11. 接触
「今日からはより実戦を意識した内容をやっていくぞー」
それはいつもの基礎訓練のあと、組み手の時間にキロスさんが宣言して始まった。
「ようやくかー」
「僕らもこれで戦士としての第一歩を歩めるのか。なんだか感慨深いね」
「だ、大丈夫かな?」
カルフは両手を頭の後ろで組み、冷静にも適当にもみえる表情の奥に自信を滲ませてこの話を聞いている。リオンは薄く笑みを浮かべ上等だといった雰囲気だ。ススは戦うことや相手を傷つけられる力が増すことに不安を感じるのか周囲を伺って少し落ち着きがない。他のみんなもそれぞれの反応を示すなか、キロスさんが不意に顔つきを変え、みんなに静かにするように言ってから話をはじめた。
「ただやる前に、この事を必ず胸に刻んでおいてほしい。みんなも獣人として、自分の力の大きさを感じたことはあるはずだ。それはなにも人間相手だけの話じゃない。体の大きな種族のパワーだけじゃなく、猫の俺みたいな体の小さい種族でも爪や牙が備わっていて、同じ獣人相手でも事故を起こしかねない力がある。誤って物を壊したことあるやつもいるはずだ。心・技・体、体だけ突出してるだけじゃただの危険人物でしかない。力を持つということは、その力に対する責任も負わなきゃならないということを、ゆめゆめ忘れないように」
そう語るキロスさんは普段の口調も改め、真剣な表情でぼくらを見渡す。その視線を受け、ぼくたちも姿勢を正し静かに話に耳を傾けた。
ぼくも不安がないではない。先日のゴロツキのこともあり、より一層力の制御に意識を割かないといけなくなるという心配はある。だけど、ぼくは強くなると決めたのだ。ここで立ち止まってはいられない。必ず体に見合う技術を身に付けてみせる。
「この道場で体だけじゃなく、制御を学び知識を積んだみんななら大丈夫だと信じているぞ。
、、、さて、みんな分かったな?じゃあ真面目な話は今日はこれくらいにして。実戦についてやっていくぞ~」
パンと一つ手を打って、キロスさんが口調や雰囲気を元に戻し締め括る。ぼくはふうっと息をつき、みんなも一息ついて思い思いに受け止めていた。
「そうだね、次代を担う僕らがそんな体たらくを晒してたら、天に召された時にロカエリス様に怒られてしまうよ」
空気を切り替えるためか、リオンが歴史の授業で習った、人と獣人の融和や弱肉強食主義の緩和を成し遂げた偉人を例に出して苦笑する。それにみんなも違いないと笑みを浮かべていると、
「そろそろいいか~」
とキロスさんが呼び掛けた。
「まず、獣人には三つの武器がある。一つはメイス、戦斧、槍とかの戦場や大型魔獣と戦う際の重量級武器。一つは手斧、スリング、鉈なんかの、狭い洞窟や森など場所を選ばず、かつ普段から持ち歩き草を払ったり薪を割ったりと戦闘以外でも使える携行武器。そして最後が、どんな状況でも使い、紛失することがなく最も信頼のおける自らの肉体。今からやるのはどんな職でも必ず使う携行武器と肉体についてだな~。最初のは見習い組になった時に先輩に教えてもらえ~」
ふむふむ、獣人の肉体も万能じゃないから、状況によって武器や道具を使い分けるのか。物語の英雄がどんな戦場も相棒の剣と共にする描写なんかに憧れはあったけど、改めて説明されると使い分けには納得しかない。
「携行武器はひとまず後にして、先に肉体での戦い方だな~。みんな身体強化は使えるようになったか~?できるできないじゃ強さに大きく差が出るからしっかり練習しろよ~」
その言葉に今の自分の実力を思い返す。あれからさらに訓練に精を出し、文字通り体に叩き込まれたおかげである程度は扱えるようになってきた。爪の伸長は最初から獣人の本能としてできたが、身体強化も一度コツを掴んでしまえば、今まで何が難しかったのか分からないくらい体に馴染んだ。最初の時のように、固定化と混ざることもない。そしてキロスさんの言う通り、身体強化の有無でどれだけ違うかというのも身をもって実感した。何せまだ訓練中の身であるぼくでも、身体能力が数倍に跳ね上がるのだからその有用性は計り知れない。今の課題は高速戦闘時の頭の処理速度と持久力、出力調整だ。まだまだやることは沢山ある。
そんなことをつらつらと考えていると、キロスさんがあるものを取り出した。
「獣人の戦いでは肉弾戦が基本だ~。そこらの武器じゃ俺たちの力に耐えきれないから、基本的に近距離戦するなら素手のが強い。術式の刻まれた武具や重量級武器はその限りじゃないが、状況が限られるし置いておくぞ~。そして、このガントレットとかの防具が主な装備だな~」
そう言ったキロスさんは、肘から手のひらまでを覆う、腕の内側にくる部分が鎖帷子のようになっている装備を腕に巻く。全体は濃い緑に塗装されていて、森で隠れやすそうだ。
そして翠気を腕に込めたかと思うと、突然キロスさんの右腕の筋肉が倍近く膨れ上がった。黄土色の毛皮の上からも血管がわかりそうなほど攻撃的な見た目となり、肥大化した手の先には太く鋭く尖った爪が存在感を放っている。しかし、ガントレットはチェーンの部分が広がり腕の肥大化に見事に対応していた。
発動したのは身体強化。【飛撃】の時といい、力を腕に一極集中させるなんてスゴ技をさらっと使うから、本当にこの人の底が見えない。この道場の教官たちしか知らないけど、これが本職の大人の実力ということなんだろうか。ぼくは外見が大きく変わるほどの強化はまだできない。
「こんな風に、ガントレットとかの身につける防具はチェーンだと体のサイズを変えても広がってくれて便利なんだ~。刃物や切断系なんかの厄介な攻撃は固定化をかけたこれらで防いで、それ以外は身体強化した肉体で耐えながらパワーや爪牙で急所を狙う、ってのが獣人の基本戦術だな~」
そう言ってキロスさんが、部屋の隅に置いてあった籠を持ってくる。中には防具の他に指に嵌めて使うらしい爪もあり、先は潰され布が巻かれていて危なくないようになっている。いよいよ体験する番みたいだ。
「それじゃ、百聞は一見に如かず、だ。ガントレットと木製の爪を配るから、それつけて実戦形式で訓練していくぞ~。試し切りできる的は後で渡してやるから、危ないから自前の爪は組み手では使うなよ~」
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この道場に来ておよそ三ヶ月。ひたすら訓練に勤しみ、以前より大幅に成長することができた。日々の基礎訓練に加え、実戦を意識した格闘戦や携行武器の扱い方、座学に術式紙への理解。遅れも取り戻せ、ようやくみんなと対等なライバルとなれた。
そして自信もある程度取り戻し、鍛えた力を試したいとも感じ始めた今日。とうとう二度目の野外訓練の日がやってきた。
「みんないるな~?じゃあ今から説明をはじめるぞ~」
道場の広場にて。ぼくたちは、前に立つキロスさんやエレノアさんやガイさん、兵士の人たちが勢揃いして話し始めたのを真剣な表情で見つめる。
兵士の人たちは七割獣人で三割人間といったところ。ぼくらに合わせてくれたんだろうか。獣人の人たちの装備は以前習ったガントレットや革鎧。人間の兵士たちはそれに加え厚手のズボン、兜をつけて帯剣、腰のホルダーに本を入れていたりと多くの装備を身に付けている。そして彼らは、種族関係なく右肩に同じエンブレムを着けていた。
「今回の目的は野戦野営に慣れることだ。うちでの一つの通過儀礼みたいなもんだな~。その一環で、班ごとに分かれたあと、渡した地図を頼りにいくつかのチェックポイントを回ってもらうぞ~。で、その途中で魔獣との実戦経験を積んでもらう。心配せずとも、魔獣は騎士団が捕獲や誘導してきた奴だから、みんなでも無理のない範疇の強さだぞ~。危なくなったら近くに待機してる兵士や俺たちが助けるから安心して戦え~」
訓練の主旨は分かったけど、すごい至れり尽くせりだ。みんなも同じことを思ったのかキロスさんに質問が飛ぶ。
「めっちゃ騎士団協力的だけどそんなに金あったんですか?」
「あ~、そこは心配ないぞ~。人材育成や孤児の保護やらで都市から補助金も出るし、騎士団や兵士にはうちの卒業生も多くいるから後輩のお前らのためにも協力してくれる。今日だってここにいる何人かはOBだ~。わかったらその分しっかりやれよ~」
「おおー、なるほど」
「はははっ、どうせ見回りもしなきゃならんし、言っちゃなんだがついでだよ。魔獣も町の近くにきた奴らを訓練に当てただけだしな。騎士団の本隊もそう遠くない場所で見回りしてるし、そんな気負わずにやれよ後輩。あ、あくまで心構えに対してだからな!訓練は真面目にやれよ!」
キロスさんに続いて兵士のうちの一人が補足を告げる。上半身にすごい筋肉の鎧を纏った狼の彼はどうやら先輩のようだ。
「夏のこの時期、木こりの多くは村に戻って農作業に集中していて森にくる人が少なくなる。魔物もいまだ動きはないから今のうちにやってしまうぞ~。ということで、説明は一旦終わり。支給品を配るから、それ持って早速現地入りだ~」
そうして配られた寝袋やグランドシート、水や食料、ナイフ、コンパス、筆記用具、鉈にスリング、救急セット、ホイッスルetc....の支給品達。頑張ってリュックサックにつめたけど全部合わせるとかなりの量だ。重さはそれ程でもないけど、かさ張るのが少し面倒だな。
みんなであーだこーだ言いながら各々の整理整頓能力を披露し合い、リュックサックと激しい戦いを繰り広げる仲間に助太刀したりしてから、ぼくたちは賑やかに町を出発したのだった。
「いやーやっぱ森は不思議と安心感があるな!」
今いる場所は前回と同じ木こりの森。森に到着したあと、ぼくたちはキロスさんに追加の説明を受けてからいくつかの班に分かれ、訓練が開始された。班分けは寮のルームメイトごとだ。ぼくとカルフ、リオン、ススの四人だけになり、キロスさんや騎士団の人、他の班のみんなも散開したあと、カルフが大きく伸びをしながら気持ち良さそうにそう言った。
「確かにね。空気が美味しく感じるよ。さて、では僕たちも進もうか」
「えっと、地図ではどっちに進めばいいのかな?」
「もらった地図では、えーと、北西に行けばよさそうだ」
支給された地図を取り出し場所を確かめる。始めは川付近からの出発だから現在地が分かりやすい。地図にはこの森周辺の事が大雑把に描かれていて、チェックポイントが点で示されている。最初のチェックポイントは北西みたいだ。
詳しく描かれたものじゃないとはいえ、地図をぼくたちでも扱えるのは隣国が王都を挟んだ反対側でここが戦場になる可能性が低いからだ。この王国自体が大陸の端の方にあり、森の向こうには魔物しか住んでない。比較的近い獣人国は友好的だし、町や付近の村に来る人、住んでる人も多いからそもそも地形くらいは向こうも知ってる。万が一戦争になったらどうせ森を戦場にはできないし、など諸々の理由で、もう割り切って冒険家や騎士団の演習場としてもよくこの森が使われているそうだ。さっき兵士の人が言ってた受け売りだけどね。
それにしても。勉強したことやさっきの話で生まれ育った村がすっごい辺境にあったんだというのを改めて理解した。よく今までやっていけてたなとすら思う。
「よし、そんじゃ行くか!アルクも早くこいよ!」
「あっうん!いま行く!」
「どうせなら一番早くチェックポイントを回ってあいつら悔しがらせようぜ!」
「ふっ、いいね。やはり目指すべきは頂点に限るよ!」
「い、いいけど安全に行こうね~?」
そんなこんなで一つ目のチェックポイントに到着。警戒してたけど今回は魔獣来なかったな。獣道からも外れ、生い茂る草を煩わしく掻き分けながらやってきたそこには家屋より大きな巨岩があり、近くにいくと目線の高さのあたりがくり抜かれて両手で抱える程の木箱が収まっていた。
「あった、これだね。まずは一つ目だ」
蓋を開けてみると、そこには木彫りの熊の像が収まっていた。この手のひらサイズの像の形を記録することで、ここにちゃんときた証明となるのだ。チェックポイントごとに違う像が置かれているらしく、最初に熊の像を引けたのはなんだか幸先がいいな。
「おっ、熊の木彫りじゃん。なんか良いことありそうだな」
「なんの、次のポイントにはライオンの像がある筈さ!」
「うり坊の像とか、置かれてないかなぁ」
なんて言いながら記録を取り、さっそく次のポイントへ。
「それにしても、こんな歩きにくかったっけ?」
「分かるぜ、普段整えられた町で過ごしてたら鈍るよな。訓練はしてるけど、草木や見通しの悪さなんかは森じゃねぇと味わえねぇし、その分感覚が研ぎ澄まされてるのを感じるぜ」
カルフが答えてくれた通り、確かにいつもより嗅覚や聴覚が敏感になってるみたいだ。ただの森歩きじゃなく、どこかで魔獣がくると分かってるのも緊張の要因だろう。
「警戒するのは結構だが、それで迷子になったら本末転倒だよ?チェックポイントは匂いもなければ音もしないんだ。僕みたいに頭を使わないと」
「わーってるって。今はちゃんと進めてんのか?」
「当然。カルフもコンパスくらいみれるようになりたまえ」
先頭をゆくリオンが支給された鉈で邪魔な枝なんかを切り払いながら注意するが、それにあまり聞いていない様子でカルフが返す。リオンもリオンでチクリと刺すがカルフに気にした様子はない。そっけないやり取りだが、その中にお互いに信頼してるからこその気安さを感じられた。
「なんつーか、目印もないのにすいすい進む感覚がいまいち掴めないんだよなぁ。そんな針でよくやるよ。ん?わはははっススっ服にひっつき虫付いてるぞ!」
「え?あっほんとだ」
話ながら草むらを抜け一度獣道に出てきた時、ススの服の端にトゲのある丸い植物の種が着いてるのを見てカルフが笑う。それを見てると何となく、ぼくの中のいたずら心が顔を覗かせた。さっと辺りを見渡せば簡単にひっつき虫は見つけられる。そしらぬ顔で回収し、気付かれないようカルフが前を向いたタイミングでそのまま尻にペタリ。
「ん?どうかしたかアレク?」
「いやぁ、なにも?」
やばい結構楽しい。自分でもしょうもないなと思うけど顔がにやける。まだなにも異変は起きてないし、まぁこれくらいの遊びは平気だろう。
「次は歩いて一時間といったところか。この機会に、整地されてない森での感覚を取り戻そうじゃないか」
「めんどくせーけど、まぁ町に籠りっきりじゃ本能も錆びついちまうし丁度いいか」
「ぼ、ぼくは結構楽しいよ?」
「ススのその心意気が羨ましいぜぇ」
その後も雑談を交えながら順調に進み、昼休憩を挟んで二つ目、三つ目のチェックポイントにも無事に辿りついた。ちなみに二つ目は鳥、三つ目はイノシシの像でリオンが地味に落ち込んでた。
昼ご飯は干し肉や固チーズなんかの携帯食料。初めて食べたけど、パサパサだし塩辛いしで味は微妙だ。長持ちさせるためには仕方ないんだろうけど、いつもの食堂の料理が恋しい、、
「保存食ってこんな感じだったのかー。ねぇ、ミミジカとかウサギ狩らない?」
「確かに美味しいもの食べたいけど、アルクはここでうまく調理できるのかい?さすがに生で食べるよりは干し肉の方がおいしいよ。狩りすれば時間もかかるし、得策じゃないと思うけど」
「だよねー。はぁ、これで我慢するか」
もそもそと食事を終えて出発するも、なんだか気分が上がならない。食事の重要性が身に染みて分かったよ。
だから、昼下がりにススが見つけてくれたそれはぼくたちのやる気を大いに湧かせてくれた。
「あっ、ねぇみんな。あれゴイチの実だよ。
、、うん。ちょうど旬が近いし、甘くておいしい」
低い木になっていた赤くつぶつぶの親指大の実を手でプチっとちぎって口に運び、ススが満足そうに笑う。
「ほんとじゃん!よくやったぞスス!いやーこうゆう森の恵みを味わえるのも山歩きの醍醐味ってやつだな!」
「おいおい、一番になるんじゃなかったのかい?休憩はさっきしたしこれ以上は遅れるよ?」
カルフが一目散に駆け寄り夢中で取っていると、先頭をゆくリオンが振り返り呆れた顔で一言。それにカルフは当初の目標を思い出したのか「確かに!」という顔をしたが、服の前を袋代わりにして急いで採集し、満面の笑みで戻ってきた。
「おっとそうだった。じゃあ道中で見つけたらささっと採集して歩きながら食べようぜ!」
「はぁ。まったく」
「まぁいいじゃん。ぼくも食べたいし、リオンの分も取ってきてあげるよ」
「ありがとうアレク。じゃあ折角だし僕も頂くよ」
小さくため息をついたリオンにまぁまぁと返し、ぼくも実を採集してくる。うん、おいしい。おかげでまだまだ戦えるよ。
そんな風に気分転換も挟みながら、ぼくたちは意気揚々と歩きだしたのだった。
そして自信もついてきて、時間短縮の為に段々早歩きになったりした頃。
「なぁ、次は四つ目のポイントだろ?あとどれくらいだ?」
「ちょっと待って。えーと、三つ目をこう進んで、この小川を右に回って、そろそろ左に山が見えてくるはずで、、うん?見えないな。えーと、こっちでもなくて、、」
「アレク、地図を貸してくれ。僕が教えてあげよう。ほら、ここを曲がっただろう?そしてこのあたりでゴイチの実をとって、この道に出たから先の開けた場所、に、いないな、、」
「おい、まさか、、」
「え?え?」
陽気な気分が吹っ飛び冷や汗が流れ、リオンと顔を見合わせる。そして引きつった半笑いを浮かべ震える声で尋ねた。
「、、ここ、どこ?」
あっという間に時は過ぎ、気付けば太陽も赤く染まって帰宅準備に取り掛かりだしているのを見て、ぼくらもそろそろ野営することにした。
「いやー、一時はどうなることかと思ったけどなんとかなって良かったよ!トータルでは結構早く進めたんじゃない?まだ一番も狙えそうだね!」
「くっ、僕としたことが、途中で道を間違えたのが悔やまれる。あんな初歩的なミスをするとは!」
「ま、まぁ大丈夫だよリオン。全員で確認したんだし、あれはしょうがないよ。アルクの言う通りまだ巻き返せるから、明日頑張ろう?」
「ふっ、気遣いありがとうスス。だが、百点と九十九点の差が一点だけでは済まないように、完璧とそれ以外では全然違うのさ。必ず次は完璧にこなして見せるよ」
「お前のそれほんとめんどくせーな。変なタイミングで意地張るし、もっと気楽にやろうぜ、、」
リオンの熱弁にカルフが呆れた表情を浮かべて苦言を呈する。
あのあと、もっと頻繁に地図やコンパスを確認しながら行けばよかったと思うも時すでに遅し。みんなでめちゃくちゃ慌てて、支給されたホイッスルや信号弾を使おうかとも話したけど、場所を変えながら木に登って目印となる川を見つけ、なんとか自分たちだけで現在地と目的地の場所を把握できた。
別に森で生きたり町に戻るだけなら獣人のぼくたちにはどうとでもなるけど、チェックポイントやゴール地点の場所が分からない以上訓練はリタイアせざるを得なくなっちゃうから、無事に場所が分かって本当に良かった。なるべく助けを借りずにいきたいしね。
正規ルートからは少し外れてしまったけど、場所も分かったし明日元のルートに戻れば大丈夫だろう。
一日のことを振り返りながらテントの設置を進めていく。
「それにしても、今日は魔獣来なかったね。他の班を先にやってたのかな」
「おそらくそうだろうね。僕たちは明日が本番ってことさ」
リオンが寝袋を用意しながら返事をする。するとカルフがなにか思い付いたような顔をして
「いや~?もしかしたら今から来るかも知れねぇぜ?ほらっ、そこの茂みから音が!」
「えぇ!?」
なんて言って、側の茂みを勢いよく指差した。ススはビクっとして辺りを見回すが、ぼくとリオンはやれやれといった感じで首を振る。もう暗くなってきたし、夜の戦闘は多分ないと思う。
「さすがにないって。脅かさないでよ、ススがビビってるじゃん」
「ははっ、わりぃわりぃ」
「、、ん?ちょっとまって、、音はしないけど翠気みたいな力の気配があるよっ、ねぇみんな、これ魔獣じゃない!?」
「えっまじで!?」
、、えっ、本当に!?
ビクついて周囲を探っていたススが唐突にそんな声をあげた。まさか本当にいるとは思わなかったのだろう、カルフがすごい勢いで振り返りながら目を見開き、ぼくとリオンも作業の手を止め、慌てて周囲を警戒する。すると確かに、うっすらとだが翠気と、異様な力の残滓を感じる。ただの動物にはこれ程の翠気は宿ってない。そして、このドロドロとした気配には覚えがある。記憶のものより何倍も薄まってはいるが、魔物に酷似した気配。
「間違いない、魔獣だ」
「おいおい、冗談のつもりだったんだがなぁ」
カルフが構えをとり苦笑いしながら呟く。今やみんなの意識は茂みの奥に集中していた。すぐ動けるようにしながらじっと待つ。
「魔獣の近くには兵士が待機しているんだったね。何かあっても助けられるようになってるから夜間の戦闘も可能、ということなのかも知れない」
「じゃ、じゃあ、翠気の方は魔獣を連れてきた兵士さんの気配、ってことかな?」
「そうだろうね。野生?の魔獣ってことはなさそうだ」
だけど、しばらく待っても近づいてくる様子はない。気配からしてそう遠くではないはずだけど、ぼくたちにまだ気付いていない?
「さてどうするみんな。気付いてないのか、向こうは仕掛ける気はないみたいだ」
「来ないならこっちから行こうぜ。先制攻撃して俺たちの凄さを見せつけてやる!」
「き、奇襲を待つくらいなら、こっちのタイミングで始めたいかな」
カルフとススは攻めに出たいみたいだ。
「アルクはどうしたい?」
「ぼくも打って出たいかな。折角のチャンスだし」
「満場一致だね。よし、すぐ準備して魔獣を追おう!」
そして鉈を握り、スリングはひとまず拳に巻いてナックルダスターに。途中で拾った石はポケットに入れ、さっき脱いだ防具を付け直す。戦闘準備を整えたらいざ茂みの向こうへ。ほんの十mほど進むと、人一人がギリギリ歩いて入れるくらいの洞窟を発見。魔獣の気配はその中からしている。
「これは、普通に探してちゃ見つけられないな」
木々が生い茂って入り口を隠し、天然の秘密基地のようになっている洞窟を見てそう溢す。
「さて、ここからはより慎重にだ。気付かれないよう、身体強化もギリギリまで抑えててくれ」
リオンの指示に頷き、爪を剥き出しにして戦闘体勢になりながらも強化はまだ控える。
そうして突入した洞窟の中は、入り口からは想像できないほど広く奥行きがあった。縦横十mはあり先はまだ見えない。小さな音でも反響するので、足音に注意しながら進んでいく。どこからともなく響いてくる水滴の音に神経が研ぎ澄まされていった。
進むことしばし。ついに奥からくぐもった何かの鳴き声が聞こえ、力の気配も濃くなってきた。間断なく聞こえるその声は、自らの強さと凶暴さを辺りの生物に知らしめているかのようだ。身を固くしながらも一気に前進し、通路の先へ駆け抜ける。
「、、ここは」
長い一本道の先にあったのはドーム状に開けた空間だった。ここはさらに広く、縦横二十mはある。ここにくるまでの地面は大小の岩がゴロゴロしていたが、このドームの中の地面は平坦に均されていて凹凸もなく綺麗な状態だ。天井の一部には大きな穴が開いており、そこから月や星々の光が差してドームを暗闇から守っている。
その大穴の下に、探していた魔獣はいた。檻に入れられ身体中を切り刻まれた状態で。
「、、え、これはどういう、、」
「「ッ!!」」
ぽつりとカルフのこぼした声に向こうが気付きバッと振り返る。タヌキを元とした魔獣が入った檻のそばにいたのは全身を覆う黒い外套をまとった二人の人間。手には血濡れの剣を持っていて、それをぼくたちに向け鋭い視線を送ってくる。しかしすぐに殺気を納めると、まるで安心したかのように気安く話しかけてきた。
「なんだ、魔獣かと思って驚いたよ。それにしてもどうしたんだい君達、こんなところに」
優しい声色。ぼくたちを心配してる好好爺然とした雰囲気。だが、男のそれと今の状況があまりに合ってなくて酷い違和感を醸し出している。
「、、あなた方は、ここでなにをしているんですか?」
リオンが警戒しながら質問をする。それに嫌な顔一つせず、男はすらすらと語りだした。
「私達は騎士団の一員だよ。ここへは魔獣の調査や対策の為に来たんだ。すると凶暴化したコイツを発見してね。重要な手がかりだと思い、手こずりながらも何とか捕まえたところさ」
「グルァァァア!!!」
「ああ、服装は違うけどエンブレムも当然持っているよ」
ドォォォンッと大きな音を立て、よく見ると石で出来ていた、男の背丈の倍近い檻の中で魔獣が暴れる。翠気術で強化しているのか、檻が壊れる様子はない。
男が懐からエンブレムの描かれた布を出す。確かにその模様は朝に見た兵士の人が肩に着けていたのと同じ模様だ。しかし、男と異常なサイズの魔獣、そして争った跡のない綺麗な地面を見て、ぼくたちは一歩足を下げた。
「僕たちはマワリーという人の道場でお世話になっていて、こっちには訓練をしに来たんです。お二人の他にも、森に騎士団の方が来ているんですか?」
「、来てるけど私たちの任務は特殊でね。普通の騎士団とは役割が違うんだ。だからここでの事は他言無用だよ。それにしても、騎士団に気付かなかったのなら町の近くにはまだ行ってないのかな。もしや獣人国から来たのかい?」
「、、そうですね。ああ、お邪魔してすみませんでした。機密事項などもあるでしょうし、ここでの事は誰にも言わないとお約束します。では僕たちはすぐ立ち去りますので。お仕事頑張ってください」
リオンがそう言ってチラリと奥を見る。檻の後ろの地面には術式陣が描かれ、その中心に大人の背丈ほどの長方形の物体が設置されていた。深い紫色の表面には、今のぼくでは理解できない複雑な術式や陣がびっしりと描かれている。どう使うのかは分からないが、明らかに高位の翠気術を発動するためのものだ。
自然な流れで帰る意思を伝え、リオンが一礼して話を切り上げようとするも、男はまぁ待ちなさいと呼び止めてくる。
「夜の森は危ないだろう。私たちが送ってあげるよ。ほら、まずはこっちの明るい所で話を聞かせてくれないかな?」
手招きする男は酷く優しげで。でも、その隙のない立ち振舞いや端々に宿る違和感、この場所の異様な空気に嫌な予感が止まらない。ぼくは体が鳴らす警鐘に従い、すぐさま声をあげ元来た道へと踵を返した。
「ッ!!みんな走れェッ!!!」
「おうっ!」
「うん!」
「だね!」
「"岩石変成術式・発動"」
一斉に出口に向かって走り出したが、しかし男が一言呟くと、通路へ続く入り口の岩が盛り上がりあっという間に塞いでしまう。それでようやく、入り口の両脇に術式紙が貼られていたことに気が付いた。
「くそっ、道が!」
「いい勘してるね。はぁ、まったく今のとっさの演技に騙されてくれれば楽だったのに。こんな時間こんな場所でガキに見つかるとか想定できないって~。おかげで驚いちゃったよ」
口調も雰囲気もまるで別人のように変えた男が近づいてくる。心底めんどくさそうに髪をかきあげ、感情の抜け落ちた顔から冷たい光を放つ瞳が見据えている。そして、血濡れの剣を光らせて決定的な一言を放った。
「悪いけど、君たちには死んでもらうよ」




