第43話:ついに決戦の時を迎えました
翌朝、まだ世界は白い闇に覆われている頃、私たちは件の術者が潜伏している古びた屋敷の近くに到着した。王都の外れ、周囲を木々で囲った屋敷は二階建てでこぢんまりとしたもので、ちょっと裕福な商家が住まうような規模のものだけれど、その周辺には大量の術式が張り巡らされた上、認識阻害の術が掛けられていた。それだけで何かありますと言っているようなものね。それでも、かなりの力のある術者でなければ見過ごしてしまうでしょうね。
騎士や魔術師の責任者が先生を囲う。私とフィンは先生の弟子と護衛としてここにいる。かつらとフードを被っているけれど、身元がバレないかと気が気じゃなく、息を引き締めてその場に佇んだ。
「いやはや、随分と手間を掛けたのう」
先生が伸ばした髭を撫でながら感心したように呟いた。仰る通りね、これを超えていくのはかなりの手間がかかりそうだわ。
「先生、どうされますか?」
小声で先生に尋ねた。これだけの量、解呪するにも時間がかかるし、触れば気付かれてしまう。きっと見つかった時のことも考えて備えはしてあるでしょうね。いくら先生や魔術師が揃っていても、気付かれて反撃されたらただじゃすまないかもしれない。先生の拘束魔術がどこまで残っているかにもよるけれど……
「クラウス、どうする?」
突然空間の歪みが生じて魔術の展開を感じた。現れたのはローブを被った壮年の男性だった。
「お祖父様!」
普段は淡々と話す少年の声に喜びが交じっていた。一目散に駆けてその腰に抱き付くと、男性が優しくその頭を撫でた。
「なんじゃ、お前さんも来たのか?」
「ええ、陛下から内々に仰せつかりましてね。それに先輩とロイが来るとわかっているのに執務室でじっとなどしておられませんよ」
にこやかな会話だけどお相手は今の筆頭魔術師で、私にとっては最上の上司で、雲の上の方。思わず頭を下げたけれど、すぐに礼儀は不要と言われてしまったわ。それはそれで畏れ多いのだけど……
「なるほど、この者があの……うむ、なかなかに凝った術式だな」
「じゃろう? この研究内容は賞賛に値する。消すのが惜しいほどじゃ」
「先輩……」
「わかっておる。次代に余計な禍根を残さない重要性は理解しておるよ」
好奇心に負けそうになる気持ちはわからなくもないけど、幸いにも先生はこの研究を残すおつもりはないらしい。それでいいと思う。使い方次第では何かの役に立つかもしれないけれど、今回は害の方が多すぎるもの。それなりの対策が出来るまでは表に出せないわ。
「それで、どうするのですか? これだけの術式、破るのも手間がかかりそうですが」
我が国の最上位に立つ魔術師でも難色を示していた。解呪に手こずって逃げられたり反撃の間を与えたりするわけにもいかない。どうされるのかしら?
「ふぉふぉふぉ、これがあるから大丈夫じゃ」
先生が取り出したのは術式が掛けられた布に巻かれた一本の剣。昨日アマーリエさんの店からお借りしたものだわ。まさかとは思うけれど……
「先輩、まさかそれでぶった切る、なんて手荒な真似は……」
「その通りじゃ。よくわかったな」
あっけらかんと言う先生に周囲がギョッとした目を向けた。フィンも珍しく呆れた表情を見せていたけれど、同感だわ。いくら加護付きとはいえ乱暴すぎじゃない?
「先輩、さすがにそれは……」
「解呪なんぞしていては奴らに時間を与えてしまう。こういうことは最初が肝心じゃよ」
そう言われれば誰も何も言えなかった。確かに相手が気付いていようといまいと、正攻法で向かってもあちらの思う壺よね。まさか向こうも加護付きの剣を私たちが手にしているとは知らないでしょうし。
「では、先輩が……」
「いや、剣はからっきしだからのう。この役目はフィン殿に任せよう」
そう言うと先生が布に包んだままの剣を差し出した。一方で指名された方は困惑していた。それもそうよね、フィンは先生の個人的な護衛でしかないもの。この場合、先生か筆頭魔術師、騎士ならここの責任者かその方が選んだ人になるのが普通だわ。案の定、騎士の責任者が異を唱えた。
「じゃが、ここにいる騎士で彼ほど魔力量が多く耐性のある者もおらぬじゃろう。加護は人の身には余る力、弱くては加護に呑み込まれるぞ?」
そう言われればそれ以上の反論はなかった。筆頭魔術師が先生に同意したのも大きいでしょうね。実際、加護とは稀な力で実態は殆ど知られていない。身を滅ぼすと言われれば躊躇するのも当然だわ。
「さて、夜が明ける前に片付けるかのう。そろそろ始めるぞ」
先生がこの場に似つかわしくない朗らかな笑みを浮かべた。知る人は知っているわ、この笑みがとんでもなく危険だと言うことを。筆頭魔術師と魔術師の責任者の顔が強張っていたのは、気のせいじゃなさそうね。
「フィン、気を付けて」
先生はフィンが剣に負けることはないと仰っていたけれど、呪いがかかった状態なのが気になる。
「大丈夫だ。必ずこの呪いを解いてやる。ルカ、俺から離れないでくれよ」
「もちろんよ。異変を感じたら直ぐに教えて」
「ああ」
何が起こるかわからないから目を離すつもりはないわ。今日は何があってもフィンの呪いを解くんだから。そのためなら何だってするつもりだもの。
その後、騎士の責任者から作戦内容の説明を受けた。ここ数日の監視から、この屋敷にはあの術者と甥のザックス、また彼らの世話をする使用人らしき者が二人いると言う。使用人は職業紹介所から派遣された近くに住む老夫婦で、通いのため今はいないとか。件の術者とザックスはこの屋敷の二階に居るらしい。
「騎士は玄関と裏口、また一階の窓から一斉に突入します。魔術師がその後に」
「そうかそうか。では、わしたちは正面玄関から伺うとするか」
「ザクサー様、しかし……」
「先輩は言い出したら聞きません。そのように」
筆頭魔術師にそう言われては騎士の責任者も何も言えなかった。不安になる気持ちはわからなくもないけれど、先生って結局どうにかしちゃうのよね。もうここは先生に任せるしかないわ。反対しても意固地になられるだけだし。
「さぁ、行こうかのう」
のんびりした口調が火蓋を切って落とした。フィンが剣を構えて先生が示した場所に振り下ろす。そこから複雑な術式が屋敷に向かって広がっていたけれど、フィンの一撃でそれが無効化されてしまった。裂かれた術式が一瞬だけ光って消える。
「凄い……これが加護の力……」
効果を見るのは初めてだけど、あの絡みついていた術式を一振りで消してしまうなんて……解こうとしたらそれなりの時間がかかるのに。
「ルカ、フィン殿の目になるんじゃ」
先生はそう言うと私に身体強化の魔術を掛けてくれた。凄いわ、身体が軽い……自分で掛ける何倍も効果があるわ。これでフィンに付いていけるわ。
「ありがとうございます!」
「礼は要らん。しっかりついて来るんじゃぞ」
そう言うと先生が駆けだした。速いわ……もしかして、私以上の身体強化を掛けている? 信じられないけれど、先生って野次馬根性が強かったわね……フィンが先生の後に続いたので慌てて後を追った。呆然としていたらしい騎士たちが後に続く。いいのかしらとも思ったけれど、始まってしまったのだから後には引けないわ。
「フィン、次はエントランスにある白い花の木よ」
「あれを斬ればいいのか?」
「ええ、お願い」
あちこちに術が張られているけれど、こんな調子で術の要となるものを加護で断つと屋敷を囲っていた術が解けていった。
「突入せよ。じゃが魔術師が先じゃ。術式を解いて進むんじゃ」
先生の声に勇んでいた騎士が立ち止まり、その場を魔術師に譲るのが見えた。相手は手練れの魔術師、気を抜くわけにはいかないわ。どんな罠が仕掛けられているかわからないもの。 先生の背を追い、術式に警戒しながら二階を目指す。後ろからはロイが祖父と一緒に付いてきている。
屋敷に入ると先生が目指したのは二階に続く階段だった。軽々と二段飛びで駆け上がっていく。さすがにそれは出来なくて普通に登ったわ。身体は強化出来ても上手くバランスが取れないのだから仕方がない。
「大丈夫か?」
後ろからフィンが気遣わしげに声を掛けてきた。気にしてくれるのが嬉しい。あと少しでフィンを自由にしてあげられると思うと気が急いてしまうわね。
「ありがとう。先生のお陰で身体は凄く軽いわ」
そう言うと安心したのか軽く笑みを向けてくれた。それだけのことなのに心が騒ぐ。剣を持ち駆ける姿がかっこいい。やっぱりフィンには騎士が似合うと思う。
「ここじゃな」
先生が立ち止まったのは、一番奥の突き当りの部屋、主に主寝室として使われるだろう場所だった。扉に幾重にも術式が掛かっているけれど、フィンが扉に向かって剣を軽く振り落とした。それだけで扉に当たっていないのに術式が消える。その時だった。
「フィン殿! ルカ! 避けろ!」
先生が廊下の端に飛び退り、私たちも慌ててそれに倣った瞬間、扉が勝手に開いた。そして……
「…っ!」
「う、うそ……」
思わず息を呑んだ。扉から見えたのは……真っ黒な髪と肌、そして……まるで牡鹿のような角に熊のような大きく黒々とした爪、更には……人の背の五割増しほどの巨大な何かだった。




