそうな孤児の受け入れもやってて住み込みのガキも多いんでな、お前もダチがすぐできるさ。見ての通り騒がしい連中だが、悪人じゃあないから安心して迷惑かけてくれ」
「は、はい!」
「そんで、お前のルームメイトは一番左の長机の真ん中あたりに座ってるアイツらだ。席は用意してるから、今日はアイツらと飯食え」
そうマワリーさんに言われてみてみると、こちらに手を振っている同い年くらいのグループが。 さぁ、仲良くなれるよう最初が肝心だ、頑張るぞ。
「やぁ、はじめまして。僕はリオンだ。よろしく頼むよ」
「カルフだ、よろしく~!いやー同じ熊獣人が来てくれて嬉しいぜ!」
「は、はじめまして、ススです、、」
席に移動すると相手から声をかけてくれた。
リオンは黄色の毛並みの猫のような獣人で頭からもみ上げ、首にかけての毛が特にフサフサだ。細長い尻尾を揺らし自信に満ちた顔つきをしている。
カルフは同じ熊獣人で、やんちゃっぽい明るい笑顔で迎えてくれた。
ススはイノシシの獣人で茶色の毛並み。大きな鼻が特徴だ。町で見た大人程ではないが見て分かる大きさの牙がある。どこか落ちつかなげに視線をそらしていて、この中だと少し小さめの声で挨拶してくれた。
「こちらこそ、これからよろしく!みんなはこの町の出身なの?」
「俺とススはこの町だな。俺はマワリーさんに拾われたんだ。んで」
「僕は獣人国出身だよ。二年前にこの町に来たんだ。だから君も安心してくれ」
「そうなんだ~。ところで、リオンって猫の獣人なの?」
「ん?君は知らないのかい?なら覚えておくといい、僕は気高きライオンの獣人さ!もう少し大きくなれば鬣も立派に生えて、より威厳のある姿になれる!今から待ち遠しいよ!」
初めて聞く種族に世界の広さを感じる。そんな風に感心しているといつの間にか近くにいた、目をキラキラさせた女の子が突撃してきて質問してきた。というか気づいたら回りにいっぱい集まってきてる!?
「ねーねー君はどこから来たの?あたしはミカで三毛猫ミーちゃんだよ!」
「俺は狼のルプスだ!よろしくなアレク!」
「シエナよ。見ての通り虎の獣人。これからよろしくね」
「だー落ち着け!また明日にでも話せばいいだろ!今日は俺たちが色々教えるからあっちいった!」
『ぶーぶーっ』
その後も他の種族や町のこととかを教えてもらい楽しく夕食を終えた。そして明日に備え少し早めに寝ることにしたのであった。
「そういえばアルクは明日からの訓練、さっそく一緒にやるのか?」
「うん、そのつもりだよ」
「そうかそうか、その意気込みやヨシ!、、けど、慣れないうちはきっついぜ?」
カルフがニヤリと口の端しを歪めながら言った言葉の意味を、この時のぼくはよくわかっていなかった。




