12.夜の死闘
「兵士の巡回ルートからも外れてた筈なんだが、どうやってきたんだい君たち~?
まぁいい、君は外のやつらを呼びに行ってガキの痕跡を消せと伝えて。近くに必ず大人がいるから見張って対応しろともね。伝言できたらプランDだ」
男がもう一人に指示を出す。フードを深く被り男か女かも分からないソイツはいつの間に下がったのか、壁際で黙って頷くと奥にあったもう一つの通路に駆け出していった。人数が減ったのはありがたいが、増援が望み薄になるのと今この場を切り抜ける確率が上がることのどちらが良かったのかは分からない。それに別行動するということはこの男だけでぼくたちを殺す自信があるということ。状況はマズいままだ。
「、、俺が正面から行く。お前らは左右に分かれて攻撃しろ。囲んで叩くぞ」
「分かった。けど嫌な予感がするから気を付けて」
カルフが男を見つめたまま告げる。ぼくもそれを視界の隅に捉えて了承し、身体強化をかけて構えをとった。退路も絶たれた今、前に進むしか方法はない。
落ち着け。相手は人間だ。嫌な感じがしようが、ちゃんと対処すれば負けはない。
「ウォォォォ!!」
カルフが走り出したのに合わせぼくたちも踏み込む。ぼくが右、ススとリオンは左に走り男を囲む。
が、男は下がるでもガードでもなく直進し、腕を振りかぶったカルフの右腕を掴んで体を反転。勢いを利用し自分の肩に担ぐようにしてカルフを一回転させ地面に叩き落とした。
「かはっ!」
「一人目、おっと」
「カルフっ!!」
仰向けのカルフめがけ剣を振り下ろそうとするが、とっさに用意していた石を投げて防ぐ。男が下がった隙にスス達が駆け寄りカルフを庇う。カルフもすぐに起き上がるが片手で頭を抑え顔をしかめている。
「やるね~。不完全ながら受け身をとるか。でも頑丈な獣人とはいえ、後頭部への衝撃は中々効くだろう?」
片手を地面につけた体勢でフードから不敵に笑う口元を覗かせる男。余裕を感じさせる姿に苦笑いが浮かぶ。
倒せなかった。でも互いの位置が逆転した今、出入口はぼくたちの背後。凶暴化した魔獣の事とか気になることは多いがどうせ教えてくれないだろう。なら無理に戦うより、このまま逃げてキロスさんに知らせる!
「みんな後ろの出入口へ!」
ススが声を上げる。足の速さなら負けない。さっきみたいに術式紙は貼られてないし逃げきれる!
「えっ?」
そう確信して走り出し、出入口までの距離を半分ほど縮めた時。ぼくは転んだ。足が下から押し上げられるような感覚がした直後にドタッと盛大に地面にダイブする。
おかしい、固定化をかけていたのにっ!
「っ!?クゥッ!!」
当然そんな隙を見逃すはずもなく、追いかけてきた男がすれ違いざまに切りつけてくる。とっさに体を捻り急所は避けたが、ガントレットごと左腕を深々と裂かれた。
いっったいっ痛い痛い!泣きそう!よくもやってくれたな獣人舐めるなよ!それにこの切れ味、翠気術で強化した剣か!
怯えなんか吹き飛び、燃え盛る戦意のまま走り出す。前を行くススはぼくと同じように転びリオンとカルフは何かにぶつかったかのように転倒している。そこを狙う男をさらに狙う。
「ぐぁっ!」
「くっ!」
「痛いっ!」
「"岩石変成術式・発動"」
迫る凶刃から三人ともなんとか急所を守ったみたいだが、先頭へと躍り出た男が振り返りすぐさま術式を発動させる。術式紙を地面に張り付け、そこから岩の槍が生えてくるのを三人は辛うじて避けていく。ぼくも急ブレーキを余儀なくされ、そのまま出入口からは遠ざけられ元の位置に戻されてしまった。
「さぁ、そろそろ終わりにしようか」
息をあらげて顔を上げれば、男が剣を構えて足に力を溜めている。剣には翠気が集まり仄かな光を纏っていて大技を予感させた。
飛び込んでくるっ。剣に術をかけてるのか?どんな効果だどう来るっ
「ッッ!?上!?」
神経を男に集中させていると微かな音が耳に入った。無視してしかるべき小さな音だったが、なぜか直感が確認しろと騒ぎ立てる。
逡巡の末に天井を仰ぎ見れば剥がれ落ちてくる大岩の群れ。既に目前まで迫っている群れに心臓が痛いほど飛び上がり無我夢中で足を動かす。瞬間。
「-------------------------------ッッぁあああ!!!」
轟音。地面が激しく揺れた。土埃が舞い耳が使い物にならない。
「カッ、ハァッ、 ぁ 、はぁ、はぁ、、」
うつ伏せで途切れ途切れの苦悶の声を漏らす。直前で気付いたのが功を奏して生き埋めからは逃れたけど、飛んできた岩が右足と左肩にぶつかり激痛が走る。皮鎧があってよかった。固定化、身体強化ができなかったらグチュッといっていたかもしれない。軽減したとはいえそれでも裂傷と合わせ酷い有り様だ。
戦意は尽きていないがまるで火種に水をかけられたように。乱高下する感情と体の痛みでどうにかなりそうだ。
「ッみん、なっ、生きてるかっ」
「僕はまだ、平気さっ」
「ああっ、なんとか、な」
「くそっぶっ潰してや、ゲホッぐっ!」
カルフ達に呼び掛けると返事をしてくれた。震える体を叱咤し起き上がる。より近い場所で槍を受けたのもあり三人はぼくより怪我が酷い。ススは戦闘スイッチが入ったみたいだが、言葉に反して表情は苦々しく岩で切ったのか額から血を流している。
「これで生きてるのか。しぶとさは一級品だなぁ全く。だが、、」
徐々に晴れていく土煙の向こうから聞こえる死神の声。いまや明確な脅威として立ち塞がる男に戦慄する。
「青いね。逃げる判断だけは良かったが戦闘じゃご覧の有り様。俺は獣人が嫌いだけど、だからこそ万に一つも負けないよう全力で潰す。それが俺と、人間を侮った君たちとの差だ。しっかり魂に刻んで来世に活かすんだね」
迫る男の言葉。心当たりがある。最近できることが増えて全能感にも似たものを感じていた。ごろつきを倒し人間は敵じゃないと。皆に追い付きぼくは強いんだと。
慢心していたのか、ぼくは。それで負ける、死ぬ? "死"、、
「グルァアアァァ!!」
「危ない危ない。いい反応するね君」
フラッシュバックするあの日の恐怖。頭が熱くなりどうすることもできずに男へ向けて拳を振るう。だけど男は一定の距離を保ち回避と受け流しに徹している。拳はことごとく空を切り細かい切り傷が増えていく。ままならない現実に苛立ちが募る。
「無理はしない。手負いの獣が一番危ないからね。ほらほら一発でもまともに入れれば殺せるんだぞーがんばれー」
「ガアァァ!!」
「呑み込まれるな!」
がむしゃらに攻撃するぼくの手が後ろからグイッと引っ張られ、浮き足立っていたぼくの意識も地に降りてくる。
「っスス」
「それじゃ潰せるもんも潰せねぇ。冷静になれ!甘えを捨てて、奴をキロスさんだと思って死ぬ気で殺しにかかるぞアルク!」
「えっ恨みでもあった?」
突然のカミングアウトに思わず素で反応する。だけどおかげで沸騰した頭が冷えてきた。戦闘モードだし油断するなって事を言いたかったんだろう、きっと。
「そこで寝てる二人!アルクよりどうしようもねぇぞォ!獣人やめて植物にでもなったのかァ!?」
「うっ、せぇ!分かってるよ!」
「言われるまでもない!」
、、ああ。そうだ、なに一人で焦って突っ走ってるんだ。ぼくにはまだ、頼もしい仲間がいるじゃないか。諦めるにはまだ早い。
「いけるか?」
「ごめん。もう大丈夫だ」
「よし、根性みせてやれ!」
頬を叩いて正気に戻る。生き残れたら心の底から反省すればいい。今は戦うことだけ考えろ、それ以外は雑音だ。理性と本能を制御しろっ!
「はぁッはぁっ、ふぅぅぅ。みんな、目を離さず聞いてくれ。悔しいがこの男に勝つのは難しい。出入口付近には罠が張ってあり、逃げようとすればさっきの二の舞だ。だから応援が来るまで耐える戦法に切り替える。信号弾をスリングであの天井の穴から打ち出す隙をつくってくれ」
「そんなリスクとらなくても、落石の音で近くまで来てるんじゃねぇか?」
「あの男がそんなへまをするとは思えない。音は外に漏れない前提でいく」
リオンが獣人の耳でなんとか聞こえる程の小声で作戦を説明し、カルフが一つ質問する。信号弾を打ち出す用の器具はあるが、悠長にセットしている余裕はない。だから弾を翠気で起動させた後は自力で飛ばすという答えは説得力があり、それはつまりぼくたち自身で状況を動かさない限り助けは来ないことの証左。
「"筋繊維強化・骨密頑強・神経強化"、、
さて、お話は終わったかー?」
作戦を立てる間手を出してこなかった男が間延びした声で話しかけてくる。
「おかげ様でね。なんで攻撃しなかった?」
「なーに、どうせ君たちに助けはこないし、時間をかけるだけ確実に仕留める準備ができるからね。もっと話しててもいいんだよ?」
その言葉通り、男は身体強化らしき術を使ったり、地面に術式紙を撒いたり懐から取り出した本___おそらく様々な術式が綴られている本__を捲ったりして着々と備えている。もっと話していいと言ったが、額縁通りに受け取ってはいけない。必ず別の意図もある筈だ。
考えろ。どうすれば隙をつくれるか。なぜ悠長にしてる?いや、さっきもよくしゃべっていたけど、あの時も何か準備していたのか?
「みんな、あの長方形の物体を狙うんだ。奴もあれは壊されたくないはず」
魔獣の近くに設置されている大規模な術式陣と中心の長方形を見ながら提案する。あれこそ男がこんな場所にいる理由。無視できないはず。もしかすれば、あの近くでは壊れるのを恐れて男の厄介な術式を制限させられる可能性もある。
凶暴化した魔獣は、、操れるようには見えないが、念の為に檻と距離をとったほうがいいか。
「よし、みんな死ぬなよ!」
「「「おうっ!!」」」
短い話し合いのあと、とうとう第二ラウンドが始まる。突撃はせずジリジリと距離を詰め間合いをはかり、罠がないか絶えず周囲を警戒する。
「へぇ?」
ある程度近付くと男もこちらの狙いが分かったのかピクリと反応する。やはり手を出されたら困るようで、男も術式陣の方ににじり寄ってきた。本をしまって剣を抜く。
「、、おらァア!」
陣との距離が十mまで近付いた時、男が動き出す気配を感じこれ以上は無理と判断してこちらも仕掛ける。
ススが転がってる石の一つを拾って陣に向けて投げると男は斜線に割り込み剣を構えた。
「っ!」
けど、なんと男は石を無視してぼくに襲いかかってきた。意表を突かれたが、予想通りにならないのは予想通り。次こそ対処してみせる!
警戒すべきはあの剣。ガントレットへの固定化と身体強化を最大まで高めたうえで、受け流すことに集中する。
目前まで迫ると男は左手を振り握ってあった砂利を飛ばしてきた。目に入るのを防ぐ為一瞬目をつぶった隙に放たれる突き。
身体強化をしたみたいだけど、それもせいぜい素のぼくら程度で速さも力も今のぼくが上。なのに視線が、剣先の揺らぎが、手足の細かなズレがどこを刺す気なのか悟らせず後手に回る。これを弱いと思っていたのか。これが獣の肉体に比肩し得る"強さ"か。
狼狽えるな。奴にはない鼻が、鋭敏な感覚がある。技術は男が上でも、受け流すことに専念して刃の入る角度を少しずらすくらいならっ。
「っできた!カルフ!」
「おう!」
半ば祈りながら強化した右腕を剣の腹に当てれば、男に咄嗟に対応されガントレットに傷は刻まれるも中までは切られなかった。喜びもそこそこにカルフに合図を出し追撃にかかる。
男がカルフに意識を向けた一瞬にチラっとススの石の行方を見てみると、淡く発光した長方形の物体が音もなく石を受け止めていた。
くっ、対策されてるか!?
「なんのっ」
カルフと二人でかかっても、男のペースを崩せない。ぼくたちの間に入るように立ち回ることで同士討ちを誘発してくる。挟み撃ちで有利な筈なのに、空を切る拳がカルフの邪魔をして思うように攻めきれない。
「おっと危ない」
「ちっ、ぐぅっ!?」
「そこのライオン君もコソコソなにしてるのかな?」
「くっ!」
男が突然向きを変え、カルフを強引に押し退けて術式陣を背にする形になる。男に都合が良い筈の挟み撃ちの状態を自分で脱したかと思うと剣を大きく横払いしてぼくたちを遠ざけ、タイミングを静かに見計らっていたススに懐から取り出した端に重りのついた糸を投げて腕を封じ、広間の中心に蹴り戻す。
そのままリオンめがけて走る背中を追いかけるが、地面に術式紙を撒かれて足を止められスリングを取り出していたリオンの妨害を許してしまう。
「しまっ、あ?」
至近距離で撒かれた術式紙をカルフが勢い余って踏んでしまったがなにも起こらない。信号弾を打つ時間を稼ぐために罠が発動しても強引に走り抜けようと覚悟を決めたぼくたちだが、「なにもない」に逆に意識を持っていかれた。
「ブラフってやつさ。バカなんだから頭もっと回転させろ~。脳ミソまで獣並みかい?」
「なんだと!?」
「カルフ、分かってるな」
「、フーッ、ああ。安い挑発にやられはしないっ」
「まだだっ!」
一人で戦おうとせず冷静に距離を取る選択をしたリオンが、男を振り切りこっちに下がってくる。その間に男が煽ってきたが今度は落ち着いていられた。
「必ず突破口はある。今の一連の動き、石はスルーしたが僕らが近付くのは嫌そうだったし術式も使わなかった。このまま術式陣に張り付いて隙を伺うんだ!」
「へぇ、自ら貴重なアドバンテージである機動力を捨ててくれるなんて優しいねぇ」
リオンの言葉を聞いた男が口出ししてくる。
、、こいつは本当に、腹が立つほど人を惑わすのがうまい。
「それはお互い様だろ?なぜさっきから岩石変成術式ばかり使う。あれだけの上位術式を扱えるはずのあんたならもっと多様な術を使えるはずだ」
だがリオンは冷や汗をかきながらも不敵に笑い、男の惑わしを正面からはね除けた。その言葉で座学で教わった内容を思い出す。
___獣人はその身に秘める強大な翠気を用いて肉体を強化し戦う。対して人間の内に秘める翠気は少なく身体能力も劣る。その差を埋めるため創られたのが翠気術であり周囲の翠気を扱うすべだ。
翠気術は世界に与える影響力や難易度、必要設備などでその位階が決まる。例として、水溜まりの水を氷に変えるよりゼロから氷を作り出す方が位階は上だ。術式紙で発動できる術と巨大な術式陣で発動させる術では当然規模も複雑さも段違いとなる。
これらを考えると、男が使った岩石変成術式は既存の物体を変形させるだけで周囲への影響力が小さくシンプル。翠気は比較的少量で済む割に攻撃力があり効率的だと言える。上位の術を使わない理由、考えられるのはあの器具に気を遣ってるからくらいだが果たして。
「なぜだろうね?、、さて、もう仕込みは済んだ。遊びは終わりだ、人間様の強さを見せてあげるよ」
リオンが吠え返しても効いた様子はなく、男は冷静にまだ全力じゃなかったと返した。そう言うや否や、手のひらサイズの何かを放り投げる。
「「「「っっっ!!!?」」」」
弧を描いたそれはぼくらと男の中間で破裂。爆発自体は大したことないが、まるでさっきの落石のような轟音が辺りに響き渡った。体の奥にズゥンと響き、反響して四方から迫る音の壁にたまらず鼓膜を庇う。
「なん、、のォ!!」
先手を取られ迫ってくる男。痛む頭を回転させ構えをとる。剣は一度捌けた、もう食らわない!
「"気体操作術式"」
「なっ、、ぐぁぁァア!!」
だが男は近接を拒否した。袖に仕込んでいた術式紙を使い、掴めそうなほどの強風を生み出しぼくたちをまとめて吹き飛ばす。岩や地面にばかり注意力を割いていたぼくたちになすすべはなく、飛ばされた先は奇しくもぼくたちが狙った長方形の物体のそば。しかし長方形にぶつかることはなく、その手前で塞き止められた。
「ぐ、糸かっアァア!!?」
そこにあったのは幾重にも張り巡らされた細い糸。強化されているようで髪のような細さのくせにぼくらを受け止めてもびくともしない。そんなものに勢いよく突っ込んだことで背中に食い込み激痛が走る。風が消えたことで重力に従い体が下に降り、自重でさらに食い込んでいき悲鳴が漏れた。ぼくたちの血で糸が染まる。
「くそぉ!!」
カルフがいち早く戦線に復帰し男の追撃に抗う。だが一人では、この男には抗いきれない。加勢に行かなくてはっ!
肩を動かすたびに顔が歪むがもうそんなことに意識を向けていられない。ススとリオンも顔を歪めながら動き出す。はやく信号弾を打ち出したいが、ここは天井の穴のほぼ直下。地上なら素手でもいいが今の状況だとスリングで飛距離を伸ばし確実に届かせたい。が、スリングで真上に飛ばすのは難易度が高い。
「リオンできるか!?」
「ぐっ、リスクが高すぎる!場所を変えないと!」
焦燥のこもった返事を聞くと同時にぼくらは駆け出す。急げっ、時間はヤツの味方だ!
「いッ!?、くっうぁあああ!!」
カルフに対応する男の背中に飛び掛かるが、振り返りもせず脇の間から針を投げられ横腹に刺さる。進めっここで足を止めたら終わりだっ!
そう自分に言い聞かせながら走り男に殴り掛かるも簡単に躱された。
「くらえやァ!!」
ススが自分をアピールしながらかかり、それに合わせてぼくとカルフ、リオンもなけなしの力を振り絞る、が。
「"気体操作術式"」
今度は鋭い刃のようなつむじ風。見えない刃がぼくらを襲い、からだの節々に亀裂をいれてゆく。距離をとった男を追いかけたがそこはもうヤツの領域。ノコノコとついていったのは失笑ものの愚策だと知ることになる。
「がぁあああ!!」
再びの罠。それはさっき不発だった術式紙。ブラフの意味を履き違えた代償は全身の裂傷。風じゃなく、砂や砂利といった大地の爪がぼくらを引き裂き血を飲んでいく。
「"岩石変成術式"」
休む暇もなく放たれる幾本もの岩の槍。しかしてそれは途中で角度を変え足元に伸びてきた。動きを制限するためかと察しもう無我夢中で飛んで避ける。
「っあァアアア!?」
「二度も同じ手が通用するとは思ってない」
足元に突き刺さった岩の槍は刺さった瞬間砕け散り、その破片は的確にぼくらの元へ。傷口に当たる岩がとにかく痛い。
「しまっ!」
避ける過程で分断され四人別々になるが、その事に気付く前に激痛が走り思考が乱れる。
もう罠を食らうまいと、男が一度踏んだ場所に飛び退いたがそれも見越していたらしい。
突然胸の辺りで空気の流れを感じたと思ったら急に周囲の翠気が渦を撒き、同期して一点に集まった空気が破裂。三mは吹き飛ばされ、音が消えてめまいがする。あまりの猛攻に吹き飛ばされ続け、今の状況や方向すら分からなくなってきた。
「じゃあね」
他の三人を相手取りながら男が片手間に術式紙を発動させる。頭を振って正気に戻り、見たのは心臓に伸びてくる丸太並みの柄に鋭い刃のついた巨大な槍。
完全に男のペースに呑まれた末の"詰み"の状態。明確な実体を得て目前に迫る死に走馬灯すら浮かぶ。
だけど、ぼくはもう諦めない。素直に死んでやるものか、なんとしても生き残り男に一撃をくれてやるっ!
その一心で立ち上がり、左足を前へ。腰だめに引いた拳に思いを乗せて槍に決死のストレートを放った。防具にかけた固定化も防御に使っていた翠気も解き全てを身体強化と右拳に回す。脇目も振らずまっすぐ進むだけの乾坤一擲の大勝負。
「おおァアアアアア!!」
「なっこいつっ」
殴った拳は粉砕したんじゃないかと感じる程の激痛を発する。だが力を緩めたりはしない。奥歯を噛みしめ力の限り振り抜くと、とうとう槍は崩れ去りぼくの意志が殺意に打ち勝った。
初めて男の語気が乱れる。
「"燃焼術式"」
槍が壊れて現れたのは男への一本道。そこを駆け抜け次こそ本体に攻撃しようとするが、男は炎のカーテンを作り出し自身の周りを覆い隠した。三人が男の側から飛び退く。
月明かりの下、急な光に目が眩みじりじりとした熱気が肌を刺すが、目眩まし程度じゃぼくはもう止まらない。迷わず突っ込んだ先で男と目が合った。
ここまでやっても男は隙を晒さない。即座に突き出された剣を左手でガードするが、まだ固定化も満足にかけられていないガントレットでは受け止め切れなかった。刺し貫かれる左手と崩れる体勢。それでもぼくには、獣人にはまだ強力な武器がある!
左手を引き剣を持った男の体勢も揺さぶる。そしてバランスをとるため出された男の左手に食らいつき牙を突き立てた。
返ってきたのは硬い感触。外套の下に防具を着けていたみたいだがそんなのは関係ないっ、防具ごと噛み砕いてやる!
「邪魔だっ」
鉄板に力一杯牙を食い込ませ腕を引きちぎろうと首を振る。男は動きに逆らわず力を逃がしながら剣を引き抜き、再びぼくに突き立てようと振り上げた。
「させるかぁ!」
「よくやったアレク!」
しかし刺される直前、カルフとススが炎を掻き分け加勢に来てくれた。剣を弾き男に組み付く。この超至近距離ならぼくたちでも優位に立てる!それぞれが爪や牙を突き立てて力を込め、自らの獣性を発露させる。
こうなれば防具を纏っていたとしても人間の体なんてすぐ壊せるはず。しかし骨の一本すら折れる気配はなくおかしいと感じた瞬間、突然男の翠気が膨張し不可視の圧力となってぼくらを襲った。それは今までとは段違いの翠気の量で、全身から放たれる滝のような圧力に数瞬と持たず弾き飛ばされる。
ゴロゴロと転がり見上げた先には何事もなかったかのように立つ男。
「ちっ、念の為仕込んでおいた防御術式を使わされるとは。精密機器の近くだろう、計算狂ったらどうしてくれる、、ん?」
「やったぞ、みんな無事か!?」
これ以上ないタイミングでの決死の攻撃だったのに、男のピンピンしていて目立った怪我もない様子には実力差に流石に心折れそうになる。だが、稼げた時間は短かったが、この隙にリオンはやり遂げてくれた。
役割を果たしたリオンが戻ってきてスリングを鞭のようにしならせ男に叩きつける。躱されたが男はぼくたちから離れ空を見上げた。
夜空で強烈に光り、月や星々への注目すら我が物だと主張するかのような赤く輝く球体。天井の穴から降り注ぐのは赤い光のみとなり、遠くからでも見えているのが否応なく分かる。信号弾の希望の光だ。
「チッ、侮っていたのは俺の方だったかー。入念な準備と技術の結晶に肉体一つ意思一つで抗いやがって。これだから獣人は嫌いだ」
それを見た男は舌打ちをして剣をしまった。そして息も絶え絶えなぼくらには目もくれず術式陣の元へ駆けつけ何やら操作をし始め、そして翠気を流すと陣や長方形の物体に力が籠り光が灯った。さらに懐から拳大で淡い緑色の石を取り出し術式陣の中に置くと、石から大量の翠気が溢れ出し陣に吸収されていく。
「もう君たちに構ってる暇はなくなった。あとはコイツに相手してもらってよ」
「グルヴァァァア!!」
陣が力を増すのに比例して、檻の中の魔獣が暴れ気配が濃くなっていく。変化は見た目にも現れ始め、バキバキぐちゅぐちゅメキメキといった耳を塞ぎたくなるような音を立て体がつくり変わってゆく。手足は太く、体は大きく、そして翠気の質が変化し全身に禍々しい黒い泥を纏った。
「、、は?」
忘れるはずもないドロドロとした気配と姿。あの日の、魔物。まさか、まさかまさかまさか、、!
その光景にある予想が立ち、怪我の痛みや状況も頭から飛んで男に叫んだ。
「お前っ!三ヶ月前、東の村を魔物に襲わせたのはお前か!?」
「うん?、、ああ!あの村の子供だったのか!そうかなるほどな。、、意図した襲撃ではない、とだけ言っておこう。知りたきゃもっと大物になって世界を知るんだ。まずはこの劣化魔物、いや強さは精々強化魔獣ってとこか、こいつから生き残ってみるんだね」
「待て!っぐぅっ」
「もし生きてたなら、次は万全の状態で相手をしてやるよ。"魔纏武装"・起動
じゃあね」
「まっ、、くそぉ!」
男がその言葉を発すると周囲の多大な翠気が外套の下の防具達に吸収されて緻密な術式が浮かび上がった。血の流れのように胸部から腕、脚甲に翠気と術式が行き渡り、繋がった術式が変化していく。最後に男の体に染み込むように浸透すると、まるで人間じゃないような強烈な気配を男に感じた。
そのまま長方形の物体を肩に担ぐと、ドンッっという踏み込みの音を轟かせぼくたちよりさらに速い速度で出入口から走り去っていく。呆気ない程早い撤退の判断。そしてご丁寧に塞がれる出入口と、けたたましい音を鳴らして破られる檻。
「ぅぐっハァ、やってくれたな。現実は、ハァ、もう十分わかってんだよっ!」
「ハァ、ハァ、男が撤退しても、お次は魔物か。ふざけんなっ死んでたまるかよ!」
「なに、、作戦は変わらない。ハァ、助けがくるまで生きるだけさ。次は僕が前に立つ」
血まみれで倒れ伏すぼくら。カルフが男の最後に文句を言い、ススは新たな敵を睨み付ける。リオンは気丈に振る舞い、敵の注意を引き付けるといった。
「グヴヴァァァア!!!」
解き放たれ雄叫びをあげる、さらに一回りは大きくなった魔物。奴は強化魔獣とか言っていたが、この力や気配は世界に害をもたらす存在そのものだ。
この忌々しい存在を倒すことこそ、ぼくが強くなる理由。その為にここに来て訓練をした。全身の怪我がどうした。もう魔物に屈するものか!誰も死なせはしない!
あの男への儘ならない思いは一旦仕舞え。父さんと母さんの背中を思い出せ!
「ガァっハァ、ハァ、ああいいさ、やってやるよ!リベンジだ!」
みんなボロボロで体を起こすと血が滴る。それでも戦意だけは失っていない。立ち上がりキッと睨み付け、ぼくらの戦いは最終局面へと移行した。




