第41話:嬉しすぎてやらかしてしまいました
それからはまた書斎で色んな文献を漁る日が続き、五日が経った。時間がないとの焦りが胸をじりじりと焼くようだけどそれを相手にしている時間なんかない。あの不明だった術式も重ね掛けした術の澱みで、これまで調べていたことは無駄だったけれど、幸いにも色んな文献に目を通したから役に立ちそうな情報を探すのは早くなったわ。
別邸に戻った翌日からフィンはザクサーの騎士に交じって鍛錬を始めて、顔を合わせるのは食事の時だけになった。ずっと一緒だったから寂しさを感じないと言えば嘘になるけれど、彼なりに今出来ることに専念しているのだろうと先生に言われたから何も言えなかった。実際、あの術者とその甥を捕まえるにもフィンの武の力は必要だから。
また同日、先生が第一王子殿下に謁見して事の詳細を説明してくださった。殿下は今回の事態を重く見られ、直ぐにでもヒューゲルとザックスを追うと約束してくださり、王家の騎士を動かしてくれたと言う。また一方で父が奏上した呪われた獣の討伐も始まって、早くも成果が出ていると教えてくださった。だけど……
フィンの呪いを解く方法―つまりあの魔石を砕く有効な手はまだ見つからなかった。魔石にかけられた術の解呪をした先生に尋ねてみたけれど、先生が視えた術式はほぼ解呪されたという。それでも割れなかったのなら先生が視えない術式があったのでしょうね。鎖よりもそちらに注視すべきだったかしら。だけど、二人で一つのものを同時に解呪するのは無理だから、今更言ってもしょうがないわ。
八方塞がりのまま、また一日が終わってしまった。落胆を抱えながら寝台に寝転ぶ。目を閉じて何か見落としがないかと思いを巡らせたけれど、何も浮かんでこない。それが情けないわ。ふと、お祖母様の形見の鞄が視界に入り、お祖父様の日記の存在を思い出して手に取った。これも散々目を通した。懐かしいお祖父様の筆跡。そう言えば、前に見たあの夢の言葉の先って、確か……
「古代文字というものは、実はな、時代によって表記の仕方が違うんじゃよ」
生前、お祖父様が繰り返し言っていた言葉が思い出された。何度も私を膝に乗せてそう言っていたのに、どうして忘れていたのかしら? お祖父様と先生は研究している時代が違い、お祖父様の方がずっと古かった。あの不明だった文字列は先生の研究を元に調べ、お祖父様の記録と照らし合わせたけれど、あの術者が使った文字はいつの時代のものだったのかしら? もし違う時代だったら? お祖父様はその変遷も研究されていたわ。だったら……お祖父様の日記のページを慎重に捲った。
「これは……」
お祖父様の記録にあった、とある単語の変遷を記したページ。そこには時代によってある文字がどう表記されていたかの変化が記されていた。これをあの解読出来なかった二十ほどの文字に当て嵌めて出てきたのは……
「これって……フィン!」
身体が勝手に走り出していた。出て来た文字は……これなら確実にあの術式を解ける。その方法も、あれがあれば可能だわ。
「フィン!」
扉を叩くのももどかしい。直ぐに扉が開いてフィンが顔を出した。
「ルカ? どう……」
「フィン、あの魔石が割れるわ!」
今度こそ確実にフィンが掛けられた術式が解ける道が見えて、嬉しすぎてフィンに抱き付いていた。ああ、助けられるわ。今度こそ、確実に! とうとう念願が叶う、そう思ったら目の奥が熱くなって、今にも泣いてしまいそう。駄目よ、まだ解けていないのだから。フィンの胸に顔を強く押し付けて込み上げてくる涙を押し留めた。
「ルカ、それは……」
「あのわからないと言っていた言葉の意味が分かったの! これで……これであの魔石を割る方法がわかったわ!」
顔を上げると困惑しているフィンの顔があった。喜んでくれないの? そう思ったけれど……
「ご、ごめんなさい!!」
思わず飛び退っていた。いくら嬉しくても抱き付くなんて、は、はしたなかったわ……!
「い、いや……」
フィンに目を逸らされてしまって、さっきまでの高揚した気分は一気に冷え切ってしまった。し、失礼だったわよね、いきなり抱き付かれたりしたら。
「あ、あの、本当にごめんなさい。嬉しくて、つい……」
「いや、謝らないでくれ。本当にちょっと驚いただけだから」
優しいのね、フィンは。そういうことにしてくれたのならとそれ以上謝るのはやめた。それよりも……
「フィン、その呪い、きっと解けるわ」
やっと見えた解呪の方法をフィンに話した。
翌日、私はフィンと共にある場所を目指していた。昨日発見したことを先生に話すと、直ぐに家紋の入っていない小さな馬車を用意くださった。私もフィンもここではお尋ね者になっている可能性もあったし、私たちを陥れた者たちと鉢合わせする危険もあったから、有り難くお借りすることにした。
本当は一人で行こうと思ったのだけど、話を聞いたフィンは自分も一緒に行くと言って譲らなかった。彼は顔が知られているし、見つかったら危険だからと止めたのだけど、同行させないのなら行かせないと言われてしまってはどうしようもなかった。かつらで変装してフード付きのローブを被り、念のためフィンに認識阻害を掛けてもらった。
道中、まだあれが残っているかと、それだけが不安で祈るような気持ちだった。だってフィンの呪いを解く重要な鍵のだから。馬車が止まったのは大通りから一歩入った路地だった。ここはまだ道幅が広く、馬車を停めても問題なさそう。御者にここで待っていてくれるようにお願いし、二人で目的の場所へと向かった。
「ルカ、本当にこんなところにあるのか?」
フィンが怪訝そうに尋ねてきたけれど、そう思っても不思議じゃないわよね。だってあんなものがこんな市井にあるなんて、普通は思わないもの。だけど、あれはそう簡単に動かせるものじゃないわ。
「ごめんください」
懐かしさを感じる扉を押して声を掛けた。店内は以前と変わった風はなく、窓から差し込む明かりとろうそくの光で明るかったけれど、返事はなかった。扉は開いているけれど、留守なのかしら?
「すみませーん、どなたかいらっしゃいませんか?」
「はいはいは~い!」
再度声を上げると、奥から機嫌のよさそうな声が聞こえてきた。ガタガタと何かを動かす音がした後姿を現したのは……
「いらっしゃいませぇ! 何がご入用かしら?」
向けられた笑顔は以前見たものと変わりなく、お元気そうでよかったわ。フードを脱ぎ、かつらを外した。
「お久しぶりです、アマーリエさん」
「ええええっ!? もしかしてあんた、りーさんとこの?」
「はい、ご無沙汰しておりました」
昔と変わらない軽妙な口調とノリが懐かしいわ。あの時はたくさんお世話になったけれど、またお世話になることになってしまったわね。
「うそぉ、あの時のあの貧相だったあの子なの? やだ、しかも男連れ? いつの間にこんな虫引っ付けてきたのよ?」
虫って……視線の先にいるのはフィンだけど……もしかして彼のことを言っているの?
「あ、あのっ、彼はフィンといって、護衛をお願いしている人で恩人です」
「恩人?」
「はい。私がザクサーに行く道中、ずっと助けてくれたんです」
そういうと少しだけ警戒が和らいだ。まだ何か言いたげだったけれど、それ以上は何も言わなかった。
「そういえばそんなこと言ってたわね。それで? ザクサーに行ったんじゃなかったっけ?」
「はい、無事ザクサーに着いて、会いたかった人にも会えました」
覚えてくれていたのね、私がザクサーに行く理由を。会った回数は数えるほどなのに、忘れられていなかったことが嬉しい。
「あ、宿屋の女将さんはお元気ですか?」
「ああ、リーさん? 元気よぉ、変わりないわ」
「そうですか。よかったです」
職も家族も失った私に親切にしてくれた人たち。この件が片付いたら女将さんにも会いに行きたいわ。そして無事ザクサーに行けたと、色々教えてくれたおかげだとお礼を言いたい。
「で、せっかくザクサーまで行ったのになんで王都に?」
「はい。お願いがありまして」
「お願い?」
「以前呪いを解いたあの加護付きの剣、あれを貸していただきたいんです」
そう告げるとアマーリエさんが目を丸くしていた。そんな剣を使うなんて、しかも騎士でもなんでもない私が使うなんてあり得ないものね。驚くのも無理はないわ。




