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行き倒れを拾ったら騎士でした。しかも呪いつきです  作者: 灰銀猫


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実家とけじめをつけてきました

 陛下との謁見が終わって、ようやく重い荷物を一つ下ろせた気がした。王宮内にあるザクサー辺境伯家の控室に向かった。とにかく一番の難題は終わったわ、そのことだけでも肩が軽くなった気がした。でも……


「まさか巡検使とはなぁ……」


 ソファに座ったフィンがため息をついた。大層な地位をいただいてしまったわ。普段は好きにしていい、何か起きたら協力をとのことだったけれど、今になって本当によかったのかと不安になってきた。


「まぁ、滅多なことはないじゃろうて。普段はわしの研究の手伝いをさせると申しあげて来たからのう」

「それで、済むのですか?」


 フィンが怪訝そうに尋ねたけれど同感だわ。それに、私はともかくフィンは手伝えることが少ないのだけど。


「まぁ、何か言ってきたらわしに頼まれて遺跡に言っているとでも言えばよかろうて」

「叔父上、程々に願いますよ」

「わかっておる。じゃが、古代文字の研究は陛下の希望でもあるんじゃ。無茶は言わんじゃろうて」


 フランツ様の指摘が入ったけれど先生は飄々としていた。だけど、先生がそう仰るのなら大丈夫かしら? それに古代文字が解明出来れば魔術も飛躍的に進歩すると言われているわ。あの時代、今はない魔術が使われていたと言われているし。


「陛下の方は心配いらんて。二人を他国に出さないための方便じゃ。それに、巡検使となれば高位貴族でも手が出せん。二人にはうってつけじゃ」


 そう思うことにしたわ。先を案じてもどうしようもないもの。それにまだ問題が残っているわ。


「さて、そろそろ時間じゃろう?」

「はい」

「ああ、これを忘れずにな」


 使用人がトレイに乗せて持ってきたのは、私とフィンの身分証だった。王家の紋章が入ったそれは巡検使の資格証でもある。


「ルカ、行こうか」

「ええ。先生、行ってきます」

「うむ、気をつけてな」

「念のため騎士を連れて行くといい」


 お二人に見送られて向かったのは王宮にある一室、実家が王宮に賜っている部屋だった。今日、私たちが王宮に出向くのに合わせて父に面会を求めてあった。とはいっても、歓談しに来たわけじゃない。


「よく来たな、アレッサ」


 部屋に通されると父が待っていた。相変わらず派手で品がない貴族服ね。フランツ様を見慣れたせいかその差が余計に大きく感じる。フィンの姿を目にして眉をしかめた。フランツ様が付けてくれた二人と同じザクサーの騎士服だから護衛だと思ったのかもしれない。


「何だ、その男は?」


 あからさまに蔑む目がフィンに向けられた。昔はその目が怖くてたまらなかったけれど、不思議ね、もう心がざわつかないわ。


「彼はギレスベルガー家の三男エドゥアルド様ですわ」

「な、なんだと! そ、それは失礼しました。アレッサの父フェルザー伯爵です」

「ああ、今は実家を勘当された身、そのような礼は不要です」

「……は?」


 父が目を見開いた。フィンの、私たちのことは世間にも広く知られている。私たちが冤罪に遭ったことも、そのせいで実家から勘当されたことも。そして、世間では私たちがその地位を取り戻すだろうことも。でも……


「お父様、いえ、フェルザー伯爵、私は家には戻りません。今日はそのことを伝えに来ました」


 不思議と凪いだ心でそう告げられた。あんなにも恐れていた父だったけれど、今は恐ろしいと思わない。ただ、見栄っ張りで欲深で自分勝手なだけの人。あの術者に比べたら何の力もない威張りたがりの人にしか見えなかった。


「な、何を言っているんだ? お前は陛下にも認められた身、勘当も解いてやる。さっさと帰ってこい」


 唾を飛ばす勢いでそう告げられたけれど、冷めた思いが深まっただけだった。


「お断りです。私の言葉一つ聞き入れず勘当したのはあなた様です。私は二度と戻りません。これからは彼と共に生きていきます」


 そう言ってフィンを見ると彼も私を見てくれた。目が合ってそれだけで幸せを感じる。

 

「そんなことが許されると思うのか!! 大体その男は勘当されたんだ。そんな男に嫁ぐなど許さん!!」


 未だに決定権が自分にあると信じて疑わないのね。だけど、もう遅いわ。静かに陛下からいただいた証を取り出して突き付けた。それを目にした父が胡散臭げにそれを眺め、目を丸くした。


「そ、それは……」

「私は家に戻らないと、陛下にそう奏上したところいただいたものです」


 それだけで父には伝わったはず。この証は当主であれば誰もが知っているものだから。


「二度と私に干渉なさいませぬよう。でなければ……その意味、お分かりですわね?」


 わからないなんて言わせないわ。もう二度と私の人生の邪魔はさせないもの。


「さようなら。これまで育ててくださったことには感謝します」


 そう言って立ち上がり、頭を下げた。これでお終い。もう会うことはないと思いたいわ。頭を上げると信じられないものを見るような目で私たちを見上げていたけれど、もう話すことはないわ。フィンを見上げると目が合ったので、共に部屋を出た。引き止めるかと、帰ってきてほしいと、これまでのことは悪かったと言ってくるかと思ったわ。それが嘘でも、私を引き留めるために。だけど……嘘であっても謝罪の言葉は最後まで聞くことは出来なかった。


 扉が閉まると信じられないほどの解放感が身体の奥底から湧き上がってくるのを感じた。ずっと恐れ、縛り付けていた相手だったのに、呆気なかった。呆気なさ過ぎて拍子抜けしたほど。


「これで、よかったのか?」


 気遣わしげにフィンが見下ろしてくる。繋がれたままの手が勇気をくれたわ。


「ええ、ありがとう。もう心残りはないわ」


 これは本心からのもので、自ずと笑みが浮かんだ。それを見たフィンがほっと表情を緩めたわ。心配してくれたのね。フィンも「業突く張り」との異名を持つ父との対峙を心配してくれていた。自分の口から決別を告げられてよかったわ。


「さて、じゃ、俺のところも付き合ってくれ」

「ええ」


 手を繋いだままギレスベルガー家の控室に向かった。我が家よりも格式が高い侯爵家の控室は上の階にあり、廊下ですら内装が一層豪華なものになっていた。こんな場所でこの格好は場違いのようで、すれ違う人の視線を集めていた。何か言おうとする素振りを見せる人もいたけれど、フィンの顔を見ると見とれる人か口を噤む人に分かれた。フィンは騎士として王宮に出入りしていたと言っていたから、顔が知られているのね。いえ、こんなにかっこいいのだから一度でも見たら忘れられないと思うけれど。


「エドゥアルド様!」


 ギレスベルガー家の控室に近づくと彼の家の護衛らしき者が名を呼び、フィンが軽く手を上げて答えた。その所作が自然で彼が侯爵家の令息なのだと伝えてくる。直ぐに騎士が扉を叩いてフィンの来訪を告げると、間を置くことなく中に案内された。


 部屋に入るとソファに掛けていた壮年の男性とフィンより少し年上と思しき男性が立ち上がった。


「エド!」

「エドゥアルド、無事だったか……」


 私の時とは対照的に二人はホッとした表情を浮かべた後、和やかな空気でフィンを迎え、家族の仲の良さが感じられた。互いに自己紹介した後、ソファに腰を掛けるとすぐにお茶が出された。そういえば父はお茶の一杯も出さなかったわね。


「エド、無事でよかった」

「ああ、彼女が呪いにかかった俺を救ってくれたんだ」

「ああ、フェルザー伯爵家のご令嬢か。ありがとう。息子を救ってくれて」


 侯爵が頭を下げ、お兄様がそれに続いた。恐れ多いわ、侯爵様に頭を下げさせるなんて。


「あの、頭をお上げください。私も随分助けられたのです」

「だが、息子の呪いは死に繋がるものだと聞いている。あなたがいなかったら死んでいただろうとも」


 そうかもしれないけれど、それでも先生やフィンの努力もあったわ。私一人の力では出来なかったもの。


「エド、戻らないと聞いた。本気か?」


 侯爵が真っ直ぐにフィンを見て尋ねた。既にフィンは実家には戻らないと手紙を送っていた。今日はそれを確かめるための面会だとも。


「ああ、彼女の傍にいたいんだ。それに、貴族社会はどうにも性に合わなかったから」

「だが、陛下は伯爵位をお前にと……」

「それは辞退した。貴族社会に残れば彼女に苦労を掛けることになる。これからは彼女とザクサーを拠点に暮らす」


 フィンもまた真っ直ぐに侯爵様を見てそう答えた。そこには僅かな揺らぎも感じられなかった。そのことに胸が熱くなると共に僅かな罪悪感が生まれた。フィンは実家に戻っても幸せになる道があるかもしれないと、どうしてもそんな思いが拭えない。そんなことを言ったら機嫌を損ねてしまうから言わないけれど。


「どうしてもか?」

「申し訳ありません」


 フィンが頭を下げたので私もそれに倣う。申し訳ないと思う、自慢のご子息なのだから。貴族社会で生きていこうと思えば出来たから。だけど……


「……一度言い出したら聞かないのは昔のままだな」


 侯爵がため息をついた。騎士になる時もそうだったなとも。


「わかった。好きにするといい。だがたまには顔を出すんだ」

「ありがとうございます」

「フェルザー嬢、不肖の息子だがどうかよろしく頼む」

「勿体ないことです。誠心誠意お支えします」


 フィンが深く頭を下げ、それに続いた。きっと戻ってほしいと思われているでしょうに、フィンの意思を尊重してくださるのね。父との違いを目の当たりにして複雑な気持ちになったけれど、反対されなかったことに安堵した。


「兄上、色々とありがとう」

「いや、あいつのこと、気付かなくてすまなかった」


 それは下のお兄様のことかしら? フィンを陥れようとして第二王子派と繋がっていたと判明して勘当されたと聞くわ。同じ親を持つ兄弟なのにと思う一方で、妹のことを思い出した。あの子はどう感じているのかしら? 殆ど顔を合わせることなく育ったからわからないわね。


「さ、行こうか」


 フィンが手を差し出したのでそれに手を重ねた。ギレスベルガー家の控室を辞して先生の元に戻る。その足取りは軽く、これからの未来がとても楽しみに思えた。



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