第39話:新事実の連続に動揺が止まりません……
結局、フィンに呪いを掛けた術者を逃してしまった。フィンを陥れた上司でもあるその甥も。先生の術が破られるなんて思いもしなかった。その衝撃は途轍もなく大きく、その分落胆もすさまじかった。
「まさか拘束されたまま逃げるとはのう……」
拘束魔術は先生の得意分野、そう簡単には解けないから連れて行っても何も出来ないと思うのだけど。一方でどうやって逃げたのか、そちらの方に興味が向いていらっしゃるように見えた。確かにあの場面で魔術師でもないザックスが何をしたのかしら? あの術者が予め何か用意していた? 魔術の展開を感じたからそうなのでしょうけれど……
捜索隊の拠点に戻ると先生が捜索隊の長に事情を説明した。術者を逃がしてしまったことと、それを手助けした甥の話をすると責任者は渋い表情を浮かべた。けれど、先生ですら逃げられたのなら騎士がいたところで手が出せなかったのは明白で、特に問題視されることはなかった。一方であの術者が根城にしていた建物があったため、そちらの捜索は引き続き行われるという。
「後日、わしが第一王子殿下に直接説明に伺う」
「先生が?」
「この調査は伏せられて行われたもの。知る者は少ない方がいい。それにわしから話した方が情報も正しく伝わるじゃろうて」
捜索隊でもっとも立場が上なのは先生だし、魔術に関しての造詣は他の追従を許さない。説明するならこれ以上の適任はいないわよね。最後は移転魔術で王都のザクサー邸へと戻った。今度こそとの期待が大きかっただけに、落胆も大きかった。しかも私のせいで呪いが解けなくなったことが一層心に重く圧し掛かった。
王都の屋敷に戻るとフランツ様が待っていて、着替えをした後フランツ様の執務室に集まった。簡単にこれまでの経緯を説明すると、壮年の当主は眉間に深く皺を刻んで腕を組んだ。どこの誰かはわからないけれど、人間を実験台にして失敗すると魔獣と称して消していた事実は常に冷静沈着なフランツ様をも動揺させた。それに……
「フィンの寿命が縮んだのが……私のせいだったなんて……」
私の心にあるのはそれだけだった。良かれと思ってやったことだったけれど、それがフィンの寿命を縮めていたなんて……その事実が重すぎて心臓が凍り付いて割れてしまいそう。もう、合わせる顔もない。だけどそういうわけにもいかない。顔が見られなくて床ばかり見ていた。
「ルカのせいじゃない。ルカは精一杯やってくれたじゃないか」
「そうじゃ、わしだってアレッサと同じことをしたじゃろう。まさかあれが延命のための術だなど、わかるものか」
フィンも先生もそう言ってくださったけれど、今はその優しさが苦しい……解呪出来たことを能天気に喜んでいた過去の自分を消してしまいたい。そんな裏が隠れていたなんて……もっと慎重に調べていたら気付けたかもしれないのに。もう消えてしまいたい……
「アレッサ、自分を責めるな」
「先生、ですが……」
「まだ終わったわけではない。フィン殿は生きている。まだ間に合うんじゃよ」
その言葉に頭の中に朝日が差し込むような感覚を覚えた。そうだわ、フィンはまだ生きている。まだ、終わったわけじゃない……
「あ奴に接触してわかったことが多々ある。先ずはそれらを整理するんじゃ。そうすれば自ずとやるべきことが見えてくるじゃろう」
「先生……」
悪戯っぽい子どものように片目を瞑って笑みを浮かべる先生に救われた。そうよ、まだ出来ることはあるわ。だったら……
それから皆で今回得た情報を整理した。まずフィンに呪いを掛けたのはかつて禁忌の魔術を作り出したとして処刑されたコード=ヒューゲルで、彼は自身にフィンに掛けたのとよく似た術を掛けて生き延びていた。彼が研究していたのは寿命を延ばす、いわゆる不老長寿の魔術で、これまでに何人にもその術を掛けていたこと、またその術を掛けられて異形となり魔獣として殺されていた可能性が高いことがはっきりした。
これは彼の甥でフィンの上司でもあるザックスがそう告白したわ、だから間違いないと思ってよさそう。もしかしたらあの呪われ牛も元は人間だったのかもしれない……
「これまでに行方不明になった者の中には、あの者によって異形に変えられた者がいたかもしれぬ。それも調べなければな」
「それについては第一王子にお願いしようと思う。わしらだけで調べるには限界もあるからのう」
「左様ですね。叔父上、私の方でも調べてみますが、殿下を頼った方が早いでしょう」
「うむ。この件に第二王子派が関わっておる。第二王子がご存じかどうかも含めて慎重に調べる必要があるじゃろうて」
話が大きくなりすぎて目が回りそう……だけど、私たちで解決するなんて無理だわ。もう王家にお任せした方が早そうね。
「フィン殿が被験者になったのは魔力量の多さや耐性の高さが大きかろう。耐性が高ければあの術式に飲み込まれることもないからのう」
「俺にそんな適性があったとは……魔力は多くても技術面はさっぱりでしたから」
フィンが戸惑っていた。彼は魔術師になれるほどの魔力量があったけれど、魔術制御が苦手だったから騎士を選んだと言っていたわ。だったら……
「あの術を掛けられたのは、魔力量が多い者だったということでしょうか?」
「そうなるのう。あの術は掛けられた方に高い耐性がなければ成り立たん。行方不明になっている魔術師を調べてみた方がよさそうじゃな」
そんな、魔術師が……だけど、魔力が高くなければ成立しない術ならその可能性は高いわね。
「フィン殿の呪いに関してじゃが、あの魔石を壊せば叶いそうじゃな。ロイや、奴は何を考えていた?」
先生の視線が隣でお菓子を頬張っているロイに向けられた。こうしていると普通の子よね。私には懐いてくれないけれど……
「先生、あの魔石で間違いありません。あれがフィン殿の呪いの核だと言っていました」
「え?」
どこにそんな会話があったかしら? フィンも怪訝そうにロイを見ていた。どういうこと?
「フィン殿、アレッサ、ロイはな、人の心が読めてしまうんじゃ」
「……ええっ?」
「心を、読む?」
思わずロイを凝視したら軽く睨まれてしまった。今の心の中を読まれた? 特性があると仰っていたけれど、妖精眼ではなかったの?
「では、王都を離れていたのは……」
「人が多ければ多い程、他人の思考が流れ込んでくるからのう。それで人間不信になってしまったんで、わしが預かったんじゃ」
視えることじゃなくて聞こえる方が問題だったのね。だけど……それは辛かったでしょうね。他人の悪意が聞こえてしまうなんて……実家や職場で馬鹿にされていた過去を思い出してしまった。そうよね、あれはまだ声に出た分だけで済んだけれど、心の中で思っていることまで分かったら……誰も信じられなくなりそう。って、それじゃ……もしかしてフィンへの想いも、聞こえていた? ま、まって……じゃ、あんなことやこんなことも知られて……そ、そんな……
「まぁ、普段はわしが渡した護符で聞こえんようにしているから心配ない」
そ、そうなの? だったらよかった、のかしら? だけどフィンへの気持ちは知られてしまったわよね……うう、これからどんな顔をしたらいいの……
「では、俺の呪いはあの魔石を破壊することで解決すると考えてよろしいと?」
「うむ、そうなるじゃろうな」
先生がそう仰るのなら大丈夫なのかしら? だけどあの魔石って……
「ですが並の剣では全く歯が立ちませんでした。壊すといっても……」
「そうじゃのう……あの魔石にかかった術式を解呪すればおそらくは可能じゃろうが……」
「あの魔石を手に入れるのは簡単ではないでしょう」
あの時、鎖の解呪だけでも出来たらよかったのだけど……あと少しが間に合わなかった。悔しいわ、あの魔石さえ手に入れれば何とかなったかもしれないのに……
「ルカ、あまり気に病むな」
フィンはそう言ってくれるけれど、申し訳なくて顔を見られない。中途半端に解呪したせいで解呪ではフィンを助けられなくなったのだから。あの魔石を早く手に入れなきゃ……だけど、どうやって……
「アレッサ、あの者の行方は騎士団と魔術師が追っている。あの者に探知魔術を掛けておいた」
「先生……」
いつの間にそんなに? 解呪していただけじゃなかったのね。凄いとしか言いようがない。
「そのうち奴らの潜伏先もわかるじゃろう。その時はわしらにも連絡をするように頼んである」
「だったら私もお連れください」
今度こそ呪いを解いてみせるわ。先ずはあの鎖でもいい。それまでにあの魔石を壊す方法を考えなきゃ。
「もちろんじゃ。じゃが、そのためにもしっかり休むんじゃ。今日は調べ物をするのは禁止とする」
「え? せ、先生?」
「クラウス卿の仰る通りだ。ルカ、今日は休むんだ。いいね」
フィンまで……そんな風に言われたら何も言えないわ。
「わ、分かったわ」
二人に言われてしまえば抵抗なんか出来ないわ。魔石の壊し方を調べたかったのに……でも、今日は書斎にも入れてもらえないわね。先生はそう仰ったら絶対に許してくださらないもの。
話し合いはそこで終わり、今日は各自しっかり休むようにと念を押されて散会になった。今すぐにでも調べ物をしたかったのに……仕方がないわ、今日は早く休んで早く起きるしかないわね。今日は疲れたわ……色々と。先生のもとを辞して自分の部屋へと向かった。フィンも後ろを付いてきている。うう、物凄く、気まずい……どんな顔で……
「ルカ、ちょっといいか?」
よりにもよって、今一番話したくない人に呼び止められてしまった。




