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行き倒れを拾ったら騎士でした。しかも呪いつきです  作者: 灰銀猫


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第40話:もう少しの辛抱と分かっていても…(フィン視点)◆

 声を掛けたら肩が震えた。もしかしたら今は俺と話したくないのかもしれない。疲れてもいるだろう。ここのところずっと書斎に籠りっぱなしでろくに陽も浴びていなかったし、その直後に森の探索だ。元々体力がない身体にはかなり辛かったと思う。解呪もかなりしていたようだし、さっきから頭痛がするのかこめかみに指を当てていた。早く休ませてやりたいと思うが、一方で俺の術のことで悩ませてしまっているのは間違いない。このまま一人にさせたくなかった。


「疲れているのなら、後でもいいけど……」

「だ、大丈夫よ。何かあった?」


 動揺しながらも無理に笑顔を向けてくる姿に胸が痛くなる。そもそも彼女が俺の呪いを解かなきゃいけない義理なんてないんだ。彼女はたまたま行き倒れていた俺を助け、成り行きで解呪もしてくれただけ。護衛の話に乗ったのもただ単に俺が彼女から離れたくなかったからだ。その彼女が今日までどれほど献身的に俺の呪いに向き合ってきてくれたかを知っているだけに、尚更申し訳なかった。


 俺の部屋に案内して茶を淹れた。幸いというべきか、騎士団に入った直後、士官の従卒になった際に茶の淹れ方を教えてもらったから人並みには淹れられる。ルカも美味しいと喜んでくれるから下手じゃないだろう。有り難いことにこの別邸は各部屋に茶を用意してくれている。


「ありがと」


 お茶を前に置くと眉を下げて礼を言ってきた。それでも視線が合わない。呪いのことを気に病んでいるんだろう。それが申し訳ないと思いつつも、彼女をこんな風に思い煩わせているのなら希望があるのかとの想いが膨らむ。彼女は優しいから俺を拾った責任を感じているのだろう。そして今回、解呪したことで逆にこの呪いそのものが消せないと知って気に病んでいる。そのことにほの暗い喜びを感じる。自分の醜悪さに反吐が出そうだが、彼女のことになると歯止めが効かない。


「ルカ」


 名を呼ぶと僅かに身体を固くした。そんな仕草が可愛いと思ってしまう。いや、ルカは何をしても可愛いんだが。


「フィン、ごめんなさい。私のせいで……」


 今にも泣きそうな声に抱きしめたくなるのを必死にこらえた。まだだ、まだ呪いは解けていない。今言葉にするわけにはいかないと誓っただろ、俺!


「ルカ、呪いのことは本当に気にしないでくれ。ルカは精一杯やってくれている」

「だけど。私が中途半端に手を出したせいで……」


 そう言うと茶器を両手で持ったまま俯いてしまった。ああ、そんな顔をさせたくないのに、気にしないでほしいのに。


「ルカはこんなにも質の悪い呪いなんて思わなかっただろう? ずっと必死にやってくれていたことを俺は傍で見てきた。ルカは一度だって手を抜かずに頑張ってくれた」


 これは本当のことだ。無理をし過ぎだと思うほどに、最初の頃は寝る間も惜しんで頑張ってくれた。そのお陰で絶え間なく続いた痛みは嘘のように消え、今じゃ気にならない程度にまで減ったんだ。そう告げてもルカは顔を上げてくれない。


「俺にとってルカは命の恩人だ。ルカに出会わなかったら、俺はもうここにはいなかった」

「それ、は……」


 それはわかっているんだな。あの時の俺は死にかけていたんだと。だったらやはりルカは恩人なんだ。せめて一言でもいい、俺の言葉が届いてほしい。顔を、上げてほしい……


「ここまで解呪してくれたから、俺は今も生きている。あのままだったら、ザクサーにたどり着く前に死んでいただろう」


 死という言葉にルカが反応して顔を上げた。青褪めた表情が痛々しい。笑ってほしいのに。いつものように。


「ルカのお陰で俺は今、以前のように動ける。あの術者に挑むことが出来たのはルカのお陰だ。あの魔石さえ割ればいいんだろう? それがわかっただけでも俺はすごく気が楽になった」

「え?」

「今まで俺に出来ることなんか何もなかった。それが歯がゆくて……無理をさせていることが申し訳なくて、無力な自分が情けなかった」


 そう、何が悔しかったって、ルカに無理をさせているのに何も出来なかった自分だった。だが……


「魔石を割るのなら俺にも出来そうだろう? これから割る方法を考えなきゃいけないけど」

「え、ええ……」

「そうだなぁ……ああ、そうだ。呪われた牛の時みたいに、浄化魔術を剣にかけたら何とかならないか?」


 そう告げると顔を上げて久しぶりに目が合った。潤む若草色の中に俺がいた。ああ、その中に俺だけ映してくれたらいいのに……


「俺は魔術に関しては素人だけど、魔獣退治では浄化魔術を使ったし、他にも使える術があると聞いたぞ。だったら、それで何とかなるんじゃないか?」

「そ、そうよね。その手があったわ……」


 ようやくルカの頬に赤みが増した。


「な? まだ時間はあるし、これからは魔石を割ることだけを考えればいいんだ。前よりもずっと前進しているだろう?」

「そうね。フィンの、言う通りね」


 やっと笑ってくれた。まだ弱々しいけれど、やっぱりルカは笑っている方がずっと可愛い。


「さぁ、今日はしっかり休んで明日から頑張ろうぜ。あ、そうだ。これ、ロイがくれたんだ。好きだろ、甘いもの」


 さっきロイがくれた菓子を出した。そういえばあいつには驚いた、まさかあんな特性を持っていたとはな。だったら俺の気持ちは駄々漏れだったんだろうなぁ……まぁ、あいつが知ったところで恋敵にはならないだろうからいいけど。それに、こうやって時々気の利いたことをしてくれるんだ、邪魔はしないだろう。


「いいの? フィンも甘いものは……」

「だから半分こだ。俺も一度には食べきれないからな。貰ってくれたら嬉しい」

「そ、そういうことなら、遠慮なく」


 垂れ気味の目尻が更に垂れた。ああ、可愛いなぁ、遠慮なくと言いながら遠慮する控え目なところが特に。俺の周りにいた令嬢らは目がぎらついて女狐みたいな女ばかりだったから。この呪いさえ解けたら、どんな奴からも俺が絶対に守ってやる。もう少しだ、あと一歩のところまで来たんだ。ここでこれまでの我慢を無駄にするような愚行に走る気はない。


「さ、部屋まで送る。しっかり寝ろよ」

「もう、フィンたら。子どもじゃないんだから大丈夫よ」


 いつものルカに戻った。そのことに安堵が広がる。けど、そんな風にしていなきゃ理性を保てないからな。彼女の部屋まで送って扉を閉めて……どっと疲れが出た。危なかった……この手が、爪がこれでよかった……


さっさと部屋に戻って浴室に飛び込んだ。手袋の下には黒々とした爪がその存在を主張する。足もだ。こっちは靴を履いているから隠しやすいが、それでも切った直後は歩くのも痛い。だが、これのお陰で理性が保てるなんて皮肉なものだ。だが、それでいい。まだだ、まだルカには言えない。


 それにしても……ルカは自己評価が酷く低い。それはあの父親の影響だろう。あの業突張りに価値がないと言い続けられて育ったから。確かにルカの魔力量は少ないが、それを補って余りある技術と妖精眼がある。魔術師としては心許ないが、まだ魔術師になって二年程度なのに解呪師としては凄く優秀だ。クラウス卿だってルカの実力を認めている。


 どうしたら彼女に自信を持たせられるか……それには相応の実績が必要だ。だから俺の解呪が役に立つならいいと思った。クソみたいな呪いだが、それでもルカの自信を取り戻せるなら、掛った甲斐もあるだろうと。


だが……敵は予想以上に厄介だった。まさか死んだと思われていた本人だったとは……だが、このまま死ぬ気はないし、あの男も見過ごす気はない。必ず捕らえて罪を償ってもらう。ついでに俺の名誉も回復させたい。実家に戻る気はないがお尋ね者のままじゃルカを守れない。今一番ほしいのはルカを守る力だ。


 湯から上がって爪が柔らかいうちにやすりを掛ける。こうしておかないと靴や手袋を突き破るし、誰かを傷つけるかもしれない。それだけは避けたい。この手が、爪が元に戻る日を夢見る。その時はルカに愛を乞うんだと決めている。そのために今、俺は生きている。


 呪いを解けたら……あの男とザックスを捕まえて第一王子に差し出して、冤罪を雪ぐ。まずはそれが先だ。逃亡犯のままじゃルカに余計な苦労を掛けてしまうからな。クラウス卿とフランツ卿の手を借りれば何とかなるだろう。


その後は……身分の保証を求めるか。爵位はいらないが貴族籍は残した方がいいだろう。この国では貴族と平民では天と地ほどの差がある。貴族社会に戻る気はないが、身分の保証があれば大抵のことはやり過ごせる。後は……クラウス卿に、いや、ザクサー辺境伯家に後見を頼むか。それなら俺の実家もルカの実家も俺たちに手が出せないからな。


ああ、呪いが解けたらやらなきゃいけないことが山のようにある。だが、それもルカの為だと思えば苦にはならないし、何なら楽しみですらある。ルカが安心して暮らせるように、いつでも笑っていられるように。


やすりを鞄に戻し、代わりに小さな革袋を取り出した。ここに来るまでに寄った街で見つけた、若草色をした親指の爪より一回りほど大きい宝石の原石。磨けばそれなりの品になるだろう。これを見つけた時、加工してルカに求婚しようと思い立った。その時を思い描けば心が沸き立つ。宝石を握り締めながら、早くその時が来てほしいと願った。




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