第42話:二人の応酬に驚きました
「あんたが、あの剣を。あれが危険だって言ったのはあんただったのに? 第一、あんた、剣なんか扱えるの?」
「大丈夫です。今回は呪いを解くために使うので」
あの魔石を、あの術式を断ち切るためだから私でも問題ないわ。
「やっぱ呪いなんだ。女の子がねぇ……」
アマーリエさんが苦笑いを浮かべていた。それは、申し訳ないわ。前にも女の子なんだから呪いなんて物騒なものじゃなく、年相応にお洒落の相談くらいしてきなさいよと言われたものね。
「お願いです。どうしてもこの呪いだけは解きたいんです」
「そうは言うけど。危ないことをするとわかっていて見過ごすのもねぇ……」
「そこは大丈夫です。その道の専門の方が立ち会ってくれるので」
先生が一緒にいてくださるから滅多なことはないわ。何なら先生に切ってもらうのが一番かもしれない。
「はぁ……ねぇ、あんた、騙されてない?」
顔を近づけ、声を潜めてそう言われた。視線は私を通り越してフィンに向かっていた。もしかして、フィンを疑っている? そしてフィン、表情が怖いわ。
「フィンはそんな心配ないですよ。身元もしっかりしていますし、今までも何度も助けてもらっていますから」
「だけど……顔を隠している奴に真っ当な奴はいないからねぇ」
その声には警戒と微かな呆れが含まれているように感じられた。フードとかつらで顔を隠しているから怪しい人だと思われている? そして私に警戒心が足りないと心配されている?
「失礼した。これでよろしいか?」
そう言うとフィンがフードを脱いで顔を露わにした。かつらはそのままだけど、顔はしっかり見えている。薄い笑顔だけど、なんだか視線が険しい?
「え? やだ、あんたってもしかして面食い? 騙されてない?」
「えっ? そんなことは……」
め、面食いかもしれないけれど……フィンを好きになったのは解呪する前で顔じゃなかったと断言出来るわ。それに、騙したりするような人だったら好きになったりしていない。
「ちょっとあんた、最近冒険者の間で噂になっているクソ男じゃないでしょうね?」
アマーリエさんの雰囲気が一気に刺々しくなった。どうしたの? 冒険者の間で噂って……
「アマーリエさん、それは一体……」
「最近、若い娘の護衛を引き受けて食い物にする屑野郎が現れているのよ。既に何人もの女の子がそいつに利用されて酷い目に遭っているわ」
そんなことがあったの? 危なかったわ、一歩間違えていたら私も……いえ、私を食い物にしようにも貢ぐお金もないけど。
「フィンは大丈夫ですよ。そういうんじゃないので」
「騙された子はみんなそう言うのよ」
そう言われるとぐうの音も出ないのだけど……
「いえいえ、本当に大丈夫です。それに、その……問題の呪いに掛かっているのは彼なので」
「……は? ちょっと、どういうこと?」
「実は……私が中途半端に解呪したせいで、呪いが解けなくなってしまって……」
「……その話、聞かせてもらおうじゃない。貸すかどうかはその内容次第ね」
そう言われてしまえば、話さないわけにもいかない、わよね。アマーリエさんって親切だけど頑固というか、納得出来ないことは断固拒否って感じだし。
「ルカ、無理をしなくていい。第三者に話すのはさすがに危険だ」
すかさずフィンが止められた。そうね、王族も絡んでいる話だから話をするだけでも危険かもしれない。
「あらぁ、心配しなくても顧客の情報を漏らしたりなんかしないわよ」
「そんなんじゃない。この件は貴族も関わっているんだ。わかるだろう? そうなった時の危険性は」
フィンの声が固い。アマーリエさんを警戒しているのかしら? いえ、初対面だし、男性なのに女性の格好をしている上にあの口調は普通じゃないから仕方がないのかもしれないけれど。私も女将さんの紹介でなかったら引き返したかもしれないし。
「舐めんじゃないわよ。貴族を恐れてちゃ商人なんか出来ないわよ。とにかく、事情を話さないならあの剣は貸せないわね」
アマーリエさんが腕を組んで見下ろしてきた。筋肉隆々の腕が一層太くなってフリルの付いた袖がはち切れそう。ダメだわ、こうなったら話さない限り何も進まない気がする……フィンと顔を見合わせた。フィンは断ればいいと目で訴えかけてくるけれど……仕方なく、呪いの獣のことや王子殿下の関与、更にはあの術者の詳細は伏せて、フィンの呪いが魔石を砕くことで解けることを、差し障りのない部分だけ話した。
「……それ、本当なの?」
アマーリエさんは最後まで話を聞いてくれたけれど、やっぱり市井の人には呪いというのは馴染みが薄いようで半信半疑といった風だった。それでも、王宮勤務の魔術師といえば納得するしかなかったようで、腕を組んで考え込んでしまったわ。その決断をフィンと共に待つ。その時間は酷く長く感じられた。
「本当です。王宮に勤めていた魔術師にも確認済みですから」
「はぁ……そうなると信じないわけにもいかないわねぇ……」
ため息交じりに出た言葉は肯定とも否定とも取れるものだった。大丈夫なのかとの不安に心が逸く。アマーリエさんはフィンにいい感情がないみたいだから心配だわ。
「も~こんなことになるなら……」
「え?」
声が小さくて聞き取れなかったわ。何て言ったの?
「あ~何でもない。それに放っておいたら死ぬなんて言われちゃ、後味悪すぎるわねぇ」
「すみません」
「ああ、あんたが謝ることじゃないから。しょうがないわ、貸してあげる」
「ほ、本当ですか!?」
いいの? 貸してくれるのならどんなことだってするわ。
「ただし、条件があるわ」
「条件? 私に出来ることなら……っ!」
何でもすると言いかけたところで口を押えられた。フィン? 何を……アマーリエさんの方から舌打ちが聞こえ、なんだか空気が険悪になったような……
「で、条件とは? 彼女に無理難題を課すと言うのなら断る」
「はぁ、何よ、騎士気取り? あんたと話していないんだけど」
「彼女の安全を守るのが俺の務めなので」
「ちょっと、二人共落ち着いて! なんでそんなに喧嘩腰なの?」
止めに入ったら二人揃って気まずそうな顔になった。珍しいわ、フィンがあんな風に突っかかるようなことを言うなんて。アマーリエさんもなんだか意地になっているみたいだし。どうしたのよ?
「あ~もう、わかったわよ、貸せばいいんでしょ!」
そう言うとアマーリエさんが店の奥へと行ってしまったけれど、直ぐにあの剣を手に戻ってきた。
「ほら、これでしょ。貸すけど、危険なことはしないこと。無事に返しに来なさいよ」
「ありがとうございます」
嬉しい! これでフィンの呪いが解けるわ。
「はぁ……こんなことなら唾つけときゃよかったわ」
「残念だったな」
「うるさい」
なんだかまた言い合いが始まったけれど、アマーリエさんが手をひらひらさせたのでお店を辞した。帰り際、「危ないことはしないこと。ちゃんと返しに来なさいよ」と念を押されたわ。やっぱり優しい人なのよね。ちょっと口は悪いし掴みどころもないけれど。再度御礼を言って店を後にした。
「なぁ、あの店員とはどういう関係なんだ?」
馬車が走り出して少しするとフィンが腕を組んでこちらを見ていた。あの店員って、アマーリエさんよね。
「前に話したと思うけど、一度に職と実家を失くしたって言ったでしょ?」
「ああ」
「その時、路頭に迷っていた私を助けてくれた宿屋の女将さんがいて。アマーリエさんはその女将さんに紹介してもらったの。ちょっと変わり者だけど商人としては腕は確かだって」
「そう、か」
どうしたのかしら? 素っ気ないわね。フィンがこんな態度を取るなんて、珍しいわ。
「どうかしたの?」
「いや、何でもない。それよりも、その剣が加護付きか」
「ええ。これでやっとフィンの呪いを解けるわ」
ちょっと見た感じでは古びた剣にしか見えないけれど、これがあればあの魔石も砕けるはず。心が一刻も早くと急く。心の奥底の痛みを無視して笑顔を向けた。
先生の別邸に戻ると、ちょうどフランツ様と玄関で鉢合わせる形になった。何かあったのかしら?
「ああ、ちょうどいいところに。話がある」
そう仰るのでフィンと共にフランツ様の後を追った。向かった先は先生の執務室で、既に先生とロイが待っていた。
「おお、アレッサにフィン殿。よう戻った。どうやら無事手に入れられたようじゃな」
「はい」
弾みそうになる声を抑えるのが精一杯だった。後はあの術者の行方さえわかれば解呪が出来る。その未来を想像するだけで胸が高鳴ったけれど、ふとそれがフィンとの別れだと思い出して胸が痛んだ。頭を振って気を取り直す。今は解呪のことだけ考えたい。
「それで、フランツや、件の術者の居場所がわかったか?」
「はい。既に魔術師と騎士団が逃げられないよう周囲を固めています」
先生の追跡魔術が利いていたから場所を追うのは簡単だけど、気付かれないようにするのは骨が折れたでしょうね。幸いにもあの術者は先生の拘束魔術も利いているから思うようには動けないでしょうから、先生の術の解呪も身を隠す魔術も使えなかったはず。それだけでも騎士たちの負担は減ったかしら?
「明日には突入する予定だそうです」
「左様か。では、行くとしようかのう」
先生ののんびりした口調に室内が緊張感に満ちた。今度こそ、絶対にフィンの術を解いてみせるわ。身体の奥底から言葉に出来ない力が涌いてくるような気がした。




