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行き倒れを拾ったら騎士でした。しかも呪いつきです  作者: 灰銀猫


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第6話:それ、解呪してあげましょうか?

 何度か行き倒れている呪いの塊を突いてみたけれど、反応がなかった。これは本当に死んでいるのかもしれない。


「生きていますか? 生きているなら生きていると言ってください」


 駄目だわ、反応がない。全身真っ黒でうつ伏せに倒れているから顔が見えないわ。とりあえずひっくり返してみる? これだけの呪いだと直接触ったら危険かしら? 術式を読み取ろうとじっと見つめたけれど、お手上げだわ……複雑な術式がいくつも絡み合ってまったく全容が見えないし見当もつかない。こんな酷い呪いは初めて見たわ。この人、何をやったのかしら……


 このまま眺めていてもどうにもならないので、軽く結界を張ってからひっくり返した。思った以上に重いわね。触った途端に呪いが一気にこちらに向かってきた。危なかったわ、先生に教えてもらった呪い除けをしなかったら私まで呪われていたかもしれない。


「うわぁ……」


 思わず間の抜けた声が出たのは、あまりにも酷い呪いだったから。服もマントも手袋も真っ黒だわ。体格もいいし背も高そうだから騎士、なのかしら? 肌は顔しか出ていないけれど……浅黒い肌に黒や濃い紫や緑の文様が浮き上がっていて人間に見えなかった。これは呪いが相当侵食しているってことね。ここまで酷く文様が広がっているのは初めて見たわ。正直に言うと気持ち悪いけれど……生きているのなら放っておくことも出来ないし……


「……ぅ……」


 どうしたものかと思案していると、微かに身じろぎして呻き声が上がった。生きているの? この状態で? それはそれで凄いわ。よく耐えているわね。かなり魔力耐性が強いんだわ。


「しっかりしてください! もし!」


 肩を掴んで揺さぶるけれど目覚める気配はない。呪いのせいで目を覚まさないのかしら? だけど、これだけ複雑な術式、下手に手を出せないのだけど。それに、今は魔力も戻ってきていない。いえ、諦めるわけにはいかないわ。目の前で死なれては目覚めが悪すぎるもの。こうなったら腹を括るしかない。


 深く深呼吸を繰り返してから目を閉じて、目に魔力を集める。あまり使いたくはないのだけど、今はこれしか方法がない。


 魔力が十分に目に集まったのを感じてからゆっくりと目を開くと、これまでにないほどに鮮やかに術式が見えた。これは私の特性の一つで妖精眼と呼ばれるもの。


 一般的に魔力を『視る』ことが出来るのは魔力持ちの中でも希少だけど、大抵は魔力の色や威力の大きさが見えるだけ。だけど妖精眼はその名の通り妖精が見えるし、魔力の術式も見えてしまう。使うには魔力が必要だから、私の魔力量では長い時間使えないのだけど……


 目を覚まさないのは予想通り呪いで弱っているせいね。これだけの呪いに抵抗しているなんて、相当な魔力量と耐性が必要だけど、この人の場合呪いに抗う精神力が並じゃないのでしょうね。普通ならとっくに死んでいるもの。せめて少しだけでも呪いが解ければ、目を覚ますかもしれない。


 いくつかの術式の中で、始点と終点がはっきりしているものが見えた。他の呪いに絡んでいる可能性もなさそうね。この眼は罠だとしてもその繋がりを見ることが出来るから、間違いはないはず。だったら……


 少しずつ静かに終点から魔力を流して解いていく。一気に魔力を流すと他の呪いに影響が出るかもしれないから慎重に行くしかない。もっと時間をかけて解析出来れば変わってくるのでしょうけれど、今はこれが精一杯だわ。一つ消したけれど、目覚める気配はない。これじゃ足りないの? 仕方がないわ、目覚めるまでやるしかない。私の魔力が足りればいいのだけど……じゃ、次は……


 二つ目、三つ目と解呪していくと段々楽しくなってきた。呪いを解いていくのは気持ちがいい。解けた瞬間、一瞬だけ魔力がぱっと光を放つ瞬間も好き。ずっとやっていたいけれど、魔力が枯渇寸前で、頭が痛くなってきた……


「はぁ……もう、無理、かも……」


 二十幾つ目かの呪いを解いたところで限界が来た。目に魔力を込めるのはかなり疲れるし、今の魔力量では余計に負荷がかかる。解呪するにも魔力が必要だもの。だけど、まだ目を覚まさないの?


「もし! 起きてください! もし!」


 さっきよりも強めに揺すってみた。解呪したせいか触れてもさっきよりも嫌な感じは減ったかしら。


「……う……」


 暫く揺すっていたら反応があった。目を覚ましてくれないかしら? そうしたら村に戻って人を呼んで……来るわけにはいかないわね……この顔を見たら化け物だと言って殺されてしまうかもしれない。


「……ぅ……だ……」


 ゆっくりと目が開いて、その目に息を呑んだ。元々の色は知らないけれど、瞳孔は赤黒く、白目の部分が……真っ赤だった。


「……め、が……」


 小さな呟きに慌てて目に集めていた魔力を散らした。み、見られた? 妖精眼は魔力を込めると瞳が金色になってしまう。見られたのなら、口止めしないと……


「……だ、れ……」


 どうやらまだ意識がはっきりしていないようね。だったら、大丈夫、かしら?


「もし、大丈夫ですか? 私がわかりますか?」

「あ、ああ……ここ、は?」


 ぼんやりと彷徨っていた視線がようやくこちらを向いた。


「森の中です。クルツの村の近くの」

「あ、ああ……そう、か……」


 どうやらわかっているようね。会話も成り立っているし。口が回らないのは口が乾いているせい?


「水、呑みますか?」

「いい、のか?」

「少しは楽になるでしょう」


 私の水筒を貸すのは抵抗があるけれど、仕方がないわ。これは人助けだもの。近くの小川で水を汲みに行った。戻ると身体を起こそうとしていたので背に手を添えて手伝った。呪いが鬱陶しいけれどさっきよりはマシね。口元に水筒を近付けると自分の手を添えて一気に飲み切った。そんなに慌ててはむせて……はいなさそうね。余計な心配だったわ。


「すまない。人心地ついた」

「それはようございました。気分は?」

「よくはないが……前よりましだ」


 それはここで倒れる前と比べて、ってことかしら?


「すまなかった。気持ち悪いだろう? 俺はもう大丈夫だから行ってくれ」


 そう言われたけれど……どう見ても大丈夫には見えないのだけど。


「時間が経てばまた呪いに呑まれてしまいます。せめてもう少し呪いを減らさないと……」

「何だと?」


 急に大きな声を出された。その強い圧に思わず身が竦んだ。


「……え?」

「呪いを解いたのか?」


 急に両肩を掴まれて問い詰められたけれど、か、肩が痛いわ……馬鹿力ね。


「ちょっと! 痛いです!」

「あ、ああ……す、すまない……」


 慌てて手を離してはくれたけれど……痛かったわ。まだ指が食い込んだ感触が残る。


「申し訳なかった。まさか呪いを解ける人物に出会えるとは思わず……」


 どう見ても平民の格好だけど、それでも対等に話をしてくれるところは好感が持てるわ。貴族、なのでしょうね。所作が平民のそれじゃないもの。それに、あれだけの力があるなら衰えてはいなさそうね。見たところ騎士のようだけど王宮騎士団の制服じゃないから、どこかの地方領主所属の騎士? だったら……


「それ、解呪してあげましょうか?」

「は? 何を……」

「その代わり、私の用心棒をしてほしいのです。ザクサーまで」


 赤黒い目が目いっぱい広げられた。かなり、怖いわ……




 それから場所を移そうとしたけれど、この姿の彼を連れて町に行くのも難しかった。今までどうしていたのかと聞くと、ずっと野営をしていたという。そのための道具一式は持っているというので、野営出来そうな場所に移動した。テントを張って火を焚き、鍋を掛けて湯を沸かす。これらの道具は彼の持ち物で、王都に向かう際に持たされたのだとか。湯が沸くまでに近くの小川で手と膝の傷口を洗った。思った以上にしっかり擦りむいて抉られたようになっている。見たくないわ……こういうの、ダメなのよ……


「怪我を、しているのか?」

「え? あ、さ、さっき、人買いから逃げる時に……」


 確証はないけれど、多分そうだと思う。


「かなり深いじゃないか。ちょっといいか?」

「え?」


 何? と思った時には既に彼の手が膝に掲げられて、そこから魔力が伝わってくるのを感じた。見る見る怪我が癒えていく。治癒魔術が、使えるの? 


「これでいいだろう」


 言葉通り、膝の傷はすっかり癒えていて、何なら怪我をする前よりも綺麗になっていた。


「治癒魔術が、使えたんですね」


 魔力量が多いのは呪いから感じていたけれど、治癒魔術までなんて……


「ああ、仕事柄どうしても怪我をするからな。痛いのが苦手なんで必死に覚えた」


 それにしても凄いわ。治癒魔術は適性がないとどんなに頑張っても出来ないもの。


「ああ、湯が沸いたみたいだな」

「じゃ、これを」


 袋から女将さんに持たせてもらった干し肉や豆、芋などを鍋に放り込んだ。


「すまない。食料まで分けてもらうとは」

「いえいえ、たくさんあるのでお気になさらず」


 女将さんのお陰ね。そのまま食べるのには向かないけれど煮込めば食べられる。


「ああ、自己紹介がまだだったな。俺はエドゥアルト=ギレスベルガー。王宮騎士団の第二部隊の副団長だ。いや、副団長だった」


 出てきた家名に一瞬耳を疑ったわ。


「ギレスベルガーって……侯爵家の、ですか?」

「ご存じか?」


 ご存じかって……あんなにも騒ぎになったのだから私だって知っているわ。


「ご存じかも何も……敵前逃亡の罪で追放処分になったと聞いておりますが?」

「はぁあ!? な、なんだって!!」


 怒号が森に響き、鳥が一斉に飛び立った。




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