5.城塞都市
ガタゴトと揺れる馬車の上。良く晴れた空を眺めていると遠くに一羽の鳥が見えた。白い雲の切れ間を自由に行き来しているさまからは何にも縛られない自由を感じる。そんな青空を飛ぶ鳥を見て、僕は何度目とも知れない物思いにふける。
「渡り鳥って向こうに着くまで、なんもない空でなに考えて飛んでるんだろうなー」
村を出て四日。ひたすら移動する日々にもうかなり飽きてきた。最初の内は良かったんだ。村しか知らない僕には何もかもが新鮮で、ただの畑や遠くに見える山にも感動してた。
けどさすがに飽きる!走るくらいしかやることがない!途中で寄った村も補給を済ませたらすぐに出発したしね!
余計な事を考える時間もたっぷりあったから危うく数日でホームシックになるところだった。
体を鍛えようにも、馬車は持ち主さんの荷物でスペースなんてないし、そもそも運んで貰ってる立場で激しく動いて馬車壊しました!とかやってしまったら目も当てられない。だから馬車の近くを何度も走って往復するとか、道の側にある木の枝にぶら下がって懸垂するかしか出来ない。
ただ水や食糧だって限られてるし、もしかしたら街道に魔物が来ないとも限らない。すごくもどかしい。
まぁ、別に王都の近くの街道でもあるまいし、田舎から国境の近くにある都市に行くんだから森や村や小川くらいしかないって分かってたさ。分かってたが、初めての外の世界だしもっとこう、驚くようなものとか見たかった、、
いつか見たことない景色を見るために旅をするのもいいかもしれないな。
そんなこんなで城塞都市をまだかまだかと待ちつつ、五日目の朝方、ようやく目的地に到着することができたのだった。
「お、おおおぉぉ!」
お父さんが城壁都市って言ってた通り、このマルムークは巨大な壁に囲まれた見るからに強そうな都市だった。丘を越え、最初に見えた時からでっか!って遠目でも分かったが、当然というか、近づくと迫力が桁違いだった。
こんなに大きいものは初めて見た。一つ一つが僕と同じかそれ以上の石を数えきれないほど積み上げて造られている。壁のすぐ下にくれば真上を見上げないと全体が分からないほどの大きさ。森にもここまで大きい木はなかった。
こんなのを人が造ったのか!?すごいな!?
そう内心驚き、キョロキョロしながらさらに近づくこと少し。街道に面した壁の一部に、馬車くらい縦でも何台か入りそうな大きな門がありそこで衛兵が出入りする人達をチェックしていた。多分木と鉄で出来てる扉が上にスライドして中に入れるようになってて、門の両脇には立派な櫓が併設されている。受け答えは馬車の持ち主のおじさんがやってくれたから僕は乗ってるだけで良かった。
そしてついに都市の中へ。
「おおおっすっごい!」
見えたのは石造りの立派な街並み。そして目の前の広場と奥の大通りに広がる人の波。村では祭りの夜くらいでしか見れない人の量はまさに圧巻だ。
そしてその波の中には獣人がいた。僕たち以外の獣人にはほとんど会ったことがなかったのに、見える範囲に十数人はいる。
あれは狼の獣人だろうか、狼の獣人は人間と身長はそこまで変わらない。これだけ獣人がいるならクマの獣人も街にいるだろうし後で会いたいな。
「ははっ、どうだい、すごいだろう?」
「うんっ村って小さかったんだなぁ!」
「ここもそれなりに大きいが、世界はもっともっと広いぞ。いつか見て回るといい。さて、俺は馬を預けて新居を探そうと思うんだが、アルクはこれからどんな予定でいるんだ?」
「あ、うんっお父さんに獣人協会の訓練場に行って、マワリーさんって人にこの手紙を渡せって言われてるよ」
「なるほど、訓練場なら城壁沿いにしばらくいったとこだな。じゃあそこまで送ってウルスさんの知り合いに君を任そう。そこで一端お別れだな」
そして街を進み、最後の馬車の旅を楽しんでいるとあっという間に訓練場についた。やっぱり楽しい時が過ぎるのは早い。
訓練場は町の一番外側、城壁の側にあり、大きくて四方を塀に囲まれていた。おじさん曰く、町の中心は市場や政治のための地区で、その回りにみんなの家がある地区、更にその回りに鍛冶とかの地区があって、それらを訓練場や軍事施設で囲んでいるのがこの町の構造らしい。
中に広場があり、いまは誰もいないけどここでたくさんの人が訓練してるんだろうなっていうのが分かる。
「それじゃあ、ここまでありがとう!またどこかで!」
「おうっ元気でやれよ~!」
自分の荷物は着替えと食べ物、いくらかのお金だけだからカバン一つだ。それ一つ持ってぴょんと馬車から降り、村から送ってくれたおじさんにお礼を言う。そして馬車が去っていくのを見送って一拍。振り返って訓練場の門を見据える。
、、さて、と。順調にここまで来たけど、この後はどうしようか。
普通に門から入ったんで良いんだよね、礼儀とか俺知らないぞ。これからのここでの暮らしはマワリーって人にかかってるからなんか緊張する。大人と話すのも慣れてるはずだけど、誰に話しかければいいのか迷うな。
とうとう初めての人と関わる局面になり、さすがに色々思考がとっちらかる。
「ん?もしかしてウチに用があるのかい坊主~?」
門の前で少しウロウロしてると、後ろから声をかけられた。振り返ればそこには猫の獣人。
身長は人間と同じか少し低いくらいだけど、猫背だからピンとしてればもっと高いだろう。顔は猫の要素を色濃く残していて三角の耳やヒゲがあり、琥珀色の瞳をしている。上半身は何も着けてないから茶色と黄土色の混ざった立派な毛並みが見て取れる。お父さんと比べると断然スリムで、獣人でも結構体つきに差があるんだなぁって感じた。
「あっうん、マワリーって人に手紙を渡せってお父さんに言われて来たんですけど」
「へぇ~、大将に用か~。いいぜ、会わせてやるよ~」
「いいの!?ありがとうございます!」
ナイスタイミングで助け船が来てくれた。どうすればいいか迷ってたからすごくありがたい。お兄さんに連れられ、普通に門から入り敷地内の建物に入ると、中には大勢の人がいてなんと獣人の方が多かった。
あれは猪?あっちの人はすごく大きくて強そうだ。あの人はなんの獣人だろう、あっ、あの人は熊の獣人だ!やっぱり同じ種類の人がいるとちょっと安心する。
「こっちだぜ~」
お兄さんの声にハッと振り向き、考えごとを切り上げて追いかける。トレーニング器具とかがある一階を過ぎ二階に上がるといくつもの部屋があり、そのうちの一つが"大将"の部屋らしい。
「大将~お客さんですよ~」
「んん?今日そんな予定あったか?まぁいいや、忙しくないしとりあえず呼んでくれ」
お兄さんがドアをノックし呼び掛けるとそんな声が返ってくる。声からしておじさんだろう。
「じゃ、中に大将いるから後は頑張れよ坊主~」
「はい!」
お兄さんはそう言って片手を上げて去っていき、僕は扉に一人で向かい合う。この扉の先にいる人次第で、僕の今後が決まる。生唾を飲み込んでなんとなくその場で屈伸したあと、勇気を出して扉を開けた。
「お前さん一人で来たのかい?」
そこにいたのは狼の獣人だった。街や一階で見た狼の人より大きく、人間と比べると一回りは大きい。右の頬に切り傷があり、鋭い眼光で僕を見ながら立派な机についていた。
「はい、実は村が魔物に襲われて住めなくなったから他のとこに住むことになったんです。それでお父さんがこの街のマワリーって人のとこに行けって」
そう言って預かっていた手紙を渡す。はじめは不思議そうにしていたけど、手紙を読み進めていくうちに何か納得したような顔になっていき、子供に手を焼かされる親みたいな顔になっていった。
「なるほどな。ウルスの息子だったか。ガキができたのは知ってたが、まさかそんな事態になって俺んところに寄越すとは、人使いが荒れぇぜまったく」
「えっと、、」
「ん?ああ、そんな顔しなくても、弟子の頼みだしここに置いといてやるよ。同族のガキ見捨てるほど落ちぶれちゃいないしな。寮があるからそこに住め。それと、魔物についても心配するな。この都市はそう簡単には落ちねぇし、お前の親父が国に掛け合ってるんで上が対処してくれるだろうよ。ひとまずお前は強くなることに専念しとけ」
それを聞き、僕はようやく肩の力を抜くことができた。これで街で暮らす下地ができた。最悪森で狩りをして生活するって手もあったけど、当然ながら安全な町の中、とゆうか家で暮らしたかったから一安心だ。僕はまだ子供だし余所者だし、大人の助けがないと苦労するっていうのはさすがに分かる。
魔物の心配はないみたいだけど、お父さんが王都に行ったのはそういうことだったのか。それならそうとあの時言ってくれればよかったのに。早く終わって会えるといいんだけど。
「まぁ、最初は全部面倒見るが、いつまでもタダ飯食わしておくつもりはないからな」
「はいっ分かってます!村では畑の手伝いしてたし狩りもそれなりにできます」
「そうかそうか。ウチは一般人も受け付けててな、主に兵士や傭兵、冒険家とかの獣人にむけて戦闘訓練してるんだ。掃除洗濯や簡単な仕事くらいはしてもらうが基本は変わらねぇ。体を鍛えてって、いずれ好きなとこ選んで独り立ちしろ。お前を鍛えてくれって書かれてたし、強くなりたいんならこれで文句はないだろう?」
「うんっないです!ありがとうございます!」
出された条件とこれからやる事は、僕の願いとぴったり合っていた。大きな街で戦い方を学べるなんて願ってもないことだし、どうやらこの人はお父さんの師匠らしい。そんな人のところで修行できるなんて、考える限り最高の環境だ。
「そんじゃ改めて、お前の親父の師匠でこの訓練場のトップやってるマワリーだ。よろしくなアルク」
「じゃあ僕も、ウルサブスの息子のアルクです。これから頑張ります!」
「よし、じゃひとまず寮で休んでろ。手続きその他もろもろがあるからな、先にしとかないといけないやつ済ませたら呼びにいく。他のやつらとの顔合わせも、まぁ晩飯の時くらいに思っとけ」
そう言ってマワリーさんは立ち上がり、一旦部屋の扉を開けて大声で階下に呼び掛けた。
「キロスーー!ちょっとこぉい!」
しばらくしてやってきたのは、さっきここまで案内してくれた猫のお兄さんだった。どうやらまたこの人が案内してくれるらしい。
「キロス、こいつはアルク、今日からここで暮らすことになった仲間だ。寮の、あ~、、一〇二号室に案内してやれ。」
「おっ、なんだそうだったのか。俺はキロス、よろしくなアレク!」
マワリーさんが机の引き出しから書類を出し部屋を確認してお兄さんに指示を出す。さっき少し話しただけでも優しい人だって分かったから、また案内役がこのお兄さんでありがたい。
そしてキロスさんについて部屋を出て新たな住みかに想いを馳せていた時。一旦お開きになって油断してた僕に、驚きの一撃が加えられた。
後ろでガチャって音がして振り向いてみれば、マワリーさんがひょっこり顔を覗かせていて、最後に衝撃の一言を残してまた顔を引っ込めたのだ。
「あ、最初にお前の試験やるからそのつもりでな~」
試、験、、?




