第9話:フィンの実力と為人
月明かりが男たちの姿を浮かび上がらせた。にやけた笑みを浮かべて舐め回すような視線を向けてきた。その目が先日の男たちの目を思い出させる。身体が強張って逃げなきゃと思うのに足が動かない。すぐ近くにフィンがいるのに……
「へへっ、こんな時間に森に何をしに行くんだい?」
「美味そうなもん持ってるな。どうだ、俺たちと一緒に食わねぇか?」
「ああ、その後でたっぷり可愛がってやるぞ」
そう言いながら決して近づいてこない。後ずさりしたら向こうもそれだけ近付いてくる。治ったはずの膝が痛みを主張し始めた……
「け、結構です。人を待たせているので」
フィンに聞こえるようにと大きめの声を出したつもりだったけれど、思った半分も声が出なかった。失敗だったわ、用事に時間をかけ過ぎてしまった。卑猥な表情が気持ち悪い。悪寒が背を駆け上がっていく……
「何だぁ、男か?」
「冷てぇ奴だなぁ。姉ちゃんをこき使うなんざ」
「まったくだ。そんな薄情な男なんぞ放っておけよ」
そう言いながらじわじわと距離を詰めてくる。不快感に耐え切れなくなって一気に駆けた。
「おいおい、鬼ごっこかよ?」
「仲良くしようぜ」
笑いながら男が追ってくる。必死に料理を落とさないようにと無我夢中で駆けた。料理が、フィンにまともな食事を食べさせたいとの思いが今の私の心を奮い立たせていた。
「フィン! どこ?」
声を張り上げたけれど返事はなかった。どこにいるの? この辺りで待っていると言っていたのに! 足場が悪くて今にも転びそう……
「っ!」
次の瞬間、つま先に衝撃が起きた。転ぶ!? 次にくる衝撃を感じて目を閉じたけれど……予想した痛みは来なかった。その変わり何かに抱きとめられたのを感じて、また体が強張った。
「大丈夫か?」
「フィン!?」
見上げると異相がそこにあって、そのことに安堵した。冷え切っていた指先に再び血が通い始める。近くにいてくれたのね、よかった。いえ、よくないわ。フィンのこの姿を見られたら……
「なんだぁ、てめぇは?」
追いついてきた男が声をかけたけれど……
「おい、マズいぞ。あの服、騎士団だ」
「何だって?」
「なんでこんなところに……」
暗闇が味方をしてくれたのか逆光でフィンの異相は見えなかったらしい。だけど、騎士服は知っていたようでさっきの勢いはどこへやら、今は青い月明かりの下で狼狽えていた。そこに複数の足音がこちらに向かってくるのが聞こえた。街から人が? 騒ぎを聞きつけて自警団が来たの? 助かったけれど……フィンが危ないわ。どうしたら……
「何事だ!?」
「そこで何をしている!?」
声を荒げて向かってきたのは自警団だった。
「おいっ、逃げるぞ!」
「あ、ああ……」
男たちが逃げ出そうとしたけれど、それは叶わなかった。フィンが剣を抜くと男たちの行く手を遮った。急に突き出されたそれを避けようと先頭の男が速度を落としたけれど、後ろの男の勢いはそのままで、ぶつかり合って、その場に転がった。フィンが剣を鞘に収める。あっという間のことに呆気に取られながら見ていた。
「フィン……」
「大丈夫だ」
フィンを見上げると、顔の下半分を布が隠していた。フード付きのマントを羽織っているせいで顔は見えない。
「おい、何をして……き、騎士様?」
フィンと転がる男たちを交互に見ていた先頭の男性が声を上げた。やってきたのは三人で、身なりからして自警団のように見えた。
「この男らを捕らえておけ。こちらの女性を襲おうとした」
「な……! あ、こいつら!」
「騎士様、ありがとうございます。こいつら、最近街の周辺で悪さをしている奴らです」
フィンに話しかけた男性以外の二人が三人の顔を見て声を上げた。前科持ちのようね、だったら容赦しなくていいわよね。三人はあっという間に後ろ手に縛られた。
「ところで騎士様は……」
「特命を受けて任務遂行中だ。顔を出せないし詳細も話せない」
「さ、左様でございますか」
自警団が戸惑いながらもそれで納得していた。いいの、それで? それに特命って……フィンを見上げたけれど何もわからなかった。
「あの、この女性は……」
「この女性は協力者だ。すまないが他言無用に願う。彼女に危険が及ぶ可能性があるのでな」
「承知しました。決して他言はいたしません」
「そうしてくれると助かる。この街を危険に巻き込みたくないのでな」
そういうと自警団の男たちは顔を強張らせたけど、どういうこと?
「ところですまないが、馬を一頭、用意してくれないか?」
「馬を、ですか?」
フィン、急に何を……
「情けないことに乗っていた馬が逃げてしまったんだ。相応の報酬は渡す。出来れば二人乗っても耐えられるような奴がいい。馬具も頼む」
堂々と要求する姿に不安が募る。大丈夫なの、そんなことを言って。もし嘘だと知られたら……
「そういうことでしたら! 朝まででよろしいですか? 何なら今すぐにでも」
「可能なら頼む」
「では、この男たちを牢に放り込んで来たら連れてきます」
そう言うと男たちは破落戸を連れて行ってしまった。思いがけない展開に呆然とその背中を追った。
「無事でよかった」
「あ、ありがとうございます。助けてくださって」
「敬語」
「あ……」
こんな時にそれを仰るの? つい元の口調に戻っていたけれど……緊急事態なのだから大目に見てほしいわ。
「でも、よろし、よかったの? あんなことを言って」
「まぁ、よくはないが。馬を受け取ったらすぐにここを離れる。だったら問題ないだろ」
「ええっ? すぐに離れるって……」
夜に移動して大丈夫なの? さすがに危険なんじゃ……
「任務で夜に動いたことはあるから大丈夫だ。それよりも……」
「それよりも?」
「飯、食わねぇか?」
「あ……」
すっかり忘れていたわ。だけど、あの時……
「ごめんなさい、さっき転んだ時に……」
身体はフィンが受け止めてくれたけれど、食べ物は……
「平気だ、ここにある」
掲げた手には、さっき私が抱えていた食べ物の包みがあった。あ、あの状況でそれも受け止めていたの? それに、あの破落戸を止めるために抜刀したわよね? ええっ? それを片手で? 信じられない……
「あいつから戻ってくるまでに食べてしまおう」
「え、ええ……」
そ、そうね。馬が来たらすぐに移動するって言っていたわ。急に話が変わって頭が追いつかないけれど……食事が先ね。近くにまだ倒れて間もない木があったのでそこに腰かけて包みを広げた。
「あぁ、美味そうだな」
声が喜色を帯びて弾んでいるわ。よほどお腹が空いたのね。いえ、呪いの痛みに耐えながらの移動だったのだから当然かもしれない。
「お、串焼きか。美味そう」
「分量がわからなかったから四人分貰って来たんです。お好きなだけどうぞ」
「ははっ、気前がいいな。そういうことなら遠慮なく」
そう言って豪快に串肉を頬張った。今は顔を隠している布を外しているから喜んでいるのがわかるわ。暗いせいか昼間ほど怖く感じないし。串を持つ手が変なのは爪のせいかしら。不便よね、せめてあの呪いだけでも先に解きたいわね。
「ほら、あんたも食えよ」
「え、ええ」
串焼きを渡されたけれど、このまま食べるのよね。まだ鼓動が収まらなくて食欲がないのだけど……でも、食べないわけにもいかないわね。さすがに大口を空けて食べるのは憚られて先端の肉を齧った。
「美味しい……」
「ああ、タレが絶妙だな。またここに来た時にはその場で食いたいな」
嬉しそうに今度は別の串焼きに手を伸ばした。随分と口調が砕けているわ。なんだか最初の頃とは別人みたい……
「何だ? 食わないのか? こっちも美味いぞ」
「え? いえ、食べます……」
なんだかすっかりペースに乗せられているわ。だけど、喜んでくれたのならいいわ。見た目は怖いけれど、はしゃいでいる様は子どもみたいだわ。だけど、お昼前に小鍋で作ったスープを食べてからは何も口にしていなかったからお腹が空いたわよね。あのスープも、急に食べたらお腹を壊すかもしれないと控え目にしていたし。だけど、そんな心配は無用だったようね。
「それで、どうして馬を? ここを離れるって、どういうことなの?」
さっきは自警団員の手前何も聞かなかったけれど、急に予定を変更するなんて……
「この格好を見られてしまったからな。もしかしたら俺を陥れた奴が追ってくるかもしれん」
「あ……」
そうだったわ。彼は上司に騙されて逃亡犯にされてしまった。私が聞いたのは追放処分だったけれど、呪いをかけてまで彼を陥れようとしていたのよね。もし彼が王都に戻ってきたと知ったら……
「こんなことになっているとは思わなかったから気にもしていなかったが……この制服姿は目立つ。俺を確実に消そうとしているなら危ない。すぐにここを離れよう」
「わ、わかったわ」
そういうことなら早く移動した方がいいわよね。相手は騎士団の上司だから各町に触れを出しているかもしれない。悪意の深さに胃の辺りが重くなる。言葉に出来ない不安が大きく育っていくのは、この暗闇のせいだけじゃないわよね……




