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行き倒れを拾ったら騎士でした。しかも呪いつきです  作者: 灰銀猫


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喜びの瞬間、涙を堪えました

 カっと、白い光が魔石を中心に四方へと広がり、あまりの眩しさに思わず目を閉じた。すぐ瞼から光が消えるのを感じ、急く思いを抑えながら魔石のあった場所に視線を向けた。そして、息を呑んだ……


「魔石が……」


 ずっと夢見ていた瞬間が、今まさに訪れていた。黒々とした光を放っていた魔石は砕けて灰色と化し、小さな破片に形を変えて床に転がっていた。そして……次の瞬間、再び息を呑んだ……


「なるほど、術に負けたか……」


 騎士たちが押さえつけていた異形は、その姿を大きく変えて横たわっていた。その形に騎士が手を離して後ずさりする。隆々と筋肉で膨れ上がっていた身体はまるで枯れた枝のように骨と皮だけになり、干乾びた魚の様になっていた。


「ルカ、見るな」


 フィンが私の目元に手を当てて異形を遮ってくれたけれど……僅かな間とは言えその光景は目に焼き付いて消えなかった。彼が案じるほどにその姿は醜悪で、見るに堪えないものだったから。あれは、どこかの書物で見た干乾びた人のよう。しかも異形の力を借りていたせいでその姿はまるで獣のようでもあったわ。


「ありがとう。でも大丈夫よ」

「だが……」

「魔術師をやっているとこういうのも仕事の内だから。それは騎士も同じでしょう?」


 そう言うとやっと手を離してくれた。それにまだ敵の陣中、ここを出るまでは気を抜けないわ。視線を戻すと異形の傍に膝をついて手をかざしている先生の姿があった。


「先生……」

「うむ、事切れておる。さすがに加護の力に耐えられなんだか」

「自業自得だ」


 ロイと共に後ろにいた筆頭魔術師がいつの間にか傍に来ていた。ロイは祖父のローブに抱き付いている。それでいいわ、子どもが見ていいものじゃないもの。


「あ奴も死んだようじゃな」


 その声に振り返ると、ザックスも術者と同じように干乾びた魚のようになっていた。こちらも人間の姿とは言い難い。取り込んだ魔獣によるものなのでしょうね。安堵と僅かにしんみりした空気が広がったけれど……


「フィン!」

「おわっ!?」


 思わず彼の上着に手を掛けていた。そうよ、今は術者よりもフィンよ。じっとフィンの全身を見つめた。


「フィン、無事? どこか痛みは? それに、手は……!」


 それが、それだけが気がかりだった。呪いは解けたの? 寿命は? 爪は元に戻ったの?


「先生! フィンは……」

「お前さんが見た通りじゃよ」

「ですが……私に見えない術式があるかも……」


 そりゃあ、見たところフィンにかかっていたあの忌まわしい術式は見えないわ。だけど、それだけじゃ不安が消えない。本当に大丈夫なの?


「おいおい、お前さんに見えない術式がわしに見えるわけがなかろう」

「じゃぁ……」

「ああ。フィン殿にかけられていた術式は消えておる」


 その言葉がじわじわと全身に広がっていく。本当に? 今度こそ大丈夫なの?


「フィン……」

「先生の仰る通りだ。ほら」


 そう言って見せてくれたのは……綺麗な、すらりと伸びた男性の指と、その先にある肌の色をした爪――だった。初めて見るフィンの爪。私のそれの倍くらいはありそうな大きな手に似つかわしい、大きくて綺麗な爪だった。


「本当、に……」


 思わずその手を取ってしげしげと眺めていた。胸の奥底から歓喜が湧き上がってくる。すべてを失って、森でフィンと出会ってから今日まで、掛けられた異形の呪いを解呪する、そのことにだけ注力してきた。それはフィンとの旅の終わりでもあり別れでもあるけれど、彼の寿命が掛かっている以上他の選択肢なんかなかった。


「よかった……本当に……」


 目の奥が熱くなって痛んだ。だめよ、今ここで泣いては。泣くのはフィンと別れた後だって決めたのだから。


「ルカのお陰だ」

「ううん、私じゃないわ。先生や、他の人たちのお陰よ」


 私一人じゃここに辿り着けなかったわ。たくさんの人が助けてくれたから今がある。何よりもフィンが呪いに負けずにいてくれたから。


「さてはて、祝うのは後じゃ。まずは奴らを片付けねばな」


 先生の言葉で我に返った。振り返って周囲の視線を感じて血の気が引いたわ。嫌だわ、人前でなんてことを……ここは敵陣だったのに。


 もっとも、私たちに出来ることなど大してなく、術者とその甥は魔術師が厳重に封じた後、騎士団が回収していった。後は騎士と魔術師が屋敷の捜索と関係者への聴取をするという。この件は陛下のご意向から筆頭魔術師が指揮を執り、解明を進めていくのだと聞いた。


「さて、我らも撤収するとしようか」


 特にやることもないし、事情聴取も後日にと言われ、私たちは先生の別邸へ戻ることになった。


「ロイはどうする? たまには家に戻るか?」


 先生が尋ねるとロイは祖父のローブを握ったままだった。家族の元には戻らず、祖父と共に暫く過ごすと言う。あまり詮索するのはよくないから聞かないけれど、両親とは折り合いがよくないのかもしれない。それでも、親身になってくれる身内がいるのは幸せなことだわ。私もお祖父様とお祖母様がいてくださったから今があるもの。


 その後、先生の移転魔術で別邸に戻った。その頃にはすっかり日が昇り、夏の日差しがじりじりと世界を照らしていた。晴れやかな気持ちだったせいか、空の青さがとても綺麗に見えた。


「今日は疲れたじゃろ。詳しいことは明日にして、今日はゆっくり休むんじゃ」


 既に昼食と湯あみの準備は出来ていると仰ると、出迎えてくれたフランツ様と共に行ってしまった。ロイがいないからフィンと二人残される。使用人が湯浴みと食事、どちらを先にするかと尋ねてきた。どうせなら一緒の方が手間の減るかしら。それに、もう残された時間は僅かだから少しでも一緒にいたい。フィンを見上げると「後で一緒にいただこう」と言ってくれて心が躍った。


 部屋に戻ると既に湯あみの準備が出来ていたので遠慮なく身を沈めた。大して魔力は使わなかったけれど、視る方に力を注いでいたせいか軽い頭痛がする。目を閉じて深く湯に浸かった。ようやく、ようやく本懐を遂げたとの思いが胸に広がり、言葉に出来ない充足感が満ちていく。フィンを死なせずに済んだ、そのことが誇らしく嬉しい。何をしても死なせないとの誓いを守れたわ。それで十分、それ以上を望むなんて身の程知らずだもの。


 目の奥がまた熱くなって、湯で顔を洗った。まだ泣いてはいけないわ、この後フィンと昼食を一緒に取るのだから。目が赤くなっていたら変に思われてしまう。それは避けたい。気まずいまま別れたくないから……


 白く綺麗なフィンの爪を思い返した。私の小さくて短い子どもみたいな手と違い、フィンの指は長くてすらっとしていて、爪の形も綺麗だった。顔もいいのに指先まで綺麗なんて……羨ましいしずるいと思ってしまうわ。


 さすがに長々と浸かっていると待たせてしまうかと思い、髪と身体を洗って湯から出た。髪を拭いていると使用人がやってきて、食事の準備が出来たのでいつでもどうぞと言ってきた。もう? ゆっくりし過ぎたわね。


「髪がまだ乾いていないようですね。もう少しお待ちいただくようにお伝えしてきます」

「いえ、大丈夫よ」

「いいえ、そういうわけには参りません。侍女を寄こしますね」


 そう言うと使用人が出て行ってしまい、直ぐに別の使用人がやってきて髪を拭いてくれた。うう、世話をされるのには慣れないわ。実家を出てからは自分のことは自分でするのが普通だったから。それでも、香油を塗って髪を梳いてくれると貴族の令嬢のような綺麗な髪に仕上がった。凄いわ、自分ではここまで綺麗に出来ないもの。これからフィンに会うと思えば少しでも綺麗に映りたいもの。


 食堂へ向かうと既にフィンは椅子に腰かけてお茶を飲んでいた。


「ごめんなさい、待たせてしまって」

「気にするな。女性は支度に時間がかかるもんだからな」


 そんな風に言ってくれる優しさが好き。

どんな時も外さなかった手袋が今はなく、綺麗な指先が見えた。それだけで色んな思いが胸の中を駆け巡って心を揺らす。だめよ、感傷的になるのは今じゃないわ。自分に言い聞かせて笑顔を向けると、フィンも同じように笑顔を向けてくれた。


 ダメだわ、気が緩みかけているかもしれない。もう暫くは気を引き締めなきゃ。席に着くとすぐに料理が運ばれてきた。ここでは先生の意向もあって食事は貴族が食べるような豪奢なものではなく、割と庶民に近いものが出される。先生がお年でフランツ様が先生の体調を気にされているのもあるのだけど、私も脂っこい食事は苦手だからありがたいわ。


「はぁ、食事がしやすくて感動する……」


 しみじみとそう言う手にはフォークが握られていた。あの爪のせいでカトラリーを手にするのも難儀していたのを見ていたから私まで感慨深かった。こんな風に食事をする日を待ち望んでいたわ。


「よかったわ。本当に……」


 胸に色んな思いが満ちて気の利いた言葉なんか出てこなかった。嬉しいの一言では言い表せない。


「ルカのお陰だ。あの時、ルカが声を掛けてくれたから」

「ふふ、当然のことをしただけよ」

「それでもだ。いや、一般人だったら魔獣か何かと間違えて通報され、殺されていたかもしれないんだから」


 そうかもしれないし、そうじゃなかったかもしれない。だけど、あの時声を掛けなかったらフィンには出会えなかったし、こんな想いも知らなかったわ。辛いこともなかったわけじゃないけれど、フィンと一緒に過ごした時間は私にとってかけがえのない宝物だもの。


「なぁ、ルカ、このあとちょっといいか?」




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