謁見で新しい身分をいただきました
それから更に十日後、私はフィンと先生、フランツ様と共に王宮へと向かっていた。この日のために先生は私とフィンの衣装を用意してくれたのだけど……
「こんな格好で陛下にお会いして、大丈夫なのでしょうか……」
「問題ない。正式な謁見ではないんじゃ。気にせんでいい」
「そうは仰いますが……」
先生の大丈夫が時として当てにならないことを私は知っている。特に儀礼に関しては。そんな私は今、魔術師が着るようなローブを羽織り、その下は踝まである丈の長いワンピース。ドレスなんか滅多に来たことがないからありがたいのだけど、スカートも広がっていないから歩きやすくていいのだけど、王宮で陛下にお会いするには余りにも簡素過ぎると思う。ちなみにフィンはザクサー騎士団の騎士服で、これは私たちがザクサー家の後見を得ているとの意味合いがある。
「フランツも何も言わないんじゃ。問題なかろう」
そう仰るとフランツ様も頷いたけれど、先生が言っても聞かないから何も仰らなかっただけじゃないかしら。
「ルカ、心配いらない。十分綺麗だ」
隣に座るフィンが甘ったるい笑顔を向けてくる。大分慣れてきたとはいえ、不意に見るとまだ心臓が跳ねて落ち着かない。こんなことを言う人だとは思わなかったわ……いえ、お世辞でも嬉しいけれど。
「お世辞じゃないからな」
「ふぇっ?」
こ、心を読まれた? 先生もいるのにやめてほしい……
「ふぉっふぉっふぉ、若いのう。仲良きことは善きことじゃな」
先生まで……何なの? フランツ様もいるし、これから王宮で陛下にお会いするというのに……
そんな私の懸念を他所に、馬車は王宮へと辿り着いた。緊張が高まって心臓が飛んで行ってしまいそう。だけど、ここで怯むわけにはいかないわ。これからのために自分の希望ははっきり申し上げないといけないのだから。
滅多に来ることのなかった王宮は久しぶり過ぎて、煌びやかでいながら荘厳な佇まいに早くも負けてしまいそうだった。こんなところに住んでいらっしゃる方々に勝てる気がしない……
「ルカ、俺がいるから」
そう言って手を差し出してくれたフィンの手を取って馬車を下りた。足が震えそうだわ。だけど一瞬だけど強く握られた手にフィンの想いを感じて少し落ち着いた。そうよね、私にはフィンがいてくれるわ。先生とフランツ様も。大きく息を吸ってから吐き、フィンのエスコートで王宮へと向かった。
案内されたのは華やかな応接室だった。内装も調度も何もかもが豪奢で、傷めてしまわないかと座るのも憚られる……そんな中でも先生やフランツ様は左右の二人掛けのソファに無造作に腰を下ろした。さすがはザクサー辺境伯家、慣れていらっしゃるのね。フィンに促されて私たちは陛下がお座りになるだろうソファの正面の三人はゆうに座れそうなソファに腰を下ろした。侍従がお茶を淹れてくれるけれど、とても飲む気になれない……
「ルカ、大丈夫だから」
そう言ってフィンが手を握ってくれたけれど、フィンも落ち着いているわ。このような場は初めてじゃないのね。いえ、侯爵家で副隊長を任せられるのなら相応の場面もあったとは思うけれど。
程なくして陛下の訪いが告げられ、慌てて立ち上がった。扉が開き、フィンたちが頭を下げるのを見て慌ててそれに倣う。うう、マナーなんて実践する場が殆どなかったから不安しかない。
「ああ、楽にしてよい。久しいな、クラウス。フランツも」
「お久しゅうございます。陛下に置かれましてはご健勝のご様子……」
「堅苦しい挨拶はよい。顔を上げよ」
そう言われてしまえば顔を上げないわけにもいかず、ゆっくりと顔を上げた。直視していいのかと思いながらも前を向けば、豪奢で質のいい衣装をお召しになった壮年の男性がゆったりとソファに座っていた。この方が、国王陛下……いつも遠くから拝見するばかりだった御方が目の前に……それだけで頭に血が上った。
「ルカ」
小声で手を引かれて我に返った。既に先生やフィンは座っていた。慌ててそれに倣う。うう、恥ずかしい……
「何とも愛いのう。そちがフェルザー伯爵の長女か?」
「は、はい。ですが、今は勘当された身でございます」
もう実家に戻る気はないからそこははっきり申し上げた。声が震えてしまったけれど、ちゃんと伝わったわよね?
「なるほど。ギレスベルガーの三男もか?」
「はい。私も勘当された身、今更実家に戻るつもりはございません」
フィンがはっきりと力強く宣言する。それは私たちの決めた未来でもあった。
「貴殿には伯爵位を、と思うておったのだがのう。その力量、手放すには惜しい。フェルザー嬢もじゃ、今回の解呪はそなたの尽力が大きかったとクラウスから聞いておる」
やっぱりフィンは評価されているのね。だけど私まで? 先生ったら何を仰っているの。
「身に余る光栄ではありますが、私は彼女と共に静かに暮らしたいのです」
「私もです。元より魔力量も少なく魔術師としての実績は薄かった身、これからは祖父の研究を引き継ぎたいと思います」
慌ててフィンに続いた。ここでしっかり自分の気持ちをお伝えしておかないと家に連れ戻されてしまうから。
「残念じゃな。では、何か望みはないか? 功労者に何の報いもなく放逐したとあっては余の沽券に関わるからの」
からからと陛下がお笑いになった。お気を悪くされたのではなかったのならよかったわ。
「でしたら、一つだけお願いが」
「何じゃ、申してみよ」
「はっ。それでは、私と彼女の身分の保証を」
フィンが真っ直ぐに陛下を見てそう告げた。そこには少しも臆する風はなかった。
「身分の保証とな?」
「はい。貴族籍から抜けた後も、同等の身の保証をいただきとうございます」
それはなかなかに難しいお願いだった。貴族籍がないのに身分を保証するなんて現実的じゃないから。だからこそ貴族籍を失うことはとても重いのだけど。
「随分欲張りな奴じゃな。貴族は嫌じゃが身の安全はほしいとは」
「過分な望みと理解しております」
フィンが陛下に頭を下げたので私もそれに倣った。
「ふむ、どうせわしが断ればクラウスかフランツが後見をするのじゃろ? わしの保証など不要ではないか?」
陛下が呆れたようにそう仰ると先生とフランツ様に視線をお向けになった。仰る通りで、もしダメだったらザクサー家が貢献をしてくださると仰ってくださったわ。だけど、陛下からの保証は私たちの実家に対抗するためのものだから、出来ればお願いしたい。私の実家はまだしも、ギレスベルガー家は侯爵家、先生とフランツ様がお願いしてフィンが望めば適うとは思うけれど、侯爵がごねるとややこしくなるから。
「陛下、若い者に意地悪をするものではありませんぞ。それに、よろしいのですか? この二人が他国に行ってしまっても」
先生がにこやかに、でも諭すように陛下に告げたけれど、そんな風に仰って不敬だと言われないかしら? 先生はいつも通りにこやかだけど。
「……まったく、先生には頭が上がらんのう。じゃが、それも一理ある。これだけ優秀なものを二人も他国にくれてやるのは惜しい」
だったら……
「では、二人に王家の名の下に身分を保証しよう。フィンとルカ、その方らには巡見使に任じる」
「巡見使?」
フィンが驚きの声をあげたけれど、私も同感だった。巡見使とは国内を巡ってその地で問題が起きていないかを見て回る役目を負う国王直轄のお役目。基本的に貴族が任じられるけれど、商人などの平民がその任を請け負うこともあるという。隠密的な意味合いもあるから詳しい実態は知られていないけれど、地方貴族に恐れられる存在でもあるわ。そんな立場に、私たちが?
「陛下、ですが我々は……」
「ああ、案じるな。特に命じることはない。ただ巡見使となれば貴族も手出しは出来ぬだろう? もちろん、それなりの恩給も出そう」
それは、確かに破格な待遇ではあるけれど。でも、巡見使ともなれば陛下のご命令であちこちに出向かなきゃいけなくなるわ。
「それは、そうですが……」
「そうじゃなぁ。また今回のような騒ぎが起きた時には手を貸してくれると助かる。どうじゃ、悪くない話ではないと思うが?」
そこまで譲歩していただいたら断ることも出来ないわ。フィンも同じように思ったようで、思わず顔を見合わせてしまった。
「ルカ……」
「フィン、私は、お受けしようと、思うわ。こんな事態があったら知らん顔も出来ないでしょう?」
「まぁ、それはそうだが……」
フィンは私たちがまた国に振り回されることを案じているのね。その可能性は高いわ。だけど、権利だけ得て義務を果たさないわけにはいかないし、先生に、ザクサー家にお世話になりっ放しというわけにもいかないわ。その思いが伝わったのか、フィンが小さく頷いた。
「かしこまりました。ご厚情に感謝いたします」
フィンが頭を下げたのでそれに続く。不安はあるけど巡検使の身分があれば父は私に手が出せない。その不安が消えただけでも十分だわ。仮に巡検使として国をまわるのも悪くないわ。フィンとの旅は楽しかったから。
「巡検使の身分証は侍従から受け取れ。クラウスにフランツよ、この二人を他国に行かせるなよ」
「陛下、それは陛下次第でございましょう。この二人は真面目な忠義者、無体なことを仰らなければよろしい」
「はっはっは、なるほど。二人とも、何かあったらわしに直接言え。くだらんことを言う貴族らはわしが黙らせようぞ」
そう仰ると陛下は次の予定があると仰って部屋を出ていかれた。扉が閉まると一気に身体に入っていた力が抜けてようやく息が出来た気がした。




